ノッブとカッツに愛されて夜しか寝れないトッキ   作:星乃 望夢

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第八話 あんたホントに第六天魔王なんてやってたの?

 

「お待ちしておりました、信長様」

 

「うむ、苦しゅうない」

 

 兵を集め清洲を出陣、守山に到着したのは伝令が来てから二刻といったところか。

 

 既に勝家と時の合戦は終わっておった。

 

 秀貞は動かなかったが、逸った通具が襲って来よったからすぱっと切り捨て守山城に入ったのじゃが、出迎えは時の家臣らで時自身が顔を見せん。

 

 あれが礼を欠くのは余程の事でなければそうはならん。

 

 天然でやらかす事はあるが、それでも礼儀の正しさを誰よりも理解しておる。

 

「信時はどうした」

 

「はっ、信勝様と共に床で伏せております。その、信勝様に腹を刺され、傷口を焼き塞ぎ、指揮を執っておりました故…、あ、信長様!」

 

 時の家臣から話を聞いた瞬間、わしの足は時の床の間へ急いだ。

 

 草鞋を脱ぐ事すら忘れ、床の間に向かう姿は周りの者には焦燥と見えただろう。

 

「信時!」

 

 床の間の戸を乱暴に開け放ち、布団の上に横たわる時と勝の二人。

 

 その寝間着の腹の部分が血の紅で染まっている、兄弟で自害した様にも見える光景にわしは息を呑んだ。

 

 屈んで見れば胸は動いておるから息はある。

 

「時、時、信時、起きろ信時!」

 

 わしが声を掛けても中々起きぬ。

 

 わしが声を掛ければ必ず起きる信時がそうではないのは、傷の深さ故か。

 

「あね、うえ……?」

 

 代わりに起きたのは信勝の方だった。

 

「……ひっ、あ、あああね、あねっ、うえ、あ、あ、の、のぶ、のぶ、とき、あああっ」

 

 わしを見ると酷く怯える信勝。

 

 そして信時の顔を見ると乱心、じゃが信時が固く信勝を抱いておるから身動きが取れん。

 

「吐け信勝、何故時の腹を刺した」

 

 わしは見下ろしながら信勝を詰問する。

 

 信勝は阿呆であるが馬鹿ではない。

 

 故無くば信時を刺す事が無い。

 

 かと言って、信勝が自身の思惑で信時を刺せるかと思案しても、否と考える。

 

 全く否とは言えんが、余程の事でなければ故無し。

 

 下からせっつかれようとも信勝ならば躱し続けられよう。

 

 ということは、下以外から信勝をせっついた何者か、それも心を病む程にした者かが居るという事となる。

 

 それが出来るのは父上か、兄上か、わしか。

 

 じゃがその誰もが信勝の傍に居らんとなれば、唯一母上のみ。

 

 母上は庶子である信時を目障りに思っておった。

 

 その信時が信勝よりも優れた統治を目と鼻の先でやっておれば、排したくて是非もなかったろう。

 

 いつかはやると思っておったが、この機会というのも絶妙である。

 

 美濃の退きにより浮足立った連中がわしより離れ、わしに代わって信勝を立たせようと寄り集まった所、わしを落とすのならば先ずは目の上の瘤である信時を落とさなければならず。

 

 そして信時ならば信勝を拒否する故は無し。

 

 暗殺するには持って来いの人材じゃ。

 

「ぼ、僕が、僕がやって、やった、僕は、信時がっ」

 

「もう少しまともな言い訳を用意せぬか阿呆。おぬしがそう易々と信時を刺せるか馬鹿垂れ」

 

 確かに信時は天才じゃ。

 

 わしと信時に挟まれ、信勝は鬱憤も溜まるじゃろう。

 

 今までは、その鬱憤晴らしに信時が傍におった。

 

 じゃが、信時が傍を離れれば、限界を迎えるのは目に見えておった。

 

 瀬戸際で耐えておった末盛の統治は、信時の助言があってこそ。

 

 しかも枕元での世間話の様な軽い助言程度じゃろう。

 

 己の立場と兄の面子に泥を塗らぬ様、注意を払いながら助言しておったはず。

 

 つまるところ、限界を迎えて癇癪を起こした信勝に抱かれ、その愚痴から答えを用意し、助言しておったのじゃろう。

 

