ノッブとカッツに愛されて夜しか寝れないトッキ   作:星乃 望夢

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第二話 あわてん坊のトッキ、射られる

 

 信時──。

 

 わしの兄上、信広と同じ庶子であり、しかして兄上は父上の第一子にして男児であるが故、二心あろうとも母上は兄上を好きにする事は叶わぬ。

 

 しかし、時は別じゃ。

 

 既にわしと信勝が()る。

 

 家督はわしが父上より継いだのじゃが、対外的には男と通しても、女であるわしよりも男児の信勝の方を家臣らは擁立せんとしておる。

 

 勝の奴に、それを出来る度量はなかろうよ。

 

 政すら儘ならぬのだ。

 

 枕元で時が如何ほどか助言をしておるから破綻はせんでも、何れはというやつじゃ。

 

 あれは黙々とひとつの事を熟していく職人の方が向いていよう。

 

 にも関わらず、旗頭に担ぎ上げられる事になろうとは。

 

 いっその事、勝のやつも女子であれば、姉弟で争う立場になる事もなかったじゃろう。

 

 たらればの話じゃな。

 

 時と会って言葉を交わしたのは、わしの元服の時じゃった。

 

 初めてやつの顔を見た折は、鏡でも見たかと思ったものよ。

 

 庶子であるのならば、わしの影武者として育てられるのも問題はない。

 

 じゃが、あれはわしの話が通じる稀有な人間だった。

 

 頭の回転こそ凡夫であるが、それ以外はわしも満足出来る格がある。

 

 南蛮言葉を理解出来ている時点で他とは違う。

 

 算術も天才、そして南蛮菓子をいくつも作りよる。

 

 やはりわしの影武者なんじゃから、わしの許に居て毎日わしに菓子を作る義務が時にはあると思うんじゃが?

 

 水路工事や富国強兵の案にしても、先を見通せば対価を民に払っても結果の伴うもの。

 

 目先の事に目を眩ませず、遥か先を見据える視点。

 

 時とならば天下を手にする事も叶うじゃろう。

 

 心置き無く後詰めを任せられる者の居る事は心強きものじゃ。

 

 これは勝には出来ん事だ。

 

 時は、人の上に立つ器としては勝よりも弱い。

 

 わしも大概甘いのじゃが、わしより輪を掛けて甘いというか、最早菩薩か何かではと思う程に時は甘い。

 

 喜怒哀楽から怒が抜けておるのではなかろうか?

 

 それではこの戦国の世を生き残れはせんじゃろ。

 

 しかし仏の顔は三度までと言うように、時の奴も人である。

 

 決して怒りを抱かぬのではなく、抱いたとしても溜め込む。

 

 しかして限度を超えると堪忍袋の緒が切れるのは是非もなし。

 

 その緒が他よりも硬いというだけじゃ。

 

 勝の為に時が用意しておった南蛮菓子をわしが先に食べてしまった時じゃった。

 

 いつもなら是非もなしと赦してくれるんじゃが、その日はそうではなかった。

 

 いつも笑っているやつの顔から色が抜け、そしてその髪が猛る焔の様な色に染まり上がると、怒声ではなくただ淡々と何をしているのかと問い詰められた。

 

 見てくれもわしなら、その怒り方もわしそっくりじゃ。

 

 熱もなく告げられた声に、わしはほんの僅かの一瞬とは言え、気圧された。

 

 勝の元服祝いに手作りした南蛮菓子を食べたわしに非があるんじゃが、時はあれで馬鹿でも阿呆でもない。

 

 己の置かれた立場を理解している聡いやつじゃ。

 

 それが家を継ぐ継承権一位のわしを叱るというのだ。

 

 わしの影武者として育てられ、織田を名乗る資格はあれども庶子では打首にされても文句は言えぬ。

 

 しかし時はわしを叱った。

 

 あれは堪えたのぅ。

 

 愛がある故に叱られるというのは、わしも弱い。

 

 床の間で勝の歪んだ愛を受け止める時。

 

 庶子であり弟であるから受け入れておると思っておったのじゃが。

 

 どうやらわしの目もまだまだ節穴よ。

 

 じゃから、時はわしの手許に欲しい。

 

 いっその事、娶ってしまおうか。

 

 そうなれば庶子であろうとも文句はあるまい。

 

 父上が病を患い、床に伏せる様になって家臣らは勝に擦り寄り始めた。

 

 父上が亡くなられてからはもう露骨じゃのぅ。

 

