Re:✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─ 作:CABIN.
夜明けを報せる暁が、まだ眠る街並みに色を差す。
……王女殿下の誘拐騒ぎ、密売組織との抗争。
密売人による扇動、王子殿下の王政評議──。
駆け巡ってゆく昨日の記憶を振り切って。
日課の駆け足を終えた女騎士──イリーナ=ベルベットは、空気の冷たさには不釣り合いな額の汗を指先で拭った。
《第9話》暁の雛鳥
✦ピュロン王宮 外縁──
眼下に広がる王都の屋根群は、朝霧に煙っている。
その静けさを破らぬよう、イリーナは暫し手摺にもたれ、深い呼吸を繰り返した。
酷く、身体が重い。
イリーナにとって、早朝の駆け足は自身の調子を測るバロメーターのようなもの。
割り切れていないのだ。
纏わり付く気怠さをそう分析して、イリーナは長い息を吐いた。
"騎士としての在り方を、今一度見直されよ"
昨夕その背を見送った、団長の言葉が蘇る。
──────────
✦昨夕 ピュロン王宮 廊下──
「王子殿下のみが評議に掛けられるのは許容できません、団長!」
王宮到着の、その直後。
エルゼンの背中を追ったイリーナは、苦悶の表情でそう叫んだ。
「陛下の裁定に、お前の許容は必要ない」
「……っ……」
歩みを止めず、振り返ることすらせず──エルゼンが応える。
イリーナは唇を噛みながら、それでもその背を追った。
「……しかし……! 王子殿下を現場に向かわせた責任は私にあります! 処罰を与えるなら、どうか私を──」
エルゼンが、歩みを止めて振り返る。
向けられた瞳の圧に、イリーナは言葉を詰まらせた。
「……王子には、王家としての立場で王政評議に向かって頂く。──お前の処遇は、団長である私が決定する事だ」
……異論を挟む余地もなく、正しい。
王子殿下を庇い立て出来るほどの力も、立場も、その権利も──持ち合わせていない。
「……私は……」
沈黙して俯くイリーナを一瞥し、エルゼンは正面に視線を戻した。
「──別示まで、イリーナ=ベルベットへの王都巡察任務の命を解く。……騎士としての在り方を、今一度見直されよ」
「……は」
遠ざかってゆく団長の背中に、イリーナは力なく頭を下げた。
──────────
朝の陽射しに、目覚めた雛鳥がか細く鳴き始めた。
イリーナは、瞼の裏に広がる暗闇でそれだけを聞いている。
……私が、訓練生──騎士の、雛鳥だった頃。
背中を追った騎士達に、何を見ていた?
"騎士試験"を突破して正騎士となり、何年が過ぎた?
騎士を、騎士たらしめるものは何だ?
胸中の問いに答えは出ぬまま、イリーナが王宮を見上げた。
……修練場から、微かに素振りの音がする。
そこで初めて、イリーナは"先任騎士"の当番を思い出した。
巡察任務こそ解かれたが、訓練生の面倒は見なければ──。
王宮の朝が始まろうとしていた。
──────────
✦ピュロン王宮 修練場──
空を切る、木剣の音。
その発生源である訓練生、レイヴ=グリモアは、今日も一番乗りの修練場で汗を流していた。
──都合百度の、生身による素振り。
イリーナにとっての駆け足がそうであるように、レイヴにとってはそれが日課である。
「……ふっ……ふっ……!!」
マメだらけの掌に振り下ろされる度、木剣は朝霧を裂いて風を巻く。
その音で目を覚ました同期生──ジョナサン=セントマンは、持ち込んだ毛布にくるまって大きな欠伸をした。
「……よくやるよ。生身で素振りしてなんか変わるかね」
──変わる。
ジョナサンの言葉に、レイヴが胸中で応える。
レイヴを追い抜いて騎士試験を突破していった者達の中には、確かに──生身の鍛錬は全く行わなかった、と豪語する者も多い。
騎士試験の突破だけが目的なら、必ずしも必要ない。
結果に直結する部分だけ掻い摘むことを、要領の良さと言うのかもしれない。
それでもレイヴは、承知の上で木剣を振るう。
今はまだ遠く霞む、'彼ら"の背中を目指して──。
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✦四年前──
「──将来の夢はっ! エルゼン団長のような、立派な騎士団長になることですっ!」
所信表明の日。
沈黙に、どっと笑いが巻き起こった。
「団長ぉ!? お前がぁ!?」
「あっはっは! 夢見てんなよ!」
笑い転げる同僚達に、レイヴは酷く赤面する。
おろおろと観衆を泳がせた視線が──王子殿下の姿を捉えた。
……よりにもよってこんな日に──。
レイヴが、消沈した様子で俯いた。
才能とは、時に残酷なものだ。
歳なら一つしか変わらない王子殿下は、レイヴが訓練生となった頃──当時の最速記録を塗り替え、既に騎士試験を突破していた。
流石は獅子王の御子息。
王子でさえなければ、未来の団長候補だったろう。
そんな噂を耳にする度、劣等感がレイヴの胸を覆った。
──ふと。
レイヴと目が合った事に気付いて、アルマが歩み寄る。
「──騎士団長ね」
「……あ、いえ……俺は、その……」
しどろもどろに応えて俯くレイヴの胸を、アルマの拳がとんと叩いた。
「上等。口にしたからには、その夢、しっかり追いかけろよ」
──レイヴが、顔を上げる。
アルマの瞳には、嘲笑も、卑下もなかった。
「……但し、エルゼンに挑むのは僕に勝ってからだ。──追って来い」
レイヴの目が、静かに見開いて──。
「……はいっ!!」
──精一杯の声量で応えた。
満足気に頷いたアルマが踵を返す。
その日から、レイヴは今もその背中を追い続けている。
──────────
戦闘体の操作感覚は、生身の延長線上にある。
試験を突破して騎士になった後も、道は果てなく続く。
翼持つ才に追い付く為には──何年でも、何十年でも、天高く煉瓦を積み上げること!
