アリウスに生まれたとある少女   作:ネコミミの小屋

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お外ってどんな景色だろう。太陽の光ってどれだけ眩しいんだろう。
……その時を迎えるまで、まるで考えもしなかった。
そんな機会なんて、ボクたちには永遠に訪れないと……ずっと思っていたから……



0章 とある少女の夜明け前
とある少女と、その始まり


アリウス。

かつて一つの学園となった者たちに歯向かい、見放された者たちの住まう果て。

その一角、隅の隅……ポツンと『医務室』と書かれた看板が置かれた小屋。

ここが、今のボクに与えられた唯一の意味。

 

日々訓練で殴られ、蹴られて、怪我まみれになった子達を。

励まして、直して、手当して……その繰り返し。

 

最初はボクも訓練に出るようにと言われていたけど……

銃を持ったら体は震えるし、狙った的に当てるのなんてできっこないボクは、兵士として“落第”だって……

だから、せめてここで働け、とだけ言い残され放り込まれた……

 

vanitas vanitatum(全ては虚しい) et omnia vanitas(どこまで行こうとも全てはただ虚しいものだ)

 

 

ずっとずっと、執拗に教え込まれた“マダム”からのご教授。

みんなは当たり前に受け入れていき、今はトリニティと名を冠している自分たちを“見捨てた”人々への怒りと憎しみを糧にしてる。

……その景色が、ボクにはとても怖い。

まるで、アリウスにいるみんなが作り替えられてしまっているようで。

 

……でも、ボクには何にもできなくて。

ただ、見ていることと、怪我を治してあげるくらいしか……できなくて。

その事実が……とても虚しい……

 

 

---

 

 

「痛いなぁ……」

「今日も、お世話になります……」

 

「うん……頑張ったね……今から、背中を拭くけど……痛かったら、言ってね……」

 

今日も、たくさん傷を作って、ヘトヘトになった子達が医務室に入ってくる。

毎日、絶えることなくやってくる。

日に日にやつれて、弱って、泣きそうになって……時に、もう涙も見せない子もいて。

それでも、できることをしてあげたい。例え虚しくても……ずっと痛いのは、嫌だと思うから。

 

「……最近は、どう……?痛いところは、ない……?」

 

「……今日はお腹を打たれたよ……三回も……」

「見ててこっちも苦しい……咳き込んでたし……」

 

「わかった……それじゃ、お腹触るね……?」

 

そんな思いに少しだけ贈り物をしてくれたのか、ボクには人を元気にできる“なにか”があるみたいで。

軽い怪我くらいなら、すぐに元気にできるの。

 

でも……なんでボクにこんな力があるのか、自分でもまるでわからない。

どうせ、意味なんてないはずなのに……全ては虚しいはずなのに……

 

「どう、大丈夫……?すこしは、平気になった……?」

 

「うん。……やっぱり、あなたは……いい子、だよ」

 

「……そうなのかな……」

 

「……今日もありがとう。」

「私たち、後は休憩だから、もう行くね」

 

「うん。……ゆっくり、やすんでね……」

 

みんなもたくさんここに来て、いっぱい傷を負って……ここで治して。

そして、また訓練に行って。ずっとその繰り返し。

どうしてここまでみんなを追い込むようなことをするのか、ボクにはよくわからないけど……

いずれ起こすことのため……ずっとずっと。

 

……でも、ボクにはやっぱりなんにも変えることなんてできない。

やっぱり、この世界は───

 

 

コンコンコン

「錠前 サオリだ。雅舞 リエルはいるだろうか」

 

「?……はい、います。」

 

そう思っていたら、唐突に戸を叩かれて。

扉の向こうからアリウススクワッドのサオリさんの声が聞こえてきた。

咄嗟に返事しちゃったけど……なんだか、珍しい。

普段は滅多に来ることはないけど……どうしたんだろう。

 

 

「失礼するぞ」

 

「どうぞ……お怪我ですか……?どこが痛いんですか……?」

 

「……いや、今日は負傷はない。別件だ。」

 

べっけん???

……心当たりはない、けど……サオリさんからの頼みといえば……

 

「また、ミサキさんが自分を……?」

 

「いや。……ミサキは今日姫と一緒にいるから、そのような事は起こさないだろう」

 

「……では、ヒヨリさんの方ですか?」

 

「それも違う」

 

思い当たる名前二人を出しても、違う……なら、サオリさんがわざわざボクに伝える事は。

 

「……“マダム”から、ですか?」

 

「ああ。」

 

……やっぱり、そうだった。

“マダム”からの命令は本人自身から伝える場合以外は、大抵サオリさんの口から伝えられるから。

でも、今度は一体何をしろって言われるんだろう……?

