「じゃあ、俺こっちだから。」
「うん、気をつけてね。」
選択授業のためにリアーナとは途中で別れ、別の教室へ向かった。昼間なのにひんやりとした石造りの空気が肌に触れる。
さっきまでの会話が妙に引っかかる。
(……考えすぎか。)
首を軽く振り、ヴィクターは次の授業へと向かった。
授業が一通り終わり、放課後。
ヴィクターはウィルと共に図書館へ向かった。
図書館は高い本棚が整然と並び、夕方の柔らかな光がステンドグラスを通して差し込んでいる。放課後とはいえ、人影はまばらで、静寂が支配していた。
「お前に勉強を教える日が来るとはな。」
ヴィクターはウィルの隣に腰掛けながら、皮肉っぽく笑った。
「すみませんね、手間かけさせちゃって。」
ウィルは苦笑しながら、広げたノートを指で示した。
「ここなんですけど、先生の説明がいまいち腑に落ちなくて……。」
「んー?どれどれ。」
ウィルは基本的に優秀だが、ときどき感覚に頼って迷子になる。
ヴィクターが要点を絞って説明すると、「なるほど」とすぐに理解したようだった。
「流石ですね、先輩。」
「まあな。」
得意げに腕を組むヴィクターを見て、ウィルは小さく笑った。
そのとき——
「君がここにいるとは珍しいね。」
ふいに背後から声をかけられ、ヴィクターが振り向くと、そこには、この学園の生徒会長であるエミリオが立っていた。
度々生徒の噂のネタにされる彼は、智勇兼備、文武両道、眉目秀麗、入学当初から学園トップの成績を保ち続ける優等生の中の優等生である。
近寄ればふわりと陽だまりの香りが漂い、薄い金色の髪が日に透けて、陶器のような白い肌に影を落とす。翡翠の瞳には、ステンドグラスの光が淡く溶け込んでいた。
まるで絵本から抜け出してきたかのような――そんな印象を与える存在だった。
「エミリオ先輩じゃん、生徒会の仕事?」
「いや、趣味。」
そう言って彼は、分厚い哲学書を見せる。
「「うわ…」」
無意識に声が重なった。
日常生活でまず手に取ることのない分厚い哲学書に、ヴィクターとウィルは顔を見合わせて苦笑する。
「そんなに引かなくても」
エミリオは楽しげに微笑んで耳をピン立てる、エミリオの猫耳は、何気ない会話の中でも微妙に反応を示す。
興味が湧いた時には耳がぴこんと立ち、無意識に感情を表に出してしまう。
それが、彼の冷静で穏やかな表情とは裏腹に、時折可愛らしい一面を覗かせていた。
エミリオはそのままヴィクターの向かいに腰掛ける。
いつも通り穏やかな彼の表情は今日に限って、いつもより少し曇っている様に見えた。
「……何かトラブった?」
「……ヴィクターって変なとこで鋭いよね。」
エミリオは『いつもは鈍いのに』と答えを濁しつつも、視線を遠くへと向ける。
ヴィクターはその顔を見つめながら、ふと、再び昼間の違和感を思い出した。
(…生徒会でなんかあったのかな)
そう考えたところで、エミリオがこちらを向き、ふっと微笑んだ。
「ヴィクターも、あんまり無茶しないでね。」
「……誰に言ってんだか。」
ヴィクターは肩をすくめ、微かに眉をひそめた。違和感は確かにそこにあった。