Re:✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─ 作:CABIN.
王都北地区の北端、鐘楼。
ひと際目を引く大きな鐘が、頭上で正午を奏でる。
眼下に広がる町並みは、今日も安穏な空気に包まれていた。
✦王都北地区 鐘楼──
王都を見下ろす男──
……大戦から、僅か二十年。
こんなにも簡単に、人は痛みを忘れる。
「──頭ぁ。そういや、さっき"西の業者"から連絡が」
髭面の男が、梯子からひょっこりと顔を出す。
統率者は、目線だけを僅かにそちらへ向けた。
「内容は」
「なんでも──『王女を拾った』とかって」
途端、統率者の目付きが鋭くなる。
状況は分からないが、それが事実なら──。
「……欲に溺れる豚め」
瞼を閉じた統率者は、脳裏に過ぎった古物商に吐き捨てた。
──────────
✦遡ること、数日──
王都北地区、"
狭隘な廃墟にも似たその一室。
トリオンを燃やす蠟燭が、穏やかに揺れていた。
「……はてさて、あの様な輩──信じて良いものですかな」
壮年の剣士──マリナスが、肩を竦めながら問う。
統率者が静かに振り返り、真っ直ぐにマリナスを見た。
「俺が、奴を信じたように見えたのか? マリナス」
マリナスもまた、その瞳にじっと視線を向ける。
……ああ、このお方は。
その鈍色の瞳に、まだあの日の──燃え盛る業火を映している。
"このバストーラ、僭越ながらもっ!
……歯の浮くような台詞をぬけぬけと。
マリナスは、その声を掻き消すように首を左右に振った。
「──滅相もない」
「金勘定でしか物事を測れん密売人風情が、訳知り顔で共鳴などと。……虫唾が走る」
吐き捨てた統率者が歩みを進める。
マリナスもそれに続いた。
「……だが、背に腹は代えられん。トリガーの調達経路は必要だ」
「では、要求通りに私があの輩の護衛を?」
「"監視"だ。……目的の為なら──豚畜生にも、幾らか餌はくれてやる」
──────────
✦王都北地区 鐘楼──
……野放しにすれば、手当り次第に贅を貪る豚。
諸刃の手段だが──目的の達成には、まだまだ力が要る。
「──余計な真似はするなと伝えておけ」
瞼を開いて、統率者が告げる。
髭面の男は、へぇ、と間の抜けた返事を返して顔を引っ込めた。
安寧に溺れはしても、双星の剣──宮廷騎士は、まだ
……仮に衝突したとて、マリナスならばそう遅れは取るまいが──。
統率者──ハイルディン=ベイカーが、霞む西地区の街並みに視線を送った。
──────────
✦王都西地区 プラユス広場──
「──わ、儂はハメられたんだ!! この
追い詰められたバストーラが弁明を叫ぶ。
その姿を、市民は、マリナスは──蔑むような目で眺めていた。
……この醜悪な男と、手を組んだ事は事実。
──しかし、我々の志は此処にはない。
「我々の"崇高な意志に共鳴"し、助力を願い出たのはバストーラ殿ではありませんでしたかな!」
「ええい、黙れ黙れっ! 皆の衆、このようなならず者の言う事を信じてはならんぞ!!」
バストーラが大袈裟に頭を振り、手を広げるが──。
「……どっちも悪者って事だろ? じゃあ、騎士達はやっぱり悪くないんじゃないか」
「でも、王家が国民に暴力を振るったのは事実じゃないの」
「まぁ、王子は騎士でもあるし。治安維持の為だったなら……」
「お姫様、大きくなったねぇ。赤ん坊の時以来だよ」
もはや、何も届いてはいない。
バストーラが表情を歪めた時──。
「そこまでだ」
騒然とするプラユス広場。
尚も続く民衆のざわめきを、威厳を宿した声が遮った。
「……わっ……」
「お、とっと」
周囲の空気が一瞬で凍りついた様な、規格外の重圧。
靜寂が、その場を支配する。
民衆が散り散りに明け渡した道のその先。
軍靴の乾いた響きだけが、渦中に向かって闊歩した。
「……ひっ──」
「……これはこれは……」
その顔を一目見た瞬間、バストーラとマリナスもまた沈黙に加担する。
重厚な鋼の騎士装束を纏った男が、宮廷騎士の象徴たる紋章を翻し──今、広場の中央に立った。
「──エルゼン!」
「団長っ!」
アルマとイリーナが、同時に叫んだ。
