Re:✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─ 作:CABIN.
アイルの姿を見た瞬間、アルマの中で張り詰めていた緊張が一気にほどけた。
長い息を吐いたアルマは、いつもの朗らかな笑顔でアイルに歩み寄る。
「……全く、お前は──」
──言いかけたアルマの視界の隅を、何かが横切った。
「お兄様っ!!」
──破裂音。
鼻先すれすれで躱した銃弾が前髪を掠めたアルマは、その発砲元に鋭い視線を送った。
「……隠れてろ、アイル」
初弾を躱された男が、驚愕の表情を浮かべている。
再び引き金を絞るよりも早く、一足飛びでアルマが迫った。
「──うわっ!?」
ヒュンッ、と軽い音がした。
穂先が弧を描き、男の構える銃を両断する。
硬質な音を立てて、その片割が床を転がった。
「……速ぇ……っ!」
「──こいつ、騎士だ! 一斉にかかれっ!」
途端に、
柄の一撃で男を昏倒させながら、アルマは思考を巡らせている。
トリガーによって換装される戦闘体の強み。
伝達脳と神経系の直通による反応速度。
生身では決して到達し得ない身体能力。
そして、何よりも──。
トリオン反応を除く、あらゆる物理現象に対する圧倒的な耐久力。
……髪先とは言え、戦闘体が損傷を受けた。
粗末な出来だが、おそらくは他国の戦争で用いられると伝え聞く"簡易トリオン銃"──。
「……戦闘の最中に考え事とは──」
──剣閃。
背後からの声に身を屈めたアルマの耳を、風切り音が撫でた。
崩れた体勢のまま、振り返ったアルマが槍を突き出す。
それを容易く刀身で防いだ剣士は、即座に槍の間合から飛び退いた。
……反応が早い。
「えらく迂闊ですな。──とは言え……流石に、鋭い」
剣先を振るって笑う壮年の剣士と、それを睨みつけたアルマが同時に構えを取る。
「……そ……其奴の相手は貴様らに任せるっ!!」
扉まで這った密売人が叫んだが──もはや、誰の耳にも届いてはいなかった。
喧騒の商店にあって、優雅なまでの落ち着きを纏う姿。
……この剣士──他の
記憶にはない顔。
しかし、隙を生じぬその構えを、アルマは良く知っていた。
「……お前──騎士か」
「"元"、ですよ。王子殿下」
逃げ出した狸はさて置き、銃を携行したが
"元"騎士を名乗る、剣士が一名。
ほんの一瞬、アルマが商店の隅で震える妹を一瞥する。
……まずはアイルを──。
「──こちらが先約でしょう」
その一瞬の間に、剣士がアルマの眼前まで迫っている。
トリオン製の刃が交錯し、両者の間で火花が弾けた。
……槍を軋ませる剣圧が伝い、掌に痺れが走る。
「……御丁寧に忠告どうも。ただな──」
──持ち手ごと穂先を引いたアルマは、生じたその隙間で槍を加速させて剣先を弾いた。
……"槍の不得手"──至近の対策も、心得ておりますな。
感心した剣士が、大きく後退して間合を測る。
「──勝手に割り込んでおいて先約だと? 最後列から並び直せ」
槍を数度回転させながらそれを追ったアルマは、遠心力そのままに剣士へと振り下ろした。
が、皮一枚で側方に滑り込んだ剣士には届かず、穂先は商店の床を抉る。
「──では、そうさせて頂く」
躱しざま、商品棚に手を掛けた剣士が、それを強引に引き倒す。
商店を舞う木片、商品、砂埃──その奥で蹲るアイルと、剣士の姿が紛れた。
瞬時に周囲を巡ったアルマの視線の先に、銃口。
「……きゃあっ!!」
発砲音と、小さな悲鳴。
眼前で商品棚が抉られ、頭を抱えたアイルを一瞥したアルマは──突き刺さったままの槍に踵を掛けた。
「──空中を狙えっ!!」
アルマの死角から、剣士の号令。
槍のしなりを利用して跳躍したアルマに、複数方向から発射されるトリオン弾──。
その一発が肩を、死角からの剣閃が脇を抉る。
反動で跳ねた槍を手元に引き寄せ、アルマは辛うじて追撃の剣を制した。
……傷は浅いが──トリオンを無駄に奪われたな。
割れた床を避けて着地したアルマを、剣士が、
数瞬の静寂が、砂埃揺れる商店を満たした。
「──アイルッ!!」
──その静寂を斬り裂いて、アルマが叫ぶ。
びくりと肩を震わせたアイルが、それでも兄の顔をじっと見返した。
「来た道を真っ直ぐに戻れっ!!」
目を泳がせたアイルは、震える手で胸元の布地を強く掴むと──確かに頷いて、店外へと走り始めた。
初動を見届けたアルマが、すぐさま支援体勢に入る。
