御陵ナグサは七綾アヤメの事を友達だと思っている 作:あばなたらたやた
百鬼夜行自治区は、生きていた。いや、生き返った。提灯が揺れ、屋台の香りが漂い、笑い声が響き合う。お祭り。復興の証。
紅い空の日の傷跡を、ようやく癒す希望の光。自治区の外からも観光客が押し寄せる。賑わい。喧騒。笑顔。まるで、百鬼夜行が再び花開いたかのようだ。だが、御陵ナグサの心は、別の場所にあった。
アヤメ。七綾アヤメ。彼女の笑顔が、ナグサの脳裏に焼き付いている。猫を捕まえ、屋台の店番をし、材木を運び、皆に愛されたアヤメ。
あの頃の百花繚乱は、まるで春の花園だった。ナグサは思う。
(アヤメがいれば、私もこのまま百花繚乱を続けられる。ずっとアヤメの隣にいられる)
だが、アヤメは消えた。『黄昏』に飲み込まれ、リボンの切れ端だけを残して。
部員たちの声が、ナグサの耳に届く。噂。希望。期待。
「これから百花繚乱はどうなるんだろう?」
「アヤメ先輩がいなくても、ナグサ先輩がいるし!」
「だから大丈夫!」
いや、いやいやいやいや。ちょっと待って欲しい。ナグサの心が、叫ぶ。私にはできない。取り柄のない自分には、できない。百花繚乱の委員長の証――『証』は、重すぎる。まるで、ナグサの心を押し潰す鉄の鎖だ。だって、私はアヤメじゃない。アヤメの代わりにはなれない。
心が、軋む。軋む。軋む。折れそうな音がする。アヤメのいない百花繚乱で、戦うのは、もう無理だ。ナグサの右手が、黒く蠢く。疼く。まるで、彼女の弱さを嘲笑うかのように。だが、ナグサは目を閉じる。深呼吸する。そして、呟く。
「さぁ、大事なお祭りを守り通す」
警備は、万全だった。ドローンが空を覆い、百花繚乱の部員たちが街の要所を固める。ナグサの命令は、鉄の法則だ。復興の印であるこのお祭りを、傷つけさせるわけにはいかない。花鳥風月部の脅迫状――『全て燃やし尽くす』――を、ナグサは忘れていない。彼女の目は、まるで鷹のように鋭い。見逃さない。許さない。
花火が上がる。夜空を彩る光。歓声が響く。だが、その瞬間、各地で火柱が上がる。爆音。煙。叫び声。ナグサの目が、即座にその方向を捉える。ドローンのセンサーが、異常を検知する。花鳥風月部。あの古臭い伝統主義者たちが、ついに動いた。
「花鳥風月部……!」
ナグサの声は、凍てつく。
「警備は万全だった……そこに疑いはない。ということは、純粋にこちらより上の手段を有している……!? 危険だ。守らなくては!」
ナグサは即座に命令を出す。百花繚乱の部員たちへ。ドローンへ。
「全隊、迎撃態勢! お祭りを守る。 敵を鎮圧して」
ドローンが動き、部員たちが走る。だが、敵は予想を超えていた。傘の妖怪。無数の、異形の存在が、まるで百鬼夜行そのもののように街に溢れる。多勢無勢。百花繚乱の防衛戦線は、まるで砂の城のように崩れ始める。
「くそっ、なんだこいつら!?」
部員の叫び。
「ドローンがやられた! 数が多すぎる!」
別の声。
ナグサは、歯を食いしばる。彼女の左手が、銃を握る。右手は、黒く脈打つ。使えない。使ってはいけない。だが、状況は絶望的だ。傘の妖怪が、笑いながら、壊しながら、街を蹂躙する。花火の光が、火柱に飲み込まれる。ナグサの心が、軋む。軋む。軋む。
アヤメがいれば。こんなことには――。
百鬼夜行自治区は、燃えていた。花火の光は、火柱に飲み込まれ、提灯は燃え尽き、笑顔は恐怖に塗り潰された。お祭りの喧騒は、絶叫に変わる。花鳥風月部の傘の妖怪が街を蹂躙し、百花繚乱の防衛戦線は崩壊寸前だった。そして、さらなる脅威が現れる。
