ボクは心が治らないまま、混乱したまま……
まるで流されるように、連れ出された。
時間は深夜。
暗殺指令、決行の日……みんなが寝静まり、警戒が一気に薄くなる時間帯。
素早く、緻密に。そそくさと動く人影……アズサさんがどんどん先にいく。
『当日重要になるのは、リエルの安全確保……そのためにこっちは先行しながら監視と見回りの確認及び排除を行なっていく。完全に大丈夫だと判断したら、すぐに合図を送るから素早く私の元まできて』
自信満々にそう言ったアズサさんはまるで流れる水みたいにスイスイと進んでる。
速すぎて見失ってしまいそうでとっても不安……でもうじうじしてられない。
念の為に持っててと渡された隠れるための布をかぶって、慎重に進む。
暗闇の中で動くには黒い姿がいいっていうけど本当なのかなぁ……目立ってない?
『とにかく、隠れながら進むんだ。時間がある程度かかってもしょうがない。
“その時”が迅速に終わればそれでいいんだ』
って話だけど……今の速さがアズサさんの本気じゃないってすごいなぁ。
その気になればもっと勢いに乗って進めるって言ってたし、実力の差がわかっちゃう。
ボクなんてあまりに遅くって……足を引っ張ってる気持ちでいっぱい。
でも、二人であの場所に到着しないといけないから……もっと頑張らないといけないよね。
見つからないように……見つからないように……
……こうしていざやる側に立つと、すっごく緊張する。
さっきから冷や汗がいっぱい出るし、心臓の音もめちゃくちゃうるさく感じる……
それ以上に、周りが静かだから、なおさら……
アズサさんも感じるものは同じのはずなのに、全然そんな様子もないからすごいなぁ。
ん、アズサさんが手を小さく3回振った。大丈夫、のサインだ。
あれが出たなら、ゆっくりするより、素早く動いた方がいい。
音を最小限に抑えて、最短距離を素早く駆け抜ける。
こんな時に大きい体は不利ってアリウスで学んだっけ……確かに隠れるのも苦労するよね。
そんな余計なこと考えてたら……
「ここが、百合園セイアのいる建物だ……情報が確かなら、だが」
「大体の人がここでセイアさまが寝泊まりしてるって言ってるし、大丈夫だと思うよ」
「この後に及べばもうそれを信じるしかない。
……作戦は、もうわかってるよね」
「うん……」
作戦は単純かつ、明確なもの。
アズサさんが先持って突入して、即座にセイアさまを制圧する。
その時に与えた重傷を、ボクが治してすぐに立ち去る。
その後、誰にもみられないように拠点のお部屋まで退却して、何事もないように眠る……
問題点は、潜入までの間に見つかって仕舞えば全部がおしまいなこと。
そして……ボク自身、命に関わるような怪我を治すのは“とても久々”なこと……
前者はまるで問題がなかった。
アズサさん曰く、『協力者が状況を整えてくれたんだと思う』って事だけど……
そういうの、ボクにはあんまりよくわからない。何をやってくれたんだろう?
