仮面ライダーガヴに改造されたビッキーが行くシンフォギア 作:バースデー
立花響は、「ツヴァイウィングのライブ事件」の被害者だった。
二年前、天羽奏と風鳴翼が出演したライブ会場を突如襲った、ノイズによる未曾有の災厄。
死者は数百名を超え、負傷者も数知れず。
その中で、立花響もまた――命を繋ぎとめるのがやっとの、意識不明の重体として発見された。
そして、それが彼女の不幸の始まりだった。
後に世間を騒がせた、あるゴシップ誌の記事。
「ツヴァイウィング事件の裏に隠された人間たちの蛮行」。
そこに添えられていたのは、ライブ会場で撮影された一つの映像だった。
混乱の中、ライブの被害者が誰かを突き飛ばし、逃げるように走っていく姿――。
それは、命がけで生きようとした一人の人間の姿だったはずだった。
だが、社会はそれを許さなかった。
「人を突き飛ばして、自分だけ助かった」――。
その映像は、たちまち世論を塗り替えた。
生存者は“奇跡の証人”ではなく、“犠牲を踏みにじった裏切り者”として、全国的に断罪された。
生き延びた者の家族が反論すれば、犠牲者の遺族が声を荒げる。
第三者が正義を気取り、怒りを煽り、ネットは炎上の渦と化す。
正義感なのか、憂さ晴らしか。
誰の声が正しくて、誰の声が間違っていたのか。
それを問う間もなく、流れは完成していた。
そして、立花響は「生き残った」ことを理由に、社会から裁かれた。
かつて笑い合って、お見舞いにまで来てくれた同級生が、次に来た時には彼女を冷たい目で見た。
教師は何も言わずに視線を逸らし、近隣住民はひそひそと噂する。
「殺人者」「卑怯者」「あの事件の女」――彼女の名前は、嘲笑と憎悪の対象へと変わっていった。
それが、彼女を飲み込んだ地獄の全てだった。
――そのはずだった。
*
「……なに、これ……?」
病室の静けさの中、響は呟いた。
担当医も、両親も、彼女の身を案じ、世間の非難から必死に守ろうとしていた。
その陰で、当の本人は、ただ茫然と目の前の現実を見つめていた。
病衣の裾を、震える手でそっと持ち上げる。
そこには本来、怪我の痕こそあれ、見慣れた自分の肌があるはずだった。
だが、目に飛び込んできたものは――明らかに異常な“何か”だった。
腹部に、口のようなものがあった。
赤と黒を基調とした、まるで獅子舞や饕餮の面を思わせる機械的な意匠。
鋭い顎と舌を備えたそれは、生物でもなく、機械でもなく、どちらともつかない異様な存在感を放っていた。
目覚めた時には、こんなもの、確かになかった。
けれど今、たしかにそこに“ある”。
まるでずっと以前から、彼女の一部だったかのように、自然に。
「……私、化け物になっちゃったの……?」
絞り出すような声が、空気を震わせる。
その瞬間、自分の声ですら他人のもののように感じた。
これは、単なる怪我じゃない。異常の一言では片づけられない。
“それ”は、すでに彼女の身体に、深く、根を下ろしている。
そのとき、立花響は知ることになる。
自分の人生が、あの日から、取り返しのつかないほどに変わってしまっていたということを――。
「立花さ〜ん」
「っ……!?」
病室の扉の向こうから、コツコツと規則正しい足音が近づいてくる。
白衣の気配。看護師の明るい声。
ただそれだけのはずなのに、響の心臓が強く脈打った。
――その瞬間、脳裏に響くのは、あの日々に浴びせられた言葉たち。
『人殺し』
『なんであんたが生きて、田中先輩が死ななきゃならないのよ』
怒り。憎しみ。嘆き。
それらすべてが、彼女の心に深く爪を立てていた。
耐え続けてきたはずの記憶が、まるで傷口を開くように蘇る。
――もし、いまこの姿を見られてしまったら?
