ドゥーと海に行ってから、偶に来る任務をこなしつつも日常を過ごしていた。彼女の薬による副作用や、実験による悪影響も少しずつ抜けていって……それと同時に彼女は少しずつ『普通』を知っていった。順調だった……順調だったんだ、その日までは。
「サイド6のイズマ・コロニーをジオン突撃機動軍司令官のキシリア・ザビが訪れるという情報があった、これは確かな情報筋からの情報である!」
突如として通達があった地球連邦軍からの任務。それが、そんな束の間の平穏を切り裂いた。
「我々はこのチャンスをものにすべく、キシリアの暗殺計画を実行する!作戦の実行メンバーにはドゥー・ムラサメ少尉と、ゲーツ・キャパ中尉を任命する」
<───は?>
たった二人で敵地に赴いて敵の将を暗殺する、それはつまり使い捨ての駒に他ならない。戦争ではよくある事だからといって、それをこんな小さな彼女にやらせるというのか連邦は。
「キシリアが月を離れるのは五年ぶりだ、このチャンスは絶対に逃してはならない!作戦の詳細は追って通達する!」
ブツリと切れた、無線通信に困惑と怒りを隠せない。
「……どうしたの?」
<それは───>
説明しようとして思い留まる。何時も通りに見えるドゥー、彼女を心配させる訳にはいかない。ただでさえ精神的に不安定になりやすい強化人間に、それもまだ小さいドゥーにこんな事を伝えたくはなかった。
「今回の作戦も頑張ろうね、
<あ、あぁ……そうだな>
ドゥーがスヤスヤと寝息を立てているのを確認してから、俺は必死に現状を打開すべく頭を回していた。余裕が無いとあの時のように、考えている事が筒抜けになりかねないから。どうすればこの状況を打開できるのか、どうすればドゥーを救うことが出来るのか……可能性を模索し続ける。
作戦を遂行した場合はどうだ?敵地でキシリアの暗殺に成功して……その後はどうする?キシリアの護衛や現地の警備も騒ぎを聞きつけてやってくるだろう、ジオンの全てを相手取れるわけがない。
ならここから逃げるか?いや、この場から逃げ出して……それでどうする?ムラサメ研も連邦も俺達を探し回るだろう、この巨体で何処までも逃げ続けるなんて無理に決まっている。倒すといっても、俺達だけで連邦を相手取れる訳もない。
どれだけ考えても、いや……考えたからこそ導き出された結論は。この任務はどうなるにせよ……俺達にとっての『詰み』だということ。通達がされた時点で運命が決まるような、そんな赤紙。
<クソッ!何で強化人間って奴は幸せに生きられねえんだよ……!>
思わず拳を振り上げそうになる。これが……運命だというのか。『戦うために生まれた強化人間は、戦いの中で悲惨な死を遂げる』なんていうくだらないジンクス。もしこれがアニメや小説の世界なら、それも仕方ないと流せたのかもしれないけどよ。
認められるかよ、そんな結末。
……だけどそんな事を思ったって、気持ちだけで一体何が守れるって言うんだ。
この世界に、やはり神なんて……いないのだろう。もし居たとしたらとんでもないレイシストだ。だから、もしドゥーを救えるとしたら、それはきっと───
作戦の遂行の為に現地へと潜入するべく、俺とドゥーは貨物船に揺られていた。現地での活動をスムーズに行うべく、工作員こそいるものの……本当に実行役はドゥーとゲーツだけらしい。『クランバトル』なる非合法のMSバトルに乗じたいらしいが……サイコガンダムは
サイド6のイズマ・コロニーは直径6.4㎞の筒状のコロニーで、内部では経済活動が活発な裕福な方のコロニーらしい。コロニーの中に運河があるくらいだし、確かに恵まれた部類のコロニーではあるのだろう。
そんなコロニーに潜入するための肝心の方法だが───
「何ですかこりゃ、冷蔵庫じゃないんですか?」
税関職員の疑問も納得だ。俺達は隠れて……ではなく、空調機として堂々とコロニーに入ろうとしているのだから。本当になんで???
「コロニー公社の発注した空調機だよ」
「空調機……マサムネエアコンですか?このサイズで?」
「戦争で穴の開いたコロニーの大気を戻すには時間がかかるだろ?でっかいのがいるんだとよ」
コロニー公社発注の空調機は流石に……むっ、無理があるんじゃないか?これが世紀の連邦軍のやり方なのか??有り得るのか30mを越える超巨大空調機なんて───いや、ある訳ないだろ!?
「……あぁ、成程」
何が『成程』なんだ?宇宙世紀では普通の事なのか、俺がおかしいだけなのか?
「安心して、ボクもちょっと困惑してるから」
そうだよな、ドゥー。俺がおかしい訳じゃないよな。
彼、連邦のスパイという訳じゃないんだよな?
「サイコガンダムはこんなにかっこいいのに!空調機なんかと見間違うなんて……許せないよね」
<あっ、そういう……?>
宇宙世紀がおかしいのか、俺がおかしいのか……その問いに答えてくれる人は居なかった。
何とか現地入りを果たした俺達、ホテルへのチェックインを行うためにここからは別行動になるだろう。だけどその前に、どうしても頼んでおきたいことがあった。
<ゲーツ君と現地を見てくるといい>
「えぇ~?