それで、後者なんだけど……
情けないことかもしれないけど、そんな大けが治してる時はあの内戦の時ばっかりで。
今この頃は、みんなの怪我もあの頃と比べれば……命には、関わらない。
いや、それはいいことだし……何より怪我の優劣なんてつけない方がいいんだけど。
あの頃と比べるとボクは、全然必死なきもちで、怪我の相手をしていない……ような気がする。
手を抜いているとか、そういうのじゃなくて、心の方。
常日頃危険だった時と、今とじゃ違うのは当たり前だけど……あの頃を思い出して、落ち着いていられるのかな。
「それじゃ、私は今から百合園セイアの元へ行く。
突入したらすぐに昏倒させ私たちを目撃させないようにする。
終わったら、すぐに呼ぶから……隠れていて欲しい」
「……うまく、いくのかなぁ」
「うまくいく……いや、上手くやってみせる。
ここなら、探す側の死角も多い……見つかったりはしない」
自信満々に言ってくれるけど……不安は、拭えない……
このまま突き進んでしまっても、いいんだろうかと尻込みしてしまって。
でも。
「私を信じて」
もう、ここまで来てしまった。
アズサさんはきっと、“マダム”の怖さを、アリウスのみんなの苦しみを……全部分かった上で、あらがうって決めたんだと思う。
今になって、ボクだけ怯えて……アズサさんを一人にしては、おけないよね。
「うん、わかったよ……アズサさん。ボク、信じる」
その言葉を口にしたら、体の震えが止まったような気がした。
さっきまであんなに心が揺さぶられてたのに……そう決めて、落ち着いた。
……もう、やるしかない。あの命令には、ボクは絶対従えないから。
「私も、リエルを信じてる。………じゃあ、行ってくる」
改めて、決意を固めたように向き直って、すぐに駆け出していく。
セイアさまのお部屋に向かって……大きい建物の中へ吸い込まれるように進んでく。
それを、ただ見送って……誰にも見つからないようにすぐに身を隠した。
---
「…………」
静かだ。
時折ふく風の音が、とてつもなく大きな音に錯覚してしまいそう。
銃撃の音も人の話す声もないのなら、どこでも静かになるものだね……
そう思ってたら、上からポトリと何かが落ちる。
「ん」
声を荒げず、慌てず騒がず、落ち着いて確認する。
小さな紙を巻きつけた小石……おそらく、アズサさんからの連絡だろうと思う。
『第一段階は完了した。すぐにこっちへ来て欲しい。場所は最上階の───』
「……」
ついに、やってしまった……当然殺しはやってないって分かっててもドキッとしてしまう。
アズサさんがそんなことやってるのは見たくないけど……そんな考え事はあと。
書いてある場所へすぐに急行するために、でも慎重に進んでいく。
建物の中は、暗い。
普段はどこもかしこもきらきらと眩しいくらいに明るいのに。
夜がやってくれば、どんな場所でもこんなに暗くなっちゃう……それは、向こうでも変わらない。
真っ暗な場所は慣れているけど……一人でこの中を進むのは怖く感じちゃうね。
階段を登る。
見られないように慎重に。
監視の人はいないみたいだけど……いつ誰がきてもおかしくないって話だから。
「……ここだね」
アズサさんが書いたお部屋……最上階の奥のお部屋。
パッと見ただけでも扉が他と違って豪華で……その中にいる人が重要な人だというのが、よくわかる。
少し尻込みしちゃうけど、立ち止まってはいられない。
取手をつかんで、すばやく中に入っていく。
「待っていた」
そこに待っていたアズサさん。
その手の中にはいつも使っているアサルトライフル……床にたくさんの薬莢が転がって。
アズサさんの奥に、倒れ伏している人影が。
……あそこで倒れているのが。トリニティの一番偉い三人のうち一人。
百合園 セイアさまなんだろう。
大きいお耳に、着心地の良さそうな衣服……“マダム”もそうだったけど、偉い立場の人って、こういう綺麗な服を着るのが義務だったりするのかなぁ。
……今は、銃弾の痕ですごく汚れてしまっているみたいだけど。
「………ぅぐ………」
意識がなくなっても、痛みは残ってる……
そのうめき声が、かすかに……でも、しっかりと耳に残る。
思えばティーパーティーの偉いお方と出会うのは初めてだけど、こんなことになるなんて。
……“マダム”からの指令は、アリウスから、トリニティに対しての気持ちが乗ってるような気がする。
恨みつらみ、妬み怒り……いろんな怖い感情が込められたもの。
みんなの抱える“憎しみ”の深さは……向こうでも、何回も感じてたから。
それでも、ボクはみんなにこんなことをさせたくないと思った。
だから、セイアさまをお助けすることを選んだ。
きっと、もう後戻りなんて出来ないんだろう……みんなの気持ちを裏切ることになるんだろう。
……それでも。ボクはもう、“マダム”のご命令には……従えないから……!
