Re:✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─   作:CABIN.

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……窓を閉め切った書斎は、なお肌寒さが残る。
ようやく椅子に腰掛けたアルマは、待ち惚けるフォニーを一瞥し──掌で、話の先を促した。





《第1章》 ──王家の務め──
《第1話》出陣


 

 

 

 

『……言うまでもないが──この世界は、その殆どが"トリオン"によって形成されている』

 

待ちくたびれたフォニーが、暖炉に視線を送る。

 

『人体が生み出すエネルギー、“トリオン”。そして、それを現象に変換する“トリガー”』

 

熱を伴っていた炎は瞬く間に分解され、浮遊する光のキューブ──トリオンへと形を変えた。

 

『──この二つなくして、この世界は成立しない』

「……本当に言うまでもないな」

 

ひとつ身震いしたアルマが、暖炉を指差す。

指の動きに呼応した暖炉が、書斎の片隅でまたぞろ炎を灯した。

 

「いくら僕でも、その位知ってる」

 

アルマが視線で圧を送る。

 

『失礼。いくらアルマとは言え、虚仮にしすぎたか』

「おい」

『──冗談だ』

 

……フォニーが冗談を口にするとは珍しいな。

アルマは、ふとそんなことを思った。

 

『では、本題に入ろう』

 

言葉に呼応して、卓上の双星が急速に拡大されていく。

その視点が地表さえも突き抜け、やがて星の中枢に至った時──。

 

そこには、ひとつのトリガーが鎮座していた。

 

トリガーと聞いて思い浮かべる、"道具"の規模ではない。

映像でさえ圧倒される、法外な構造体──。

 

『──これが、星そのものを形成する"(マザー)トリガー"だ』

「……姿を見るのは初めてだな」

 

フォニーが、目を細めたアルマをじっと見つめる。

 

『……アルマ。──仮にこれを破壊された場合、星はどうなると思う』

 

フォニーが、無意味な質問を挟む筈がない。

先程の質問に重ねて、腕を組んだアルマが目を閉じる。

 

……どうしても想像させたいらしい。

星の、終わりを。

 

「──"暖炉の炎"と、理屈は変わらない筈だ」

 

小さく頷いたフォニーが、投影図を操作する。

再び遠景に戻った双星は、途端──。

 

砂の城を崩すように、暗闇にさらさらと流れ落ちた。

 

『……つまり──ピュロンもまた、こうなる』

 

アルマが、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

遠景で見る分には単なる現象だが──仮に“こう”なった時、この星に住む民は。

 

(マザー)トリガーを失えば──我々も"暖炉の炎"と同じ未来を辿る。王家の者として、まずはそれを肝に銘じておけ』

 

言葉が、鈍重な圧力を伴って書斎に響いた。

 

「……"失う"事が、有り得るのか?」

 

アルマの問いに、フォニーが何か言いかけて──その言葉を飲み込む。

その僅かな沈黙も、アルマに嫌な肌触りを与えた。

 

 

『契機は、幾つかある。──分かりやすい例を挙げるならば"戦争"だ』

 

 

アルマが、眉を顰めた。

 

「資源の奪い合いなら理屈は分かる。──他人様の星を破壊して何の得がある?」

『……思想、信条、目的。動機が何であれ──“戦争”は、それを達成するための“手段”だ』

 

……手段。

フォニーの言葉を反芻したアルマが、小さく俯く。

 

『軌道を共有する双星など、他に前例がない。特異性もまた、その手段を選択する動機となり得る』

 

 

理屈は分かる。

……だが──納得出来ないアルマは、反論を口にした。

 

「……手段というなら──和平交渉なり、他の道もある」

『交渉で済むならそうするだろう。しかし──既に決断した者にとって、相手側の主張など意味を為さない』

 

フォニーが、再び卓上の映像を星間軌道図に戻す。

 

『……事実、星々は今も運命を争い──二十年ほど前には、この星も戦火に飲まれたのだから』

 

卓上に浮かぶ星々の幾つかが、時折赤黒く明滅する。

アルマは、自身が生誕する以前の大戦に暫し想いを馳せ──それから、静かに口を開いた。

 

「……仮に、この星にまた危機が訪れたとして──その時は、どうすれば良い?」

 

返ってくる答えが明らかでも。

瞼を閉じたアルマは、その答えをフォニーに委ねる。

 

『──それを決めるのが、王家の務めだ』

「……言うと思ったよ。王家で括られちゃ敵わない」

 

