Re:✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─ 作:CABIN.
王都北地区、裏路地。
「マリナス。──お前、なんで騎士団を離れた?」
すっかりと荒れ果てた商店を離れてアイルの後を追うアルマは、友人とでも話すような口調でマリナスに問いかけた。
「……早速尋問ですかな」
「いや。単なる興味だよ」
訝しがるマリナスに、アルマは淡々と応える。
「夢破れた騎士崩れ、なんて腕じゃなかった」
"戦闘の最中に考え事とは──"
"こちらが先約でしょう"
先程の戦闘を思い出しながら──アルマは、未だ僅かにトリオンを漏らす傷口を撫でた。
「少なくとも二度、黙って斬り掛かれば終わってた筈だ。……それに──」
不意に立ち止まり、アルマがマリナスに向き直る。
「──お前が、アイルを庇おうとしてたから」
マリナスが目を見開く。
「……庇う? 何故そのように思われたのです?」
「破落戸の銃口が、不自然な程アイルに重なってない」
流れ弾がアイルに向かわぬよう──それを常に意識していたアルマは、故にマリナスの立ち回りが"同じ"である事に気付いた。
「お前が倒した商品棚もアイルの盾になったしな」
……この男、あの多対一の局面でどこまで──。
啞然とするマリナスの表情を、アルマは淡々と眺める。
"空中を狙えっ!!"
"撃つなっ!!"
……どちらも、戦術的な判断から言えばアルマに利する命令だ。
焦りを見せたあの瞬間、マリナスは確かに──。
アイルを"追うべき獲物"ではなく、"守るべき弱者"として映していた。
「──今でも騎士なんだよ、お前の振る舞い。……そんな奴が、なんで騎士団を離れたのかと思ってさ」
マリナスが、小さく首を振る。
「……恐悦至極ですが──いやぁ、買い被りが過ぎますなぁ!」
その発言に、一度きょとんとした表情を浮かべた後。
アルマは、半目でマリナスを睨んだ。
「だんまりかよ。……まぁ良い、尋問で吐かせる」
「おお、恐ろしい。どうか御手柔らかに」
再び歩き始めたアルマの背中に、マリナスが続く。
歩みを進める最中、ふと──思い出したように、アルマが耳に手を当てた。
『フォニー、アイルは保護した。王宮に戻る』
遅れ馳せながらの、任務完遂を報せる通信。
すぐに、聞き馴染んだ声がアルマの脳内で響いた。
『……ひとまず無事で何よりだ。ソフィには私から伝えよう』
『ああ、頼む』
──数秒の、沈黙。
アルマが、そこに一抹の不穏を感じ取った。
『……どうした?』
『なんでもない。──無事に帰れ』
通信が途切れる音。
形容し難い感情がアルマを撫でた。
「どうされましたかな」
その陰りに気付いたマリナスが、背後から問う。
戦闘体による通信音声は、生身には聞こえない。
「──いや、なんでもない」
平静を装って、アルマは淡々と応えた。
──────────
✦王都北地区 プラユス広場──
「──こちらで王子殿下をお待ちしましょう」
左手にアイルの右手を、右手にバストーラを結んだ縄を握ったまま。
目線を合わせるように屈んだイリーナが、優しい声で言った。
「……うん……」
俯いたアイルが、まだ震える掌でイリーナの左手を握りしめる。
言いつけを守らずに王宮を飛び出し、心配をかけた事。
それでも笑顔で迎えにきてくれた事。
"──私がいなくたって、気にもしないわ"
内心で呟いていた自身の言葉に、自己嫌悪で一杯になった胸がきゅうと締め付けられた。
……ごめんなさい、お兄様。……ソフィ──。
「……王子……そうか……確かにさっきのは──ぐえっ!!」
「──発言を許可した時以外は口を開くな」
唐突に独り言ちたバストーラの縄を締め上げて、イリーナが冷たい視線を送る。
「き、貴様! 善良な市民に──ぐええっ!!」
「……豚に言語は難しいか? では痛みで──」
「イリーナ」
はっとしたイリーナが、アイルに視線を戻す。
アイルが涙目でぷるぷると首を振っていた。
「……乱暴しないで……」
「……失礼しました」
イリーナが小さく頭を下げる。
歯軋りしたバストーラが、その姿を睨み付けた。
……この貴族崩れが……この儂に何度も暴力を!!