 このままではわしは、勝と共に時も手に掛けなければならぬ事になろう。

 

 それは駄目じゃ。

 

 わしと同じ路を歩める彼奴を喪うわけにはいかぬ。

 

 あれはわしの影じゃ。

 

 即ちわしの物である。

 

 故にわしそのものじゃ。

 

 なればこそ、やはり時はわしの許に置くのが一番じゃな。

 

 勝にくれてやるにはいかぬよ。

 

 時を勝にくれてやるという事は、わしを勝にくれてやるというのも同義。

 

 なればこそ、戯れ程度は許すが、わしを奪わんとするのならば、何人であろうと赦さぬ。

 

 なに? 時が射られ落馬したじゃと?

 

 それをやったのは叔父上信次の家臣?

 

 であるか──。

 

 え? それに怒った勝が兵を挙げて守山城へ出たじゃと?

 

 ちょちょちょ、待てや勝ぅ!

 

 おぬしそんな怒髪天になる程じゃったの!?

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 僕にはとても良く出来た弟が居る。

 

 良く出来た、という言葉に尽くし難い程に出来た、まるで姉上の様な弟。

 

 信時は兄上と同じ庶子で、でも僕なんか足下にも及ばない程に出来た弟。

 

 あの姉上と同じ目線で会話が出来る信時を、僕は羨ましく思う。

 

 妬ましいと思う。

 

 姉上のあんな楽しそうな顔、僕には見せてくれない。

 

 恨めしい。

 

「いつもっ、いつもっっ、なんで、なんでお前が! お前だけがっっっ」

 

「かっ、はっ、っっっ、あがっ、あ゛っ」

 

 僕が本気で手を掛ければ折れてしまうだろう首を絞めれば、強い征服感と快楽が頭を駆け巡り稲妻が走る。

 

「姉上っ、姉上姉上姉上姉上っっ、姉上ッ!!」

 

 グッと手に力を込めると同時に、欲望を信時へと解き放った。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、っ、はぁ、はぁ、の、信時?」

 

 信時の手が、僕の頬に触れる。

 

 どうして信時は僕に優しくするんだ。

 

 首を絞められても、跳ね除けようとしないで受け入れるんだ。

 

 強張っていた指の力を抜き、開いていく。

 

「っ、ゲホッ、ゴホゴホッ、オエッ、ゲホッ」

 

 咳き込んで、涙を流しながらも、僕の頬に触れる手は優しいまま。

 

 僕の独り善がりを受け入れてくれる信時。

 

 親指で拭われた頬。

 

 その指先に光る雫。

 

 僕は、泣いているのか?

 

 僕は、何をしているんだ。

 

 父上が病で亡くなり、姉上を疎む家臣らは僕を立てようとしている。

 

 僕は姉上と戦いたくない。

 

 でも、家臣が居なければ何も出来ない僕は、僕には何も出来ないんだ。

 

 僕が訊ねれば直ぐに答えを返してくれる信時。

 

 影武者であるから姿も姉上の様であって、それでも信時は姉上の影が出来る程の器であると認めざる得ない程の出来の良さ。

 

 僕の領地が瀬戸際で耐えられているのも、信時の助言があればこそ。

 

 信時が居なかったら僕はとっくの昔に白紙を出していた事だろう。

 

 信時が居ないと、僕は駄目なんだ。

 

 僕の胸中の弱みを曝け出せるのは、信時だけだ。

 

 こんな僕の八つ当たりも、慈愛で包み込んで受け入れてくれる。

 

 本当は、姉上にも、渡したくない。

 

 信時と話している時だけ、姉上は色のある顔を見せてくれる。

 

 それ以外は、まるで面に掘った顔の様だ。

 

 路傍の石を見るかのように、その視線にも色はない。

 

 僕にも、そうだ。

 

 いや、色はあっても、それは呆れというか、是非もなしというか。

 

 信時に向けている好感ではなくて。

 

 それが僕には悔しくて妬ましくて恨めしくて、羨ましい。

 

 姉上をお慕いするこの情念。

 

 でも、僕はこの思慕を口にする事は出来ない。

 

 見た目も声も生き写しである事を良いことに、僕は信時を通した虚像の姉上へ、この胸に渦巻く物を吐き出している。

 

 それなのに信時は僕を突き放さない。

 

 信時はいつでも僕の味方で居てくれる。

 

 母上も、家臣らも、本当の味方ではない。

 