<そういう訳にもいかないだろ。俺は今空調機なんだから、人なんて乗れるはずがない>
「……なあ、そういうのは俺の同意を得てからじゃないのか?」
<作戦の下見も兼ねてだ、必要だろう?ゲーツ・キャパ中尉>
こう言えば彼も断らないだろう、実際の作戦の進行ルートやキシリアのいる建物の情報が分かればそれに越したことは無い。
<これがリストだ、見て回っておいてくれ>
「そもそもサイコガンダムから声が聞こえる事に突っ込んだ方が良いのか?俺がおかしいのか、それともおかしくされたのか?」
「ほら、早く行くよゲーツ」
「あっ、おい待てよドゥー!」
久しぶりにサイコガンダムから切り離されてしまった、
「まずはこれを持っておけ、ドゥー」
「なにこれ?」
そう言って渡されたのは、ボクの名前と顔写真の乗った一枚の板切れ。
「現地の身分証だ、歩き回るなら必要だろ」
「よく用意できたね?」
「どうやらジオンも……一枚岩ではないらしいな」
大人たちの言う事情はよく分からない、ボクはサイコガンダムとキラキラで遊べればそれで良いのに。それが例え……どんな終わりを迎える事になったとしても。
「下見は良いけど、なんでこんな下道ばかり……あれはいったい何を考えているんだ」
「サイコガンダムの言う事に間違いなんてない、ゲーツじゃ理解できないだけ」
「こっ、これだからムラサメ研は……」
「あっ、あれは……」
橋の下に気になるものがあって、そちらに歩いて行ったら……ゲーツが迷子になった。ボクはここに描かれていたこの絵が気になったのに、どうしてついて来なかったんだろう?まあ、後で探せばいいか。今はこの絵の方が気になるし。
「これ───キラキラだ」
橋の下に色鮮やかにスプレーで描かれたそれは、間違いなく『キラキラ』だった。色とりどりの海の中に浮かぶ、沢山の泡とその先にある光。ボクの知っているそれより、赤色が多かったけど確かにこれはキラキラだ。
「君も、向こう側が見えたんだ」
「うん、見えた。こういうのグラフィティって言うんだよね、サ───」
そう言えば機体名は、極秘事項だってうるさいおじさんが言っていた気がする。
「ううん、ガンダムが───そう言ってた」
「驚いた、君も声が聞こえるんだね」
君もってことは、青い髪の彼にもガンダムの声が聞こえるのだろうか。やっぱり、キラキラが見えるようなパイロットにはガンダムの声が聞こえるのだろう。*1
「僕はシュウジ、君は?」
「ボクはドゥー、よろしくシュージ」
よし、しっかりと挨拶できた。挨拶は大事だってサイコガンダムは良く言ってたし、古事記?とか言うのにも書いてあるらしい。
「シュウジ?この子誰……?」
「さっき知り合ったんだ、この子はドゥー」
「マチュ マッテ!マチュ ハヤイ!」
ご飯が入った紙袋を抱えたままこちらに走って来た、ニット帽を被ったマチュと言うらしい赤い髪の女の子。それとその後ろをついてきた丸っこくて喋る変なボールみたいな機械。初めて見たけど、なんか愛嬌があるような無いような……そんな顔をしている。
「ねぇ、これは何?」
「君、ハロを知らないの?珍しいね」
どうやらこの丸っこいのは、『ハロ』と言ってペットみたいなものらしい。動物は『命の責任』?とかが難しいって言ってたけど、ロボットなら飼えるかもしれない。地球に帰ったら、ゲーツにお願いしてみよう。
それから少し、この辺りの地形や美味しいご飯の話を聞いた。現地人から有益な情報を引き出せたのだ、サイコガンダムもきっと喜ぶだろう。だけど、ボクが作戦でサイコガンダムを動かせば……もしかしたら壊れてしまうかもしれない。その事を考えると、何故か少しだけ……胸が痛くなった。
「ドゥー、あれだけ俺から離れるなと言っただろ!」
「あ、ゲーツが来ちゃった。それじゃあね、シュージとマチュ」
「だからシュージじゃなくてシュウジだって……」
こちらに向かって走って来たゲーツ。迷子になったというのに、どうしてあんなに怒っているんだろう。ゲーツがいつも遅すぎるのがいけないのに。
「……それじゃあね」
「またね、ドゥーちゃん!」
「…………うん、またね」
そうして、現地の下見は終わりホテルへと戻った。その日は色々あったけど、戻ってホテルの窓から空を見上げる。地球とは違って、偽物の筈の
作戦の実行前日の夜、ここまでで想定外なのはジオンの揚陸艦が停泊している事だけだ。準備は順調、どんな結末を迎えるにしろ……全てに明日で決着がつく。こうして作戦前にゆっくりドゥーと話せるのも、これが最後になるだろう。
「明日に備えてボクはもう寝るね、おやすみなさい」
<……あぁ>
「きっと今回も何とかなるよ、だって
<……そうだな>
「うん、明日の任務を成功させて……ボク達のキラキラを歴史に刻もう?」
そう言ってホテルへと帰っていく、ドゥーを見送ってから俺は何とも言えない気持ちが胸の中に渦巻いていくのを感じる。
<違うんだよ、ドゥー……>
俺が望んでるのは歴史に名を刻むとか、偉大になるとかそんな事じゃなくて……
ただ、『普通』に幸せになってほしい───だけなのに。
そんな呟きは誰にも聞こえる事は無く、夜の闇へと溶けて消えた。
第七話 『ボク達のリベリオン』
クソッたれな運命とやらへの叛逆を―――始めよう