初めは多分それなりに期待されていたのだと思う。明確に態度や言葉にされた訳ではないが、少なくともこの段階で落胆されたり諦められたりするような事はなかった。
何も考えずにただ言われるがまま、教えられる事を覚えていくだけ。眩しい程に白い光に満たされた場所で、同じような日々が繰り返されていた。
ある日の事だ。その日は白い光に満ちた場所、王宮から離れて、別の光に汚染されたムシを殺すよう指示を受けた。
この光は知っている。これを封じる為に我々は生み出された。それに、はるか昔からずっと……。
戦闘はこれまで教えられてきた通りに問題なく行われた。戦いを知らないムシ達の正気を失った衝動任せの動きと言う、普段の訓練とは異なる要素はあったが、ほんの僅かな負傷のみで危ない場面は1つもなかった。
初めて存在意義に触れて、問題はなくとも完璧とは言わない戦いだった。だから、もっと頑張って動きを改善せねばならないと思った。それを考えるのは自分の役割ではなかったのに。
教えられる前に先んじて動いた。咎められる程ではなかったが、彼らの求めるものでもなかった。
毎日の流れは何も変わらない。ただひたすらに実戦を想定した訓練をして、釘とソウルの扱いを覚えていく。それでもどこか噛み合わない。決定的なズレと言うには些細で、けれど1度気付けば無視出来ない違和感を抱かせる。それは知らず知らずのうちに彼らに不安を、そして己には焦りを齎す。
「精密な検査を」
いつもと違う流れ。周囲の疑念。そのまま従う事にほんの少し躊躇って、それを見る目に慌てて躊躇いを抑え込む。そして出来る限りあるべき姿になるよう、未熟な思考を放り出した。
◇
国中に少しずつ汚染が広がっている。夢に侵されたムシ達が徘徊し、時に汚染そのものが根を張り、新たな命まで生み出す。ムシからムシへと広がるそれを少しでも抑え込む為に、汚染を片っ端から飲み込んでいく。
これも1つの役目。恨まれる事もあるが、必要とされる事でもある。誰かが根源をどうにかする時まで国を保たせる為に。訓練は変わらず続いてはいたが、明らかに教える事に慣れていないような、教える側の訓練のような使われ方をする事もあった。
……苦しい。
飲み込む事が出来る限界が迫っている。けれど、それを誰かに訴える事は出来ない。知られたら一体どうなるのか。もっと辛い役目に回されるのか。でも、このままでは役目に反して汚染を広げてしまうのでは?
隙をついて監視を逃れる。王宮付近と言う最も厳しいエリアではあるが、この近くに生まれた場所がある事を知っていた。あの場所なら誰にも見つからず、同時に汚染も広げずに済むのではないかと考えたのだが、その入口は固く閉ざされていた。
当てが外れたが、だからと言って戻る場所もない。途方に暮れていると、誰かが来る気配がして咄嗟に隠れる。ろくに隠れる場所もない中のお粗末な隠れ方だったと思うのだが、不思議と相手はこちらに気付かない。相手が離れるのを待って隠れ場所から出ると、つい先程まで閉ざされていた扉が開いている。とにかくこれで当初の予定通りに帰る事が出来ると、何も考えずその開けられた扉を潜り抜けた。
生まれ故郷は記憶にあるよりも荒れているように見えた。感覚的なものだが、ピリピリとした気配が漂っているように感じられた。
暗く見通しの効かない中、少ない足場を辿り、あちこちに生えた棘を避けて降りていく。ようやく辿り着いた大穴の底、かつてよりも高く降り積もる、打ち捨てられた同胞達の屍の上に降り立った。
目的地には着いたが何をするでもなくぼんやりしていると、屍の中から同胞のカゲが現れる。急に現れはしたが、これは同胞だからと思ったのだが、ゆらゆらとした影の鞭のような腕を振り上げられ、これまでに殆ど経験のない重い攻撃を受ける。地面に転がされ、殻にヒビが入り、溜め込んだ汚染が漏れ出る。すると更に多くの同胞が現れ、鈍い動きでこちらに近付いてくる。
数で襲ってくる彼らを釘で追い払いながら再び大穴を登る。彼らにとって光を内包する器は敵でしかない。たとえこの身体が砕けて汚染が撒き散らされても、きっと彼らなら全てを飲み込んだのだろう。役目に従うのなら、ここで果てるのが正解だったのだろう。でも、自分には彼らが恐ろしかった。役目の為に逃げたのに、今度は自分の為に逃げた。幸いにもまだ閉められていなかった扉を抜けて、誰もいない方へ向かった。
王宮へは戻れない。都や交叉路へ行く訳にもいかない。どこかへと行き交うトラムに乗るつもりにもなれなかった。ただでさえ限界の近かった器は、カゲ達の攻撃によっていつ壊れてもおかしくない状態になっている。
奇妙な音を立てるムシの横を通り、元々ここに棲んでいたであろう獣達の攻撃を潜り抜け、もうそれ以上足が動かなかった。多くのダメージの身代わりとなっていた仮面にも大きなヒビが入っている。
間もなくこの辺りに汚染が撒き散らされる事になるだろう。自分を苦しめた彼らの為に何故ここまでするのか、いっそ彼らを汚染で飲み込んでしまえと囁く声がする。けれど、少しでも汚染を抑え込めるのなら抑え込みたい。殻を失ってもなお光を飲み込もうとする彼らのように。世界のはずれの1つであるこの場所に、ひたすら回収し続けていた汚染を繋ぎ止めたい。
そうしたら、少しくらいは役目を認めてもらえるだろうか。少しくらいは、苦しかったと言っても許されるだろうか。