涙を堪えられないような感動も、世界を救うような大活躍も無いけれど。
そこには確かに、追い求めていた『普通』があったんだよ。
時はキリスト世紀2020年、極東の島国日本では今日も謎の猿叫が響き渡っていた。
「はぁあああああ!?今の当たってないけど!?」
ゲーマーの当たってないとラグいは鳴き声みたいなものだ。実際今のはどうみてもゲロビが当たっていた。あっつい夏にクーラーの効いた部屋でゲームをしながら、冷たいアイスを食べる。そんな優雅な予定だったのだが、ドゥーはあったまりすぎてそれどころではなさそうだった。
「当たってるんだよなぁ……」
「いや、絶対当たってない!脇の下ギリ掠めるくらいだった!」
「ゲームは実戦と違って当たり判定は四角いからな」
ドゥーの駆るサイコガンダムは体力を削り切られ、一度目のダウンを迎える。コストが重いだけあってこのダウンはかな~り痛い。本来はコストとか考えて機体をピックしないといけないんだけど、初心者の内は好きな機体使っとけばいいと思って教えていない。そして、相方が落ちている間は必死に耐えなければいけないのだが……その相方も初心者な訳で。
「ははっ、凄いぞドゥー!このハンブラビ……変形がめちゃくちゃスムーズで楽しい!」
「それが普通なんだよ、悲しい事になぁ……」
意味も無く、がちゃんがちゃんと高速変形を繰り返しているゲーツのハンブラビは、高速機動は出来るものの……それで避ける為には結構ルート選択を選ぶ必要がある。そもそもハンブラビはあまりにも初心者向きの機体では無いのだ。そんなハンブラビに突き刺さるダッシュ格闘が、悲劇の始まりだった。
「なっ、避けたと思ったのに……」
「ゲーツゥ!なにやって……覚醒の抱え落ちするなってボク言ったよね!?」
こうやってサイコガンダムが落とされた後に、ハンブラビを狙われるのが黄金の負けパターンになりつつあった。ただでさえ圧力のないハンブラビを初心者が使えば、無視されるのは当たり前といえる。そのままコストオーバー、彼女達は綺麗に連敗記録を伸ばしていく。
「くっ、クソゲー……!二度とやらないから!」
「はいはい、また明日な」
通算四度目の引退宣言をしたドゥーはバタバタと足を振った後、溶けかけた残りのアイスを口に放り込み……頭を抑えている。それだから冷たいものは一気に食べちゃいけないって教えたのに……
俺としてはドゥーが順調にエクバにはまってくれて嬉しい反面、負けず嫌いなドゥーは瞬間湯沸かし器みたいに直ぐに真っ赤になるのでちょっと心配になる。まあそれもある意味、対戦ゲームの才能があると言えばあると言えるのだろう。そして当然だが、サイコミュの操作に慣れているとはいえ急にコントローラーを渡されて格ゲーが出来るかというと……それほど世界は甘くは無かった。
最高レートどころか最低レート付近を行き来しているドゥーは、どこからどう見ても歴戦のサイコガンダム乗りではなく……勝敗に一喜一憂する子供にしか見えなかった。この歳になって初めてゲームを触り始めた子供に、歴戦のガノタが負ける筈はなかった。
それにしてもこのテクノヴァが無ければ、おそらくサイコガンダムのプレイアブル実装は無かったのではないかと思う。今考えてみればあまりにも戦闘感が違いすぎる。
「ナナミは……本当に見てるだけで良いの?」
「俺がそのレート帯に行くとな……誰も幸せにならないんだ……」
ただでさえエクバの人口なんて少ないのに、これ以上初心者さん達を収穫する訳にはいかない。相手も自分も楽しくない魔境がそこに完成してしまう。対戦人口が減れば減る程、上級者は新規さんに優しくなるんだよな……
「ほら、休憩はそのくらいにしてお勉強の時間だぞ?」
「えーっ、本当に
ドゥーは現在、小中学用の教材で勉強をしている。当然だが、義務教育なんてものは受けている訳が無いので……基礎の基礎からの勉強になっている。きっとこれから追いつくのは大変だとは思うが、それでも確かに前に進んでいるのを日々実感している。
「勉強は将来の……」
「選択肢を広めるためにも必要……でしょ?ううん、分かったよ……」
どうやら昔言った事を覚えていてくれたらしい。ドゥーは機会に恵まれなかっただけでとても賢い娘なのだから、きっと順調に勉学に励んでくれるだろう。やる気さえ……あれば。
「ゲーツ君……ゲーツさん?はこれから仕事?」
「さんは要らないと言ってるだろ、今更敬語を使われると鳥肌が立つ……!」
こうしてゲーツ……君との距離を測り損ねているのは、年齢が……そう、年齢が上なのだ。大学生だった俺に比べ、ゲーツ君は立派に社会人というか軍人をやっていたくらいの年齢なわけで。そんな先輩を君付けで呼ぶのに今更抵抗が出てきてしまった。サイコガンダムの時は気にならなかったのに……