 だったら、皆が姉上を盛り立て、この尾張を平定するのが正しいとなんでわからないんだ。

 

 それを言えない僕は、やっぱり駄目だ。

 

 信時が僕の生き写しだったら、僕と信時で入れ代わり立ち代わり、二人で姉上を盛り立てられたんだろうか。

 

 弟に頼ってばかりの駄目な兄だ、僕は。

 

 そんな駄目な僕なら、周りは信時を僕と、僕を信時と扱う様になったかな。

 

 そうすれば、信時は僕として、姉上のお役に立つ事が出来ただろう。

 

 でも、信時は僕の所に居て欲しい。

 

 僕と一緒に、姉上を支えて欲しい。

 

 僕と──僕は、信時と──。

 

「信勝様!!」

 

「なんです、騒々しい」

 

 僕の思慮を妨げるとはなんて事をと思いながら、伝令の顔が只事ではないことを読み取る。

 

 今川か三河が攻め込んだか?

 

 戦備えは出来ている。

 

 事次第では兵を集め出陣する事も出来る。

 

 今は日が傾き始め。

 

 日備えの兵を集めるより、夜備えの兵を集めた方が良いか。

 

 日備えの兵が交代する夜備えの兵が居なくなるから、城に残る兵は休まる時間がないだろうけど、それでも役回りと交代の規定は出来ている。

 

 すべて信時の提案で設けられた決め事だけど。

 

「の、信時様が松川の渡しにて射られ、深傷を負ったとの報せが」

 

「なん、だって……」

 

 それより先の事は、僕はあまり憶えていない。

 

 伝令の襟を掴み上げて詰め寄り、下手人は誰かと問い詰めれば、叔父上信次の家臣の川狩にて誤って射られたと判った。

 

 今日は守山の天永寺へ向かう日。

 

 母上からは部屋から出るなという言い決めを守る信時が外へ出られるのは、姉上が無理やり外へと連れ出すか、南蛮菓子を作る時、そして説法を聴きに行く時。

 

 流石の母上も天道を学ぶ為に外に出る事を咎める事は出来ない。

 

 ただ、今日は昨夜僕が激しくし過ぎた所為で寝坊した信時は、慌てて飛び出して行ったのが半刻程前。

 

 僕は兵を集め城を出た。

 

 僕の弟に、僕の信時に弓を引いた。

 

 それは僕に弓を引いたのも同じ。

 

 いくら叔父上であろうとも赦さない。

 

 下手人は即刻打首にして一族郎党根切りにしてやる。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 いやはや、まさか戰場でもないのに矢で射抜かれて死にかけるなんて思いも寄らなかった。

 

 いやね、寝坊して急いでいたからさ。

 

 川狩をしている橋を迂回してると間に合わないから推し通ったこっちが全面的に悪いんだ。

 

 無礼を働けば殺されるのも仕方ないとする昔の倫理観を、俺は侮っていた。

 

 実際にやられないと実感が湧かなかったとも言える。

 

 だから橋を渡っている時に問答無用、言葉もなく背後の河川敷から射られた矢に気付けなかった。

 

 初めて襲って来た激痛に身体は強張って、揺れる馬上から振り落とされた。

 

 落ちた時に頭も強く打って明滅する視界の中で、駆け寄って来た若武者達の顔が青褪めて蒼白になって行くのが見えた。

 

「ななな、なんという、ことを……」

 

「の、信長様!?」

 

「ははっ、早く傷の手当てを!!」

 

 あぁ、俺は姉上と瓜二つだから、彼らからすれば尾張の大名を射抜いてしまった事実に見えるのか。

 

 なんというか、ご愁傷さま?

 

 これ俺が助かっても、この若武者らは首切られるのでは?

 

 むしろ自ら切腹する?

 

 礼を欠いたとは言え、己の領地の殿を射抜いた大罪に、彼らは耐えられないだろう。

 

 いや、俺は信長じゃないから人違いであるから、それを伝えればお咎めはないだろう。

 

 悪いのは俺なわけだし。

 

 入るなと規制線が張られている橋に入って背中から銃で撃たれたみたいなものだ。

 

 うん、現代人感覚で言うと理解出来ないな。

 

 てか頭がぐらぐらするから一旦意識を手放して良いかな?

 

 首の骨、折れてないよね?

 

 馬上から落ちて頭から行ったから、頭もそうだけど首もヤバいくらい痛い。

 

 むしろ頭打った事で感覚が鈍くなったから背中の矢の痛みはあまりわからないのが幸いだけど、脳挫傷とかしてないよね?