腹部に刻まれた“あれ”を。
口のような、異形の何かを。
自分がただの生存者ではなく、本当の意味で“人外”になってしまったと知られたら――。
きっとまた、誰かを傷つける。
自分の存在が、誰かの恐怖になる。
それだけは、どうしても……。
「立花さん? ……あれ?」
カーテンをそっと開けた看護師の前に、響の姿はなかった。
その日、立花響は病院から姿を消した。
自分が人であるのか、それとも――化け物であるのかも分からないままに。
*
「ん……」
目が覚めた。
空気がひんやりとしていて、無意識に肩をすくめる。
窓の外では雨が静かに降っていた。
ぽつ、ぽつ、ぽつ……。
降りしきる音を聞きながら、わたしはぼんやりと空を見上げる。
もっと降ってほしい――そんなふうに思った。
嫌なことも、重たい感情も、過去の全てを洗い流してくれるくらいに、激しく、冷たく。
だけど、それが叶わない願いだと気づいた瞬間、ため息が自然と漏れた。
諦めと共に立ち上がる。
パーカーを羽織り、外へ出る準備を整えながら、
「わにゃわにゃ」
「……そう。ありがとう」
ほんの少し、胸の奥がざわついた。
安堵ではなく、苛立ちに近いもの。
二年前のあの日から、私は変わってしまった。
あの日、多くの命を前にして無力で、誰かを傷つけて、それでも生き延びてしまった。
逃げるように病院を飛び出して以来、私はずっと、一人きりで彷徨っている。
今の私には、ノイズを狩ることしかできない。
それだけが、自分の存在を証明する唯一の道。
「わにゃわにゃ。わにゃわにゃ。」
「……最近、使いすぎたかな。数が減ってる」
そう言いながら、食品庫を開けてみる。
けれど、目当ての物はもう残っていなかった。
「はぁ……最悪」
補給の必要性を理解しつつも、私は顔をしかめる。
そんな暇があるなら、ノイズを探したい。時間は無駄にしたくなかった。
「わにゃわにゃ?」
「うん。貴方たちはそのままノイズを探してて」
雨の音に包まれながら、濡れたアスファルトの上を、慣れた足取りで歩き出した。
*
「ありがとうね、響ちゃん」
駄菓子屋の老婆がそう言って、袋を差し出す。
わたしは軽く頭を下げ、目当ての物――グミにキャンディ、チョコレートなど、色とりどりのお菓子を抱えて店を出た。
その足で、公園へ向かう。
昼間なのに、どこか薄暗い空の下。
雨はすでに止んでいて、湿った空気だけがまとわりついてくる。
人の少ないベンチに腰を下ろし、お菓子を袋から一つずつ取り出す。
「お姉ちゃん、そんなに食べてたら太っちゃうよ」
ふと、道の向こうから声がした。
年端もいかない少女が、無邪気な目でこちらを見ていた。
――そういう視線が、いちばん怖い。
「……いいの、私には」
わたしは手にしたキャンディを彼女に差し出す。
「これあげるから、どっか行って。私には……関わらないで」
少女は一瞬きょとんとした顔をして、それから素直にお菓子を受け取り、立ち去っていった。
わたしは、自分が化け物だということを、よく知っている。
だから、人と関わる資格なんて、どこにもない。
手元のグミをひとつ、口に放り込む。
――ああ、美味しい。
その感覚だけが、確かにわたしの中に残る。
ほんの少しだけ、心が満たされたような気がした。
けれど、ふと――それすらも許されないのではないかと、胸の奥に疑問が浮かぶ。
人と関わることも、心を満たすことも、すべてがいけないことのように思えてしまう。
その思いを、わたしはそっと、意識の底へと沈めた。
そして、少し遅れて、身体に妙な感覚が浮かぶ。
腹部のあたりに、もぞもぞとした違和感――まるで、服の下で何かが蠢いているような。
「……そろそろかな?」
小さく呟いた次の瞬間。
わたしの服の下から何かが勢いよく這い出し、そのまま空中へ跳ね上がった。
「わにゃーーー!」
鮮やかな声と共に、奇妙な小さな存在が宙を舞う。
特に何かを言うわけでも無く、私はそれを見つめた。
……この子は、一体なんなんだろう?
