Re:✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─   作:CABIN.

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王都北地区の北端、鐘楼。
ひと際目を引く大きな鐘が、頭上で正午を奏でる。

眼下に広がる町並みは、今日も安穏な空気に包まれていた。





《第5話》軍靴の残響

✦王都北地区 鐘楼──

 

王都を見下ろす男──

鷹の翼(ヒエラクセ)"統率者"は、その額の古傷にそっと指を重ねた。

 

……大戦から、僅か二十年。

こんなにも簡単に、人は痛みを忘れる。

 

「──頭ぁ。そういや、さっき"西の業者"から連絡が」

 

髭面の男が、梯子からひょっこりと顔を出す。

統率者は、目線だけを僅かにそちらへ向けた。

 

「内容は」

「なんでも──『王女を拾った』とかって」

 

途端、統率者の目付きが鋭くなる。

状況は分からないが、それが事実なら──。

 

「……欲に溺れる豚め」

 

瞼を閉じた統率者は、脳裏に過ぎった古物商に吐き捨てた。

 

 

──────────

✦遡ること、数日──

 

 

王都北地区、"鷹の翼(ヒエラクセ)"集会場。

 

狭隘な廃墟にも似たその一室。

トリオンを燃やす蠟燭が、穏やかに揺れていた。

 

 

「……はてさて、あの様な輩──信じて良いものですかな」

 

壮年の剣士──マリナスが、肩を竦めながら問う。

統率者が静かに振り返り、真っ直ぐにマリナスを見た。

 

「俺が、奴を信じたように見えたのか? マリナス」

 

マリナスもまた、その瞳にじっと視線を向ける。

 

……ああ、このお方は。

その鈍色の瞳に、まだあの日の──燃え盛る業火を映している。

 

 "このバストーラ、僭越ながらもっ! 鷹の翼(ヒエラクセ)の崇高な意志に共鳴し、是非是非ご助力したくっ!"

 

……歯の浮くような台詞をぬけぬけと。

マリナスは、その声を掻き消すように首を左右に振った。

 

「──滅相もない」

「金勘定でしか物事を測れん密売人風情が、訳知り顔で共鳴などと。……虫唾が走る」

 

吐き捨てた統率者が歩みを進める。

マリナスもそれに続いた。

 

「……だが、背に腹は代えられん。トリガーの調達経路は必要だ」

「では、要求通りに私があの輩の護衛を?」

「"監視"だ。……目的の為なら──豚畜生にも、幾らか餌はくれてやる」

 

 

──────────

✦王都北地区 鐘楼──

 

 

……野放しにすれば、手当り次第に贅を貪る豚。

諸刃の手段だが──目的の達成には、まだまだ力が要る。

 

「──余計な真似はするなと伝えておけ」

 

瞼を開いて、統率者が告げる。

髭面の男は、へぇ、と間の抜けた返事を返して顔を引っ込めた。

 

安寧に溺れはしても、双星の剣──宮廷騎士は、まだ鷹の翼(ヒエラクセ)を遥かに凌ぐ力を内在する。

……仮に衝突したとて、マリナスならばそう遅れは取るまいが──。

 

統率者──ハイルディン=ベイカーが、霞む西地区の街並みに視線を送った。

 

 

──────────

✦王都西地区 プラユス広場──

 

 

「──わ、儂はハメられたんだ!! この鷹の翼(ヒエラクセ)とか言うならず者共に!!」

 

追い詰められたバストーラが弁明を叫ぶ。

その姿を、市民は、マリナスは──蔑むような目で眺めていた。

 

……この醜悪な男と、手を組んだ事は事実。

──しかし、我々の志は此処にはない。

 

「我々の"崇高な意志に共鳴"し、助力を願い出たのはバストーラ殿ではありませんでしたかな!」

「ええい、黙れ黙れっ! 皆の衆、このようなならず者の言う事を信じてはならんぞ!!」

 

バストーラが大袈裟に頭を振り、手を広げるが──。

 

「……どっちも悪者って事だろ? じゃあ、騎士達はやっぱり悪くないんじゃないか」

「でも、王家が国民に暴力を振るったのは事実じゃないの」

「まぁ、王子は騎士でもあるし。治安維持の為だったなら……」

「お姫様、大きくなったねぇ。赤ん坊の時以来だよ」

 

もはや、何も届いてはいない。 

バストーラが表情を歪めた時──。

 

「そこまでだ」

 

騒然とするプラユス広場。

尚も続く民衆のざわめきを、威厳を宿した声が遮った。

 

「……わっ……」

「お、とっと」

 

 

周囲の空気が一瞬で凍りついた様な、規格外の重圧。

 

 

靜寂が、その場を支配する。

民衆が散り散りに明け渡した道のその先。

軍靴の乾いた響きだけが、渦中に向かって闊歩した。

 

「……ひっ──」

「……これはこれは……」

 

その顔を一目見た瞬間、バストーラとマリナスもまた沈黙に加担する。

重厚な鋼の騎士装束を纏った男が、宮廷騎士の象徴たる紋章を翻し──今、広場の中央に立った。

 

