御陵ナグサは七綾アヤメの事を友達だと思っている 作:あばなたらたやた
七綾アヤメは花鳥風月部の制服を纏いながら、心底見下したような、侮蔑の籠もった口調で言う。
「大嫌いだった」
深い夜の帳が下り、冷たい風が頬を刺す頃。
彼女の心は、まるで砕けた鏡のように鋭く、脆く、映るのは歪んだ自分自身だけだった。
誰にでも優しく、誰より強く、誰もが尊敬するアヤメ委員長。笑顔が眩しい少女の本音が、御陵ナグサへ向けられる。
「大嫌い。大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い。何かあると重荷を背負わせてくる連中が。何かあるとすぐに泣き出すアンタが。私は嫌い」
——その言葉は、胸の奥で燻る炎のように、静かに、しかし激しく燃えていた。本当に嫌いだった。誰もが自分の痛みしか見ず、彼女の笑顔の裏に隠された涙に気づきはしない。
「高くなるハードルと、救いの声を助けてやるためにクズノハ様の元へ足を運んでも、あったのはおとぎ話だけ」
役立たずの神話など、彼女の傷を癒すどころか、ただ虚しさを刻んだだけだ。
それでも、彼女は立ち上がる。凍てつく決意を瞳に宿し、囁く。
「どいつもこいつも無能な猿ばかり。いいよ、分かった。だったら私が世界を作る。みんながおとぎ話に縋るなら、私が怪異譚を作り出し、みんなを見守れる瞳を得る」
その声は、風よりも鋭く、星よりも遠い。誰も守ってくれないなら、彼女自身が守るための「目」を手に入れる。どんな犠牲を払っても。笑顔の裏で押し殺した悲鳴、誰にも理解されないその痛みを、彼女は力に変える。世界を塗り替えるために。
彼女の心は、壊れながらも、確かに輝いていた。
「私がみんなを助けてあげる……私が、全部救ってあげるよ」
◆
銃弾が空を切り裂き、硝煙の匂いが肺を焼く。瓦礫の影に身を潜め、アヤメの瞳は燃えるような怒りと、どこか冷たい諦めで揺れていた。
「アンタには一生分からない。私がどんな気持ちで笑顔を振りまいていたのか!」
その言葉は、銃声よりも鋭く、ナグサの胸を貫いた。彼女の声は、偽りの笑顔で塗り固めた心の叫びだった。誰も見ようとしなかった彼女の傷、押し殺した涙。それを、目の前のこの少女——友達だと信じ込むこの少女には、永遠に理解できないのだ。
「私はアンタを友達だと思っていない」
アヤメの言葉は、まるで刃のように冷たく、しかしどこか震えていた。戦場の喧騒の中で、ナグサの心は孤独の淵に立っていた。しかし、それでも銃撃の合間、弾丸が地面を抉る音に混じって、ナグサが言う。
「それでも」
「なんで、そこまで!! 他人の為に!」
「友達だから」
その答えは、シンプルで、愚直で、まるで戦場の煙を突き抜ける光のようだった。アヤメの目が一瞬揺らぐ。だが、すぐに彼女は顔を歪め、声を荒げる。
「だから、私はアンタなんてどうでも良いんだ!」
銃声が一瞬途切れ、静寂が二人を包む。
ナグサは息を切らし、血と汗にまみれた顔で、ただ真っ直ぐにアヤメを見つめた。
「知らない、アヤメが私をどう思ってるかも知らない。でも、私は助けたいと思う。だから助ける」
その言葉は、戦場の無情な響きを裂き、アヤメの心の奥に小さな、しかし確かな波紋を広げた。銃を握る手が震え、彼女の瞳には、怒りと、痛みと、ほんの少しの迷いが生まれた。
瓦礫の向こうで再び銃声が轟く。だが、二人の間には、まるで時間が止まったかのような、熱く、脆い瞬間が漂っていた。友達という言葉が、戦火の中でどんな意味を持つのか、アヤメはまだ知らない。
それでも、ナグサの愚直な瞳は、アヤメの心に何かを取り戻そうとしていた
銃煙が立ち込める戦場の只中で、爆音と悲鳴が空気を引き裂く。アヤメの声は、まるで心の底から絞り出したように、震えながらも鋭く響いた。
「何なの、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も!! アンタは一体何なんなの!? なんでそこまで、私に!!」
その叫びは、瓦礫の隙間を縫い、まるで世界そのものに問いかけるようだった。彼女の瞳には、怒りと混乱、そしてどこか埋もれた悲しみが渦巻いていた。
どれだけ拒絶しても、どれだけ突き放しても、目の前の少女——ナグサは、決して離れようとしない。その執念が、アヤメの心を焼き、苛立たせ、揺さぶった。