 

 あ、駄目だ。

 

 意識を保とうとしても勝手に落ちていく。

 

 取り敢えず起きたら面倒事を起こした事をカッツに謝ろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 弘治元年、夏の頃。

 

 末盛城から出た織田信時は守山城の直前、松川にて矢を射られ重傷を負った。

 

 織田信時に関する史料として、信時自身が手掛けた議事録が残っている。

 

 それは評定の内容を纏め、しかしそこへ個人的な事柄も書かれている為に議事録と言うよりは日記帳であると言われている。

 

 同時代の他の文献は解読するのにも苦労する。

 

 だが織田信時のその日記帳は現代人がそのまま読む事の出来る唯一の史料である。

 

 漢字にひらがな、カタカナが使われ、文法も現代のそのまま。

 

 兄である織田信長との文もいくつか残っており、信長も他への文は解読に苦労が掛かるものの、信時との文は現代人がそのまま読める貴重な史料だ。

 

 つまりあの時代、天下人に最も近かった織田信長と、側室の子である織田信時は文通で現代日本人と変わらない言語でやり取りをしていたという事実が証明された。

 

 織田信長は、側室の子であった信時を大層可愛がっていたというのは歴史家にとっては当たり前の事実であり、そして当時としては珍しい南蛮菓子を信時は手作りする事が出来たという。

 

 野苺のショートケーキ、カステラ、ハチミツパンケーキ。

 

 他にも醤油ラーメンに味噌ラーメン、トマトソースのスパゲッティを作っていたと分かっている。

 

 極めつけはハンバーガーやハンバーグも作っていたらしい。

 

 また季節野菜を使った天ぷらに、餃子も焼いていたというのが日記に記されている。

 

 残っている調理書の道具の一覧では竹製の泡立て器など、現代では鉄製になっている道具が散見される。

 

 メレンゲを作るのに卵の白身をひたすら掻き混ぜるのは骨が折れたという文章が日記に残されている。

 

 また、兄である信勝の元服に際して用意したショートケーキを信長が食べてしまったのを咎めてしまって、冷静になったら打首ものじゃない?っという日記から、兄弟間の距離の近さを読み取るには充分であり、側室の子でありながら織田家の正統な嫡男である信長を叱りながらお咎めがないという事実は、信長が大の甘党という事実と共に、いくら尾張を統べる大名であっても摘み食いをしたら怒られても納得させてしまう信時の人柄を現代に伝えている。

 

 数々の史料から料理好きだと判明している信時は、或いは兄達の胃袋を掴んでいたのだろうというのが通説である。

 

 料理人織田信時の悩みは日記の至る所に散見される。

 

 わさび醤油だけじゃ飽きるなぁと日記帳には書いてあり、コショウが欲しいと日記のあちらこちらに散見される。

 

 胡椒が日本に伝わったのは江戸時代と言われており、それよりも前に胡椒の存在を知っていた、そして胡椒を使う味付けを知っていた信時はいったいそれらの調理法を何処から学んだかの史料は何処を探しても未だ出て来てはいない。

 

 そんな信時が誤って射抜かれた松川の乱。

 

 それは信時の日記に書かれており、朝寝坊して急いでいた所に、川狩をしている若武者達を認め、しかし迂回すると遅刻するという判断から橋を突っ切ると背中から射られたという。

 

 落馬して頭を強打、首も痛め朦朧とする意識の中、自身を信長と勘違いする若武者らの慌てふためく姿に心の中で手を合わせたという。

 

 織田信時を語る上で先ず話題となるのは、尾張一の美人であったという事。

 

 そして織田信長の影武者として育てられたということ。

 

 若武者らが自分を信長と勘違いして慌てていたと日記には残されている事から、信長と信時は顔が似ていたのだろうと読み取れる。

 

 すると自動的に織田信長も美人か、或いはイケメンだったという事実が浮上する。

 

 兄である信長と信勝から寵愛を受けていたという史料もほんの極僅かであるが、信勝の史料からそれを読み取れる物が幾つか遺されている。

 

 そして信長、信勝よりも領地の運営に通じ、算術も天才であったと信長の史料に遺されている。

 

 信長自身にそこまで言わしめた麒麟児が射抜かれたという事件に、信勝は兵を集め居城の末盛城を出立し、松川にて信時を射抜いた若武者らを切り捨て、守山城にてその若武者らの一族郎党を根切りにする事で手打ちとしたという。