私にも、はっきりとは分からない。
ただ一つだけ分かっているのは――お菓子を食べると、この子たちが生まれるということ。
それに気づいたのは、ある日のことだった。
偶然、お菓子を食べたとき、この子たちは現れた。
彼らが何者で、なぜ生まれたのか――その理由は、私にも分からない。
けれど、ひとつだけ確かなことがある。
彼らは、私の力だ。
そして、私の味方。
それさえ分かっていれば、もう十分だった。
そうして私は、キャンディやチョコレートを口に運び続ける。
ある程度の数の“彼ら”が現れたのを確認すると、そっと立ち上がり、帰路についた。
道すがら、制服を着た同年代の女子たちが、楽しげに学校へと向かう姿が目に入る。
その光景が、胸の奥にじわりと暗い感情を広げていく。
……でも、これは私が自分で選んだ道だ。
もう、ほかの生き方なんてできない。
自分にそう言い聞かせながらも、どうしても埋まらない心の隙間に、ひゅうっと風が吹き込む。
にじむ涙を袖で拭い、何度もため息をつきながら、私は小さく肩を落として帰っていった。
次の瞬間――
「わにゃ! わにゃわにゃ!」
聞こえてきたのは、あの子たちの警告の声。
静かだった街に、ノイズ襲来を告げる警報が鳴り響く。
「ッ……!?」
私は反射的に、大地を蹴って駆け出していた。
耳に届いたのは、少女の悲鳴。
――あの小さな子の泣き叫ぶ声が、私の記憶を呼び起こす。
学生たちのざわめきが、かつて友達だった子たちの悪意ある囁きに変わる。
サラリーマンの謝罪の声が、私への憎しみの罵声に変わる。
本当は違う。
誰も、私のことなんて見ていない。ただ、それぞれの日常を生きているだけ。
……おかしいのは、きっと私だけ。
でも、どうしても――聞こえてしまう。
存在しないはずの声、言葉、悪意が、胸の奥から滲み出すように響く。
苦しい。
辛い。
頭がおかしくなりそうだ。
――生きるのを、諦めるな!
あの時、死の淵から私を引き戻した、あの言葉。
かつては祝福だったその声は、今では呪いに変わっていた。
あの言葉にすがって、生きることを選んでしまった。
だからこそ、私は今もこうして、苦しみ続けている。
……恨むしかない。
私だけを殺さなかったノイズを。
*
小日向未来は、リディアン音楽院に入学した高校1年生だ。
だが、その学び舎には、もういないはずの親友――立花響の影が、いつもどこかに残っていた。
教室の窓際の席。誰かの何気ない笑い声。春の風に混じる甘い花の香り。
ふとした瞬間に、未来は何度も“響”を思い出す。
「……どこに行っちゃったんだろう、響」
二年前。あのツヴァイウィングのライブの日、響は突然、姿を消した。
彼女の行方を知る者は誰もいない。未来にとって、それは時間が止まったままの出来事だった。
リディアンに入学してから、未来には新たに三人の友人ができた。
明るくて、優しくて、気の合う子たち――その時間が本当に楽しいと、心から思う瞬間もあった。
けれど、それでも。
胸の奥底に残るぽっかりと開いた空白は、誰にも埋めることができなかった。
小日向未来は、風鳴翼の新作CDを買いに出かけていた。
だがその帰り道、街にノイズの出現を知らせる警報が鳴り響く。
警報と同時に、人々のざわめきが悲鳴へと変わり、街全体が混乱に包まれていく。
誰もが我先にとシェルターを目指し、必死に逃げていた。
未来もまた、逃げ惑う人波の中で、避難所へと足を急がせていた――。
だが、そんな中、彼女は途中で一人の少女に出会った。
まだ幼いその子は、怯えた目で立ち尽くしている。
