トリニティ総合学園にとって、前代未聞の大事件。
当然、学内の重要な組織にその情報は瞬く間に広がっていき……
「な、なんてことだ……」
「うぅ、どうしてこんなことに……!」
アズサとリエルによる暗殺偽装工作、その翌日。
百合園セイアの部屋に数人の黒い制服の少女たちが、オロオロしていた。
彼女らはトリニティ総合学園における治安維持部隊、“正義実現委員会”の委員である。
現在、彼女らはフィリウスの
『本日の会議に出席するはずのセイアさんが一向に現れないので、探してきてくれませんか?』
と要請を受け、パトロールの人員を回し捜索にあたっていた。
しかし目撃情報は愚か、今日はまだ外出している様子を見ていないと聞き込みの合間に判明し、もしかして誘拐!?と、先走った者たちが自室に突撃し、現場に気がついたのである。
なお、彼女らはあくまで治安維持のための集団であるため、治療は専門外……
発覚後しばらくあたふたした後に、トリニティの医療チームである“救護騎士団”へ連絡。
その場で待っているようにと返された、どうしたものかとまたオロオロしていた。
なんとも頼りないように思えるが、目の前で倒れているのはこの学校のトップの一人。
現状そのものがトリニティ総合学園に暗雲をもたらしかねないような惨状の前に、冷静にいられる生徒が果たしてどのくらいいるのか……
ともなれば、彼女らを責めるのは酷な話だろう。
「は、ハスミ副委員長は……!」
「今日は重要な警護の任務でよべないよぉ!」
「い、イチカ先輩……」
「パトロール中で、すぐに来られないんじゃ……」
「つ、ツルギ委員長」
「だ、だめぇ……セイアさまが本当に大変なことに……」
しかも、頼るべき委員の主要生徒が他の任務で手が離せないとなれば……
この場にいる末端の委員にすぎない彼女たちがどんどん心細くなるのも無理はない。
一部の生徒はもう涙目になりつつある。
バァン‼︎
「うひぃっ!!」
「あっ、ドア!ドアこわれたっ……壊れたよ!?」
その空気を変えたのは、力強く開け放たれた……
いや、轟音と共にバタンと物理的に倒れたドアの向こうにいた人影だ。
「救護騎士団団長、蒼森ミネ!参りました!セイア様の容体は!!」
蒼森ミネ。トリニティが誇る医務担当のリーダー。
そこに“救護”が必要とあらば、たとえ火の中、水の中だろうと駆けつける清廉潔白な意志と魂の持ち主である。
……それが行き過ぎて破壊を呼ぶこともあるが、それは今は関係がないとしておく。
「あっ、おっ、おつかれさま、ですぅ!?」
「ちがう、そうじゃなくって……せ、セイア様はこちらですっ!!」
「今ご確認します、皆さんは周囲の警戒を!」
ただ、今はその衝撃的な性格が功を制したのか、現場は落ち着かぬままであってもなんとか動けるようになった。
なお、当の団長はそんな空気お構いなし。
『救護が必要な場に救護を』。そのモットー通りに動いているだけである。
だが……
「……ん……?」
百合園セイアの容態を確認して、訝しむ。
何かが、変だ。その感情が自分の中に入り込んで抜けない……そんな気持ちだ。
当人の身体の弱さはトリニティならば知る機会はあるくらいに有名。
そんな彼女が負傷して倒れているならば、軽傷でも大ごとである。
しかし。
(処置すべき場所が、見当たらない……?)
