美味しいものをたくさん食べたから、ついやりたくなっちゃって。
気がついたら、そこに立ってたんだ。
すた、すた、と静かな廊下に足音がわずかながらに響いている。
テストが終わって帰ってきて、その夜中。
ボクは自分のお腹がとってもへっちゃっていることに気がついた。
向こうじゃお腹が空いているということは別に珍しいことでもなかったから、みんながみんな耐えることを覚えてしまって……ただ、変えようもないから誰にもなにもできないのが、悲しい。
なんなら今からボクがやろうとしてること自体、全くできるような様子もなかった。
覚える余裕もなかったし、何より教えてくれるような環境もなかった……
「自分でやるのいつぶりだっけ……」
久々に、厨房の中に入った。
そういう感覚がするんじゃなくって、本当に久しぶりだ。
すくなくとも、医務室を担当してからは殆どそこにつきっきりになってたし……
アリウスのみんなに振る舞える機会は、思えば本当にわずかな気がする。
向こうじゃ材料にも困ってたこともあったけど、こっちじゃスーパーに行けばたくさんある。
この格差にボク自身思うところはあるけど……今は何にも言わないでおこう。
その分お金とか持ってないと行けないし、どこでも物資を集めるのは一筋縄じゃいけないのは変わらないのがね。
にしても今日のスーパーは大変だったなぁ……
とくばいび?というイベントをやってたみたいで、まるで押し寄せるように生徒さんたちが集まってたくさん置いてあるはずの商品をとっていこうと……
ボク、ああいうの見るとなんだか怖くなっちゃうなぁ……
表情が鬼気迫るって感じで……覚悟もなくあの場へ行くと吹き飛ばされてしまいそう。
ただその分他の場所は空いてたのがあるし、そこでものあつめしてたから一長一短なのかなぁ。
また今度、接触があるみたいだしそのために行ったのもあるけど……まさか、以前行った時より人が多いとは思わなかったなぁ。
まだまだお外の世界には未知なことがいっぱいだ。
さてと、そういう発見は一旦置いておいて。
そろそろ料理をしようかな。
久々ではあるけど、お鍋を使ってたら感覚は普通に戻ってくると思う。
体に染み込んだ得意なことは忘れないってサオリさんも言ってたような気がするし。
今日作るつもりなのは、簡単なスープ。
晩ご飯もしっかり食べたから、お腹に入りそうなものを作る。
あの環境で育ったからその場で作る分は残さないようにしたいっていうのも強いけど……
今ボクたちがいる環境じゃ作っておいておくのもふつーにできそうだよね。
冷蔵庫って便利だなぁ……
「それにしても、このへんなのお水をかけたらおっきくなるって本当かなぁ??」
思わず口にしながら取り出したのが、スープにピッタリ!という文字の書かれた袋。
えーと、乾燥わかめ?ってものみたい……
当然のことながら、向こうじゃまーったく見たことのない食材だ。
まぁ、そんなこと言い出すならスーパーに売ってる食材なんてほとんど見たことないんだけど……
というか、今日集めたスープ用の食材はボク目線変なのばっかり。
この粉みたいなスープの素とか本当に水に溶かしたら美味しい味になるのか全く信じられないし、
ながーい棒みたいな野菜……ねぎ?っていうのも本当に美味しいのかな。
それにこの卵。これも重要なものっぽくて。
色んな生徒さんたちがどんどんとっていくのをみて、つい手に取っちゃった。
……でも、そんな食材たちを試してみたい意欲はしっかりあるのが、困ったところだなぁ。
ま、今日は自分で食べる、というか飲む用の具材だから美味しくなくてもそれはそれで大丈夫。
それに、なんだかんだ言っても腕に自信はある方だしなんとかなるでしょ。
それじゃあ、早速始めていこうかな。
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じゃー、というお水の音が静かに響く。
突然だけど、トリニティ寮生にはいくつか守るべきルールがある。
といっても、“マダム”が課したルールに比べれば、とーっても緩いものなんだけど。
その中の一つである“キッチンを利用する際は手を洗うこと”を、今ボクは守っているところ。
……手を洗えるくらいにお水があるってすごいことじゃないかなぁ?
向こうだと布で拭くくらいがせいぜいで、こんなの贅沢なことだと思われちゃうよ。
綺麗なお水なんてめちゃくちゃ貴重なのに……
今度送る物資には水を追加しなくっちゃ。そう心に決心した。
さて、そんな環境違いに驚く前にやることを済ませよう。
まず、お鍋に飲む分のお水をなみなみと注いでいく。
料理を始めた手の頃はよく入れすぎては後始末に困っちゃうことも多かったっけ。
明日食べようにも保存なんてできる環境じゃなかったもんね……
それはさておき、水の用意が終わったら他の下準備を。
このわかめを……えーっと……水に浸して……5分くらいおいておくの??