医務室以外に異動することになるのかな、それともアリウスから追い出されちゃったりするのかな。

 

……何を考えても、よくないものしか浮かばない。

そんなこと思って話を聞いていたら、飛び出した内容は想像とはまるで違っていた。

 

 

「雅舞リエル。……お前には、白洲アズサと共に、トリニティへ転入生として潜入してもらう」

 

「……ふえっ??」

 

 

なんというか……斜め上の方向から、叩かれたような感覚がしたような気がする。

それでもなんで思うより、そうなんだ……という気持ちが先に来て、すぐに心は落ち着いてしまった。

でも、まずは確認をしておこう……

 

「……ボクは別にいいですけど……もっと他に適任がいたんじゃ……?なんでボクなんですか……?

銃器の扱いとか、兵士としてはみんなより劣っているし……潜入訓練なんて、受けたこともない……」

 

ボクは兵士として“落第”。

それは覆しようのない事実なのに、どうして選ばれたのか。

 

アズサさんは、わかる。

あの人はサオリさんにたくさん鍛えられて、とっても強いから。

でも、そんな人と一緒にいたところで足を引っ張っちゃうだけなんじゃ……

 

「“マダム”からは……兵士として劣っているからとしか答えてもらえなかった」

 

……???

なおさら、よくわからない。

劣っているから?……劣っていて、むしろいいことってなに……?

でも、“マダム”の命令には逆らえないし……何か考えがあるんだろう……

 

「よくわからないけど……“マダム”の命令……うん、頑張ってみる……」

 

「ああ……すでに、アズサは別室にて潜入前の準備を取り行っている。

事前情報では、トリニティ側の接触者が身分を偽装して潜入を支援するらしい。

接触者と協力するかどうかは……現地で判断してかまわない」

 

「わかった……じゃあ、アズサさんと話さなくっちゃ……今どのあたりに?」

 

「本堂の、第二整備室の中だ」

 

「ありがとう。……それじゃ、行ってくるね」

 

やると決めたなら、すぐに動かなくっちゃ“マダム”にも怒られてしまうし……

何より、アズサさんを長く待たせるのも、良くないだろうから。

 

 

「…………気をつけてな」

 

 

お部屋を出る前に、サオリさんの少し心配そうな声が、やたらと耳に残った気がした。

 

 

---

 

 

……着いた。

ここに来る最中に誰かが怪我したり、お仕置きされていなかったりしたのが、少しだけ嬉しい。

 

それにしても、白洲アズサさん……ボクに、仲良くできるのかな……?

普段からそんなにお話した事ないし……医務室にもそこまで来る子じゃない……

それに、他の子達ともそこまでお話をしている姿も、あまり見かけない。

 

 

なんというか……一人なんだ。

 

 

誰とも仲良くしたいとか、関わり合いになりたくないとか、そんなんじゃないような気もするけど……とにかく、ひとりという印象をボクは持ってた……

 

そんな子と……ボク、うまく付き合えるかな……ちょっぴり、不安……

でも、まずはあいさつしなくっちゃ……

 

コンコン

「アズサさん、リエルです……入って、大丈夫ですか……?」

 

「ん……ああ、入って」

 

「失礼、します……」

ガチャ

 

お部屋の中は、独特の雰囲気を出してた。

奥の方に見覚えのない、とても綺麗な制服が見える。

でも、それ以上に目を引いたのは──

 

「シュコー」

 

……ガスマスクだった。

うん、アリウスではみんなしてるものだし、物珍しいわけじゃないけど。

アズサさんがこの場でしていること自体が、とても目立ってたような。

奥にあるものが綺麗だから、なおさら。

 

……それにしても……

 

「アズサさんのガスマスク……とっても似合ってる……」

 

「?……そう、ありがとう」

 

かっこいい、と素直に思っちゃう。

アリウス自治区では顔を守るのも大事だから、みんなつけてるものだけど……

似合う子は、似合うなぁ……と、ボクは思う。でも……

 

「……でも。潜入する時は、外そうね……目立っちゃうから……」

 

「そうだろうか。顔の防具としてはこれ以上なく優秀だと思うけど……」

 

「でも、お外の人たち、みんなつけてるわけじゃないと思うから……」

 

「そうか……」

 

少し残念そうにしながら、顔のマスクを外す。アズサさんの顔が姿を見せる。

その瞳には強い意志と決意が感じられるようで、眩しくって……綺麗だと、思う。

それに、アズサさんが身につけている服も、いつもの訓練着とは違ってて……

 

「その服……」

 

「ああ、支援者から支給されたトリニティでの活動用制服だ。奥の方にリエルのものもある。

ただ、その前にサイズ確認をした方がいいかな。私も手伝うから」

 

「うん……それなら、お願い……」

 