『友達だから』
ナグサの答えは、いつもと同じだった。シンプルで、愚直で、戦場の無慈悲な喧騒を切り裂くほどに純粋だった。アヤメの拳が震え、銃を握る手に力がこもる。
「私は、アンタを友達だって思ったことない!」
言葉は刃のように鋭く、しかしその裏には、彼女自身も気づかない脆さが滲んでいた。ナグサを拒絶することで、彼女は自分の心を守ろうとしていたのかもしれない。
それでも、ナグサは一歩も引かない。
「だとしても。私は友達だと思ってる。この想いが届くまで」
その声は、銃弾よりも強く、風よりも柔らかく、アヤメの心に突き刺さった。彼女の瞳は、血と汗に濡れながらも、揺るぎない光を宿していた。
アヤメは唇を噛み、過去の傷が胸を抉る。
「百花繚乱を裏切り、怪異をけしかけた。空が赤くなった時も助けなかった。それでも友達?」
彼女の声は、まるでナグサを試すように、過去の裏切りと失望を突きつけた。
「友達だから、いや、友達でも、そういうこともある。」
ナグサの答えは、どこまでも穏やかで、どこまでも頑固だった。戦場の爆音が一瞬遠のき、彼女の言葉だけが二人の間に響く。
「私も弱い。でも支えてくれる友達がいる。だから私も、アヤメの友達でありたい」
アヤメの目が細まり、感情が爆発する。
「昔から苛立させるんだ……アンタのそういう態度が! 弱いくせに! 私に縋ってくる猿の癖に!」
彼女の声は、まるで長年抑え込んできた感情が堰を切ったように溢れ出した。ナグサの変わらない姿勢、その一途さが、彼女を苛立たせ、同時に心のどこかを締め付けた。
ナグサは静かに、しかしはっきりと口を開く。
「アヤメみたいになりたかった。アヤメは私の憧れだった」
その言葉は、戦場の熱気の中で凍りつくようにアヤメの耳に届いた。彼女の心が一瞬止まる。憧れ? そんな言葉、誰も彼女にかけたことなどなかった。笑顔の裏で押し殺してきた痛み、誰も見ようとしなかった彼女の心を、ナグサは見ていたのだ。
アヤメの唇が震え、言葉が喉に詰まる。
「だったら……友達だっていうなら、ナグサが私を守ってよ!」
その叫びは、怒りではなく、どこか懇願に近いものだった。彼女の心の奥底で、孤独が砕けそうになる音がした。
ナグサは一歩踏み出し、アヤメが放つ銃撃の嵐をものともせず、アヤメを見つめた。
「もう、一人で絶望なんかさせない」
その言葉は、まるで誓いのように重く、戦場の硝煙を突き抜けてアヤメの胸に届いた。
銃声が再び轟き、瓦礫が崩れる音が響く中、二人の間に流れる空気は、熱く、脆く、しかし確かに繋がっていた。
アヤメの瞳に、初めて小さな光が灯る。それは、拒絶と憧れ、怒りと願いが交錯した瞬間だった。
戦場の空気が一瞬凍りつき、銃煙と血の匂いが絡み合う中、アヤメの叫びが荒々しく響き渡った。
「ナグサァァァァ!」
それは怒りか、絶望か、それとも何かもっと深い感情の爆発だったのか。彼女の声は、瓦礫の山を越え、砕けた大地を震わせた。
銃弾が唸りを上げ、爆風が髪を乱す中、彼女の瞳は燃えるようにナグサを捉えていた。そこには、拒絶と願いが絡み合った、複雑で熱い光があった。
「アヤメェェェェェ!」
ナグサの叫びが、まるでその声に応えるように戦場を切り裂く。
彼女は血と泥にまみれ、肩で息をしながらも、アヤメに向かって一歩踏み出した。
銃撃の嵐の中で、彼女の目は揺るがない。友達だと言い続けたその信念が、どんな弾丸よりも強く、どんな爆音よりもはっきりとアヤメに届こうとしていた。
瓦礫の影で、ナグサの握る銃が震え、彼女の唇が小さく動く。
「もう、離さない」
その囁きは、戦場の喧騒に飲み込まれそうになりながらも、アヤメには届いていた。
二人の叫びが交錯する瞬間、時間は止まったかのようだった。銃声も、爆風も、まるで遠い世界の音に変わる。
アヤメの胸の奥で、何かが砕け、溶け、再生するような感覚が広がった。ナグサの愚直なまでの想い——友達だというその言葉が、彼女の孤独を、ほんの少し、温めた。
戦火の中で、二人の視線は絡み合い、壊れそうな絆を必死につなぎ止めようとしていた。
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