Re:✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─   作:CABIN.

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王都北地区、裏路地。

「マリナス。──お前、なんで騎士団を離れた?」

すっかりと荒れ果てた商店を離れてアイルの後を追うアルマは、友人とでも話すような口調でマリナスに問いかけた。






《第4話》扇動

 

 

「……早速尋問ですかな」

「いや。単なる興味だよ」

 

訝しがるマリナスに、アルマは淡々と応える。

 

「夢破れた騎士崩れ、なんて腕じゃなかった」

 

 "戦闘の最中に考え事とは──"

 "こちらが先約でしょう"

 

先程の戦闘を思い出しながら──アルマは、未だ僅かにトリオンを漏らす傷口を撫でた。

 

「少なくとも二度、黙って斬り掛かれば終わってた筈だ。……それに──」

 

不意に立ち止まり、アルマがマリナスに向き直る。

 

「──お前が、アイルを庇おうとしてたから」

 

マリナスが目を見開く。

 

「……庇う? 何故そのように思われたのです?」

「破落戸の銃口が、不自然な程アイルに重なってない」

 

流れ弾がアイルに向かわぬよう──それを常に意識していたアルマは、故にマリナスの立ち回りが"同じ"である事に気付いた。

 

「お前が倒した商品棚もアイルの盾になったしな」

 

……この男、あの多対一の局面でどこまで──。

啞然とするマリナスの表情を、アルマは淡々と眺める。

 

 "空中を狙えっ!!"

 "撃つなっ!!"

 

……どちらも、戦術的な判断から言えばアルマに利する命令だ。

焦りを見せたあの瞬間、マリナスは確かに──。

アイルを"追うべき獲物"ではなく、"守るべき弱者"として映していた。

 

「──今でも騎士なんだよ、お前の振る舞い。……そんな奴が、なんで騎士団を離れたのかと思ってさ」

 

マリナスが、小さく首を振る。

 

「……恐悦至極ですが──いやぁ、買い被りが過ぎますなぁ!」

 

その発言に、一度きょとんとした表情を浮かべた後。

アルマは、半目でマリナスを睨んだ。

 

「だんまりかよ。……まぁ良い、尋問で吐かせる」

「おお、恐ろしい。どうか御手柔らかに」

 

再び歩き始めたアルマの背中に、マリナスが続く。

歩みを進める最中、ふと──思い出したように、アルマが耳に手を当てた。

 

『フォニー、アイルは保護した。王宮に戻る』

 

遅れ馳せながらの、任務完遂を報せる通信。

すぐに、聞き馴染んだ声がアルマの脳内で響いた。

 

『……ひとまず無事で何よりだ。ソフィには私から伝えよう』

『ああ、頼む』

 

──数秒の、沈黙。

アルマが、そこに一抹の不穏を感じ取った。

 

『……どうした?』

『なんでもない。──無事に帰れ』

 

通信が途切れる音。

形容し難い感情がアルマを撫でた。

 

「どうされましたかな」

 

その陰りに気付いたマリナスが、背後から問う。

戦闘体による通信音声は、生身には聞こえない。

 

「──いや、なんでもない」

 

平静を装って、アルマは淡々と応えた。

 

 

──────────

✦王都北地区 プラユス広場──

 

 

「──こちらで王子殿下をお待ちしましょう」

 

左手にアイルの右手を、右手にバストーラを結んだ縄を握ったまま。

目線を合わせるように屈んだイリーナが、優しい声で言った。

 

「……うん……」

 

俯いたアイルが、まだ震える掌でイリーナの左手を握りしめる。

 

言いつけを守らずに王宮を飛び出し、心配をかけた事。

それでも笑顔で迎えにきてくれた事。

 

 "──私がいなくたって、気にもしないわ"

 

内心で呟いていた自身の言葉に、自己嫌悪で一杯になった胸がきゅうと締め付けられた。

……ごめんなさい、お兄様。……ソフィ──。

 