「そう言えば何処か行ってみたいところはあるか?」
「海にもいきたいし、お祭り?も行ってみたいなぁ」
「言っておくが、もう二度とお前の水着は買いに行かないからな!?俺があの後どんな目で見られたか……」
そういって何かを思い出して頭を押さえているゲーツ君。まあ成人男性が女児の水着なんて買いに一人で行けば、ゴミを見るような目で店員さんに見られるかもしれない。可哀そうにゲーツ君、ひとえに俺が頼んでしまったせいだが。そういえば祭りで思い出した。
「ちょうど、あっちの公園の近くで週末に夏祭りをやるって聞いたな」
「……ゲーツ!」
「当然だが浴衣も買いには行かないぞ、面倒くさがらず自分で行けよドゥー」
「えっ、えぇ……面倒くさいし……」
あまりお洒落に頓着しないというか、興味が薄いというか……もう少し気を遣っても良いんじゃないかなんてジャージ姿の俺が言えた義理では無いが。素材は良いのに勿体ないよなぁ……
「もし行くなら……」
「……行くなら?」
あまり甘やかすのは良くないと頭では分かっている、それでも手のかかる娘を持ったみたいで凄く甘やかしたくなるのだ。これは俺じゃなくてもきっとこうなっているに違いない。
「お菓子、500円までなら好きなの買ってあげるぞ」
「やった、お母さん大好き!」
「お前はまたそうやって甘やかして……」
やはり彼女の中で俺は母親なのだろうか、何故か少し納得がいかないが……まあそれでもいいか。家族の愛に飢えている彼女の為なら、俺は喜んで母になろうでは無いか。少なくとも、
「ゲーツお兄ちゃんのも、ボクが選んであげよっか?」
「誰がお兄ちゃんだ、誰が!全く……こんな手のかかる妹を持った覚えはないぞ」
お兄ちゃんと言えば、当然かもしれないが、ゲーツ君は「機動戦士Ζガンダム」を見た。そこに居た
「浴衣の着付けは大変だぞぉ、ドゥーに出来るかなぁ……」
「もう、子ども扱いしないでよね!」
結局、全員分の浴衣を買う事になったので思い思いの浴衣をデパートで購入した。国から莫大な生活費が振り込まれているので奮発してしまったが、このお金はおそらくは口止め料他諸々を含むのだろう。実際テクノヴァのお陰で特にVR関連の技術レベルは一足跳びに成長したわけだし。ただ……この生活に慣れると働けなくなりそうで怖いよなぁと思う。
「やっ、やっぱり着れないんだけど……!」
「しょうがないなぁ、結んであげるからこっちにおいで?」
「えっ!?あっ、うん……」
やはりドゥーには少し着物の着付けは早すぎただろうか、俺も小さい頃には親にやってもらった印象があるし。ドゥーは静かでじっとしていてくれたので、ささっと腰ひもを結んでから帯を締める。
「ボクもう子供じゃないんだけど……!」
「そうだな、来年は自分で出来るようになるよな」
「むぅ、そうじゃないんだけどっ……!」
何処か不機嫌そうだったドゥーも、カレンダーを見て直ぐに機嫌を持ち直す。会場までは此処から歩いて10分程の所にあるから、雰囲気を楽しむためにも歩いて向かうつもりだった。履き慣れない下駄で行くから、擦れたり足を痛めないようにゆっくり歩こうなんて思っていた。
特に何事も無く夏祭りの会場に辿り着く。夏なだけあって蒸し暑いものの、夜を迎えた会場は昼に比べれば涼しくはある。それでも、ごった返しになった人の波のせいで結局は蒸し暑いのだが……それもまた祭りの醍醐味と思えば少しはマシだろう。
「良いかドゥー!?洗濯が大変だから絶対に汚すなよ……!」
「分かってるよゲーツ、でもこれ歩き辛いんだよね」
白に紫のラインの入った浴衣を選んだドゥーと、紺色の浴衣を着たゲーツ君。どちらも美男美女なだけあって日本人離れした顔付きなのに、物凄く上手に着こなしている。イケメンと美女って何着ても似合うんだよなぁ……もはや嫉妬すら起きない。
「浴衣、よく似合ってるな」
「そう?それなら頑張った甲斐があったよね」
「お前はじっとしてただけで、頑張ったのは着付けを手伝ってくれたこいつだろ……」
白い髪を
「ボク、リンゴ飴が食べたい!」
「おい、走ると危ないぞ!」
「えへへ、ゲーツが遅すぎるのがいけないんだよっ!」
そう言って駆けていくドゥー。ここ最近はずっと夏祭りについて調べていたけど、どうやらうちのお姫さまはリンゴ飴にご執心らしい。確かに俺も夏祭りと言えばリンゴ飴を食べたくなる、別に取り立てて最高に美味しいって訳でも無いとは思うんだけど、どうして食べたくなるんだろうなぁ……
