アリウスにおいてもとびっきりの異端者がそこにいる。
本人も、ずっと封じられるとばかり思って疑わなかったが──
「ふあぁあ〜〜………」
牢屋の中に、呑気な雰囲気のあくびが小さく響く。
アリウス自治区、特別房区画の一番奥。
そこに、見目麗しいと誰もが思う、蒼白の髪を背中いっぱいに伸ばした少女が入っていた。
その少女が牢に入れられた理由は“素行不良”。
この一言で終わるが、ここアリウスにおいては比類ないほどに重い罪というべき物である。
何せ誰にも従わない、教官や”マダム“にさえ敬意を払わない。
上下関係に厳しいであろうアリウスではこれ一つがどれほど上の癪に触るかは言うまでもない。
だと言うのに、何をやっても彼女はその態度を曲げようとしなかった。
ある日腹に据えかねた教官の一人が拷問まがいの扱きをしても、顔色ひとつ変えない。
それどころか泥や血に塗れたとしても扱きを耐え抜く根気強さもあった。
辛いはずなのに、虚しいはずなのに。
教官らはその言葉を胸に何度も何度も扱き倒したものの、結果は全て向こうが勝ち。
そんな姿を嘲笑うように見下していたその少女を誰もが許さず。
結果的に”マダム“にまでその素行が聞き及んだことによって、彼女はここに送られた。
当の本人はそうなっても素知らぬ顔であったため、勝ち逃げされたような気分になり、
送ったはずの教官たち全員が敗北したような気分を味わったのは、本人たちだけの秘密だ。
そういう経緯があった故に最大の問題児扱いされていたものの……
牢に入ってからはとても大人しくしているのが、かえって不気味に感じられた。
物理的に破れるような力がないのは分かっているが、脱獄くらいできそうな奴である。
それが……来る日も、来る日もただ備え付けのベッドで眠っているか軽く運動するくらいである。
かといって教えを受け入れるそぶりもない。
悠々自適に過ごす姿を、監視している側がなぜか歯噛みしながら眺めることになっている。
なんだこれは、立場が逆じゃないのか……
そう思ってしまいそうなくらいに自分の在り方を崩さない姿に少しノイローゼになりそうな者も出そうになってた。
「おい」
「……ぁん……?」
それも今日で終わりである。
ついにこいつを困らせるような事態がやってきたことに柄でもなく心躍りそうになってる胸中を押し殺し、教官は声をかけた。
その返答は相変わらず不遜である。
「……あぁ、教官殿。俺に何か?
前に訓練内容無視して過ごしてた件を叱りにでも来たのか?」
ああ、そんなこともあった……
今でも思い出すと少しムッとしてしまいそうだ。
だが、我慢。我慢だ……
「特別収監者、ペール」
「ん」
「“マダム”からのご命令により、おまえを解放しあるチームに所属してもらう」
「……ほぅ?」
あくまで“マダム”からの意向を淡々と伝える。
その言葉に向こうはどこか訝しむ様子を見せている。
こうして会話していると、本当に内心が読めない。
今でも何を企んでいるのか不明瞭だが、今は気にせず続ける。
「……”マダム“もどっか狂ったのか?
俺をここから出すって?……耄碌するにはまだ早いんじゃないか?」
「口を慎め」
「だが、あんただってそう思うんじゃないか?なぁ、教官殿……」
「……」
……本音を言うと、否定できない。
こんな跳ねっ返りを出すなど、アリウス全体の士気に関わる可能性さえある。
何せ、現状でさえリエルの不在でかなり下がっている……
そんな中でこいつが“マダム”への不満を人に囁くだけで、あっという間に伝染するだろう。
他のものなら心配はない。
だが……こいつだけは、やりかねない。
あの連中を押し付けるだけでなく、監視も徹底した方が良いのではないか……
そう思わずにはいられない。
「……まぁいいや。出してくれるってんなら、それはそれで願ったりだ。
いい加減同じ景色を見続けるのも飽きたからな」
薄い笑みを浮かべる蒼白の少女。
その笑顔がどこに向けられているのか、本心からなのか……
解放した教官にとっても未知であった。
笑うと言う行為は本来、攻撃的なものであると言ったのは誰だったか……
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じゃら、じゃら。
かつん、かつん。
長い廊下にて、重厚な音が無遠慮に響き渡る。
「で、教官殿。こいつぁいつ外してくれるんだ?」
「……チームメイトのものにつくまでには外す。鍵は手元になかったからな」
「ああそう」
減らず口を絶やさず、激しい自己主張を惜しげもなく曝け出す。
腕につけられた手枷もあるというのに、こいつは動きにくいから外して欲しいとしか考えていないだろう。
本来なら、つけられただけでも他の生徒は赦しを乞い、ひざまづくようなものなのだが。
「しかし、チームか……俺が入れられるなんて、他のやつは気の毒か?」
「……なぜそう思う」
「そりゃ、こちとら筋金入りのはみ出しものだからな……当人らわ別段悪くないのに、とばっちりくらう可能性が生まれるわけだ。そう思わないか?」
「むぅ」
……普通に考えれば、それはごもっともだろう。
当人の変わらぬ所業を“マダム”が聞けば、連帯責任……全員が罰せられることも普通にある。
なんならその可能性の方が高い。
最もこの少女はそんなことお構いなしに普段通り振る舞うだろうが。
しかし──
「そう考えるのは早計かもしれんぞ」