「……王子……そうか……確かにさっきのは──ぐえっ!!」

「──発言を許可した時以外は口を開くな」

 

唐突に独り言ちたバストーラの縄を締め上げて、イリーナが冷たい視線を送る。

 

「き、貴様! 善良な市民に──ぐええっ!!」

「……豚に言語は難しいか? では痛みで──」

「イリーナ」

 

はっとしたイリーナが、アイルに視線を戻す。

アイルが涙目でぷるぷると首を振っていた。

 

「……乱暴しないで……」

「……失礼しました」

 

イリーナが小さく頭を下げる。

歯軋りしたバストーラが、その姿を睨み付けた。

 

……この貴族崩れが……この儂に何度も暴力を!!

もぞもぞと体を捩らせたバストーラが、胸中で毒づく。

 

広場をきょろきょろと見渡したバストーラの瞳は──怪訝な表情で騎士達を眺める民衆のひとりを捉えた。

 

……そうだ、このまま終わらせてなるものか。

バストーラが、下卑た笑みを浮かべた。

 

──大きく、息を吸う音。

 

 

──────────

 

 

雑踏に佇むイリーナとアイルの姿を見つけ、アルマが駆け寄ろうとした直後。

 

「……どうして! どうしてこのような事をするのですかぁ〜っ!! げほっ!!」

 

──突然、大声が広場に響いた。

 

「誰かぁあ!! 助けてくれぇ〜っ!!」

 

騒ぎ立てるバストーラに集中する民衆の視線。

 

「イリーナ!」

 

駆け寄ったアルマが呼び掛けるが、イリーナの視線は醜悪な振る舞いを見せる密売人に向けられている。

 

「騎士が!! 騎士が暴走したぁ!!」

「……っ……! 貴様っ──」

 

再び縄を締め付けようとしたイリーナが、周囲の視線に気付いて踏み留まる。

その視線は、明らかにイリーナ達に対する敵意と嫌悪を孕んでいた。

 

「……偉そうな奴らだとは思ってたけど。ついに暴力に頼りだしたのか」

「王都も落ちたもんだな……」

 

口々に発される失望の声。

──動揺と猜疑が、広場中に感染してゆく。

 

「……王子殿下……!」

 

……やってくれる。

困惑したイリーナの瞳と、イリーナにしがみついて震えるアイルを一瞥したアルマは、尚も騒ぎ立てるバストーラを睨みつけて歯を食い縛る。 

 

「私はっ! 私はただ、いつも通り生活していただけなのにっ!! 店は壊され、暴力までふるわれたっ!!」

「……酷いな……あれ、王子殿下じゃないか?」

「特権階級を笠に着てやりたい放題だな」

 

巧妙に真実を織り交ぜ、民の不満を土俵に引きずり込む"迫真の演技"。

 

「違う! 私達はっ──!」

 

……イリーナの声は、もはや民には届いていない。

 

こんな三文芝居ひとつで──。

アルマは、書斎を飛び出す直前にフォニーから告げられた言葉を思い返す。

 

 "お前も王家だ"

 

意味するところを、理解したつもりだった。

必然下るであろう独断への懲罰にも覚悟はあった。

 

 "王家や王政を快く思わない者は存在する"

 

フォニーの言葉が残響する。

……明確な反体制派だけじゃなく、民の中にも──。

 

「違うのっ!」

 

──突然。

イリーナの影に隠れていたアイルが、民衆の前に乗り出した。

 

「お兄様も、イリーナも! 私が勝手に飛び出しから、それで、危ない目にあって──!」

 

アイルが、まだ無垢な妹が、震える身体を必死で抑え、民衆の前に乗り出して叫んだ。

 

「……王女殿下……」

 

イリーナは力なくアイルに手を伸ばしたが、掌は虚しく虚空を掴んだ。

アルマもまた、苦悶に表情を歪める。

 

 

