Re:✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─   作:CABIN.

10 / 13


夜明けを報せる暁が、まだ眠る街並みに色を差す。

……王女殿下の誘拐騒ぎ、密売組織との抗争。
密売人による扇動、王子殿下の王政評議──。

駆け巡ってゆく昨日の記憶を振り切って。
日課の駆け足を終えた女騎士──イリーナ=ベルベットは、空気の冷たさには不釣り合いな額の汗を指先で拭った。



《第2章》 ──宮廷騎士──
《第9話》暁の雛鳥


✦ピュロン王宮 外縁──

 

 

眼下に広がる王都の屋根群は、朝霧に煙っている。

 

その静けさを破らぬよう、イリーナは暫し手摺にもたれ、深い呼吸を繰り返した。

 

酷く、身体が重い。

イリーナにとって、早朝の駆け足は自身の調子を測るバロメーターのようなもの。

 

割り切れていないのだ。

纏わり付く気怠さをそう分析して、イリーナは長い息を吐いた。

 

 "騎士としての在り方を、今一度見直されよ"

 

昨夕その背を見送った、団長の言葉が蘇る。

 

 

──────────

✦昨夕 ピュロン王宮 廊下──

 

 

「王子殿下のみが評議に掛けられるのは許容できません、団長!」

 

王宮到着の、その直後。

エルゼンの背中を追ったイリーナは、苦悶の表情でそう叫んだ。

 

「陛下の裁定に、お前の許容は必要ない」

「……っ……」

 

歩みを止めず、振り返ることすらせず──エルゼンが応える。

イリーナは唇を噛みながら、それでもその背を追った。

 

「……しかし……! 王子殿下を現場に向かわせた責任は私にあります! 処罰を与えるなら、どうか私を──」

 

エルゼンが、歩みを止めて振り返る。

向けられた瞳の圧に、イリーナは言葉を詰まらせた。

 

「……王子には、王家としての立場で王政評議に向かって頂く。──お前の処遇は、団長である私が決定する事だ」

 

……異論を挟む余地もなく、正しい。

王子殿下を庇い立て出来るほどの力も、立場も、その権利も──持ち合わせていない。

 

「……私は……」

 

沈黙して俯くイリーナを一瞥し、エルゼンは正面に視線を戻した。

 

「──別示まで、イリーナ=ベルベットへの王都巡察任務の命を解く。……騎士としての在り方を、今一度見直されよ」

「……は」

 

遠ざかってゆく団長の背中に、イリーナは力なく頭を下げた。

 

 

──────────

 

 

朝の陽射しに、目覚めた雛鳥がか細く鳴き始めた。

イリーナは、瞼の裏に広がる暗闇でそれだけを聞いている。

 

……私が、訓練生──騎士の、雛鳥だった頃。

背中を追った騎士達に、何を見ていた?

"騎士試験"を突破して正騎士となり、何年が過ぎた?

騎士を、騎士たらしめるものは何だ?

 

胸中の問いに答えは出ぬまま、イリーナが王宮を見上げた。

 

……修練場から、微かに素振りの音がする。

 

そこで初めて、イリーナは"先任騎士"の当番を思い出した。

巡察任務こそ解かれたが、訓練生の面倒は見なければ──。

 

王宮の朝が始まろうとしていた。

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 修練場──

 

 

空を切る、木剣の音。

その発生源である訓練生、レイヴ=グリモアは、今日も一番乗りの修練場で汗を流していた。

 

──都合百度の、生身による素振り。

 

イリーナにとっての駆け足がそうであるように、レイヴにとってはそれが日課である。

 

「……ふっ……ふっ……!!」

 

マメだらけの掌に振り下ろされる度、木剣は朝霧を裂いて風を巻く。

その音で目を覚ました同期生──ジョナサン=セントマンは、持ち込んだ毛布にくるまって大きな欠伸をした。

 

「……よくやるよ。生身で素振りしてなんか変わるかね」

 

──変わる。

 

ジョナサンの言葉に、レイヴが胸中で応える。

レイヴを追い抜いて騎士試験を突破していった者達の中には、確かに──生身の鍛錬は全く行わなかった、と豪語する者も多い。

 

騎士試験の突破だけが目的なら、必ずしも必要ない。

結果に直結する部分だけ掻い摘むことを、要領の良さと言うのかもしれない。

それでもレイヴは、承知の上で木剣を振るう。

 

今はまだ遠く霞む、'彼ら"の背中を目指して──。

 

 

────────────────────

✦四年前──

 

 

「──将来の夢はっ! エルゼン団長のような、立派な騎士団長になることですっ!」

 

所信表明の日。

沈黙に、どっと笑いが巻き起こった。

 

「団長ぉ!? お前がぁ!?」

「あっはっは! 夢見てんなよ!」

 

笑い転げる同僚達に、レイヴは酷く赤面する。

おろおろと観衆を泳がせた視線が──王子殿下の姿を捉えた。

 

……よりにもよってこんな日に──。

レイヴが、消沈した様子で俯いた。

 

才能とは、時に残酷なものだ。

歳なら一つしか変わらない王子殿下は、レイヴが訓練生となった頃──当時の最速記録を塗り替え、既に騎士試験を突破していた。

 

流石は獅子王の御子息。

王子でさえなければ、未来の団長候補だったろう。

 

そんな噂を耳にする度、劣等感がレイヴの胸を覆った。

 

