Re:✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─ 作:CABIN.
──王政評議の閉議から、しばらくが過ぎて。
夕陽に別れを告げた王宮を、星明かりが照らす夜。
寝室と廊下。
扉越しに背中を合わせ──。
王女と侍女が、涙混じりの言葉を交わしていた。
「……ごめんなさい、ソフィ……」
アイルが泣き疲れた声で言った。
「……いえ……私こそ、王女様に手をあげるなんて……侍女失格です」
ソフィもまた、掠れた声で応える。
「……怖かったの。でも、ソフィのところに、帰らなきゃって──お兄様が、走れって言ってね、それで、イリーナがいてね……」
鼻をすすりながら、思考も纏まらないままで、アイルは必死で胸の内を言葉にする。
……どれほどつらい思いをされたのだろう。
頷きながら、自身さえしっかり見張っていればと、ソフィもまた涙を零す。
憧れた王都で誘拐未遂に巻き込まれ、市民達から冷たい言葉と視線を無遠慮に浴びせられたアイル。
自責に苛まれたまま王宮を走り回り、吹き荒ぶ寒風の中でアイルを待ち続けたソフィ。
双方が限界を迎えるのも無理からぬこと。
互いが互いへの自責で塞ぎ込み、もはや言葉も疎らになった頃。
「……ソフィが、どんなに私のこと、大事にしてくれてるか……分かってたのに……ごめんなさい……」
「……王女様……」
扉に背を預けたまま、意識の輪郭は次第にぼやけてゆく。
現実が遠のくにつれ、何処か懐かしい景色が次第に浮かび上がった。
──夢とも、記憶ともつかない、微睡の境界。
──────────
……また、この夢だ。
ソフィは、その見慣れた景色をぼんやりと眺めている。
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「──早く準備なさい、ソフィ」
呼びかけられ、物陰からひょっこりと現れた少女は──記憶よりもずっと貧相で、しかし幸せな笑顔を浮かべている。
「わたし、おひめさまみたい……!」
小さなエプロンドレスがふわりと舞う。
ほんの少しだけ、夢を見れる気がしていた。
──そんな年頃だった。
「──ソフィッ!」
叫び声。
少女は、その小さな体を一層縮めた。
「……ごめんなさい」
「浮かれるなと何度言えば分かるんだ! お前は今日からフィエリア王家の侍女なんだぞ!?」
「……ごめんなさい、ごめんなさい……」
養父は、気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起こした。
養母は何も言わず、感情のない目で私を見ていた。
──息の潜め方と、謝り方。
あの頃、それだけが私の生きる術だった。
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「──君の両親は、とても素敵な夫婦だったんだよ」
執事長が、蓄えた白髭をさすりながらしみじみと言った。
幼い私は、涙をこらえて俯いている。
「──いや、"彼ら"のことじゃない。……すまないね、配慮が足りなかった」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「……ソフィ」
しわくちゃの、けれど大きくて温かい手が、ぽろぽろと涙を流す少女を優しく撫でた。
「つらかったろう。これからは、もう──ここが、君のお家だ」
──その暖かさを、今でも覚えている。
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「王子様、お召し物が」
「いいよ 襟なんかどうなってても」
「いけません」
「なぁ、そんなことより一緒に遊ぼうぜ」
「遊びません。王子様は、私とは身分が違いますから」
「つまんないやつだなぁ あと、アルマでいいよ」
「よくありません」
──王子様は、昔から垣根のない方だった。
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生まれたての王女が、目の前で泣いている。
どうやってあやせば良いのか、誰も知らなかった。
泣き疲れて眠るまで、無我夢中であやした。
穏やかなその寝顔を崩すまいと毛布をかけた。
目を醒ました王女様は、太陽みたいに笑った。
──私は、ただそれだけで、この方の為に生きようと思った。
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「……私が、王女様の専属侍女ですか? でも──」