その傷が、もう既に対処の必要のない状態と判断できるものがいるならそれは別の話だ。
当然、ミネは救護騎士団のトップでありその医療技術は疑うまでもない。
そんな彼女が問題ないと思えるほどに容態は悪いものではなかった。
(……コレは、一体?負傷をしたのは確実そうですが……)
言ってしまえば、目の前の状況は不可解そのものであった。
確かに小さい怪我……指を切ったとか、転んで擦りむいたといったものは放っておいても自然と治るものだろう。
だが、セイアの体には負傷の痕跡はしっかり残っていた。
にもかかわらず……治っている。自然と治るには重すぎる負傷が……
その治り方もまるで、自然治癒を何かが助けたような……そんな印象を彼女は受けた。
(……調べたほうがいいですね、これは……)
もしそれが本当なら、“救護”を志すものにとって放っては置けないものである。
ありえないことかもしれないが、“それ”ができるものがいるのなら……
救護騎士団にとって心強い味方になってくれると思ったから。
……それに、セイアの容態は問題ないとはいえ一向に目覚めないのも不可解だ。
肉体的にはもう活動は可能だとミネは判断したが……ぴくりとも動かない。
この場ではわからないことが多い……彼女は調べるべきだと判断した。
「……みなさん。
セイア様はこちらで回収いたします。よろしいですね?」
「へえっっ……??」
「えっ、あっそのっ」
医務側からの、突然の提案にしどろもどろする少女たち。
いまだに混乱から回復できていない、そんな正義実現委員会の委員を横目にセイアの身を安全に担ぎ、かっぱらっていくかのように連れ出したのである。
「それでは、失礼致します!」
「あのー!!まだ現場の見聞がー!!」
「まってぇぇぇぇ〜〜〜!!」
悲痛な叫びが後ろから聞こえることに脇目も振らず、その場を後にする。
その胸中には、セイアの身に起こった不可解な現象と──
(この現象は…………気高い救護の心を持った方が行ったに違いありません。
どなたかは存じませんが……なんと見事な。
顔も知らぬ気高きお方。その献身に報いるために、セイア様の安全は私が必ず確保します。
そしていずれは、貴女の元へお礼をしに参ります……それまで、待っていてください)
その身を救ったであろう気高い人物への想いに満ちていた。
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一方。
トリニティ総合学園の中枢部分の一室。
“ティーパーティー”の執務室にて、紅茶を片手に一服している少女が一人。
「ふぅ……」
彼女の名前は“桐藤 ナギサ”。
三つの主流分派、“フィリウス”のトップである。
ナギサは今日も今日とて激務をこなし、連日連夜この学園の運営や行事事務に追われ忙しい身の内。
こうして好物である紅茶を嗜むティータイムが、数少ない彼女の癒しであった。
「ナギサ様!!ご休憩中失礼致します!!」
「ん……どうしたのですか?このような時間に……」
そんな中、配下の生徒が血相を変えて突撃するように入ってくる。
ノックも何もない突然の入室に少し思うところがありつつも、あくまでトリニティの代表らしく、それを表に出すことなく対応する。
「申し訳ありません。火急の報告がございます故、無礼をお許しください!」
「ふむ……大丈夫です。それに、そちらの方が冷静でないようですが……」
「……これは、失礼を……」
「いえ、いいのです……それで、報告とは?」
威厳を持ったナギサの振る舞いに駆け込んだ者も見惚れ、多少の落ち着きを取り戻す。
トップに立つに相応しい気品と優雅さを保ち、応対するナギサ。
しかし、彼女自身突然の入室に少し驚いていた。
尤も、それは休憩中だったので当然ではあるが。
(……急ぎの報告……身に覚えは何もありませんが……
エデン条約の件でゲヘナ側から動きがあったのでしょうか?
しかし、あの議長がアクションを起こすとはかんがえにくいのですが……)
火急の、しかも自分向けの報告……
真っ先に思い浮かぶのは自分が抱えていた案件だったが。
次に飛び込んだ言葉は、彼女の頭の中を真っ白に埋め尽くす事となる。
「はい……その……“救護騎士団“のミネ団長より……
先日未明、サンクトゥス分派リーダー 百合園セイア様が襲撃を受け意識不明と……!」
「……………………………………は……?」
あっけない声が口から漏れる。
今聞いた言葉がまるで何度も反響して、空耳のように何回か響く。
今の心境をそのまま文字に起こすなら……
えっ、今聞いた言葉なに?幻聴?幻聴だよね??