──ふと。

レイヴと目が合った事に気付いて、アルマが歩み寄る。

 

「──騎士団長ね」

「……あ、いえ……俺は、その……」

 

しどろもどろに応えて俯くレイヴの胸を、アルマの拳がとんと叩いた。

 

「上等。口にしたからには、その夢、しっかり追いかけろよ」

 

──レイヴが、顔を上げる。

アルマの瞳には、嘲笑も、卑下もなかった。

 

「……但し、エルゼンに挑むのは僕に勝ってからだ。──追って来い」

 

レイヴの目が、静かに見開いて──。

 

「……はいっ!!」

 

──精一杯の声量で応えた。

 

満足気に頷いたアルマが踵を返す。

その日から、レイヴは今もその背中を追い続けている。

 

 

──────────

 

 

戦闘体の操作感覚は、生身の延長線上にある。

試験を突破して騎士になった後も、道は果てなく続く。

翼持つ才に追い付く為には──何年でも、何十年でも、天高く煉瓦を積み上げること!

 

……抜きん出た才など持たない事は自覚している。

それでも、俺だって──!

 

 

柱の隙間を漏れ出した朝日が、火照った頬を照らした。

 

 

──────────

 

 

それから、しばらくして。

修練場の中央には、ようやく揃った訓練生達が整列し、先任騎士の言葉に耳を傾けている。

 

──正騎士が持ち回りで行う"先任騎士"制度は、訓練生達にとって、"その日の朝がどの程度厳しくなるか"を決定するルーレットのようなものだ。

 

何人かの訓練生が、"今日ははずれ"と目配せを送り合っていた。

 

「──騎士試験もそう遠くない、各々精進するように。……以上、定例伝達終わり」

「「はっ!」」

 

訓練生達が、不揃いに敬礼を返して持ち場へと戻っていく。

その様子を、先任騎士──イリーナはどこか遠い目で眺めていた。

 

「……うへぇ、先任騎士イリーナさんかよぉ……」

「おれは逆に楽しみだわ。お前、今日もやられるぞ〜」

「うるせぇよ」

 

ひそひそと話す同僚達を横目に、レイヴはイリーナの様子に小さく首を傾げる。

 

……なんか、元気ないな。

レイヴはそんな事を思った。

 

元々口数の多い印象はないが──寡黙の内にも普段なら感じる、突き離すような冷たさと厳正さを欠くような。

 

「……今日の相手はレイヴか。まぁ、"当たり"だな」

 

レイヴが振り返る。

ジョナサンが、気怠げに呟きながら戦闘体に換装した。

 

やる気こそ欠片もなく、訓練生に甘んじてはいるが──ジョナサンもまた、天賦では殿下に迫る。

 

……越えるべき、最初の壁。

 

「──で、いつ出るんだ? "素振りの成果"は」

「……出来れば今日が良いな」

 

訓練用トリガーを握りながら、レイヴは挑戦的な笑みを浮かべた。

 

 

──────────

 

 

──私にも、こんな時期があったな。

 

疎らに訓練を始めた訓練生達に、イリーナが目を細める。

 

宮廷騎士への登竜門、騎士試験の突破を目指す日々。

先輩達に容易く打ち負かされ、弱さに打ちひしがれた夜もあったが──。

 

あの頃は、まだ。

騎士への無垢な憧れだけで立ち上がれたように思う。

 

あの頃に比べれば、遥かに強くなった。

憧れだけでは背負えない現実も見てきた。

 

……少しは、前に進めただろうか?

 

「──らしくない顔してんな」

 

ふと、隣からそんな声がする。

視線だけをそちらに向けると、見慣れた顔がそこにあった。

 

「やっぱ、昨日なんかあったのか?」

 

ふらりと現れたイリーナの同期──シーザー=クリケットが、訓練生を眺めながら言う。

気安く肩に置かれた手を払い除けて、イリーナは小さく首を振った。

 

「……余計なお世話だ。持ち場はどうした?」

「夜警明けだよ。羨ましいか?」

 

払い除けられた手をひらひら振って、シーザーがにへらと笑う。

イリーナは、明らかに不機嫌な様子で眉間に皺を寄せた。

 

「……顔に拳がめり込む前に視界から消えろ」

「なんでそうすぐ暴力に頼るかね、お前は。しとやかにしてりゃ器量は良いのに──おっと」

 

振り上げられた拳に即座に反応したシーザーが、半歩飛び退く。

拳を緩めたイリーナが、そのまま手の甲で払うような仕草を見せた。

 

「……まぁ、そっちのがらしくて良いわ」

 

シーザーが、またにへらと笑って扉の奥へ消える。

 

……本当に何をしにきたんだ、あいつは。

イリーナは大きな溜息を零した。

 

気遣われたことが分からぬほど、イリーナは鈍感ではないが──気遣いそのものが癪に障る。

シーザーもまた、かつての"雛鳥"イリーナに煮え湯を飲ませた"天賦"のひとりだ。

 

……また、水をあけられるか──。

イリーナが、静かに瞼を閉じた。

 

 

 





【登場人物】
✧レイヴ=グリモア(16)
 騎士団長を志す訓練生。
 やる気だけはある。

✧ジョナサン=セントマン(16)
 出来れば働きたくない訓練生。
 やる気だけがない。


【用語解説】
✧訓練用トリガー
 騎士見習い達に手渡される武器トリガー。
 簡易な戦闘体、訓練剣及び小盾を生成する。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。