「わかった。……それじゃ、そっちの鏡の前に」

 

その言葉に誘導されるように、鏡の前に立つ。

……こうして、ボク自身の姿をじっくり見つめるのはとっても久々な感じがする。

ボクが、自分の目がそんなに好きじゃないから、なのかな。

 

黒く濁った瞳。

虚な表情。

何かを感じる気力もないような、疲れ切った顔。

 

今もこうして自分の瞳を見つめると、見えるものはただ虚無と闇しかないから。

だからこそ、アズサさんの目を眩しいと思うのかな。

……ずっと見つめていると、自分の目が焼けておちてしまいそうだから。

そう、今も真剣な眼差しで──

 

 

「……想定していたより身長が高いね」

 

「え?」

 

「制服のサイズは大丈夫……かな……特に……ちょっと待ってて」

 

 

……後ろから聞こえてくるガサゴソという音が耳によく入ってくる。

背丈……確かに、前より少し見える距離が伸びたかもしれないと思ってた……

ボク、前よりもまた伸びたんだ……前にも、みんなからおっきいって言われたっけ……?

 

「少し、ごめん」

 

「わっ」

 

スルリ、と小気味いい音と共に、体に何かが巻き付かれる。

苦しくはないけど、こういうのって圧迫されてるようでなんだか居心地が良くない。

 

「……やっぱり、大きい……でも、サイズの問題はない、かな……」

 

「ええっと……大きいって、どこが……?」

 

「胸元」

 

「むなもと……」

 

……胸元って、おむね……

……言われてみれば、確かに以前よりも下が見にくいなぁ、と感じた。

 

「……ボク、そんなにおむねが大きかったの??」

 

「ああ。測っててこっちが驚いてしまいそうになるくらいには」

 

「……そ、そうなんだ……」

 

測ってて驚かれるって、一体どれくらい大きかったんだろう……?

他の子達からは「動きにくそう」って声かけられるくらいだから、なくていいようにも……

う〜ん……サオリさん、くらい……いや、でもサオリさんは普通にすごく……

…………あんまり考えすぎないようにしよう。

 

「よし……確認完了だ。後は着てチェックしよう。制服に袖を通して。」

 

「……うん」

 

改めて、制服を手に取って、袖を通す。

……いつもの服装とはまるで何もかも違いすぎて、新鮮な感情が出てきそう。

いつもこんな服装したくても、こんな場所じゃできないし、しても……

 

「……全然、違うね」

 

鏡に映った、まるで生まれ変わったような自分の姿に思わずそう呟く。

今までとは本当に、あまりにも違っていたから。

 

「……うん。似合ってる。」

 

「そうかな……?」

 

「それに、動きを阻害されるようなこともなさそうだね。

これで緊急事態になっても大丈夫。例え戦闘に巻き込まれても、逃走くらい問題ない」

 

「うーん……逃げなきゃいけないような緊急事態になったらボク逃げれるかな……不安……

あ、でも捕まったところで、ボク大した情報持ってないしいいか……」

 

「いや、最後まで抵抗すべきだと思う。私ならそうするから」

 

……そういうアズサさんの瞳はやっぱり輝いていて、揺るがない。

こんな自信満々な輝きのそばにいて、ボクは釣り合うのかな……と言いようのない感情が心を満たす。

それに、アズサさんと違ってボクはそんなに……強くないから……

 

でも。

それでも。

どれだけ虚しくても……

たとえ、何もかも無意味だったとしても……

ボクの頑張りで、アリウスのみんなが傷つかないようになるのなら……

 

 

「……うん。ボク、頑張る。トリニティの潜入、やってみる。」

 

「ああ、その意気だ。…たとえ全てが虚しい事だとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない」

 

 

確かに、世界は虚しいことが多いし、ボクもたくさん虚しいって思う。

それでも、ボクはアリウスのみんなの助けになりたい……

ずっと傷ついて、苦しんで……そんな姿であり続けるのは、間違ってるって。

そう思ったから……

 

 

「さて、準備は終わった。そろそろ出発しよう」

 

「うん。……あ、でも……」

 

「ん、まだ何か?」

 

「……ガスマスク、外そっか……」

 

「……やっぱり、ダメ?」

 

「うん、ダメだと思う……」

 

「……そうか……」

 

少ししょんぼりしたような、でも気をすぐに取り直したようなアズサさんと一緒に。

ボクたちは荷物をまとめて、トリニティ総合学園へ向かった……




【雅舞 リエル】
アリウス自治区出身、自分でも年齢は数えてないが、本人曰く「多分16歳」。
触ったものを『癒す』力がある。
本人は『誰かのためになるなら、便利かも』くらいにしか思っていない。

また、他の生徒たち曰く「おっきい」らしい
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