「私が推薦したんだ。……頼んだよ、ソフィ」
──執事長が、柔和な笑顔で言った。
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「ねぇ、ソフィ? 私、街に出てみたいの」
屋上から見下ろす、王都の街並み。
王女様の目には、好奇と羨望と、それから──。
……ほんの少しの、諦め。
──私は、言葉に迷った。
王女様が抱える閉塞感も、陛下の言葉なき想いも。
世界への好奇心も、王都の影に燻る反感も。
その全てを知りながら、私は──。
「──いつか、一緒に行けたら良いですね」
……そんな風に、濁した。
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自責と後悔で彩られた、泡沫の夢。
……意識はまだ、記憶の狭間を揺蕩っていた。
"ソフィ"
──ふと。
星明かりの揺り篭に、誰かが声を落とす。
聞き馴染んだ、柔らかな呼び声。
途端、導かれるように景色が遠のいて──。
──泡沫は、パチリと弾けた。
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✦ピュロン王宮 廊下──
「──フィ、起きなさい、ソフィ」
「……ん……」
覚醒し始めた意識に、ソフィは瞼を薄っすらと開いた。
それを覗き込んでいた老齢の執事長──シルバ=コミュールは、安堵の溜息を溢す。
「……目を覚ましたか。良かった」
「……シルバさま?」
どうやら、身体を揺すられていたらしい。
肩に、皺が刻まれた掌の体温が残っていた。
夢の記憶は曖昧だが、ずっとその暖かさを感じていたような──。
「──そう呼ばれるのも随分久しぶりだな」
感慨深げに言うシルバに、数秒遅れではっとしたソフィは──赤面して、ひとつ咳払いをした。
「……失礼しました、執事長」
「ふふ、訂正しなくとも良いのに」
ようやく視界がはっきりして、ソフィが起き上がる。
名残惜し気に振り向いたその先に、王女の寝室。
扉に耳を近付けると、静かな寝息が聞こえてきた。
「──大層、お疲れのご様子」
シルバの優しい声に、ソフィが頷く。
……決して起こさぬよう──注意深く扉を開いたソフィは、自身の羽織を抱き締めて眠るアイルを抱える。
柔らかなベッドにその小さな身体を預けると、アイルはもぞもぞと羽織に包まった。
「……ソフィ……」
「……おやすみなさい、王女様」
微笑みを湛えたソフィが、王女の頬に触れた。
涙の跡が残るその頬に──確かな、命の熱を感じる。
……王女様が無事で、本当に良かった。
──静粛にその傍を離れ、扉を閉じる刹那。
ソフィは、そっと部屋の灯りを消した。
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✦ピュロン王宮 屋上──
風の冷たさは、想像よりも骨身に染みる。
王宮の屋上、深夜。
アルマは、ひとり星を見上げていた。
"夜になると、ふたりは丘の上に座り、
星空を見上げて、小さな声で願います"
今朝方の"読み聞かせ"が、ふと頭を過ぎる。
煌めく満天の星々、そのどれもが──人を、国家を、運命を乗せて暗闇を巡る世界。
……この双星の光もまた、彼らに届くのだろうか。
アルマは、そんな事を思った。
『やはり、そう簡単に整理はつかないか』
聞き慣れた声に、アルマが振り返る。
声の主──フォニーは、定位置を主張するようにアルマの隣で浮かんだ。
「……アイルの寝かし付けを任せた筈だ」
『クラウスからは"全て私に任せる"と仰せつかっている』
王政評議の一幕を引用し、フォニーはアルマからの指示を容易く上書きしてみせる。
苦笑したアルマは、しかしその"フォニーらしさ"に安堵を覚えた。
『そもそも、それは私が担うところではない。──アイルには、専属の侍女がいるのだから』
「……まぁ、それはそうだ」
──脳裏を過ぎったのは、涙を流す二人。
アルマの胸が、また少しざわついた。
「……あれから、今朝の講義を思い返してな。──つくづく、良く分かったよ」
壁に背を預けて、アルマは本心から呟く。
"愚者は経験に、賢者は歴史に学ぶと言う"
マリナスが、エルゼンが、
彼らがそれぞれに積み上げた、経験の連鎖を"歴史"と呼ぶのなら。
アルマは、経験に学んできた愚者をこそ愛するが──。
"偉そうな奴らだとは思ってたけど。ついに暴力に頼りだしたのか"
"子供なら、王家なら──何をしても許されるのか?"
