Re:✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─ 作:CABIN.
"むかしむかし、ある小さな国に
マリルとダリルという
仲良しな双子の兄弟がいました。
兄のマリルは、未来をのぞく不思議な目で
弟のダリルは、勇敢な心と立派な剣で
いつもみんなを助けていました。
「助けてくれてありがとう」
友だちにそう言われるたび、
マリルとダリルは
とても幸せな気持ちになりました。
ふたりは、どんなときも いっしょでした。
夜になると、ふたりは丘の上に座り、
星空を見上げて、小さな声で願います。
「この星が、いつまでも笑っていますように」"──。
童話『マリルとダリル』
──────────
信念、主義、錯誤、倒錯、対立、迎合。
誰も彼もが、双星の終焉に揺れている。
確かなことは、たったふたつ。
双星の誰一人が、崩壊を望んではいなかったこと。
堰を切られた運命の濁流は、もう──。
誰にも、止められないこと。
今にして思うのだ。
伽話から紡がれた、この星の物語は──。
……始まりからずっと、亡国へと向かっていた。
──亡国のフィエリア──
《Prologue》双星の伽話
《Prologue》フィエリア王家
澄み渡る空気が、肌寒さを伴った朝。
暖炉で揺れる炎は、ふたつの影を書斎へと伸ばしていた。
『……"マリルとダリルは、大好きな星に生まれ変わり、いつまでもみんなを見守るのでした"……』
眠気を誘う声色と、僅かなノイズが途切れる。
静寂の書斎には、風に揺れるカーテンのはためきだけが残された。
「……読み聞かせは終わりか?」
革表紙の古びた本を閉じて、炎に照らされた青年──アルマ=フィエリアが言う。
……それは、幼少期、今は亡き母に飽きる程も聞かされた──この国で最も有名な、英雄たちの伽噺。
『"愚者は経験に、賢者は歴史に学ぶ"と言う』
浮遊する小ぶりな“機械人形”──フォニーが、空間に良く響く声で諌める。
『お前にとっての"読み聞かせ"は、フィエリア王家にとって重要な歴史の序文だ』
「賢者は大変だな。王子で良かったよ」
椅子に背を預けながら小さく伸びをしたアルマは、他人事のように軽い調子で応えた。
『アルマ』
咎める声色に、アルマはひらひらと両手を振る。
「ははは、冗談だよ。……続けてくれ、教官殿」
笑顔の奥に、微かな翳りの色。
フォニーはそれに気付いて、しかし触れなかった。
『──"空間演算"』
音声に反応した投影装置が、小さな起動音を立てる。
──程なくして。
卓上に、果てしない"夜の暗闇"と、綺羅びやかな星々の軌道が浮かぶ。
アルマは、眩しさに僅か目を細めた。
フォニーが、小さく合図を送る。
見る間に拡大されてゆく縮図は、やがて──その中心に、ある双星の姿を浮かべた。
──主星ピュロンと、伴星リゾーマ。
星輪の内側で手を取り合うその双星は、アルマにとって馴染み深いこの星の姿だが──こうして全体を俯瞰する機会は少ない。
『やがてお前は、この双星の王となるだろう』
ふと、フォニーが神妙な声で言う。
……何を、今更。
「そうだな。──今しばらくは遠慮しとく」
大袈裟に肩を竦めたアルマに、フォニーが向き直った。
『アルマ』
「なんだよ」
……沈黙。
居心地の悪さを覚えたアルマが、僅かに姿勢を変えた時──ふと、フォニーが本題を切り出す。
『──星の終わりを、想像した事はあるか?』
フォニーらしくもない、酷く曖昧な質問だった。
「……星の、終わり?」
アルマの視界の端で、またカーテンが揺れている。
……ああ──道理で、暖炉がいまいち効かない訳だ。
窓を締め忘れていた事に、アルマは今になって気付いた。
「……いや、あまり無いな。──講義との関係は?」
静かに立ち上がりながら、アルマが訊ねる。
……フォニーが、無意味な質問を挟む筈がない。
聞くまでもない問いだったと自嘲しながら──アルマは、静かに窓の隙間を閉じた。