「──危ない目ぇ!? 私はお前を店まで案内してやった! 沢山の玩具も見せてやったっ! それなのにお前はっ! 王家なら思い込みで民を傷つけていいのかっ!?」

 

どよめき。

幼い王女の叫びは僅かに民衆の呵責を揺さぶったが、それもすぐバストーラの扇動に飲まれた。

 

「……いいご身分だな」

「子供なら、王家なら──何をしても許されるのか?」

「国民がどれだけつらい生活をしてるかなんて知らないんだろう」

 

アイルの瞳に、大粒の涙が溜まってゆく。

何人かはその姿に視線を揺らしたが、それもすぐ侮蔑と失望の視線に飲み込まれた。

 

「……お願い……!! 信じてっ……!!」

 

必死で抗うアイルの姿に、しかしアルマは何も出来ない。

 

王家と言う特別も。

容易く揺蕩う民衆心理も。

それらを利用してみせる狡猾さも──。

 

……僕は、まるで理解出来ていなかった。

 

「わしはっ! わしはただ、善意でぇっ!!」

 

大仰な演技は更に加速する。

ぼろぼろとわざとらしい涙を零し、腹が痛むとのたうち回りながら、バストーラは尚も叫んだ。

 

視界は霧掛かり、槍を握るアルマの手が緩んだ時。

 

 

「──ええ、そうですとも、バストーラ殿!」

 

 

唐突に口を開いたのは──。

アルマの手で縄を握られた、マリナスだった。

 

……いいぞ、マリナス──!!

加勢の登場に、バストーラが歪に口角を吊り上げる。

 

瞳に失望を浮かべたアルマがマリナスに向き直るが、マリナスは真剣な瞳でじっとバストーラを見つめていた。

 

 

「……我々は、ただ──王女を誘拐し、売りつけようとしただけだと言うのに!」

「──!?」

「………は?」

 

 

あまりにも唐突な発言。

民衆も、バストーラも、アルマ達も──その場の誰もが固まった。

 

「……な、な、何をデタラメな事をっ!?」

「あと少しで目的は果たされたと言うのに、まさかこれほど迅速に対応されようとは! 騎士の力を見誤っておりましたな、バストーラ殿っ!!」

「……マリナス、お前──」

 

驚愕して言いかけたアルマに、マリナスが目配せする。

 

「……こうなってしまった以上、我々"鷹の翼(ヒエラクセ)"も、貴殿との密約は打ち切らざるを得ないでしょう!」

 

……鷹の翼(ヒエラクセ)──!

フォニーの講義を思い出し、アルマが刮目する。

 

「──ち、違う! 違うぞっ!」

 

バストーラが滝のような汗をかきながら否定するが──。

 

ほんの少しのきっかけで燃え上がり、正義の美名に酔い、責任や根拠などまるで問わずに延焼する。

民衆心理なるものが、いかに短絡的で脆く、無責任に揺蕩うものか。

 

他ならぬバストーラ自身が、最も良く理解していた。

 

──猜疑の目は、いとも容易く掌を返す。

 

「……誘拐……? でも、言われてみれば怪しい」

「鷹の翼って、最近噂になってるテロ組織じゃ──」

「……結局どっちが悪いんだ……?」 

「騎士だって流石に理由なく暴力は振るわんよなぁ」

 

アルマが、イリーナが、アイルが。

三者三様の面持ちで、呆気に取られている。

 

「──マリナスッ!! 貴様ぁっ!! 裏切るのか!!」

「はて、裏切ったのはどちらでしょうな。……鷹の翼は、断じて──」

 

大袈裟に首を振った後、マリナスは鋭い目でバストーラを睨み付けた。

 

「──貴様のような小悪党の道具ではないっ!!」

 

……ざわめき。

 

──民衆のひとりが、不意に北の空を見上げる。

遠く霞む鐘楼から、正午を報せる鐘が響いてきた。

 

 

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