アイルが、ふたりを交互に眺めて狼狽する。
「……そうか、フォニーが呼んでくれたんだな」
アルマの呟きには応えず──"騎士団長"エルゼン=ハワードは、大きな溜息を溢した。
「……親譲りながら──些か向こう見ずが過ぎるのでは、王子」
淡々とそう述べたエルゼンが、アルマを見据える。
「王家の軽々な独断ひとつが、どれ程の影響を及ぼすことか」
「…………分かってる。覚悟の上だった」
「いいえ、全く分かっておりませんな。──覚悟を語って良いのは、結果としてその責任を取り得た者のみ」
余りにも重く、鋭い言葉。
「"勇敢"と"浅慮"を、"覚悟"と"自棄"を履き違えなさるな」
……皮肉のひとつも出ない。
アルマは、表情を歪めて目を伏せた。
「し、しかし、団長。王子殿下は、結果として王女殿下を救い出し──」
「貴様もだ、イリーナ。……密売人は泳がせておけと命令した筈だ」
「……申し訳ありません」
怯えるアイルを支えながら、イリーナが唇を噛む。
……緊急の事情だったとは言え──アルマを追い、裏路地に巣食う密売人の情報を与えたのは、他ならぬイリーナだった。
「……さて──」
振り返ったエルゼンは、広場を取り巻く民衆をひと睨みし、静かに声を響かせた。
「騎士の独断により混乱を招いた事、深くお詫び申し上げる。……が──本件の首謀者は、以前より騎士団が掌握している」
バストーラがびくりと全身を震わせる。
「"密売人"バストーラ=アラディンが王女殿下を誘拐。独断専行ながら王子殿下と騎士がこれを制圧、民への被害はなし──これが本件の全容だ」
「……わ、わしは民ではないとっ!? 善良な市民のひとり──」
──殺意に程近い威圧。
エルゼンに睨まれたバストーラは、言葉どころか呼吸さえ忘れて押し黙った。
「未登録トリガーほか違法武器類の流通、
との関与、王女の誘拐未遂……罪状は数え切らん。──善良な市民だと?」
周囲の視線が徐々にバストーラへと重なる。
「……今後本件は、国王命により正式に調査・報告される。──それまでは不確かな情報で騒ぎ立てず、各人良識を以て行動されたい」
エルゼンがそう言い放つと、民衆の一人がばつの悪そうな表情を浮かべてその場を去る。
周囲がぽつりぽつりと追従し、やがて。
その場には、騒ぎの張本人達とエルゼン──そして、遅れて辿り着いた迎えの騎士達のみが残された。
「……変わりませんな、騎士団長殿」
エルゼンは、マリナスの呼び掛けに数瞬目を合わせ──やがて、言葉を遮るように背を向けた。
「……今の貴様にそう呼ばれる筋合いはない。──連れて行け」
「はっ!」
従属の騎士機敏な敬礼のみを残し、バストーラとマリナスを縛った縄を握る。
アイルが、イリーナの影からアルマの顔を見つめる。
沈んだその表情が、また小さな胸を刺した。
「……貴殿らはこちらへ」
馬車へと向かう騎士団長の背中に、アルマ達も力なく続いた。
──────────
✦罪人収監便 荷台──
──馬車の揺れは、敗戦後の身体にひどく響く。
王宮地下の監獄へと送られる最中のマリナスは、そんなことを思った。
「……マリナス、貴様っ……許さんぞ……木っ端の分際でっ!!」
馬車が揺れる度、荷台の床に背を打ちつけられながら、バストーラが怨嗟の目を向ける。
縄で縛られ、尚も這い寄らんとするその様に、マリナスは一瞥すらくれず──。
ただ、静かに幌の隙間を眺めていた。
"翼を失い、王家が、騎士団が地に堕ちようと
……ピュロンの炎は、俺が絶やさん……!"
ふと、統率者の言葉が胸中で木霊する。
隙間から覗く空は、どこまでも澄んでいた。
"今でも騎士なんだよ、お前の振る舞い"
……晴れて、重罪人。
しかし、アルマの言葉を思い出すマリナスの胸中は不思議なほど愉快だ。
……まだ、王家は、騎士団は──炎を失ってはいないようですよ、ハイルディン殿。
「はっはっ、木っ端で結構! ……しかし、騎士への不条理な誹謗は我慢ならんのですよ」
"今のお前にそう呼ばれる筋合いはない"
……それで構いません、騎士団長殿。
かつて自ら踏み鳴らした軍靴の残響が──この星の未来へと続くなら。
「──"元"、騎士として」
淡々とした声色、しかし真っ直ぐな瞳で──マリナスは、遠く聳え立つ王宮を見据えた。