"世界は、お前が愚者のままでいることを許さない"
「王家は──歴史を紡ぐ、賢者でなければならない」
"王家の軽々な独断ひとつが、どれ程の影響を及ぼすことか"
"どれだけ、心配したと思っているんですかっ!!"
「自ら痛みに晒される、愚者であってもならない」
"経験"を身に刻んだ故の、教訓。
フォニーは、岐路に立つ王子を見つめた。
『……王家としてはそうだ。だが──』
僅かな沈黙に、今度はアルマがフォニーを見つめる。
『他者の為に不利益を厭わず飛び出した精神性、その責を一身に背負う覚悟は──極めて英雄的な、お前の長所である事を忘れるな』
素直に受け止めきらず、アルマは枯れた笑いを浮かべて俯く。
「……英雄……か。──程遠いな」
珍しく弱気なアルマの姿に、フォニーが言い淀んだ。
……疑い無き英雄の資質、だからこそ──。
『──アルマ。
「……? 今朝の話だ、流石に忘れない」
『"読み聞かせ"は、王家にとって歴史の序文だとも伝えたな』
「……ああ」
要領を得ないフォニーの確認に、アルマが困惑を浮かべる。
伝えるべきか否か──。
逡巡したフォニーは、やがて意を決した。
『──言葉通りの意味だ』
「……何がだ? さっきから何を──」
『全てがだ。……童話、マリルとダリルは──』
──────────
"黒い影が、もう空のすみに 近づいています。
とめられるのは、マリルとダリルだけ。
「だいじょうぶ」
マリルとダリルは 手を取り合い、
うなずき合って、それに飛びこみます。
マリルとダリルは 光につつまれて
黒い影を払いのけました──"
──────────
『──百五十年前。この双星の為に命を投げ出した、マリル=フィエリアとダリル=フィエリアの生涯だ』
"軌道を共有する双星など、他に前例がない"
"人体が生み出すエネルギー、トリオン"
"そして、それを現象に変換するトリガー”
記憶の濁流に飲まれ、足元が崩れる感覚。
"これが、星そのものを形成する
"……暖炉の炎と、理屈は同じ筈だ"
「……双子の英雄は──」
"マリルとダリルは、大好きな星に生まれ変わり、いつまでもみんなを見守るのでした"
遠き日、亡き母の声が──アルマの思考を焼き切った。
「──ピュロンと……リゾーマなのか?」
『そうだ。故に彼らは英雄として名を遺し、フィエリア家はその日から王家となった』
浅くなった呼吸の音だけが、世界を覆っている。
フォニーは、星降る夜の暗闇を見上げた。
『……この星々全てが──そうして、犠牲と挺身の上に歴史を紡いでいる』
力なく手摺に腰掛けたアルマも、フォニーの目線の先を追う。
星々は、相も変わらず儚げな煌めきだけを返した。
……その歴史の到達点が僕ならば──。
「……僕は、それを聞いてどうすればいい」
返ってくる答えは明らかで──それでも。
瞼を閉じたアルマは、その答えをフォニーに委ねた。
『それを決めるのが、王家の務めだ』
「……そう、言うと思ったよ」
今朝と、同じ答え。
運命を受け入れるように、アルマが大きく息を吸う。
「僕もまた、そうあらねばならないのか?」
『……お前は、双星と獅子王を共に継ぐ、この星で最も純粋な英雄の系譜だが──』
フォニーは、逡巡を経て身体を揺した。
『"英雄の最低条件は生還"だ。──軽々に命を投げ出すような選択はするな』
「……それは、僕がフィエリア王家だからか?」
『違う』
自嘲気味なアルマの問いを、フォニーが否定する。
『──お前が、アルマだからだ』
アルマが、大きく目を見開く。
……その言葉は──。
「……はは。──相変わらず、手厳しい」
……呪縛さえ、自棄の言い訳にはさせないと言うこと。
夜の帳が降りた王都を見下ろし──。
アルマは、その瞳に静かな炎を灯した。
【登場人物】
✧マリル=フィエリア
伽話の住人改め、最初の王家。
命と引き換えにピュロンを生み出した。
✧ダリル=フィエリア
マリルの双子の弟。
マリルと手を取り合い、リゾーマとなった。