Re:✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─ 作:CABIN.
──宮廷十騎制度が公式に発表され、王宮がざわつく正午。
訓練生達を昼食に送り出した、束の間の休息。
そのつもりで集会場を訪れたイリーナは、扉を開くなりその場で固まった。
✦ピュロン王宮 騎士集会場──
「ごきげんようイリーナちゃん」
受付嬢のペネロペ=パンナコッタが、明らかに感情が籠もっていない棒読みで言う。
「……え、ええ……御機嫌斜めのようですね」
目が死んでいる。
理由はイリーナが固まった理由と同じだろう。
──それはもう、宴会場かと錯覚するほどの大騒ぎ。
普段の荘厳で静けさ漂う空気など欠片も残っていない。
……あてが外れたな。
そう、踵を返そうとしたイリーナは──。
騒ぎの中心に、見覚えのある顔を見つけた。
「
「──かっけぇー! んで似合わねー!」
「……寝かせてくれ……」
「寝るな寝るな"第九席"!! あっはっはっ!!」
……何をやっているんだあいつらは。
一瞬介入を躊躇ったイリーナは、しかしその場に足を踏み入れた。
「おい。もう少し静かに出来ないのか」
「は……お、おお、イリーナ」
騒ぎ立てていた騎士のひとり──ロレンス=テレジアが、明らかに目を泳がせて応えた。
途端、なんとも言えない空気が漂う。
「ああ、いや──悪い、騒ぎすぎた。い、行こうぜ」
ロレンスの言葉に相棒のマービン=ティモシーが頷き、そろそろと騒乱の元凶達が離れてゆく。
溜息を溢したイリーナが、半ば寝落ちしている"見知った顔"を見据えた。
「何をしてるんだお前らは」
「……助かった……ナイスアシスト」
千鳥足で椅子にもたれ掛かったシーザーが、ぐったりとした様子で親指を立てる。
「……何があった?」
イリーナが、再度訊ねた。
「……夜警明けなんだよ……」
「それはさっき聞いた」
──────────
✦ピュロン王宮 修練場──
「──ぷはぁっ……!!」
見習い達の去った修練場。
シーザーは、手渡された水を一気に飲み干した。
「……ふぅ……一周回って眠くなくなったわ」
「お前の眠気はどうでも良い」
「水より冷たいなお前」
イリーナとシーザーの二人だけが残された空間。
暫くは、無言の空間が流れていた。
「──もう一度聞く。何があった?」
再度訊ねられたシーザーは、イリーナの表情に微かな心配の色を感じ取る。
「……騒ぎたいお年頃なんだよ、あいつらは」
頭の後ろで腕を組みながら、シーザーが欠伸をする。
イリーナもまた、その言葉に配慮を感じ取った。
「──話せ」
無言の圧。
俯いたシーザーが、小さく息を吸う。
「……今朝、"
イリーナが、眉間に皺を寄せて詳細を促す。
シーザーは、それ以上何も言わなかった。
"
……ああ。
記憶を遡ったイリーナは、その名称とロレンス達の態度から、配慮の理由に思い至った。
「──お前が、騎士の九番手か」
シーザーは、一瞬驚いたように目を丸くしたが──すぐ、観念して笑った。
「……笑えるよな」
「──笑わない」
その即答に、シーザーが横目でイリーナを見る。
イリーナは、ただ誰もいない修練場の空間を見ていた。
イリーナが、まだ訓練生だった頃の景色を想う。
この修練場で何度となく剣を交えた同期生達。
──当時から、シーザーは飛び抜けた天賦の片鱗を見せていて。
同期生達の誰もがシーザーの背を追った。
……私も、そうだった。
全く届く気がしない背中に、何度枕を濡らしたか。
騎士になってからも、日増しに背中は遠くなった。
今となっては、かたや謹慎処分、かたや十本指の精鋭。
随分と水を空けられたものだが──。
「お前の才能も、努力も、隣で見てきた。──笑わない」
イリーナの真っ直ぐな言葉に、シーザーは何か言いかけて口を開き──そのまま、小さく首を振った。
「──それで、私は選ばれなかったと」
「……さぁ」
「気を遣うならもう少し上手く誤魔化せ」
イリーナがシーザーの肩を小突く。
シーザーは力無く笑った。
「……納得いかないんだよ、イリーナ」
「何が」
「お前が、おれより下で良い訳ないのに」
……皮肉や嫌味ではない事は分かる。
それでも──イリーナは、息を詰まらせる。
シーザーの顔を見ることが出来なかった。
「……お前は、周りが、お前自身が思ってるよりも、凄い奴なのに──」
鼻孔に痛みが走った。
イリーナは、涙が溢れそうな感覚を必死で抑える。
……お前が、言うな。
ふと肩に寄り掛かった重みに、精一杯の毒を吐く。
ずっと、私の前を走ってきた癖に──。
「……お前が、私の下で良い筈ないだろ──」
誰もいない、修練場。
穏やかな寝息と、鼻を啜る音だけが響いていた。
──────────
✦ピュロン王宮 廊下──
──一方、その頃。
昼食を取り終えたアルマは、"第四席"クラリスへの闘志を静かに燃やしていた。
「トリガーが戻ったらまずは親善試合だな」
パシンと拳を叩いたアルマが、廊下を歩きながら息巻く。
「……どうせなら試合の結果で入れ替える感じで良くないか?」
『それはお前が決めることではない』
淡々と応えて、フォニーはアルマを覗き見た。
……表情はいつもの様子に程近いが──。
「……そう心配するな、フォニー」
視線に気付いたアルマが、向き直って笑う。
「──叱られ慣れてる」
『お前はその事実を心配した方が良い』
「はは、違いない」
……反省、焦燥、重責──。
僅かな声色の差にそれらが滲んでも、フォニーは決して指摘しない。
『──まずは"禊"を済ませることだな』
「ゆっくり考えるよ。……どうせ、しばらく暇になりそうだ」
背伸びをするアルマから、フォニーは緩やかに視線を外した。
抱えたものの重さを、決して周囲に悟らせまいとする。
そうして軽口を叩く癖が、もう随分と板についていた。
……しかし──ひとつ、明確に逃げの思想が見える。
『暇を持て余す前に、"禊"を済ますべき相手がいるだろう』
不意に、フォニーがそう告げる。
「……ん?」
アルマは、小さく首を傾げた。
【登場人物】
✧ペネロペ=パンナコッタ(27)
騎士集会場の受付嬢。
安穏な空気を好み、やる気はいまいち。
✧ロレンス=テレジア(20)
シーザーやイリーナの同期にあたる騎士。
すぐ騒ぐのでペネロペに嫌われている。
✧マービン=ティモシー(21)
ロレンスの相棒。
基本的には冷静だがすぐ悪ふざけに加担する。