「──撃つなっ!!」
剣士の叫びとアルマの放つ威圧が、同時に銃口を制する。
……撃てと命じるべき立場だろ、お前は──。
──トン、と軽い音が響いた。
「──!?」
疾風の如く、アルマが剣士に迫る。
剣士は本能的に迎撃へと転じたが、間合差の分だけ──地を這う槍の切り上げが僅かに早く到達し、その右腕を斬り飛ばした。
「……しまっ──」
──"槍"と言う武器の長所。
一般的に使用される近接武器に比した間合いの長さ。
柄を活用した非殺傷攻撃の多彩さ。
そして、何よりも──。
刺突、斬撃、あらゆる動きがそのまま次撃の予備動作に繋がる、"型の連続性"。
穂先を振り上げた勢いのまま、アルマの拳を支点に柄がその軌道をなぞり、剣士の顎に直撃する。
顔を跳ね上げられて尚、反撃を狙う剣士の意識は──。
──剣を握ったまま宙を舞う、自身の右腕を捉えた。
……ああ、もうなかったですか。
槍の柄が軌道を反転させ、今度は穂先が逆手順で柄の軌道を追う。
瞬時に持ち手を切り替えたアルマの体重が、切っ先を更に加速させた。
間合い外からの切り上げ、柄打ち、切り下ろし。
──紫電一閃。
弱点である伝達脳と供給器官を瞬時に両断され、次第にひび割れてゆく剣士の戦闘体が鈍い光を放つ。
「……なるほど──"獅子王"の血だ」
──衝撃波と白煙を伴って、爆散した戦闘体。
生身を戦場に晒した剣士は、同時に床に突き刺さった剣を一瞥して──静かに瞼を閉じた。
「……う、うわっ……」
「ひっ……!」
弾に変換するトリオンさえ尽き、剣士は敗北し──
「──最後の判断は、えらく迂闊だったな」
槍を地面に突き刺したアルマが、剣士を見下ろして言った。
「……完敗ですなぁ。王子殿下」
大の字になった剣士が言う。
……生身で交戦したとて、勝敗は明らか。
「──お前、名前は?」
荒れ果てた店内を物色し、手頃な縄を見繕いながら、アルマが淡々と訊ねる。
一瞬驚いた表情を見せた剣士は、しかし素直に応じた。
「マリナスと申します」
「そうか。──次はサシでやろう、マリナス」
剣士──マリナス=アークレイが、目を見開く。
「まぁ、しばらく獄中だろうけどな」
「……私を一旦逃すと言う手は?」
「ナメるなよ、反逆者」
縄で締め付けられながら、かつて自身が正式に騎士だった頃の幾つかの記憶を呼び覚ましたマリナスは──静かに、笑みを溢した。
──────────
✦王都西地区 裏路地──
「──ひっ……ひっ……!」
伏兵の急襲に乗じて商店から逃げ出した古物商──バストーラ=アラディンは、千鳥足で裏路地を走っていた。
「……騎士どもめっ……貴族気取りの分際で……!」
降って湧いた"最高の商品"を掠め取られたバストーラは、歯軋りと共に吐き捨てる。
──衝撃。
「ぎゃっ!?」
脈絡もなく脇腹に走った激痛。
その直後に、吹き飛んだバストーラの身体が壁に叩きつけられた。
「……かはっ……!!」
呼吸が出来ない。
肋を持っていかれた。
状況が理解できず、バストーラが悶絶する。
「──悪かったわね、貴族気取りで」
蹴り上げた脚を組み直して、女騎士がため息を溢す。
『──王子殿下。黒幕らしき"豚"を一匹捕まえました』
『助かる。……殺してないよな?』
『まさか』
女騎士が、バストーラを冷たい目で見下ろした。
『──ほんの四分の三殺しです』
──"宮廷騎士" イリーナ=ベルベット
少しだけ、言葉を選ぶような沈黙が続いた。
『……わ、分かった。──アイルと合流してくれ』
「──イリーナ!」
アルマの指示と重なる、幼い声。
顔を上げたイリーナが、駆け寄る王女の姿を捉えた。
『丁度来られました。──捕獲します』
『人の妹を獲物みたいに言うな』
『冗談です』
薄く笑みを浮かべて、イリーナが姿勢を低くする。
「……おかえりなさい、王女殿下」
──羽織を握りしめたまま、アイルがその胸に飛び込んだ。
【人物紹介】
✧マリナス=アークレイ(42)
"元"騎士を名乗る腕利きの剣士。
アルマに敗北し、捕らえられた。
✧バストーラ=アラディン(50)
古物商を装う密売人。
アイル誘拐に失敗し、イリーナに伸された。
【用語解説】
✧伝達脳
戦闘体の"脳"。
生身を遥かに凌ぐ伝達速度を持つ。
✧供給器官
戦闘体の"心臓"。
生身のトリオンを戦闘体に供給する。
✧簡易トリオン銃
体内のトリオンをそのまま弾丸にする兵器。
双星ピュロンでは製造も流通も実績は無い。