 致命的な議題を解決しておったから、火の輪車の瀬戸際で耐えられた。

 

 じゃが、それが得られなくなれば、そして自由の身となった信時が目と鼻の先で文明改革と国作りをやり、それを成功させればどうなる。

 

 川を挟んで向こうは極楽浄土の異国となれば、民の流出は止まらん。

 

 信時の政策を真似て清洲でも国作りをやっておるが、所詮は信時の猿真似、後追いとなれば、最先端を行く守山に惹かれる民の多きこと。

 

 それに、信時は家臣の少なさが故に、半減税や、さらに普請への参加や商人職人の減税などという無茶をやれる。

 

 それに付き従う家臣を選別し、莫大な稼ぎを分配した。

 

 目先の利益で信時をうつけと称し、切り捨てられた元家臣らは、待っていれば眠っておっても転がり込む利益を自ら捨てた阿呆の集まりよ。

 

 じゃから一纏めにして信勝の所へ放り投げたんじゃが、前代未聞の国作りで大成功を納め、富み続ける守山への逆恨みも相当じゃったろう。

 

 言うてしまえば、母上にも、家臣らにも嫌われ排したくて是非もない。

 

 その槍玉に上げられた信勝は心を病み、そして母上の言葉通りに信時を排そうと刃を向けた。

 

 じゃが信時もわしの影、武芸は修めており、そして信勝も本心では信時を刺すことを憚られたが故に急所を外れた。

 

 証拠が無ければ母上への追及が出来ぬ上、母を売るなど信勝には出来ぬ。

 

 信勝は母上の寵愛を一身に受けておったからのぅ。

 

 情けに対して乾いた情を切り捨てられるわしや信時の様には出来まい。

 

 その割り切りを出来るわしや信時は魔王や悪魔と呼ばれるじゃろう。

 

 抱かれながらも身を起こそうとしておった信勝を、信時の腕が抱え直し、抱きすくめた。

 

「姉上、あまり兄上をイジメてはなりませんよ」

 

 信時が目を覚ました。

 

 腹を刺されたというのに、まるで我が子を優しく抱き締める母の様な手付きをしよる。

 

 じゃが、その額には脂汗が光り、髪の毛が貼り付いておる。

 

 中々せぬ顰めっ面も、傷の痛みを耐える為じゃろう。

 

 強がりおって。

 

「別に虐めてなどおらんじゃろ。わしはただ勝に問うておるだけよ」

 

「言えぬでしょうよ、兄上は」

 

 枕元から起き上がり、それでも信勝を離さぬ信時。

 

 子を甘やかす母の様なら、母に甘える子の様じゃ。

 

 おい信勝、ちとそこ代われ。

 

 じゃが、信時は既に信勝が乱心した故を判っておるようじゃ。

 

「傷は良いのか?」

 

「焼いて塞ぎました。2度3度気絶しかけましたがね。今は符術にて治癒力を高めております故」

 

 合戦の指揮を執らねばならぬとは言え、無茶をしよる。

 

 陰陽師であり、医者でもなければ死んでおったのではないか、時は。

 

 その時は、いくら勝であってもわしは赦せんかったろうな。

 

「林はどうなりました?」

 

「弟の通具はわしに斬り掛かって来おったから、すぱっと切り捨てたわ。秀貞は帰らせた。今なら、末盛も攻められよう」

 

「は、母上をどうするおつもりですか!?」

 

「わしの影を殺すは、わしを殺すも同じよ。まさか影武者であるから許せと? はっ、甘いぞ勝。そもそも末盛の者らはおぬしを立て、わしを引き摺り下ろすのじゃろう? その為に先ずは目の上の瘤の時を殺そうとした。殺そうと言うのじゃから、殺されても文句は言えぬぞ」

 

「あ、姉上……」

 

 時の問いに答え、そして末盛を守る者は居ないとすれば、身を乗り出す信勝。

 

 わしは別に何も言っとらんが、語るに落ちるとはまさしくこの事よ。

 

 そして、影武者は身代わりに非ず。

 

 陽のわしと陰の時、同じ運命を共にする異心一体。

 

 信時を殺す事は即ちわしを殺すのも同じ、そしてわしと信時を降し、この尾張を手中に納めんとするのならば、母上とて赦せぬ。

 

 そもこの尾張の今を築き上げておるのは信時の政ぞ。

 

