ウィルと別れたヴィクターは、石畳の廊下を抜けて教室へ向かった。
魔法理論の授業が行われるその部屋は、冷たい石壁に囲まれた広々とした空間だ。
半円状に並ぶ講義机には、それぞれ淡く光る魔法陣が刻まれている。
教室にはすでに生徒たちの声が響き、ざわついた空気が立ち込めていた。
ヴィクターはいつもの席に座り、横を見る。隣の席では、同級生のリアーナが頬杖を付いて、ぼんやりと黒板を見つめていた。
すぐ隣に座ったヴィクターの気配に気付いて体を彼の方に少し向けると、小さく微笑む。
整った顔立ちはいつも通りだが、今日はどこか張りがない。
軽くはねている髪は少し乱れていて、吊り目の瞳にも、わずかに影が落ちていた。
真面目で隙を見せない彼女にしては珍しい。
「ヴィクター、おはようございます。」
「おはよう。……なんか調子悪い?」
ヴィクターが何気なく声をかけると、彼女は横に頭を振り、「そんなことないわ」と笑った。
「昨日、ちょっと夜更かししちゃったのよ。研究してて、気づいたら明け方だった。」
「徹夜か?……よく飽きないな。睡眠って知ってる?」
ヴィクターは呆れた様にため息を吐き、頬杖をついて、わざとらしく眉間に皺を寄せる。
「…いいんです。もう慣れてるんだし。」
「体の管理も研究のうちだろ。ポーション、切らしてるなら俺の分やるよ。」
そう言って、カバンから無造作に取り出した瓶を机に置くと、彼女の方を見もせずに肘をついたまま視線をそらした。
「……ふふっ、もしかして心配してくれてる?」
彼女は口元に手を当てて、楽しそうに笑う。
「そりゃするだろ。隣の席のやつが授業中に倒れたら、俺まで巻き添えくらいそうだし。」
ヴィクターが肩をすくめると、彼女は少し口を尖らせた。
「もう……言い方って物があるでしょ。」
「事実だろ?」
「ヴィクターって、ほんとそういうとこ不器用っていうか……鈍いって言うか…」
「…なんだそれ」
言葉の意味を測りかねてヴィクターが眉をひそめると、彼女は「なんでもない」と笑ってふっとあっちの方を向いて誤魔化した。
ヴィクターが肩をすくめて視線を前に戻したとき、ちょうど教壇に立つ教授が軽く咳払いをし、教室内が静かになる。
「さて、今回からは新たな単元だ。君達は4年の歴史学の内容を覚えているかな、復習から行こうか。」
教授が杖を振ると、黒板に4年の終わりにやった範囲の内容が浮かび上がる。
「ここにあるのは、我が国の古代から伝わる王族の伝承だ。有名な話だみんな知っているだろうけどな。」
そう言って小さく肩をすくめる。
「この地は元々自然災害の絶えない地で荒廃しきっていたんだ。それをこの国の建国者、リオドール先王。彼が復活させた。」
そう言って月の光の下に佇み杖を掲げたリオドールの肖像画が映される。
すると1人の生徒が手を挙げこう言った。
「リオドールの有名な肖像画って夜ですけど、それってなんか意味あるんすか?」
「いい質問だな。リオドールは “月の加護” を持つとされ、夜になると魔力が増幅すると言われていた。王族の中でも、彼は特にその力が強かったらしい。」
「その月の加護って、個人の体質による物なんですか?それとも、遺伝とか?」
別の生徒が興味深そうに尋ねると、教授は「はっきりとは分かっていない」と前置きをしながら続けた。
「一説には、王族の血筋に関係しているとも言われている。例えば──これは伝承の域を出ないが、猫国の王族は月光に照らされると、その瞳が黄金色に輝く という話がある。」
「へぇ…それって本当なんですか?」
クラスに驚いたような声が上がると、教授は少し笑って肩をすくめる。
「さあな。ただの噂かもしれん。だが、肖像画をよく見てみろ。月光に当たったリオドール先王の瞳の色が、他の肖像画と違うだろう?」
たしかに、黒板に映し出された肖像画では、月光を浴びたリオドールの瞳は、まるで黄金に輝くように描かれていた。
「まあ、実際に今の王族にその特徴があるかどうかは……私のような一介の教員には知る由もないがな。」
教授がそう言って冗談めかしく笑うと、教室内にクスクスとした笑い声が広がる。
「さて、復習はここまでだ。教科書を開いてくれ。」