アサルトリリィ Scrap Dock Operation 作:ソルト佐藤
CHARM
ヒュージにとどめを刺せる唯一の決戦兵器
リリィ
CHARMを扱う女性
ヒュージ
50年ほど前に突如として地球に現れた、リリィたちの敵となる異次元の巨大生命体
G.E.H.E.N.A.
ヒュージ研究で有名な多国籍企業・研究機関。マッドサイエンティストもいる
上司の呼び出しを受けるということは、非常に憂鬱なイベントだ。
青野明は経験的にそれを知っていた。 その呼び出し理由が重大な問題だとわかっているとき。クビで済んだら御の字で、命を奪われてもおかしくないことだとわかっているならなおさらだ。
呼ばれた部屋のドアの前に立つ。足は鉛のように重く、心臓は跳ね上がっていると自覚できる。握りしめた手の中は汗でびっしょりだ。 手をハンカチで拭い、深呼吸。覚悟を決めてノックを三回。中から「どうぞ」という声がした。
失礼します、と言って中に入る。心臓が破裂してしまいそうなほどの鼓動をどうにか抑え込み、統括部長の前までたどり着く。 自らの意志で処刑台まで歩く虜囚の気分だった。
「呼ばれた理由はわかるかい? 青野君?」 統括部長の木田は、嫌に柔らかい声と表情で青野に話しかける。首にぬるりと蛇が絡みついてくるような、そんな恐怖がこみあげてくる。
呼ばれた理由はわかっていたが、それを流暢に口にするには、青野は緊張しすぎていた。 「せ、先日の『新世代コンセプト機起動実験』のこっ、事でしょうか」
声が跳ね上がり、詰まる。わかりきっていることを言うのにこんなに緊張するのは初めてだ。今までだって失敗して頭を下げることは幾度となくあった。それでも、今回のことはいままでとレベルが違っていた。
「そうだ。先日の、君を含め12人が参加し、君以外が全員死亡した実験のことだ」
君以外が全員死亡した、という部分を強調しながら話す統括部長は、その口調も表情も変えない。自分の首に巻きついた蛇がきつくなったような錯覚がした。
新世代CHARM開発計画。自分がその研究チームの末席として参加したのは2か月ほど前のことだった。 現在開発が進められている第四世代機CHARM。 これは、本人の精神とリンクし遠隔操作できることをコンセプトに開発が進んでいる。 いまだ途上ではあるが、確固としたコンセプトのもと着実な技術開発が進んでいた。
そんな状況に対し、「今のうちに先んじて次世代機を開発しよう」というコンセプトで作られたのが「新世代機開発班」の所属するチームだった。
木田が手元にあった書類を持ってしゃべり始める。
「当時の状況を出された報告書とともに振り返ろう。」木田は手元にあった書類を持ってしゃべり始めた。
「6月×日、18時30分、実験機と観測車両、被験リリィを連れて当研究施設を出発。同日19時に試験予定場所に到着。まず、ここまでは問題ないね?」 言われて青野は「はい」と答える。だが実際の所、本当にその時間だったかは覚えていなかった。時計なんて見ていなかった。なにより……と言い訳じみた思考が入る。 続けるよ、という木田の声で思考が途切れ、上ずった声で肯定の返事をした。
「19時10分、実験が開始、試作機が起動したその直後、異常数値を検出、試作機を停止しようとするも停止できず被験体は狂化。周囲の研究員を殺害し、さらにヒュージの出現も観測。ここまでも間違いないね?」木田の質問に、また「はい」とだけ答える。当時の状況が思い起こされる。警報と悲鳴、そして、断末魔。
「19時12分、異常事態発生と連絡があり、鎮圧のために我がラボから部隊が出撃した。19時36分、現場に到着。狂化体と呼び寄せられた小型ヒュージを討伐して、20時20分に鎮圧終了した。
青野にとっては 思い出したくない悪夢の1時間だった。もし、自分もあの場にいたなら、今ここでこうして立っていることもなかっただろう。木田は、手持ちの資料を机に置くと目線をこちらに向けてきた。
「運がよかったね、青野君。君は当日、開発班のデータを解析するためにここに残るように指示された。おかげで狂化体かヒュージに殺されなくて済んだのだから。」
そう、青野は現場に行かなかった。行かないことになった。転送するデータをリアルタイム解析にかけるために誰か残ってほしいといわれ、配置されて日の浅かった青野が残ることになった。
おかげで生き延びた。自分だけが生き残ってしまったという重い感覚よりも、あの地獄へ行かずに済んだという本能的な安堵が勝った。 「当時のことを、君の口で説明してくれないかな。報告書はあるが、念のためにね。」
言われて当日の夜のことを必死に思い出す。急な事態で動転していたし、一番覚えているのは、金切り声と断末魔だ。悲鳴は今も頭から離れない。なにも言わないわけにはいかないので、必死に言葉を探した。
「実験開始直後の数値は正常でした。ですが、試作機が起動して数十秒でバイタル数値が計測外に飛んで、エラー表示が出て来ました。」 ほんの数秒のことだった。なにかありましたか?と通信を飛ばした時には遅かった。
「次にはもう悲鳴が飛び込んできて、それで非常連絡を管理室に出し……そのあとは、申し訳ありません、あまり覚えておりません。」