「……セイアさま。いきなりこんなことをして、ごめんなさい。
でも、ボクたちにも……事情があるんです……だから、こんなことを……
ボクたちのことは許さなくても構いません……全部終わったら、謝りに、行きますから」
セイアさまのお体を抱えて、“ちから”を使う。
いつもなら、平気になるまでずーっとこうやって触ってるけど……今回は、そうはいかない。
治しすぎて、セイアさまがここで目覚めてしまったら全部が台無しになっちゃう。
そーっと、そーっと……治しすぎないように……
……うー、そんなこと全くやらないから力の具合がわからない……
みんなの怪我を治す時は、しっかりと治してるからすっかり癖に……
それが普通のはずなんだけど、それはしちゃいけなくて……ぐぅ〜……
なんだか、もどかしい…………
「あんまり時間がかかると、巡回が来る……急いで」
「そ、そんなの言われたって……!」
なんだか、いろいろと気になることが多すぎて困惑しちゃうのに……
ああっ、もう……こうなったら、なんかいい感じになれーって思いながら……!!!
むむむぅ〜〜〜!!!ボクの”ちから“、なんかいい感じになって──!!!
「うっ!?」
あっ……
……な、なんか……セイアさまから変な声が……
だ、大丈夫……もしかしてボク、やらかしてしまったんじゃ……
「……………………スゥ………………」
……そんなこと思ってたら、すぐに寝息が落ち着いていってる……
「……今明らかにすごい声がしたが大丈夫なのか???」
「……うん。これで命に別状は無くなったよ……寝息が安定してるし……傷も目立ってない……」
体のあちこち、チェックしてみたけど……どこも大丈夫そう。
「アズサさん、これで問題ない……任務完了だよ」
「そうか。……じゃあ、すぐに撤退する。
……きた道を一緒に戻って、いつもの部屋に戻ろう」
「わかったよ。
……それにしても、アズサさん……セイアさまは
「ん?……そうなのか?
体がよわいなんて前情報にはなかったが……まぁ、リエルなら問題ないと思ったから」
「……あれ?」
言われてみれば確かに、体が弱いなんて誰も知らないし聞いてないはず。
なのに、ボクはなんでか自然と口にしちゃっていた。
ええと……ああ、そうだ。触って“ちから”を使ってた時になんとなくそう思って……
……今怪我してるから?でも、それは体が弱いのとは関係が……う〜ん……
いや、そんな考え事は後にしよう……
今は、すぐにここから出て……誰にも見つかることのないように、戻ろう。
---
「ふ、ふぅ〜………」
どうにか、波乱もなく戻ることができた。
最後まで気を抜けない状況が続いていたから、もうずっと心臓がうるさかった……
今も少し、とくんとくんと大きめの鼓動が自分の胸から聞こえてくる。
戻ってきて、何かがぷつんと切れて……自分のベッドに、ぽふんと体を委ねた。
「……疲れたか?」
「……………うん、すごく、つかれた」
もう、今日だけでどれだけ自分の気持ちがぐらぐら揺れたのかわからない。
何が何だかわからないようになってしまったようで、最後には覚悟が決まって。
そのまま、セイアさまの元へ……
……思えば、ここまでやっちゃったのは……アズサさんのおかげなのかも。
『どれだけ虚しくても最善を尽くさない理由にはならない』って……
その言葉を思い出して、ごくわずかでも、勇気をもらえたから。
それに、普段の日常からも……たくさん、虚しい以外の気持ちをもらったし。
ケーキを食べて美味しい、テストがうまくいって嬉しい、ふかふかのベッドできもちいい。
そんな、なんでもないような日々が……尊いと、そう思った。
「ねえ、アズサさん」
「……どうしたの?」
「……アズサさん言ってたよね。
虚しくても最善を尽くさない理由にはならないって……
……だから、ボクもできることをやる。アリウスのみんなのこと、諦めない。
たとえ、それが最善じゃなくても……
何もやらず、ただ虚しいと考えるだけより……きっと、いいことだと思うから。」
「……ああ、そうだな」
そういうアズサさんの表情は、いつになく穏やかな表情で……
初めて笑顔を見せてくれたように思えた。
アズサさんも、あんなふうに笑顔になれるんだ。
……いずれは、みんなであんな風に笑い合って過ごしたいなぁ。
そんな、ささやかな気持ちと一緒に……ボクは、深い眠りについた。
※以下、空気ぶち壊し注意
【本編の裏側】
セイア
「やぁ、よく来たね白洲アズサ─────」
アズサ
「済まないが話している暇はない」ジャコンッ
セイア
「えっちょっまっ、こんな流れはみていな、アーーーーーーーッッ!!?!?!?」