「どうしたの? お母さんは……?」
少女は小さく首を振る。途中ではぐれてしまったのだろう。
未来は咄嗟に少女の手を取り、「一緒に行こう」と優しく声をかけた。
二人は肩を寄せ合いながら、シェルターへと急いだ。
だが、逃げ道の先には再びノイズの影――。
「ここにも!?」
まるでこちらの行動を先読みしているかのように、ノイズが道を塞いでいた。
少女が不安げに未来を見上げる。
「お姉ちゃん……」
未来はしゃがんで少女の目線に合わせ、そっと微笑むように問いかけた。
「ねぇ、この川……泳げる?」
少女は不安げに横に首を振る。未来はすぐに頷いた。
「わかった。じゃあ、お姉ちゃんの背中にしっかり掴まって」
そう言って少女をおぶった未来は、ためらうことなく川へと飛び込んだ。
激しい流れと冷たい水に抗いながら、必死に泳ぐ。
息継ぎのたびに水を飲み、視界は霞んでいったが、それでも少女だけは守りたかった。
ようやく向こう岸に辿り着き、少女を先に上がらせた後、自身も這うようにして地面に手をかける。
二人は濡れた体を震わせながら、再び走り出した。
たどり着いたのは古びた工場跡。
だが、そこにもノイズが群れていた。
「嘘……こんなところまで……!」
少女がすがるように未来の腕を掴んだ。
「お姉ちゃん……私たち、死んじゃうの?」
未来は黙って少女を抱きしめた。
震える体を包み込みながら、後ずさる。
「大丈夫。お姉ちゃんが……絶対に守るから。絶対に……守るから!」
自分がどうなろうとも、この子だけは――。
それが未来の心からの願いだった。
そのとき。
「わにゃ!わにゃにゃ!」
ブオオオオオオンッ!!
轟音と共に、工場の高台からバイクがノイズの群れを飛び越えて着地した。
黒い車体が地面を滑り、未来と少女の目の前で止まる。
呆然とする未来。
バイクのライダーがゆっくりとヘルメットを外す。
現れた顔を見て、未来は息を飲んだ。
「……響?」
目の前に立っていたのは、二年前に姿を消した、未来の大切な親友――立花響だった。
「…………。」
響は、未来の顔を一度だけじっと見つめる。何も言わず、ただその存在を確かめるように。
だが次の瞬間、彼女の視線はすぐにノイズへと戻された。
彼女は服を捲り上げると、そこには赤い口の様なベルト……ガヴドライバーが露出する。
そのまま、彼女を先導する様に走っていた、彼女の手のひらにすっぽり収まるほど小さな存在——《ゴチゾウ》をそっと掴み取ると、それを迷いなくドライバーに装填する。
〈Gumi!〉
軽快でポップな効果音が、彼女の腰に巻かれたベルトから響き渡った。
電子音と共に、明るく弾むような待機音が鳴り続ける。
響はレバーを一気に回す。
すると次の瞬間、彼女の全身を透明なゼラチンのようなエフェクトが包み込み、粒子が踊る。
ウェイタムがベルトの中央を軸に回転しながら展開し、淡い光の粒が彼女の周囲を駆け巡る。まるで弾けるグミのように。
〈EATグミ EATグミ EATグミ〉
「………。」
響は静かに、しかし確かな意志で「ガヴ」の舌鼓、《デリカッション》を打ち鳴らす。
ベルトの中で《ゴチゾウ》が解放されると同時に、ワァァッ!という叫び声と共に紫色の粒子が爆発的に広がる。
それらが響の全身へと流れ込み、柔らかな質感を持つ装甲となって体を覆っていく。
〈PoppinGummy!juicy!〉
そこに立っていたのは、ノイズを喰らい、戦い続ける“紫の怪物”。
かつて人だった少女は、もう、ただの人間ではなかった。
「変身はまだ言わせない」