……そう思いたかったような、あまりにもショックの大きい報告。
……一瞬空を仰ぎたいような衝動に駆られつつも、あくまで冷静に切り返す。
「……せ、セイアさんが……襲撃?……意識不明?」
「は、はい……現場の荒れ方からして間違いないと……」
「……っ、すぅ〜……」
うん、聞き間違いじゃなかった。
あ、やばい。今自分の手が震えてる。
持ってるティーカップが皿と擦れてかちゃかちゃいってる。
落ち着け、落ち着くんだ桐藤ナギサ。紅茶を口にして落ち着くんだ。
そんな自分を無理やり鼓舞している内心を見せることなく、あくまで優雅に紅茶を啜る。
一口飲み、一瞬心をすん、と落ち着かせ……直ぐに行動に移した。
「ミネ団長にそのままセイアさんを看護してもらいます。
その間学内に”セイアさんは持病の悪化により治療に専念する“と御触れを。
私は夜が明けてから直ぐにミカさんと話をつけこれからの対応を決めます。
……間違っても“襲撃を受けた”ことを漏らさないように、いいですね?」
「…はい!!」
「ではすぐに動いてください」
「かしこまりました!……失礼致しました!!」
命令と共にすぐに退室する生徒を見送り、いつの間にか立ち上がっていた腰を下ろし直す。
……報告を聞いた時に紅茶が口から噴き出さなくてよかった、と心の中でドキドキしながら。
これからのことを考えると頭が痛くなりそうだが、泣き言は言えない。
……でも今は一人しかいないから泣いていいよね?なんて言えないのだ。
「……それにしても、やられましたね……
これからが大変だという時にこの騒ぎ……しかも、ティーパーティーの一角を……
対策を打たなくては、条約どころでは……」
内心はさておき、その辺りの切り替えが早いのも彼女がトップ慣れしている所以だろう。
あくまで起きてしまったこととして対処しなければならない。
襲撃となれば当然下手人が存在する……それを捕縛、あるいは排除しなくてはならない。
それが現状下せるトップとしての判断だが……
「しかし、現状は手がかりなし、ですね。
それに“退学”として処理するにも手続きが長引けば危険が生まれる可能性も……
……ああ、そういえば」
悩んでいる間に、この頃噂になっているものを、ふと思い出した。
「連邦生徒会の方で、何やら新たな部署が設立されたとか……
……確か……シャーレと、言いましたか?」
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「ミカ様、本日の紅茶をお持ちしました」
「あ、お疲れ様〜。そこに置いといて」
「はい」
ここはさらにその一方。
別室でナギサがうんうん現状に唸っている間の聖園ミカは、それはもうのんびりしていた。
初日に案内をさせた配下が持ってきてくれた紅茶を、ロールケーキと共にいただいている。
「……それ、またナギサ様からですか?」
「え、うん。ナギちゃ……ナギサちゃんも毎度毎度、どこから持ってくるんだろうね?」
「はぁ」
あの日から何かと呼ばれては雑用を担当している彼女はもうそういう言葉にも慣れてしまった。
自分のような生徒の何が気に入ったんだろうか……などとたまに思いつつも、
失礼な考えはあまりしないように心がけている。
なお当のミカは物怖じせず接してくれるのが心地いいだけだったりする。
トリニティ総合学園の高い地位にいると色々あるのだ。
特に人間関係に関して面倒を感じることも度々。
だからせめて、ゆっくりできる時間では自分好みのものがそばにいるのがありがたい。
「あ、ミカ様。同じ上の方から緊急の話があるのですが」
「ん、なにかな?」
「セイア様がミネ団長に連れてかれて、養生することになったとか」
「えっ」
──そんな側近扱いの子が明日の天気の話をするようにもたらした爆弾発言に思わずずっこけそうになる。