巨大な猫。黒い影のように蠢く、異形の存在。クロカゲ。その名は、まるで怪談のページから抜け出したかのようだ。
ドローンが攻撃する。無数の弾丸が、クロカゲを貫く――いや、貫かない。弾丸は、まるで幻を撃つように、すり抜ける。クロカゲが口を開く。炎。赤く、熱く、貪欲な炎が、ドローンを次々と焼き尽くす。鋼の群れが、まるで紙のように燃え落ちる。部員たちの叫びが、響く。響く。響く。
「くそっ、なんだあれ!?」
「ドローンが効かない! どうすれば!?」
ナグサは、目を細める。
「……あれは、怪談!? 怪本から生まれた噂の具現化。あれを倒せるのは、この百蓮を持つ者だけ……」
遠い記憶。百花繚乱の古い記録。『百蓮』――委員長の証。それは、怪談を打ち払う力を持つとされていた。ナグサの左手が、百蓮を握る。
彼女の右手は、黒く蠢く。
使えない。使ってはいけない。だが、ナグサは意を決する。
「なら、私が前へ」
彼女は突撃する。クロカゲへ。百蓮を掲げ、ナグサの動きは、まるで風だ。鋭く、正確に、敵の懐へ飛び込む。彼女なら、攻撃が通じる。彼女なら、倒せる。はずだった。
「……えっ、なんで」
百蓮が、クロカゲを撃つ。だが、破邪の一撃は空を切る。通じない。効かない。ナグサの目が、揺れる。百蓮は、百花繚乱紛争調停委員会の委員長の証。今の委員長は、ナグサだ。だから、通じるはずなのに!
「――あっ、あつ!」
クロカゲの炎が、ナグサを襲う。熱。痛み。彼女の身体が、焼ける。倒れる。だが、その瞬間、二つの影が飛び込む。
「ナグサ先輩!」
キキョウの叫び。
「今お助けしますの!」
ユカリの声。
キキョウとユカリが、ナグサを庇い、炎の中から引きずり出す。三人は、距離を取る。ナグサは、地面に膝をつく。彼女の右手が、黒く脈打つ。疼く。まるで、彼女の無力さを嘲笑うかのように。
「ナグサ先輩、傘の妖怪とクロカゲのせいで被害が……! 百蓮でどうにか」
キキョウの声は、焦りに震える。
ナグサは、首を振る。震える声で、呟く。
「きっと、アヤメじゃないから。私じゃできない」
その言葉は、まるでナグサの心を切り裂く刃だ。アヤメの代わりにはなれない。百蓮の力を使えない。彼女は、ただの偽物だ。心が、軋む。軋む。軋む。
その時、空から声が降る。嘲笑。軽やかで、残酷な笑い声。
「アハハハッ、わかってますねぇ。ナグサちゃん。嘘つきのナグサちゃん!」
ナグサの目が、跳ね上がる。空に、少女が浮かぶ。箭吹シェロ。花鳥風月部の影に潜む、謎めいた存在。彼女の笑顔は、まるで毒を塗った花のようだ。美しく、危険だ。
「箭吹シェロ……!」
ナグサの声が、唸る。彼女の左手が、百蓮を握り直す。だが、シェロは意に介さない。彼女の手が、軽やかに動く。瞬間、不可思議な力が、百鬼夜行に広がる。
『イメージ』の奔流。言葉にならない、感情と記憶と真実の奔流。それが、街にいる全ての人間に叩きつけられる。
「さぁ、みんなに教えましょう! 恥ずかしがり屋なナグサちゃんの真実を!!」
シェロの声が、響く。響く。響く。ナグサの心が、凍る。彼女の右手が、黒く蠢く。まるで、シェロの言葉に応えるかのように。真実。ナグサの真実。それは、何だ。何を、暴かれる?
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