Re:✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─ 作:CABIN.
"けれど、ある日
マリルの目に 黒い影が映りました。
それは、星が落ち、空が沈む
まだ誰も知らない、ずっと先に起こる
悲しい未来の景色でした。
「なんで、こんな景色が見えるんだろう」
「きっと、星が『助けて』って言ってるんだよ!」
そう言って、ダリルは
マリルの手を ぎゅっと握りました。"
──────────
──運命とは、編み込まれた選択の連鎖だ。
……もし。
それらがほんの少しずつ、何か違っていれば──。
この星は、まだ笑えていただろうか?
✦"王都行き"定期輸送便──
「──わぁっ……!」
馬車の荷台、幌の隙間から、アイルの瞳が宝石のように輝いた。
正門の跳ね橋を抜けた先。
広がる、華やかな城下町。
果物を売る露天商、人混みの喧騒、立ち並ぶ建物──。
屋上から眺めていた、知らない世界。
アイルにとって、全ての景色が刺激的だった。
……でも──。
"いつか、一緒に行けたらいいですね"
いつだったかソフィにかけられた言葉が、アイルの心をちくりと刺す。
「……ソフィ、怒るかな……」
……アイルは、ふるふると頭を振った。
ううん、ソフィが悪いの。
お兄様も──私がいなくたって、気にもしないわ。
……また、何かがちくちくと心に刺さった。
──────────
✦王都西地区 プラユス広場──
「──では、次の補給便は四日後で」
「ええ、ええ。お待ちしております」
──喧騒の町並み。
先程までアイルが身を隠していた馬車が、カラカラと音を立てて去ってゆく。
酒樽に隠れてそれを見送ったアイルは、きょろきょろと辺りを見渡した。
……私が王女だってバレたら、きっと大変だわ。
アイルは、自身が帰る手段を失った事に気付かない程度には"お子様" だが、しかし、全くの世間知らずでもなかった。
街が王宮ほど安全な場所ではないことを、朧気ながら知っている。
「どうしよう……まずは、お花屋さんかな?」
幼い手足を懸命に振って、アイルが走り始めた。
通行人達が、時折ぎょっとした表情で視線を送る。
──アイルは、身に纏う純白のドレスが、羽織に描かれた王家の紋章が、民衆にとってどれ程奇異に映るかを知らなかった。
──────────
✦ピュロン王都 裏路地──
「──そこのお嬢ちゃん」
迷い込んだ裏路地。
不意に声をかけられたアイルは、声のした方へ振り返った。
古物商のような出で立ちの男が、にこにこと笑いながらアイルの羽織をじっと見ている。
「なにかしら?」
「──お嬢ちゃん、絵本は好きかい?」
「絵本? ええ、とっても!」
取り出された絵本に、アイルが瞳を輝かせた。
「お店に来れば、もっと沢山の絵本があるよ」
──古物商の瞳に、暗い光が宿った。
──────────
✦王都西地区 市街──
……何処にいった、アイル──。
アルマが、焦燥を抑えて街を疾駆する。
「──あれ、アルマ王子じゃない?」
「本当だ」
市民たちは、その様子をただ奇異の目で見ていた。
『──アルマ』
ふと、アルマの脳内に聞き慣れた声が響いた。
──トリガーによって造られる戦闘体には、トリオンを介した内部通信機能が備わっている。
『フォニーか』
『今更遅いが、あまり目立つな。状況が悪くなるぞ』
『……分かってる』
闇雲に訊ねて回る訳にもいかない。
だが──時間が経てば経つほど、アイルの身に危険が生じる可能性は高くなる。
『──ソフィからの言伝がある。厩舎係曰く、本日の定期馬車が積荷を下ろしたのは"プラユス広場"だそうだ』
『……礼を言っておいてくれ』
……広場に降りたとして、アイルなら──。
市民や商人達が行き交う市街中央は避け、裏通りへ。
──建物の屋根に飛び乗ったアルマは、全速力で広場を目指した。
──────────
✦王都西地区 裏路地──
「……おじさまは、本屋さん?」
古物商の後に続きながら、絵本を脇に抱えたアイルが訊ねる。
古物商は、相変わらずにこにこと笑っている。
「なんでも屋さんだよ。お店には本以外にも色々あるからねぇ」
「本当? お花もある?」
「ああ、あるとも」
笑顔を浮かべるアイルの隣で、古物商が口角を緩める。
……これは、とんでもない商品が手に入ったぞ──。
「ところでお嬢ちゃん。──お名前は?」
その問いに、アイルがたじろいだ。
……バレちゃ駄目だから──。
「……ソ、ソフィ」
アイルは、咄嗟に浮かんだ侍女の名を名乗る。
「そう。じゃあ、お店に行こうか。──ソフィちゃん」
古物商の笑顔が、静かに濁った。
──────────
✦王都西地区 プラユス広場──
「──イリーナッ!」
王都巡察中の女騎士──イリーナ=ベルベットは、ふいに自身の名を呼んだ声に振り返った。
「……王子殿下?」
音もなく着地したアルマが、肩で息をしながらイリーナに歩み寄る。
「如何なさいましたか」
「……アイルが、定期便に紛れて王宮を抜け出した可能性がある」
「──!?」
「この辺りにいる筈だ。──何か知らないか」
……それらしき影を、直接見かけてはいないけれど──。
イリーナは顎に手を当てて俯くと、巡回中に拾った声を遡り始めた。
"もっと稼いで帰らないと家内がうるさいんだよ"
"最近は王都も小競り合いが多いなぁ"
"ほら、これ! リゾーマのお土産!"
"安いよ安いよー! とれたて新鮮っ!"