何がどうしてそうなったのか、気になってしょうがない。
ネタバラシをすると、百合園セイアの襲撃を手引きしたのはミカである。
潜入当日、正義実現委員会に直接指示を出しパトロールルートを変えてもらったり、
別口で騒ぎが起きそうなところに集中してもらったりと。
裏側で警備の調整を行なって、セイアの周囲を手薄にしていた。
密に連絡を取り合っていないので、暫くこのルートでお願いねーと頼んだくらいだが、
事態がこんなにすぐ動くとは思っていなかったのである。
実際はリエルが爆発し、素早く終わらせないといけないと即時即決したアズサがスムーズに終わらせてしまっているだけだが、それをアズサは報告していない。
というより、その手のやりとりは入学時から全くやっていなかった。
このあたりの遅れは、お互いの立場上気軽に会うことができないからだった。
「えーと、ミカ様。驚くのは不思議じゃないんですが……どうしたんですか?そんな固まって……」
「ほえっ!?……えぁ、うん……いきなりすぎてびっくりした、だけだよ??」
「その割には……いえ、聞きませんが。
それで、どうしますかね。ティーパーティーの一角が行動不能となるとトリニティに問題が出ないはずないですが」
「……とはいっても、私たちにできることって……あるのかな」
「……実をいえば、現状ではないんですよね」
ミカは内心うまくとぼけてるかな……とか考えていたが。
実際現状起こせるアクションはないのである。
その情報は現在、トリニティの本当に上層の部分でしか伝わっていない。
なんなら今でも現場やナギサは対応の途中だろう。
そんな中で情報を広めたところで混乱が加速するだけだし、利はない。
かといって秘匿するために動くのも違う。
元々広める気があるのかどうかわからないレベルの情報、他の勢力の者たちの中に隠したがるものも出てくると思われる。
だから、自分たちもわざわざ動くか?と思う。
……なので取れる選択は“静観”ただ一つ。
全ては事態が動いてから。というか何かないと動けない。
「……とりあえず、暫くは警護の人員を増やしましょうか。
ミカ様とナギサ様にも専属……とまではいかないでしょうが、影の守りくらいは。」
「……うんうん、そーいう感じで!」
「尤も、ミカ様にそんなもの必要ないとも思いますが」
「ひどくない?ねぇ、その物言い酷くない??」
そう軽口を叩く側近の表情は、ミカから見れば少し不安げにも思えた。
きっとこれから起こる激動を予想して、ミカ自身にも降りかからないか心配しているんだろう。
だが、本人は……
(や、や、や、やっばぁぁぁ〜〜〜〜〜………………!!?
ほ、本当はちょっとだけ……こう、尻尾を揉み尽くしたりおでこに一発くらいでいいって思ってたのにぃぃ〜〜〜!!!
なんでぇ!?大事すぎない!?ここまでやってほしいなんてまるで思ってなかったけど!?
しかも意識不明って!!ねぇ、何したの!?襲った子はどういう判断してるのぉ〜〜〜〜〜!!)
心の中で、超絶テンパってそれどころじゃなかった。
軽い気持ちが大事に、世間一般でもありうる話。
彼女は今それに対面し、後悔するやらほくそ笑むやらする側なのにこの始末であった。
しかし。
この一件が聖園ミカという少女を良くも悪くも変えてしまうきっかけに違いなく。
後に待つ(本人にとっての)試練の、号令とも言える瞬間でもあった。
【その頃のシスターフッド】
「シスター・サクラコ。セイア様の件ですが……」
「はい……『大変』だったと、お聞きしています。
きっと、日々の『お疲れ』が祟ったのでしょう。『安静』にしていただき『元気』になって戻ってきてほしいと……そう願います」
「は、はい……!!」
(ま、まさかセイア様の身についてあらかじめ知っておいでで……!?)
※普通に心配してるだけ