流石に甘いものを食べた後にご飯を食べれる程、俺も若くは無いので……隣のお店でゲーツ君と焼きそばを買うために並んでいる。二人きりになるという事はあまり無かったもので、何を話せばいいのか何となく測りかねていた。相手は俺をサイコガンダムの擬人化だと思ってる節があるし。
「流石にそんなことはもう思ってないぞ!?」
「にゅ、ニュータイプめ……」
「どの口が言ってるんだ、あれだけ人に怪電波を飛ばしておいて……!」
怪電波とは数々のお願いの話をしているのだろう、計算ドリルに女児用の水着。街を下見に活かせたり、意味も無く話しかけたりと振り返ってみれば可哀そうな事をした。ガンダムが喋る訳無いのに……オーガスト研では随分と肩身が狭かっただろう。
「バイトの調子はどうだ?」
「最近は、厨房を任されることも増えてきた。意外と料理をするのも悪くはないな」
「今度、ドゥーも連れて遊びに行くよ」
「……勘弁してくれ」
彼は今は近所の中華料理屋さんでバイトをしているらしい。仕事をする必要も無いのに、バイトをしているのは何かしてないと落ち着かないからだとか。餃子が絶品だとは聞いているが、働いている時に行こうとするとものすっごい嫌そうな顔をされるのでまだ足を運べていない。まあ、確かに知り合いがバ先に来るのも嫌か。
「良い所だなこの国は、食事は上手いし水は綺麗だし。何より───争いが無い」
「……そうだな」
本当にそうだと心から思う。当然のように守られているこの平穏も何かの拍子に失われてしまう事はあちらの世界で痛いほど知った。戦争なんて無いに越した事は無い、それは軍人として生きてきた彼らにとっては非情な話かもしれないけど。
「それにしても残念だなぁ……どうせなら食べてみたかったのに」
「……俺が休みの日になら良い。今度、客としてドゥーと三人で行こう」
「ゲーツお兄ちゃんがついにデレた……!」
「おま、お前ッ……!」
そんな事を話している間に前の人の会計が終わり俺達の注文する時間がやって来た。思っていたよりも彼は俺のことを評価してくれていたらしい。そっか、また将来の楽しみが増えた。明日が……未来が楽しみなのはとても良い事だ。
リンゴ飴を三つも手に持ってこちらへ走って来たドゥーが無言でリンゴ飴を差し出してくる。俺達の分まで……なんて訳じゃないのは、目線の合わない顔から分かっている。大方、楽しみ過ぎてたくさん買ったはいいものの食べきれない事を察したのだろう。リンゴ飴は三つも食べるものじゃない。
「ありが……おい、このリンゴ飴……歯形がついてないか?」
「きっ、気のせいじゃない?ほっ、ほら……ボクも焼きそば食べたいなぁ?」
焼きそばを食べ終わって色んな店を見て回る。射的だとか型抜きだとか、そんなありふれたものにも新鮮な表情を覗かせてくれるドゥーを見ていると……こっちまでつられて楽しくなってしまう。そんな中で、ドゥーが行くのを躊躇ってた唯一の屋台があった。
「……行かなくていいのか?」
「ボク……面倒見切れるか自信がなくて」
水の張ってある青色の水槽を泳いでいるのは、赤と黒の小さな魚。それらをポイと呼ばれる紙で救って遊ぶ其処は……所謂、金魚掬いと呼ばれる屋台だった。確かに掬うところは楽しいものの、その後が大変で最近はスーパーボールを掬うお店の方が増えていた気もする。
「今のドゥーならきっと大丈夫だよ」
「……うん!」
そんな風に思えるという事は、そんな疑問や責任を考えていられている時点で……命の大切さを理解できているんだと俺は思う。それにこれもきっと、良い機会かもしれない。
三度目の挑戦にしてようやく真っ黒な金魚をポイで掬い取った彼女は、店主へと手渡された透明な袋の紐を……それはとても大切そうに握っていた。
それから、幾つかお店を回った。今日のメインイベントの時間が近づいてきているが……そんな中で一人、顔色の悪い彼が心配になって声を掛ける。
「大丈夫か、ゲーツ君」
「……すまん、人に酔ったからお手洗いに行ってくる」
そう言って口元を抑えるゲーツ君。もしかしたらニュータイプだからだろうか、その割には別にドゥーは何ともなさそうだけど。
「調子が悪いなら帰……」
「いや、良い。少ししたら戻るから連絡する」
そう言って人混みの中へと消えていったゲーツ。本当は送っていってあげたいが、彼もきっとドゥーに気を遣ってくれたのだろう。何と言っても、彼女はこの後に上がる花火を楽しみにしていたのだから。そんな彼の心意気を無駄にはしないように……あぁ。
「ここから少し離れたところに、地元民しか知らない花火のよく見えるスポットがあるんだ。そこで待ってようか」