…………。
"綺麗なドレスだったね〜"
"宮廷の子かな"
はっとしたイリーナが、顔を上げた。
「先程、"ドレスを着た少女"の話をしていた者が」
イリーナが指差した方向に、アルマの推測が重なる。
……やはり、裏通りか。
「──助かる」
「……殿下おひとりで向かわれては──!」
咄嗟に制止しようとしたイリーナだったが──振り上げた手をすり抜けたその背中は、既に遥か先にあった。
『──お待ち下さい、王子殿下!』
通信に切り替えたイリーナが、雑踏に消えた背中に呼び掛ける。
『……その周辺には、西地区に蔓延る密売組織の拠点が』
『そうか。──つまり、尚更急がなきゃいけない訳だ』
一瞬でも躊躇してくれると踏んでの情報提供だった。
イリーナが、静かに冷や汗をかく。
……騎士団長から、密売人は泳がせておけと──。
『いえ、まだ、王女殿下が巻き込まれたと決まった訳では──』
『その密売組織とやらは──裏路地を"王女"が歩いていても、黙って見過ごしてくれるのか?』
イリーナが、その問いに俯く。
……抵抗する術さえ持たぬ、双星の、王女。
王都の影には、価値を見出す者など幾らでも──。
『……衝突リスクの話です、王子殿下。まずは衝突の可能性が低い場所をあたって──』
『発想が逆だ。最悪なのは──既にアイルが囚われた状態から、遠方で捜索に勘付かれる事』
更に確信を突かれ、イリーナが言葉を詰まらせた。
そうなれば十中八九、彼らは王女殿下を隠す方向に走る。
正面衝突以外の、救助手段を失う。
……しかし──。
『まず一直線に向かって、いなければ逆順を辿れば良いだけだ』
『……それは、政治判断を要する行動です。王子殿下』
僅かな沈黙が返った。
……王子殿下ならその意味を察し、重さを御理解下さる筈──。
『……分かった、王家として判断する。──根城の位置を教えろ、イリーナ!』
……ああ、駄目だ。
──こうなると、この御方は何を言っても止まらない。
『……分かりました。──ただし、私も向かいます!』
……いずれにせよ、これはただでは済まないが──。
意を決したイリーナが、遅れて雑踏へと駆け出した。
──────────
✦王都西地区 商店──
木製の扉が、軋んで鳴いた。
「……さぁ、どうぞ」
「お邪魔します」
ぺこり、と頭を下げて、アイルは古物商が営む商店へと足を踏み入れる。
「……わぁ……!」
アイルが、またキラキラと瞳を輝かせた。
古い木と埃の香りが鼻をついたが──所狭しと立ち並ぶ商品は、アイルにとってどれもが新鮮だった。
「なんでも見て良いんだよ」
「ありがとう、おじさま!」
はしゃいだ声で言って、アイルが商品に触れて回る。
ブリキの兵士や、不思議な形の食器。
アイルの手がまだ届かない壁には、古い剣やタペストリー。
「……あ、これ──」
アイルの目が、棚の片隅に置かれたドーム型の置物に留まった。
小さなその世界には、雪の欠片が煌めいて舞い──その中央で、双子の兄弟が手を取り合っている。
アイルは、ふと──幼い頃の"読み聞かせ"を思い出した。
"──そう言って、ダリルは
マリルの手をぎゅっと握りました"
……童話を読みあげる、ソフィの、優しい声。
ずきりと胸が痛んだアイルは、悲しげに顔を伏せた。
「……おじさま、ごめんなさい。私、帰らなきゃ──」
──閂が閉じる音。
「いやいや」
アイルは古物商の顔を見た。
先程までと同じにこにことした笑顔。
けれど──。
「もう、君は帰れないんだよ。"アイルちゃん"」
──それはもう、人間に向ける目ではなかった。
「……え──」
ずれた時を刻む古時計が、不意に鐘を鳴らす。
無機質な鐘の音が、アイルには酷く不気味に響いた。
……私、さっき、ソフィって──。
「自国の王女を、知らない訳がないだろう? 特におじさんの知り合いには、君を欲しがってる人達が沢山いるからねぇ」
「……っ……!」
──また、この感覚。
後退りながら、アイルはかたかたと震えていた。
……景色が、流れ込んでくる。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよぉ」
古物商が、異様なほど口角をつりあげた。
煩雑な店内のその影に、何人もの、人の気配がする。
「……いや……来ないで……」
「こらこら、大人しくしておかなきゃ。──痛いことされちゃうからねぇ」
羽織を握りしめたアイルの頬を一筋の涙が這った、その時──。
──雷轟。
「──!?」
古物商が、アイルが、そう錯覚する程の衝撃音と共に、入り口の扉が突然弾け飛んだ。
飛来した扉が店内の商品を乱雑に薙ぎ倒すと、長年蓄積された埃が一斉に舞い上がる。
「……けほっ……!!」
……何だ──!?
古物商が入り口に向き直ると──。
光で成形された槍の穂先が、眼球間近に迫る。
「──邪魔だ、どけ」
「ひっ……」
……騎士──!? い、いや……。
視界を遮っていた古物商が尻餅をついたことで、アイルの瞳に、雷轟の"発生源"が映った。
「……どうして──」
力抜くへたり込んだアイルが、絞るような声で言う。
「……迎えにきただけだ。──帰ろう、アイル」
優しい笑顔で、アルマが静かに口を開いた。
【登場人物】
✧イリーナ=ベルベット(20)
本日の西地区巡察を担当する女騎士。
アルマやアイルから一定の信頼を置かれる。
【用語解説】
✧プラユス広場
多数の商人や市民が行き交う西地区の中央。
宮廷馬車の停留所のひとつになっている。
✧通信機能
戦闘体に搭載される標準機能のひとつ。
個別、一般、一斉等の対象切替が可能。