 

 その勢いは烈火の如しと遺されている。

 

 以後一命を取り留めた信時は信長に引き取られ、信長は天下人への覇道を邁進した。

 

 織田信時の戦歴として有名なのはやはり桶狭間にて日本人として初となる銃剣突撃である。

 

 火縄銃は発砲すると再装填に時間の掛かる武器としての弱点は知られていた。

 

 長篠の戦いにて兄、信長は三段撃ちでその弱点を強引に打ち消したが、信時は近付かれようとも武器として扱える様に火縄銃の先に縄で小太刀を括り付け振るったという史料が遺されている。

 

 さらに信時が率いる鉄砲隊は大きな木盾を用いて矢を防ぎ、陣形を組み、銃剣にて足軽を足止めし打ち倒したという史料も残っている。

 

 発砲した火縄銃を再装填する手間暇を稼ぐ為の盾、しかし鉄砲足軽の装備に木盾を使い敵を止め、銃剣で突き崩すのは古代ギリシャのファランクスのそれであり、戦人としての信時はそうした古い物と新しい物を上手く混ぜ合わせて使える機転と発想を持つ軍略家であったのではないかと言われている。

 

 また、世界初の擲弾、対人地雷の開発者であったとも言われている。

 

 火薬と鉛玉を詰めた竹筒を投げ込んだ、同じく火薬と鉛玉を詰め込んだ鉄釜を蓋して敵に向け放ち、忽ち肉へと変えたという史料が残っている。

 

 他にも石火矢と馬に大砲を引かせた砲兵部隊を立ち上げ、城崩し信時の異名を持ち、諸大名に恐れられていたとされている。

 

 火縄銃の機構を取り入れて新しく開発された携行性と威力がある新型の石火矢は一撃で鎧を貫通したとも伝えられ、さらに塩化マグネシウムを使用したフラッシュグレネードをも開発し、信時率いる石火矢鉄砲隊は戦国時代に於いて現代の特殊部隊の様な装備と戦法を用いて、とある史料では森の悪魔とも記されている事からゲリラ戦法も得意としていたのではないかと推察されている。

 

 そうした兵器開発の史料は不自然な程遺されてはいないものの、信時の日記にて塩化マグネシウムってどうやって作れば良いのか? という文章がある。

 

 太陽の如く閃光を発する竹筒、夜戦にて暗闇を照らし敵兵の姿白昼の如く晒してはその尽く茫然と立ち候らえと記録されている。

 

 その事からフラッシュグレネードを織田家は使っていたというのが読み取れる。

 

 それまでの刀と弓による戦場にて、銃と石火矢、自走砲に擲弾、対人地雷、閃光弾まで使っていた織田信時は何者なのか。

 

 そうした特火部隊を用いたのは織田信時ただ一人であり、他の戦国大名が真似出来なかった事からも、織田信長に並ぶ戦国時代の麒麟児であったと歴史家達は戦人織田信時を評価する。

 

 弓と刀の武士の時代に、銃で武装して、石火矢をバズーカ感覚でぶっ放し、火薬と鉛玉があるならクレイモア行けるんじゃね?って鉄釜に詰めて着火したり、火縄銃って撃ったら再装填する間無防備になるから撃ったら盾に隠れて、向こうが近づいてきたら突けば行けるな、これって丸っきりファランクス陣形じゃん、採用!

 

 とな具合に数で劣るなら兵器でどうにかするしかないなぁ、俺らケンカ弱いからと、何処かのヒラコーな隊長みたいなセリフを言いながら肩に担いだ石火矢をぶっ放して、なんちゃってクレイモアの着火の導火線に火を点けて、サバゲー感覚でカモネット被って待ち伏せしたりかんだりで、腕っぷしがないから頭と道具を使って、訓練すれば農民も一躍武者を殺す戦国タスクフォースを作り上げて行った。

 

 やり過ぎだと思うけど、死なない為には是非もないよな?

 

 織田信時、一度死に掛けたが故に生存する為には一切手を抜かない戦人へとジョブチェンジした。

 

「キャスター、織田信時。召喚に応じて参上した。問おう、お前が私のマスターか? ……部隊を率いて暴れまくったからキャスターなのか。日本人初の銃剣突撃したからランサーとかにならないかなぁって狙ったんだが?だが? まぁ、取り敢えず城攻めなら任せてくれ。城崩しの信時の力、存分に見せてやるとも。取り敢えず、TKG喰わせてくんない?」

 

 

 

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