木田は少し考え込むようなしぐさの後、咳ばらいをして話を切り出した。 「今回の件で、我々のラボは目をつけられていてな。少々面倒なことになりそうなんだ」 木田はいったん言葉を切り、グラスの水を飲み干して言葉をつづけた。
「そこでだ、青野君、このラボから消えてくれないか?」
青野の顔から血の気が引いた。今何って言った?消える?消えるってつまり......。頭が思考することを拒否し、意味を聞こうと必死に口を開く。
「消えるというのは……その……どういった意味で……」
声が震え、寒くもないのにがちがちと歯が鳴る。いや、もしかしたら寒いのかもしれない。冷や汗が止まらない。 目の前の木田が死神に見えてきた。絡みつく蛇が首を絞めあげようとする。死にたくない。いっそここから走って逃げ出せたらと思うが、接着剤で張り付けられたように動かない。 目の前の死神が笑った。ああ、もうだめかもしれない。
「君は初めからこの研究所にはいなかった。『新世代機開発班』など初めから存在しないし、当日のあれは突発的なヒュージの出現と戦闘だった。犠牲者が出たのは残念だが、当ラボには一切関係のないことだった。というわけだ。」
そして、といったところで死神がもう一度咳払いする。青野の頭は何も考えられなくなっていた。
「君は今年の4月から、我らがG.E.H.E.N.A.の拠点の1つである『クレート・ラボ』に出向している。故に当ラボとは何ら関係ない、所属もしていない、ということだ」
何を言っているのかわからない。海外拠点?4月から?何のことだかわからない青野に死神が口を開く。
「とにかくだね青野君。君は4月から外国に行っているんだ。この国にはいないわけだから、本件とは無関係。本件のことを知る由もなく、君は現地で研究中ということだ。」
青野の思考がいくらか思考が回復してくる。つまり、自分は海外にいることになり、参加していたはずのプロジェクトの存在は抹消される……ということだろうか。もしかして、自分は殺されずに済むのだろうか 「その……殺されずに済むんですか?」 ごく自然に言葉が出た。間抜けな絵面だったのか、木田は笑うと、かぶりを振った。
「仮に君が話を断るというなら考えなくもない。が、できれば従ってほしい。我々にいくら人員があるとはいえ君のように若い人材をおいそれと殺すわけにはいかん。」
命を奪われずに済んだという安心感で力が抜け、もう少しでへたり込んでしまうところだった。
「い、いえ。ありがたく、引き受けさせていただきますっ」
またも上ずった声で返答する青野の様子を見てか、「伝えるべきことは以上だ。もう戻っていい。出発は早くて今日中だ。時間がいつになるかわからないから、戻ったら準備をしておいてくれ。」
その言葉の後、青野は逃げるように部屋を出て行った。
扉が閉まった後、木田はもう一つの資料に目を落としてつぶやいた
「クレート・ラボ……か。事故から間もないというのに、どこからかぎつけてきたのやら。人材を無駄にしないで済んだのはいいことだが、何を考えているのやら……」
青野が部屋の時計を見ると、出て行ってから1時間も経過していなかった。1時間にもみたいないのやりとりだったが、このまま寝てしまおうかと思えるほど疲弊していた。ため息をついて座っていると、部屋の扉が荒々しくたたかれた。扉を開くと、そこにはスーツを着た大柄の男が2人立っていた。男は「荷物をまとめろ、2時間後に出発する」ととんでもないことを言う。 冗談でしょう?と聞き返すより早く黒服は部屋を出て行った。仕方がないので疲れた体を使って荷造りをする。 今時、研究用の資料などは端末に入っているが、アナログの資料も少なくない。戸棚の本や論文のファイル、研究用資料を片っ端から段ボールに詰めていく。それほど多くないが必要そうな服と雑貨なども詰め込んだ。 ギリギリ詰め込み切ったところで迎えの黒服がきた。荷物を運ぶにしても1人では無理だというと、黒服二人はしぶしぶ手伝ってくれた。そして、そのまま彼らと荷物と一緒にトラックに乗り込み、空港まで向かった。
空港に着くと、そこには鋭い機首と大きな三角形の翼、まるで、真っ黒な二等辺三角形のような飛行機が留まっていた。まじまじと機体を見ていると、黒服から茶封筒を渡され、荷物は載せておくから先に乗り込めと指示される。急いで乗り込み、座席に座ってベルトを締めた。自分一人のためにわざわざ用意されたのだろうか。だとしたらとんでもない大盤振る舞いだ。
やることもないので、受け取った封筒を開ける。中には、透明なクリアファイルに入れられた紙が入っていた。
上部に大きな文字で辞令と書かれ、その下に書かれた内容を読んで青野は愕然とした。
貴殿を
「クレート・ラボ第二工廠長 兼 LGスクラップドック 部隊指揮官」
に任ずる
飛行機がゆっくりと動き出し、離陸の状態に入る。
頭が痛くなってきた。気圧の変化だけじゃない。部隊指揮?なんの間違いだ?
そんな疑問が渦巻く中、今度は頭痛より強い眠気に襲われた。
思考の渦は、やがて強い眠気へと溶けていった。意識が薄れていく中、これからの自分がどうなるのかなど、まだ想像もできなかった。