御陵ナグサは七綾アヤメの事を友達だと思っている   作:あばなたらたやた

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三話

 数。力。秩序。御陵ナグサは、数を揃えた。ミレニアムサイエンススクールから買い付けたドローン――無機質で、冷酷で、感情を持たない鋼の群れ。それが、百花繚乱紛争調停委員会の新たな牙となった。烏合の衆だった残存人員を、ナグサは一瞬で纏め上げた。

 

 いや、纏め上げたというより、彼女の凍てつく眼光で従わせた。誰も逆らえない。逆らう気すら起きない。ナグサの言葉は、まるで絶対零度の命令だった。

 

「治安維持活動、開始」

 

 その一言で、百鬼夜行自治区は変わった。

 ドローンが空を覆う。監視する。追跡する。鎮圧する。かつての百花繚乱紛争調停委員会は、争いを調停し、笑顔を紡ぐ組織だった。

 今は違う。ナグサの百花繚乱は、争いを許さない。悪を許さない。乱れを許さない。機械的に、数学的に、完璧に、百鬼夜行を整理する。

 

 ナグサ自身も動いた。

 「王が動かないと、部下はついてこない」――その言葉は、誰の言葉だったか。覚えていない。だが、真実だった。ナグサは先頭に立つ。

 黒く汚染された右手を隠し、左手に銃を握り、冷徹な目で街を見据える。彼女の背後には、ドローンの群れ。彼女の前には、混乱と恐怖に揺れる百鬼夜行の住人たち。

 

 

「なんだ、なんだ? ナグサちゃん? なんか、いつもと違わないか?」

 

 市民の声。怯えた声。

 

「なんか、悪いことしてる気分……」

 

 部員の声。戸惑う声。

 

「こ、こいつら、いつもの調停委員会じゃねぇ! ドローンまで! 容赦がねぇ!」

 

 敵の声。震える声。

 

 ナグサは意に介さない。

 彼女の声は、まるで氷の刃のように鋭い。

 

「鎮圧執行」

 

 ドローンが動く。

 無慈悲に、正確に、反逆者を押さえつける。

 悪いことをした生徒たちは、次々と地面に這う。泣き叫ぶ者もいる。抵抗する者もいる。だが、無駄だ。ナグサの力は圧倒的だ。

 

 彼女の目は、まるで感情を凍らせたかのように冷たい。市民も、味方も、敵も、皆が戸惑う。だが、ナグサは止まらない。止まるつもりはない。

 

 そして、爆発。轟音が百鬼夜行を切り裂く。ナグサの目は即座にその方向を捉える。

 

 ドローンのセンサーが、爆発地点を特定する。黄色の羽織を翻す集団――魑魅一座。あのテロリストどもだ。いつも通り、祭りをぶち壊し、混乱を撒き散らす。ナグサの唇が、わずかに歪む。笑みではない。憎悪だ。

 

「へへっ、どんなもんだい!」

 

 黄色い羽織の男が哄笑する。爆炎を背に、まるで舞台の主役のつもりだ。

 

「さすがリーダー!」

 

 別の声。調子に乗った、愚かな声。

 ナグサは無言。言葉は不要だ。彼女は左手に握った銃を構え、引き金を引く。警告なし。躊躇なし。先制攻撃。銃声が、百鬼夜行の空気を切り裂く。

 

「うわっ!」

 

 構成員が叫ぶ。肩を押さえてよろける。

 

「撃ってきた!? どこから!?」

 

 魑魅一座が慌てふためく。だが、ナグサはすでに動いている。黒く汚染された右手を背に隠し、左手を、足を、身体全体を武器に変える。体術。流れるような動きで、敵の懐に飛び込む。

 一撃。相手の意識が飛ぶ。

 

 二撃。肋骨が折れる。

 

 三撃。鼻が砕ける。血が飛び散る。叫び声が上がる。だが、ナグサの表情は変わらない。まるで、機械のように。いや、ドローン以上に無機質に。

 

「痛みを知らないから、人を傷つけることができる」

 

 ナグサの声は、低く、静かだ。だが、その言葉は、まるで呪いのように重い。

 

「私が痛みを教えてあげるよ、魑魅一座」

「ば、化物……!」

 