「うん、分かった……ボクもう流石にお腹いっぱい……」
十分夏祭りを堪能した様子のドゥーを連れて、会場を離れる。祭りのメインストリートから離れた神社の境内、ここなら背の小さなドゥーでも夜空に咲く花火を楽しめるだろう。そして、人通りも殆どないからゲーツ君が帰ってきてもこれ以上悪化することもないと思う。とは言え花火が上がるまでは、もう少しだけ時間があった。
「今日は楽しかったね……!」
「あぁ、すっごく楽しかったな」
お互いに楽しんでいたのは分かっていたとは思うが、伝わるから言葉にしないというものでもないだろう。そして一つ、こんな場所だからこそ聞いておきたい事があった。
「この前は海に行きたいって言ってくれたけどさ、他に将来の夢は決まったか?」
「えぇ、急に?そう言われても思いつかないよ……」
あちらの世界で海を見て、こうして行きたかった夏祭りにも行けた。後は夏と言えばで何処かに行ってみたい……でも良いし、将来何かしたい事が見つかっていれば良いなと思ったのだ。それでもまぁ、急に言われても難しいよなぁ。
「何でも良いんだぞ?笑ったりしないからさ」
「でも、ゲーツがいて、あなたがいて……それだけでボク十分幸せだし」
前と同じく、何も思い浮かばないと言ったドゥーは……あの時と違って今が満ち足りているから、これ以上が思い浮かばないなんて正反対の理由で頭を悩ませている。
「それじゃあ来年もまた……こうやって皆で、お祭りに来たいな」
そんな彼女のささやかな願いは、あまりにも謙虚で……家族で夏祭りに行きたいなんてありふれたものだったけど。そんな『普通』はようやく俺たちが掴んだ大切なものだった。それを理解してこその願いなのだろう。
秋は真っ赤な紅葉を集めて、冬にはクリスマスを楽しむ。そして春には桜を見ながら一緒にご飯を食べよう。そしてまた……こうやって夏祭りに来れたら……いや、きっと来れるだろう。来年も……そのまた先も。
これから先も、何ら変わらない日々が続いてくのだと。
その時はそう思っていた。
細い光が
その後は断続的に打ち上げられていった花火が、真っ暗なキャンパスに大輪の花を咲かせていくのを……ただ何も言わずに二人で眺めていた。
「……綺麗だな」
「ボクは、もうちょっとあなたと生きていたいかも」
一体何の事だろうかと思って、振り返ろうとした瞬間に首筋に触れる柔らかくて小さくて……暖かい感触。
「いっ、今のは……!」
「ボクはあなたが思ってるほど……もう子供じゃないんだよ?」
それが何だったのかを確かめる術は───既に無くて。
その後に続けようとした言葉は、花火の音に搔き消された。
「おーい!すまない、遅くなった!」
「ゲーツ遅いっ、もう花火終わっちゃったんだけど!」
「大丈夫だ、ここに来るまでに見えたからな」
夜の暗さのせいで二人の顔色は見えなかったけど、月明かりに照らされたドゥーの横顔は少しだけ朱に染まっていたと思う。そして俺はきっと、随分と呆けた顔で固まっていたのだろう。
「ほら、帰ろっ!あなたとゲーツが一緒ならきっと何処に行っても楽しいよ!」
「そう……だな!」
手を引かれて家への帰り道を歩き出す、これからもきっと何度も帰る事になるだろう『俺達』の……家へと。祭りの熱さと余韻がまだ身体に残っている、そんな中で。宇宙で静かに輝く月は、とても綺麗だな……なんて思った。
これで彼らの物語が語られるのは終わりです。
ジークアクスも終わってしまいましたね……
ですが、物語として語られるのは終わりになっても……それでも、どの物語にも語られないその後があると思います。そう言うなんて事のない『余韻』を、是非楽しんでいきましょう。
ここまで応援していただき、本当にありがとうございました!
それと、「ここ好き」機能を使って人気の場面ランキングを行う予定です。
5~10位くらいまでやろうかなと思ってます、もしよければ好きな所押してってね。
入賞した所は解説か一言コメントを入れる予定です。
今の所、X(https://x.com/AmanoMira43648)で今週土曜日のお昼集計・発表予定です!
ゲーツ君がどうなったか気になるという声も多かったので、後日談とか設定集とか
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いらない
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どっちでもいい
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