 南蛮の文化と技術を取り入れながら、軋轢を生まずに国を栄えさせる富国強兵の策を回せるのは、それを思い付き実行に移す信時以外に舵取りは出来ぬ。

 

 わしなら出来るだろうが、信勝では無理ぞ。

 

 信勝を利用し、益を吸い取る事に腐心する馬鹿者共では宣教師らの企みに利用され、逆にこちらの富を吸い上げられ支配下に置かれるのが落ち。

 

 やつらの南蛮言葉を通訳を通さずに理解出来ず、やつらの小言も聞き取れぬのであれば、隙を晒し、飢えた野犬の如く嬉々としてこちらの肉を貪る為に群がって来よるぞ。

 

 それを逆手に取り、ある程度あちらの要求を飲む代わりに、こちらの要求を叶えさせる。

 

 異国の場外ともなれば、あちらは先ず足掛かりとなる拠点を欲しがる。

 

 その為の場を設けてやれば、やつらは嬉々としてこちらへ譲歩する。

 

 あちらの願いを1聞き取れば、こちらの願いは3から大きく5を通せる。

 

 南蛮の珍しい食物は最早信時が作れる上、農民ですら食える物となり、南蛮でもあり得ぬ事態となっておるそうじゃ。

 

 逆にこちらで生まれた食物を南蛮へ持って行くという逆転まで起きておる。

 

 そして食えば無くなる、最早価値も無い食物攻勢が出来ぬとなれば、南蛮の珍しく役に立つ道具を持って来る様になる。

 

 それを全て予測し、予めわしがやろうと腹の中に抱えていた案を提言された折は、時は天下統一後の世を回せる者だとわしは確信した。

 

 じゃから、わしの覇道に必要な信時を喪うことは罷り通らぬ。

 

 信時を討つということは、わしの覇道を阻むも同じ。

 

 であれば、いくら母上であろうとも是非もなし。

 

「殿! 末盛より使者が参りました!」

 

「切り捨てよ。あちらの無礼をこちらが釈す理は無し」

 

「待て信時、母上の言い分も聞いてやろうではないか」

 

「しかし姉上、此度の戦はこちらが出した使いをあちらが切り捨て首を送り返しながら返す刃で出陣し、急襲して来たのですよ? これは明らかな謀反です」

 

「わしに免じて一度は話を聞け。母殺しは天道に反する。余程の故が無ければな」

 

「わかりました」

 

 普段は菩薩であるが、一線を抜けると修羅となる信時はわしよりも慈愛に溢れておる代わりに慈悲なく情け容赦が無い。

 

 じゃが、無礼千万を働いたのは母上の方じゃから是非もなし。

 

 この騒動、如何にして手打ちとするかのぅ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 戦国料理研究家として名高い織田信時は、戦国最強の兵站家とも名高い。

 

 戦国時代において空軍を設立し、空爆や空挺降下作戦を実施した戦国時代のバグ枠として戦史家達は評価する。

 

 戦国最強の陸軍、そして唯一実戦配備と運用を巧みにした空軍、そして水軍すらも最強にした。

 

 史跡として残る乾ドックと、史料には城一つが収まる規模の人員と物資を運んだと記され、ドックの大きさから大型タンカーを造り上げたと思われている。

 

 歴史家達にとって、織田信時が守山城城下に設けた資料蔵は現代に残り続け、当時の民衆の生活や戦史を調べる上での貴重な史料を貯蔵されていた。

 

 またその当時取り引きのあったポルトガルやスペイン、イギリス、なによりヴァチカンにもその大型船の画が残っており、その中にある大型鉄甲船の画は何処からどう見ても帆を付けた大型タンカーだった。

 

 また揚陸艇も備え、沖に位置して艦砲射撃を行い、揚陸作戦を実施した史料も残されていた。

 

 戦国時代のまだまだ未熟な技術で可能な限りの備えをし、あの時代に現代戦術を駆使していた異端の戦略家。

 

 織田信長の天下取りを影から支えた影武者。

 

 現代の警察も消防も、既に戦国時代の守山には存在し、刑法もあれば刑罰もあった。

 

 城主や大名が絶対の統治者であったあの時代に、限られた土地ではあっても法治国家の礎を築き上げていた。

 