……"王家"は、僕だけじゃないんだよ。

カーテン越しに覗いた幼い笑顔が、アルマの脳裏で揺らいだ。

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 中央階段──

 

 

──ちょうど、その頃。

"幼い笑顔"が、御機嫌斜めの様子で頬を膨らませていた。

 

 "いけません! あなたは、王女様なのですから──"

 

いっつも、そればっかり。

ソフィなんか、知らない。

 

他ならぬソフィ自身の羽織を纏いながら、アイルは地上階への階段をとぼとぼと歩く。

 

……私はただ、王宮の外側を、知らない世界を見てみたいだけ。

アイルは、ずっと変わらない景色の息苦しさを、日増しに募る寂しさを──それで、少しだけ忘れられる気がしていた。

 

「……王女だから、何?」

 

それを、自分で選んだ訳じゃない。

此処にいたって、誰も遊んではくれない。

 

「ソフィも、お兄様も──私のことなんか、どうでも良いんだ」

 

ぶつぶつと文句を零していたアイルは──ふと。

通り過ぎた、厩舎係達の言葉に耳を傾けた。

 

「──もう積み込み終わったのか?」

「大方はね。珍しく荷物が少なかったんだよ」

 

……この時間は、王都に向かう馬車が──。

 

 

──いいもん、ひとりで遊ぶから!

 

 

途端、目を輝かせたアイルが、歩みを早めた。

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 回廊──

 

 

──中庭に隣り合う、長い回廊の片隅。

吹き抜ける一際冷たい風が、ソフィのお下げ髪を撫でた。

瞳を揺らして、ソフィは中庭の空虚をただ見つめる。

 

……少し、突き離しすぎたかも──。

景色に、頬を膨らませて走り去るアイルの姿が重なった。

 

 "もういい! ソフィなんか知らない!"

 

……去り際の言葉を思い出して、ずきりと胸が傷んだ。

 

「……私は──」

 

 "侍女として、距離を誤ってはならないよ"

 

いつだったか、執事長に贈られた言葉。

寄り過ぎる事も、離れ過ぎる事も認められない。

想いが募る程に、その距離は曖昧で──。

 

……王女様が抱える寂しさの、幾らかは私のせいだ。

ソフィもまた、責務と自責の境界で揺れていた。

 

「──あれ? ソフィさん」

 

ふと、そんな声が背中を叩く。

ソフィが振り返ると、ひとりの厩舎係が立っていた。

 

「王都の視察じゃなかったんですか?」

「視察? いえ、そんな予定はありませんけど──」

「……んん?」

 

──無意識が、不意に"その可能性"を告げる。

それを遮るように、ソフィは小さく首を振った。

 

「……どなたから、そのお話を?」

「いや、さっき王女様自身がそんな事を──てっきりソフィさんも一緒なのかと」

 

……血の気が、引いてゆく。

会話を唐突に断ち切ったソフィが、地上階へと急いだ。

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 厩舎──

 

 

「言われてみれば、近くにいらっしゃったような……」

 

──ソフィが、その言葉に呆然と立ち尽くす。

定期便は、定刻よりも随分早く──既に、王宮を離れていた。

 

……確たる証拠が、ある訳ではない。

ただ──もしも、王女様の身に何かあったら。

 

小さく震えながら、ソフィは必死で思考を巡らせた。

 

……誰にも、相談できない。

憶測で陛下や騎士団長に伝えては、徒に騒ぎを大きくしてしまう。

王女の軽挙と見られれば、それが王政不信に繋がってしまう恐れすらある。

 

かといって──。

 

侍女の中では王都に明るいソフィにとってさえ、ひとり探し回るには広すぎる。

仮になんらかの争いに巻き込まれた時、それに対処する力も当然に持っていない。

 

……王女様の処遇を第一に慮り、その動向を察し得て、王都の地理に通じ、"万一の荒事"にも宮廷騎士を単独で指揮出来る方──。

 

その条件と信頼に足る、唯一人の人物に思い至って。

脈打つ心臓を無理やりに抑え込んだソフィが、今度は書斎へと駆け出した。

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 書斎──

 

 

『──また、"危機"が外から戸を叩くとも限らない』

 

フォニーが、ふとそんな事を口にする。

訝しげに、アルマは目を細めた。

 

「内乱が起こるとでも?」

『少なくとも、王家や王政を快く思わない者は存在する』

「……ああ──」

 

……つい最近、"任務中"にそんな話を聞いたな。

アルマが、ぼんやりと天井を眺める。

 