えーと、そのための道具……この下に置いてあった半分の丸っぽいのでいいかな。
ここに水を別に注いで……しばらく待っていればいいんだね。
それじゃ待つ間にねぎを切っていこう。
刃物として使うのはもちろん内戦時代にもお世話になったボクが持っている万能ナイフ……
じゃなくて、料理用にしっかり作られた刃物である包丁。
料理のために作られた刃物があるなんて、いいなぁ……
ねぎは端から少しずつ切っていくのがいいみたいだから、普通にそうする。
トン、トン、トン、とリズムを刻むように淡々と、手際よく切るのがいい。
包丁も大きすぎず、よく手に馴染んで……とっても扱いやすくてすごい。
こんなの使ったら今まで使ってたナイフにもう戻れないよぉ〜……
……うん、こんなもんでいっか。ちょっと切りすぎたかもしれないけどそれはそれ。
次は……この卵?ってものを使う。
なになに……スープに入れる時は割って中身をまぜまぜ……?
その時はお椀とかを用意して、割る時はできるだけ綺麗に割るのが望ましい……
へー、このまんま使うんじゃないんだね……
触った感じ食べられるのこれ?って思ってたけど……中身を食べるものなんだ。
それじゃ、よいしょ……っと。上から適当に取ったこのおっきめのお椀で……
説明通りにぱきり、とヒビを入れて中身を出していく。
その時のパカって音が耳に印象的な感じに残った。少し気持ちいい感じの音だね。
中から出てきたのは……黄色と透明っぽいもの。若干液体っぽい?
これを混ぜるんだね……見た目はあんまり美味しそうに見えないけど、それは食べてみるまではわかんないよね。
かちゃかちゃかちゃ。
一心不乱に、中身を混ぜていく。黄色い部分がいっぱいに広がるまでしっかりと。
半透明の部分は人によっては使わないって書いているけど、ボクは余すことなく使いたい。
せっかくの食材、捨てる部分なんてできるだけ減らすに限るから。
……うん。
こんなもんでいいかなぁ。
透明の部分がほとんど見えなくなったけど、なくなったわけじゃないのがわかる。
どんな味になるんだろう、すこしワクワク感が出てきた。
料理中はなんとも、楽しくなっちゃうね。
さてと、そろそろおっきくなったかなぁ……って、うわぁ。
あんなにカラカラだったものがあんなに……一体どういう仕組みなんだろう?
買った時はこんなのでお腹いっぱいになるのかなとか不安だったけど、これなら大丈夫そうだね。
それで、この後の処理は……?
ふんふん……沸騰したお湯にちょっとだけつけて、水に洗うんだね?
よし、それじゃお鍋の水をそろそろあっためていこう。
お鍋の中身を改めて確認して、大丈夫と判断したら火元に移して水を温める準備。
……と言っても、ここじゃコンロってものを常備してて、専用の取手を捻ると火が起こせるから便利だね。
一回捻った後にそのまま維持してると……おおー、着いた……すっごい。
勢いよく燃えてるよ〜……しかもすぐに火が出てきて、本当に便利。
ただ、お水をお湯にするのは時間がかかるから、その間にさっきから確認しまくってるこれを改めて読んでおこう。
お外の世界の本屋さんって、いいね。
お料理するための本まで置いてて……これがまた、すっごく参考になるの。
今日作るスープもこれがなかったら手探りで作る羽目になってただろうし……
そういう時にできるものが美味しくなかったら、凹んじゃうからなぁ……。
あの頃食べたカエルが生焼けで……おえ〜
体力はついたけど、あの味はもうごめんだなぁ……
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嫌な記憶思い返して心にちょびっとダメージが入っちゃったのは置いといて……
その後も料理本に載っている通り、安心の調理法で進めていく。
水を切ったわかめをあったまったお湯にちょっとだけ、入れてすぐ出す。
その後に別に用意したお水でまた冷やして……こうすればわかめ特有の変なにおいを消しながら、本来のおいしさが引き出せるんだって。
その後にさらにお湯を、強い火であっためる。
次第にボコボコと大きめの音を立ててアツアツになったお湯へ……わかめとネギを入れて混ぜながら煮込んでいく。
この間、火はどんどん弱めていってアツアツ状態が維持されないようにするんだって。
沸騰っていうみたいだけど、もう湯気だけであっつい!ってなっちゃいそうだよね。
迂闊に触らないようにしなくっちゃ。
そこからスープの素と、そこに置いてあるお塩を入れすぎないように投入……
さらに卵を満遍なく広がるように入れて……さらに混ぜ混ぜしていく。
次第にわかめが引き締まって、液体っぽい卵もどんどん固まって食べられそうになってく。
一煮立ちさせたら、火を消して。あとは残った熱でしっかり完全に仕上がるのを待って……
よし、出来上がり。
ボクがここにきて初めて作ったお料理、夜に作った小腹満たしのわかめと卵のスープだよっ。
これを、卵を混ぜるのに使ったお椀に入れて……
後から入れるごま?……ってものは見当たらなかったから、そのまんま食べちゃう。
じゃあ、早速口の中へ……
「あちちっ」
うん、やっぱりアツアツ状態の後だからすっごく熱いや!