「──エルゼン!」

「団長っ!」

 

アルマとイリーナが、同時に叫んだ。

アイルが、ふたりを交互に眺めて狼狽する。

 

「……そうか、フォニーが呼んでくれたんだな」

 

アルマの呟きには応えず──"騎士団長"エルゼン=ハワードは、大きな溜息を溢した。

 

「……親譲りながら──些か向こう見ずが過ぎるのでは、王子」

 

淡々とそう述べたエルゼンが、アルマを見据える。

 

「王家の軽々な独断ひとつが、どれ程の影響を及ぼすことか」

「…………分かってる。覚悟の上だった」

「いいえ、全く分かっておりませんな。──覚悟を語って良いのは、結果としてその責任を取り得た者のみ」

 

余りにも重く、鋭い言葉。

 

「"勇敢"と"浅慮"を、"覚悟"と"自棄"を履き違えなさるな」

 

……皮肉のひとつも出ない。

アルマは、表情を歪めて目を伏せた。

 

「し、しかし、団長。王子殿下は、結果として王女殿下を救い出し──」

「貴様もだ、イリーナ。……密売人は泳がせておけと命令した筈だ」

「……申し訳ありません」

 

怯えるアイルを支えながら、イリーナが唇を噛む。

……緊急の事情だったとは言え──アルマを追い、裏路地に巣食う密売人の情報を与えたのは、他ならぬイリーナだった。

 

「……さて──」

 

振り返ったエルゼンは、広場を取り巻く民衆をひと睨みし、静かに声を響かせた。

 

「騎士の独断により混乱を招いた事、深くお詫び申し上げる。……が──本件の首謀者は、以前より騎士団が掌握している」

 

バストーラがびくりと全身を震わせる。

 

「"密売人"バストーラ=アラディンが王女殿下を誘拐。独断専行ながら王子殿下と騎士がこれを制圧、民への被害はなし──これが本件の全容だ」

「……わ、わしは民ではないとっ!? 善良な市民のひとり──」

 

──殺意に程近い威圧。

 

エルゼンに睨まれたバストーラは、言葉どころか呼吸さえ忘れて押し黙った。

 

「未登録トリガーほか違法武器類の流通、鷹の翼(ヒエラクセ)

との関与、王女の誘拐未遂……罪状は数え切らん。──善良な市民だと?」

 

周囲の視線が徐々にバストーラへと重なる。

 

「……今後本件は、国王命により正式に調査・報告される。──それまでは不確かな情報で騒ぎ立てず、各人良識を以て行動されたい」

 

エルゼンがそう言い放つと、民衆の一人がばつの悪そうな表情を浮かべてその場を去る。

周囲がぽつりぽつりと追従し、やがて。

 

その場には、騒ぎの張本人達とエルゼン──そして、遅れて辿り着いた迎えの騎士達のみが残された。

 

「……変わりませんな、騎士団長殿」

 

エルゼンは、マリナスの呼び掛けに数瞬目を合わせ──やがて、言葉を遮るように背を向けた。

 

「……今の貴様にそう呼ばれる筋合いはない。──連れて行け」

「はっ!」

 

従属の騎士機敏な敬礼のみを残し、バストーラとマリナスを縛った縄を握る。

 

アイルが、イリーナの影からアルマの顔を見つめる。

沈んだその表情が、また小さな胸を刺した。

 

「……貴殿らはこちらへ」

 

馬車へと向かう騎士団長の背中に、アルマ達も力なく続いた。

 

 

──────────

✦罪人収監便 荷台──

 

 

──馬車の揺れは、敗戦後の身体にひどく響く。

王宮地下の監獄へと送られる最中のマリナスは、そんなことを思った。

 

「……マリナス、貴様っ……許さんぞ……木っ端の分際でっ!!」

 

馬車が揺れる度、荷台の床に背を打ちつけられながら、バストーラが怨嗟の目を向ける。

縄で縛られ、尚も這い寄らんとするその様に、マリナスは一瞥すらくれず──。

 

ただ、静かに幌の隙間を眺めていた。

 

 "翼を失い、王家が、騎士団が地に堕ちようと

 ……ピュロンの炎は、俺が絶やさん……!"

 

ふと、統率者の言葉が胸中で木霊する。

隙間から覗く空は、どこまでも澄んでいた。

 

 "今でも騎士なんだよ、お前の振る舞い"

 

……晴れて、重罪人。

しかし、アルマの言葉を思い出すマリナスの胸中は不思議なほど愉快だ。

 

……まだ、王家は、騎士団は──炎を失ってはいないようですよ、ハイルディン殿。

 

「はっはっ、木っ端で結構! ……しかし、騎士への不条理な誹謗は我慢ならんのですよ」

 

 "今のお前にそう呼ばれる筋合いはない"

 

……それで構いません、騎士団長殿。

かつて自ら踏み鳴らした軍靴の残響が──この星の未来へと続くなら。

 

「──"元"、騎士として」

 

淡々とした声色、しかし真っ直ぐな瞳で──マリナスは、遠く聳え立つ王宮を見据えた。

 

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