『講義の内容、そのものだ』
「……朝から気が滅入る話になりそうだ」
軽口を叩いて、アルマがカーテンの隙間から外を覗く。
王都が一望出来る、小さな中庭。
──視界の端で、花を愛でている少女と目が合った。
少女が、途端に花の香をまとった笑顔で手を振って。
微笑んだアルマも、小さく手を振り返す。
……随分と長く、遊んでやれてないな。
名残を断ち切るように、アルマがカーテンを閉じた。
──────────
✦ピュロン王宮 中庭──
──書斎のカーテンは、すぐに閉ざされてしまった。
笑顔と掌を少しずつ萎ませた少女──アイル=フィエリアは、寂しげに視線を花に戻す。
「……あなたも、まだ寒いでしょう」
アイルの掌が、儚げな薄桃、朝咲きの花びらをそっと包んだ。
寒期に咲くには、早すぎる花。
この星には、そんな奇跡がいくらでもある。
──ふと、空間に溶け込むような感覚を覚えて。
アイルは、瞼をそっと閉じた。
そこかしこで、草木が歌っている。
呆れるほどに安穏な自然と、それから──。
うっすらと瞼を開いた彼女は、風に踊る長い髪をかきあげた。
「──おはよう、ソフィ」
背中越しに声をかけようとした刹那、先を越された侍女──ソフィ=シュトロハイムは、少しだけ目を見開いた。
「おはようございます、王女様」
「──どうせ、お兄様に何か言われてきたんでしょう」
図星を突かれたソフィは、しかし表情は崩さぬまま傅く。
「……羽織をお持ちしたんです、王女様。今日は一段と冷えますから」
「アイルでいいって言ってるでしょう?」
物心ついた頃からの、再三の指摘。
柔らかなソフィの微笑みに、一瞬だけ、困惑の色が差した。
「……ううん──ありがとう、ソフィ」
差し出された羽織を纏いながら、アイルは小さく頭を垂れるソフィに笑いかけた。
ソフィは、優しい手付きで羽織の襟を正す。
「ねぇ、ソフィ。……少し、一緒に遊ぶ?」
「……傍にいますからね」
言外の拒否に、アイルが小さく頬を膨らませる。
ソフィは、ただ優しい視線だけを返した。
「……たまにはお兄様と遊びたいな」
──締め切られた書斎の窓に視線を移して、アイルが零す。
ほんの僅かに俯いたソフィが、儚げに瞳を揺らした。
「……王子様は、お忙しい方ですから」
「うん。……分かってる」
しゃがみ込んだアイルが、再び花びらに触れる。
今日も、こんなにも花は綺麗。
空は澄んで、世界が華やいでいる。
……きっと、外の方が楽しいのに──。
「──!」
──不意に。
アイルが、王都の北に浮かんだ伴星に視線を送る。
「……どうされましたか?」
そう訊ねた直後、ソフィもまた気付いた。
伴星の方向──北端の鐘楼から、鐘の音が響いてくる。
それは、一年で最も夜の長い一日を報せる合図だった。
「……季節の移り変わりは、早いものですね。──そろそろ、屋内に入りましょうか」
アイルに、ソフィの言葉は届いていなかった。
──景色が、流れ込んでくる。
人々の暮らし。
広がる街並み。
「……私の、知らない世界──」
音の余韻が空に溶ける頃。
風がまたひとすじ、アイルの髪をさらう。
……不思議な感覚。
まるで、誰かに語り掛けられているような──。
"この星が、いつまでも笑っていますように"
──西へ飛び立つ鳥たちが、小さな影を彼女に落としていった。
【登場人物】
✧アルマ=フィエリア(17)
双星を統べるフィエリア王家に産まれた王子。
"教官"フォニーに王家の務めを学ぶ。
✧フォニー(??)
古くからフィエリア王家に仕える"機械人形"。
アルマの教官ほか、多様な分野で双星の中核を支える。
✧アイル=フィエリア(10)
フィエリア王家の王女。
兄アルマや侍女ソフィとのすれ違いに寂寥を覚える。
✧ソフィ=シュトロハイム(19)
幼少の頃からフィエリア王家に仕える侍女。
アイルの専属侍女として、彼女を静かに見守る。
【用語解説】
✧双星ピュロン
主星ピュロンと伴星リゾーマからなる本作の舞台。
"夜の暗闇"を連なって巡る。