でも、おいしい!!!
シンプルな塩とスープの素がしっかり絡み合ったお出汁が、ツルツル食感のわかめとふわふわの卵をより口の中にスムーズに運んでくれる!
ねぎの食感もシャクっと食べやすくて、他の食材たちの食べる感覚を邪魔してないのがすっごい。
それに、この熱さ……アリウスの子たちにはびっくりしちゃうかもしれないけど……
疲れた体にこの熱さが、時間の経過であったかさに変わって……効くかも……
「はふー、はふー」
それに熱いなら冷ませばいいしね。
でも、このスープは冷ましすぎると美味しさが悪くなっちゃうからほどほどに。
パンとか一緒に食べるスープじゃないのもあるね。
向こうじゃスーパーで見かけたお米ってものは、まーったく無いし。
……うーん、やっぱり自分で作って自分で食べるのも悪くないなぁ……
せっかくならアリウスのみんなのために作ってあげたいけど……
流石に、料理を送る方法は思いつかないなぁ……物資送るだけでも結構大変なのに。
でも、チャンスがあればやってあげたいね。
……あ、接触しに来る子ようにお弁当を作るのは……
……流石に、えこひいきになっちゃう、かなぁ……
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一方その頃、こちらはアリウス。
リエルが夜中、一人で料理を楽しんでいる間。アリウスの生徒たちは……
「うめ〜」
「パリパリなんて食感本当にあったんだなぁ」
「保存食よりもこの缶詰の方が美味しくない?」
「……保存食はなぁ」
送り込まれた物資を、のんびり堪能していた。
送った量ははっきり言ってこの場に残された少女たち全てを賄える量ではないものの。
美味しい飯というのは、人の心を動かすものなのである。
ただ、その様子を遠巻きに見ている少女が一人。
その少女は、他の者たちに比べて一回り小さく……しかし、その身を覆うほどの巨大な盾を背負った、艶のある黒髪をした少女であった。
彼女は、ただ一点。
リエルが送り込んだ物資の入った袋をじーっと見ながら呟く。
「……食べ物……美味?」
無表情の顔、さりとて口からは隠しきれぬ涎……
ひとしきり周りを観察し、もう一度袋を凝視し……黒髪は、少女たちへ近づく。
「ねぇ」
「ん……うえぇ!?」
「えっ、どうし……おわぁ!!」
「……うっげぇ、こんな時に……」
黒髪の声を聞き、そちらの方へ向いた少女たちは、表情を歪める。
それは嫌悪感などではなく、困り果てたような色が伺える。
というのも、この場にいる少女たち……否、アリウスに所属する全生徒が、目の前にいる黒髪のある特性を知っているからである。
すなわち──
「おいしいもの、ある……自分にも欲しい。所望」
ドがつく程の
せっかくの物資を食べ尽くしてしまうかもと思われてもしょうがないほどの、食べることへの欲求持ち。
食べても食べても次を求めるその少女は、同じ所属の生徒からは少し白い目で見られていた。
最も、当の本人はどこ吹く風ではあるが。
「……はいこれ。
「ん、ありがとう。感謝」
しかも、食べるものをあげないと徹底的に拗ねるものだから、みんなしょうがなく食べ物を分けるのである。
「はむはむ………!!!これ、うまい!上物!」
「そうなの、よかったね……」
「これ、リエルからみんなに送られたものだから、食べ過ぎないでよね」
「……むぐ??」
今日もやはり困ったように分ける少女たち。
しかし、その日は少しだけ様子が変わった。
「リエルがみんなに…………
……ん、わかった。これだけでいい。確定」
「え?」
「……うそ??」
欲しがりの黒髪の少女が、それ以上求めなかったからだ。
いついかなる時でも、食べ物を求めている彼女が、である。
明日は変なことでも起こるのか……そう、戦々恐々していた少女たちだが……
「リエルがみんなに送ったものだから、しょうがない。
自分だけが美味しいと思うのは、違う。だからこれでいい。我慢」
その後つぶやくように口にした一言で、妙に腑に落ちたのであった。
【□□ ルラン】
アリウス分校に所属する生徒。
とても食べたがりな性格をしており、どんな時でも食料を求める。
食べておなかいっぱいと言っても少ししたらまた欲しがる、困ったちゃん。
リエルに深い恩があるらしい……
※苗字が隠されて、閲覧できない……
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