 黄色い羽織の男が、恐怖に引きつった顔で呟く。ナグサは答えない。ただ、次の標的を見据える。彼女の右手が、黒く蠢く。疼く。まるで、戦いの血の匂いに反応するかのように。

 ナグサはそれを無視する。無視しなければならない。だって、彼女はもう決めたのだ。力を。秩序を。全てを守るために。

 

 百鬼夜行自治区は、静かになった。

 平和になった。いや、平和という言葉すら生ぬるい。秩序が、まるで数学の公式のように、完璧にこの街を支配していた。

 

 争いは消えた。混乱は消えた。魑魅一座の黄色い羽織は、もはや街の片隅にすら見当たらない。

 

 ドローンの群れが空を監視し、ルールを破る者を機械的に、冷徹に、排除する。百花繚乱紛争調停委員会――その名は、今、百鬼夜行に住む全ての者に刻まれていた。

 

 その中心に、御陵ナグサがいた。委員会の一室。簡素で、静かで、どこか冷たい部屋。ナグサは椅子に座り、窓の外を見ず、ただ息を吐く。吐く。吐く。まるで、彼女の内側に溜まった何かを吐き出すかのように。

 

「……アヤメ」

 

 その名前は、呪いのように、祈りのように、ナグサの唇からこぼれる。七綾アヤメ。

 彼女がいれば、この平和はもっと輝いていただろうか。もっと温かかっただろうか。ナグサは目を閉じる。彼女の手元には、アヤメのリボンの切れ端。色褪せた布切れが、彼女の心を締め付ける。

 

 ナグサの評価は、二分されていた。

 神と悪魔。

 

 秩序を愛する者たちは、彼女を神と崇めた。ドローンを従え、混沌を一掃した英雄。

 

 だが、混沌を愛する者たちは、彼女を悪魔と断じた。自由を奪い、冷たい鉄のルールで街を縛った暴君。

 

 神か、悪魔か。ナグサには、どうでもよかった。そんな評価は、彼女の心に届かない。届くのは、ただ一つ。笑顔だ。百鬼夜行に増えた笑顔。それが、ナグサの全てだった。

 

 だが、足りない。笑顔は増えたのに、肝心の笑顔が、ない。アヤメの笑顔が、ない。

 

「ここに、アヤメがいればもっと……」

 

 言葉は途切れる。ナグサの右手が、黒く蠢く。疼く。まるで、彼女の喪失感を嘲笑うかのように。ナグサはそれを握り潰すように拳を握る。だが、黒は消えない。消えるはずがない。

 

 襖が、優しく叩かれる。トン、トン。まるで、ナグサの心を試すような、慎重な音。

 

「入っていいよ」

 

ナグサの声は、平坦だ。感情を押し殺した、機械のような声。

 

「失礼します」

 

 襖が滑る音。桐生キキョウが、静かに入室する。彼女の目は、いつものように揺れている。心配と、ためらいと、ナグサへの信頼が、複雑に混ざり合った目。

 

「キキョウ……どうしたの?」

 

 ナグサは椅子に座ったまま、振り返らない。窓の外しか見ない。キキョウを見る必要もない。彼女の声だけで、十分だ。

 

「その、大丈夫かなって」

 

 キキョウの声は、どこか頼りない。まるで、ナグサの心の表面をそっと撫でるような、気遣いの言葉。

 

「なんで?」

 

ナグサの声は、鋭い。だが、攻撃的ではない。ただ、冷たい。

 

「無理してるでしょ」

 

 キキョウが一歩踏み出す。彼女の声には、参謀の論理ではなく、ただの少女の優しさが滲む。

 

「ナグサ先輩、ずっと頑張ってるけど……アヤメさんのこと、引きずってるよね」

「大丈夫」

 

 ナグサの答えは、即座だ。まるで、準備されていたかのように。

 

「私は大丈夫」

「……そう、分かった」

 

 キキョウの声が、かすかに震える。彼女は、ナグサの仮面を見抜いている。だが、突き破れない。ナグサの冷たさは、まるで鉄壁だ。キキョウは、ただ黙って頭を下げる。そして、静かに襖を閉める。

 

 部屋に、静寂が戻る。ナグサは、再び息を吐く。吐く。吐く。彼女の右手が、黒く脈打つ。まるで、こう囁いているかのように。

 

『お前は、独りだ』

 

 

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