「──例の、"反体制組織"か」

『……限定すべきでもないが──』

 

星々が虚空に消え、代わりに鷹と六芒星を象った二つの紋章が浮かび上がった。

 

『"鷹の翼(ヒエラクセ)"と、"星導会(エスハトン)"。彼らには、王家に牙を向け得るだけの背景がある』

「……うちの騎士団が遅れを取るとも思えないけどな。──まぁ、一応覚えておくよ」

 

尚も続く、講義の最中。

 

「──王子様っ!!」

 

勢い良く、書斎の扉が開かれた。

 

「……ソフィ?」

『何があった』

 

二人が、同時に視線を送る。

荒い息遣いでへたり込んだソフィが、二人へと視線を返した。

 

「……王女様が、もしかしたら、定期便に紛れて王都へ──!」

「──!」

『──待て、アルマ!』

 

即座に立ち上がったアルマを、フォニーが制止する。

アルマは、先程までとはまるで異なる鋭い目つきをフォニーに向けた。

 

「……結論から話せ、フォニー。お喋りの時間が惜しい」

『口ぶりから推測の域を出ない。──お前も"王家"だ』

 

──矢継ぎ早に並べられたふたつを瞬時に咀嚼して、アルマは扉に視線を向けた。

 

「……王家も大変だな。──それ以前にアイルの兄だ」

『──アルマ!』

 

制止も虚しく。

ソフィの隣をすり抜けたアルマは、風の如く廊下を駆けていった。

 

「──王子様!」

 

ソフィが、困惑した表情で背中に叫ぶ。

それも、すぐに見えなくなった。

 

『……困ったものだ』

 

……どの道、一度こうなると聞く耳を持つまい。

呆れた様子で、フォニーは小さく身体を揺すった。

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 中央階段──

 

 

……今日の定期便なら──行き先は西地区だ。

 

殊の外冷静な判断力を残していたアルマが、アイルの行き先をシミュレートしながら階段を駆け上る。

 

……杞憂ならそれで良い。

ただ──ソフィが言うなら、その推測はきっと正しい。

 

懐から取り出した小型の機器──"戦闘用トリガー"の持ち手には、宮廷騎士団の紋章が踊った。

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 書斎前廊下──

 

 

「……すぐにどなたか騎士の方をお呼びして──」

『待て、ソフィ。──推測に対して動員出来る程、今の騎士団に余裕はない』

 

ソフィを制止したフォニーが、窓際から王都を見下ろす。

 

「……余裕の問題じゃありません! 王子様まで厄介事に巻き込まれでもしたら──」

『巻き込まれたとして、相手にならないだろう』

 

フォニーが、ソフィに向き直った。

 

『──アルマは、この星で最も純粋な"英雄の系譜"だ』

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 屋上──

 

 

……いつも、寂しい思いさせてごめんな。

もう少しだけ待っててくれ。

 

一足飛びで屋上の縁から飛び出しながら、アルマが大きく息を吸い込む。

 

『──トリガー、起動(キネソン)ッ!!』

 

アルマの爪先から全身を巡った走査光。

それを追う様に、軽鎧と外套が編まれてゆく。

程なくして放たれた紫電が、アルマの身体を"もうひとつの肉体"──戦闘体へと換装した。

 

──王家の務めが、何であろうと。

……ただ、兄が妹を迎えに行くだけの事だ──!

 

同時に手元で生成された槍をくるりと回したアルマは──背に掲げた王家の紋章を空中で翻し、城下へと駆った。

 

 

 

 




【用語解説】
✧トリオン
 人体の"見えない臓器"で生成されるエネルギー。
 この世界のほとんどを形成する重要な資源。

✧トリガー
 トリオンを変換する装置の総称。
 生活から戦闘に至るまで、あらゆる文明の中枢。

✧母トリガー
 星を形成する巨大なトリガー。
 これを失うと星そのものが消滅する。

✧宮廷騎士団
 双星ピュロンの平和と治安を守る組織。
 見習いを経て騎士試験を突破した騎士達で構成。

✧戦闘用トリガー
 名の通り、戦闘に供されるトリガー。
 所有者のトリオンを"戦闘体"と武器に変換する。

✧戦闘体
 戦闘用トリガーで生成される"もう一つの肉体"。
 生身を遥かに凌駕する力を有する。

✧鷹の翼(ヒエラクセ)/星導会(エスハトン)
 王政に異を唱える反体制組織。
 それぞれ鷹と六芒星の紋章を掲げる。
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