 さらには自ら図面を引いて建築までやっていた上、世界初となるだろう精神科医を設け、戦場では徹底した衛生管理を行い、施術時には必ず強い酒で手と患者の傷口を洗い、傷を縫う針は煮沸を欠かさなかったという。

 

 一体何が出来ないのか探す方が簡単なのではないかと思われている完璧超人。

 

 しかし兄の信長には頭が上がらず、謀反を起こした者を決して赦さない信時を唯一止められたのが信長だけだったという。

 

 兄の信勝が信長へ謀反を起こした折、それを赦さず信勝に腹まで刺されながらも、信長の一言で下がったと言い伝えられている。

 

 近年の研究で織田信長の甘さは知れ渡る所にあるが、信長の苛烈で非情な面は、影武者の織田信時の行いだったのではないかという見方がされる様になって来た。

 

 でなければ余程の二面性を持っていた人物ではないと説明が付けられないのだ。

 

 散々失敗や裏切りを赦して来た織田信長、失敗には寛容だが謀反は決して赦さず情け容赦の無い織田信時。

 

 優しい面、つまりは失敗にも謀反にも釈す度量のあった信長と。

 

 厳しい面、謀反も敵にも情け容赦の無い織田信時と分けた方が分かり易い。

 

 しかし、そうなれば謀反を決して赦さなかった信時が、謀反直後の兄信勝を城に住まわせていたという信時の日記帳と辻褄が合わなくなる。

 

 歴史を直接見ることの出来ない我々では想像するより他ないが、キリスト教を禁ずる事なく教会まで領地に建てた信時の寛容さは、信長に並ぶ程だったと見受けられる。

 

 ならば決して謀反を赦さなかった信時も、兄である信勝には情があって切り捨てる事は出来なかっただろうと思われる。

 

「なんなんですかね、姉上」

 

「クククク、現代人の想像は真っ事面白いなぁ。勝が受けとは。クククク」

 

「笑わないでくださいよ姉上」

 

「まぁ、良いのではないか? こういう趣向もまた良き肴となろう。ま、時、勝、わしの三段重ねで狂い啼いておった勝にはこれでも良かろうて」

 

「むっ、僕は別に。あれは姉上が無理矢理」

 

「実際どうなんじゃ? 時に抱かれる己を想像して慰めた事くらいあるじゃろ」

 

「なっ、ないですよ! ありえませんっ。それに、信時はそんな乱暴な事が出来るわけ」

 

「なんぞつまらん。ちゃんと申せばやってくれたぞ? 下手だったがな」

 

「それはそれで信時の尊厳に容赦ありませんね姉上」

 

「本当の事じゃしなぁ。あれは根っからの猫じゃ。戰場では勇猛な指揮官なんじゃがのぅ」

 

「桶狭間は酷かったですね」

 

「フフッ、あれの公的な初陣じゃったからのぅ。今川には悪いが、パーッと派手な初陣を飾らせて貰ったわ」

 

「夜戦と待ち伏せ、釣り伏せをさせたら信時の独壇場ですからねぇ」

 

「左様。後の歴史では戦国最強の兵站家と正しく残されておるが、わしと信時が混同され、信時が戦国最恐の戦術家とは余り残っておらんな」

 

「延暦寺焼き討ちも信時がやったのに姉上の仕業になってますからね」

 

「ま、信時がやらなければわしがやっとったんじゃから、どちらでも構わぬ。その御蔭でわしは悪名高い第六天魔王として箔が付き、信時は戦国最強の兵站家としての逸話が強く残っておるのは、この浮世における人理修復には役立っておるではないか」

 

「本人が居れば国そのものが付いてくるのは破格ですからね。特にマスターはなんだかんだ物資に乏しい城構えですし」

 

「そういう事じゃ。よーし、そろそろ沖田でも引っ掛けて信時の所へ邪魔しに行くか」

 

「確か今日は子どもたちを集めてお菓子教室を開いていましたっけ」

 

「おう。今日は苺のしょーとけーきじゃぞ」

 

「ショートケーキですか。懐かしい物ですね」

 

「ふるーつたるとやめーぷるしろっぷのぱんけーきも良いが、苺のしょーとけーきに勝る物はないな!」

 

「一つ気になってるんですが、信時はそうした南蛮料理や菓子の作り方を何処で学んだんですか?」

 

「知らん! じゃが問題ないじゃろ。困るもんでもないんじゃし」

 

「それはそうですね」

 

 

 

 

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