……抜きん出た才など持たない事は自覚している。
それでも、俺だって──!
柱の隙間を漏れ出した朝日が、火照った頬を照らした。
──────────
それから、しばらくして。
修練場の中央には、ようやく揃った訓練生達が整列し、先任騎士の言葉に耳を傾けている。
──正騎士が持ち回りで行う"先任騎士"制度は、訓練生達にとって、"その日の朝がどの程度厳しくなるか"を決定するルーレットのようなものだ。
何人かの訓練生が、"今日ははずれ"と目配せを送り合っていた。
「──騎士試験もそう遠くない、各々精進するように。……以上、定例伝達終わり」
「「はっ!」」
訓練生達が、不揃いに敬礼を返して持ち場へと戻っていく。
その様子を、先任騎士──イリーナはどこか遠い目で眺めていた。
「……うへぇ、先任騎士イリーナさんかよぉ……」
「おれは逆に楽しみだわ。お前、今日もやられるぞ〜」
「うるせぇよ」
ひそひそと話す同僚達を横目に、レイヴはイリーナの様子に小さく首を傾げる。
……なんか、元気ないな。
レイヴはそんな事を思った。
元々口数の多い印象はないが──寡黙の内にも普段なら感じる、突き離すような冷たさと厳正さを欠くような。
「……今日の相手はレイヴか。まぁ、"当たり"だな」
レイヴが振り返る。
ジョナサンが、気怠げに呟きながら戦闘体に換装した。
やる気こそ欠片もなく、訓練生に甘んじてはいるが──ジョナサンもまた、天賦では殿下に迫る。
……越えるべき、最初の壁。
「──で、いつ出るんだ? "素振りの成果"は」
「……出来れば今日が良いな」
訓練用トリガーを握りながら、レイヴは挑戦的な笑みを浮かべた。
──────────
──私にも、こんな時期があったな。
疎らに訓練を始めた訓練生達に、イリーナが目を細める。
宮廷騎士への登竜門、騎士試験の突破を目指す日々。
先輩達に容易く打ち負かされ、弱さに打ちひしがれた夜もあったが──。
あの頃は、まだ。
騎士への無垢な憧れだけで立ち上がれたように思う。
あの頃に比べれば、遥かに強くなった。
憧れだけでは背負えない現実も見てきた。
……少しは、前に進めただろうか?
「──らしくない顔してんな」
ふと、隣からそんな声がする。
視線だけをそちらに向けると、見慣れた顔がそこにあった。
「やっぱ、昨日なんかあったのか?」
ふらりと現れたイリーナの同期──シーザー=クリケットが、訓練生を眺めながら言う。
気安く肩に置かれた手を払い除けて、イリーナは小さく首を振った。
「……余計なお世話だ。持ち場はどうした?」
「夜警明けだよ。羨ましいか?」
払い除けられた手をひらひら振って、シーザーがにへらと笑う。
イリーナは、明らかに不機嫌な様子で眉間に皺を寄せた。
「……顔に拳がめり込む前に視界から消えろ」
「なんでそうすぐ暴力に頼るかね、お前は。しとやかにしてりゃ器量は良いのに──おっと」
振り上げられた拳に即座に反応したシーザーが、半歩飛び退く。
拳を緩めたイリーナが、そのまま手の甲で払うような仕草を見せた。
「……まぁ、そっちのがらしくて良いわ」
シーザーが、またにへらと笑って扉の奥へ消える。
……本当に何をしにきたんだ、あいつは。
イリーナは大きな溜息を零した。
気遣われたことが分からぬほど、イリーナは鈍感ではないが──気遣いそのものが癪に障る。
シーザーもまた、かつての"雛鳥"イリーナに煮え湯を飲ませた"天賦"のひとりだ。
……また、水をあけられるか──。
イリーナが、静かに瞼を閉じた。
【登場人物】
✧レイヴ=グリモア(16)
騎士団長を志す訓練生。
やる気だけはある。
✧ジョナサン=セントマン(16)
出来れば働きたくない訓練生。
やる気だけがない。
【用語解説】
✧訓練用トリガー
騎士見習い達に手渡される武器トリガー。
簡易な戦闘体、訓練剣及び小盾を生成する。