もぞもぞと体を捩らせたバストーラが、胸中で毒づく。
広場をきょろきょろと見渡したバストーラの瞳は──怪訝な表情で騎士達を眺める民衆のひとりを捉えた。
……そうだ、このまま終わらせてなるものか。
バストーラが、下卑た笑みを浮かべた。
──大きく、息を吸う音。
──────────
雑踏に佇むイリーナとアイルの姿を見つけ、アルマが駆け寄ろうとした直後。
「……どうして! どうしてこのような事をするのですかぁ〜っ!! げほっ!!」
──突然、大声が広場に響いた。
「誰かぁあ!! 助けてくれぇ〜っ!!」
騒ぎ立てるバストーラに集中する民衆の視線。
「イリーナ!」
駆け寄ったアルマが呼び掛けるが、イリーナの視線は醜悪な振る舞いを見せる密売人に向けられている。
「騎士が!! 騎士が暴走したぁ!!」
「……っ……! 貴様っ──」
再び縄を締め付けようとしたイリーナが、周囲の視線に気付いて踏み留まる。
その視線は、明らかにイリーナ達に対する敵意と嫌悪を孕んでいた。
「……偉そうな奴らだとは思ってたけど。ついに暴力に頼りだしたのか」
「王都も落ちたもんだな……」
口々に発される失望の声。
──動揺と猜疑が、広場中に感染してゆく。
「……王子殿下……!」
……やってくれる。
困惑したイリーナの瞳と、イリーナにしがみついて震えるアイルを一瞥したアルマは、尚も騒ぎ立てるバストーラを睨みつけて歯を食い縛る。
「私はっ! 私はただ、いつも通り生活していただけなのにっ!! 店は壊され、暴力までふるわれたっ!!」
「……酷いな……あれ、王子殿下じゃないか?」
「特権階級を笠に着てやりたい放題だな」
巧妙に真実を織り交ぜ、民の不満を土俵に引きずり込む"迫真の演技"。
「違う! 私達はっ──!」
……イリーナの声は、もはや民には届いていない。
こんな三文芝居ひとつで──。
アルマは、書斎を飛び出す直前にフォニーから告げられた言葉を思い返す。
"お前も王家だ"
意味するところを、理解したつもりだった。
必然下るであろう独断への懲罰にも覚悟はあった。
"王家や王政を快く思わない者は存在する"
フォニーの言葉が残響する。
……明確な反体制派だけじゃなく、民の中にも──。
「違うのっ!」
──突然。
イリーナの影に隠れていたアイルが、民衆の前に乗り出した。
「お兄様も、イリーナも! 私が勝手に飛び出しから、それで、危ない目にあって──!」
アイルが、まだ無垢な妹が、震える身体を必死で抑え、民衆の前に乗り出して叫んだ。
「……王女殿下……」
イリーナは力なくアイルに手を伸ばしたが、掌は虚しく虚空を掴んだ。
アルマもまた、苦悶に表情を歪める。
「──危ない目ぇ!? 私はお前を店まで案内してやった! 沢山の玩具も見せてやったっ! それなのにお前はっ! 王家なら思い込みで民を傷つけていいのかっ!?」
どよめき。
幼い王女の叫びは僅かに民衆の呵責を揺さぶったが、それもすぐバストーラの扇動に飲まれた。
「……いいご身分だな」
「子供なら、王家なら──何をしても許されるのか?」
「国民がどれだけつらい生活をしてるかなんて知らないんだろう」
アイルの瞳に、大粒の涙が溜まってゆく。
何人かはその姿に視線を揺らしたが、それもすぐ侮蔑と失望の視線に飲み込まれた。
「……お願い……!! 信じてっ……!!」
必死で抗うアイルの姿に、しかしアルマは何も出来ない。
王家と言う特別も。
容易く揺蕩う民衆心理も。
それらを利用してみせる狡猾さも──。
……僕は、まるで理解出来ていなかった。
「わしはっ! わしはただ、善意でぇっ!!」
大仰な演技は更に加速する。
ぼろぼろとわざとらしい涙を零し、腹が痛むとのたうち回りながら、バストーラは尚も叫んだ。
視界は霧掛かり、槍を握るアルマの手が緩んだ時。
「──ええ、そうですとも、バストーラ殿!」
唐突に口を開いたのは──。
アルマの手で縄を握られた、マリナスだった。
……いいぞ、マリナス──!!
加勢の登場に、バストーラが歪に口角を吊り上げる。
瞳に失望を浮かべたアルマがマリナスに向き直るが、マリナスは真剣な瞳でじっとバストーラを見つめていた。
「……我々は、ただ──王女を誘拐し、売りつけようとしただけだと言うのに!」
「──!?」
「………は?」
あまりにも唐突な発言。
民衆も、バストーラも、アルマ達も──その場の誰もが固まった。
「……な、な、何をデタラメな事をっ!?」
「あと少しで目的は果たされたと言うのに、まさかこれほど迅速に対応されようとは! 騎士の力を見誤っておりましたな、バストーラ殿っ!!」
「……マリナス、お前──」
驚愕して言いかけたアルマに、マリナスが目配せする。
「……こうなってしまった以上、我々"
……
フォニーの講義を思い出し、アルマが刮目する。
「──ち、違う! 違うぞっ!」
バストーラが滝のような汗をかきながら否定するが──。
ほんの少しのきっかけで燃え上がり、正義の美名に酔い、責任や根拠などまるで問わずに延焼する。
民衆心理なるものが、いかに短絡的で脆く、無責任に揺蕩うものか。
他ならぬバストーラ自身が、最も良く理解していた。
──猜疑の目は、いとも容易く掌を返す。
「……誘拐……? でも、言われてみれば怪しい」
「鷹の翼って、最近噂になってるテロ組織じゃ──」
「……結局どっちが悪いんだ……?」
「騎士だって流石に理由なく暴力は振るわんよなぁ」
アルマが、イリーナが、アイルが。
三者三様の面持ちで、呆気に取られている。
「──マリナスッ!! 貴様ぁっ!! 裏切るのか!!」
「はて、裏切ったのはどちらでしょうな。……鷹の翼は、断じて──」
大袈裟に首を振った後、マリナスは鋭い目でバストーラを睨み付けた。
「──貴様のような小悪党の道具ではないっ!!」
……ざわめき。
──民衆のひとりが、不意に北の空を見上げる。
遠く霞む鐘楼から、正午を報せる鐘が響いてきた。