「ん?……なんでだ、どう考えても俺が一番……」
「確かに貴様ほどの跳ね返りもそういないが、それだけが問題とは思わんことだ」
「へぇ」
今回組まれたチームはそんな彼女でさえ霞むかもしれないくらいの連中だと教官は知っている。
それこそ、あの白黒コンビの暴走に巻き込まれて吹っ飛ばされることなど、普通にある。
それを押し付けられる立場なるというだけで、同情してしまうかもしれない。
いや、この少女に対して同情なんてしたくないけど。
それだけの迷惑を被られてきたんだし。
その言葉を聞いてから顎に手を当てて何かを考えているが、あまり気にする必要もない。
今までやりたい放題した分とびっきり苦労してくれ。
そういう少々怨恨じみた考えが止まってくれなかった。
「ん、ちょっといいか」
「どうした」
「俺の装備、取ってきても構わないか」
「取ってくるも何も、道中の保管室に全部ある。その心配はいらん」
「そうか。そりゃいい扱いなこった」
こうした発言を忘れた頃にしてくるから油断ならない。
当人は取ってくるだけとか言いつつ、何をしでかすか……
この前の訓練で装備忘れたから取ってくると言って、盛大にサボりをかまされたことはいまだに深く憶えている。
一瞬たりとも気を抜いては思うツボのように思えて、身構えてしまう。
今はそんなことできないとわかっていても染み付いているものは無くならないのだ。
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「……ふぅ、この服に袖通すのいつ以来だ?」ー
牢屋の者用の衣服を脱ぎ、アリウスでの活動装備へと着替える時さえ監視は忘れない。
何かあれば目も当てられないと監視を始めた一人から、広まるように。
そのうち最初の一人は執念に塗れたように監視をし続けたが、完璧なまでに煙にまかれて以来なにか別の方向へ努力を重ね続けていた。
それはそれでどうなんだと思いつつ、まじまじと裸を見つめた教官は一つ気になったことを告げた。
「貴様の素肌など初めて見るが、腹の傷はなんだ?」
「ん……傷なんて珍しくもないだろ、なんでわざわざ」
「……場所がおかしいと思っただけだ」
……蒼白の少女が言う通り、アリウスという環境では生傷など茶飯事。
外の世界だろうと銃撃戦があることくらい知っているので、それこそ銃痕など見かけない日はないであろう。
しかし、その少女に残っていた物は異彩を放っているように見えた。
本人は気にしていないが、教官はそう思ってしかたなかった。
「貴様は、そんなクッキリと残る程の銃弾を喰らったことがあるのか?」
その傷が
キヴォトスに生きているものにとって銃弾の傷は適切な処置をすれば治るもの。
撃たれた跡などクリームかなにかを塗るか、しばらく安静にすれば綺麗さっぱりなくなる。
だが、その傷は目に見えて残り続けているように見える。
仕置き用の、痛みを与えることに特化した器具でなら傷も残ろうものだが……
「内戦でもらっただけだ、それ以上は話す気ない」
その返答を聞いて尚更わからなくなった。
内戦での傷……そんなもの普通ならとっくに消えていても不思議ではないが……
だが、あの時期など誰もが傷ついて然るべき状況でもあったという事実を鑑みれば……
おかしなことでもない、のだろうか。
「……そうか。ならこの話はここまでにしよう」
「そうしてくれ」
他ならぬ当人があまり気にしたそぶりもないし、話すつもりもないとのことなので話を切り上げた。おそらくしつこく聞いてもはぐらかすだろうから。
そして、その問答の間にも装備の調達は滞りなく進んだらしい。
「よし、こんなもんか」
「おい貴様……そんな古い銃で困らんのか」
「うん?」
そうとぼけた蒼白の少女の手に握られているのは、薄汚れた拳銃。
あちこち煤けて、銃口にも幾度と発射されたであろう痕跡が掃除もされず残っている。
アリウスで配られる装備とは数段階質の落ちる、いつ作られたかも知れない代物である。
「ああ、ずっとこいつを使ってきたからな。
ずいぶん古いが、俺はコレが一番手に馴染む」
「結構な物言いだが、愛着があるのか?それとも、特別な品か??」
支給品を受け取ることを避けてまで使い続ける装備。
愛用の品となれば、どのような事情があるのか──
「内戦の時にその辺で拾った」
「おい」
あっけからんとした発言に首をガクッと傾ける。
そんな雑な経緯で拾ったものならとっとと支給品に乗り換えた方がいいのではないのか。
そう心の中で突っ込まずにはいられない。
いや、この蒼白の少女なら支給品を与えられなくとも不思議ではないが。
「そっから捨てられない、ってだけだ。それに俺は
「そうか……」
それを言われれば、もう納得するしかない。
その場にある物はなんでも使うはアリウスで学ぶゲリラ作戦の基本。
アズサやサオリなどの強者が行うことをやるとなればこれ以上は言葉もいらないだろう。
「さーてと。装備も整ったからもうチームメイトとやらにあってもいいだろ……
そろそろ、ご案内をお願いしていいか」
「なんで上から目線なんだ。構わんが」
傍から見れば最低限とも言える装備ではあるが、本人がこれでいいなら教官もそれに倣う。
そんな装備で後悔しても知らないぞ、と内心思いながら。
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「ねぇねぇねぇ!!!そろそろヴィクあそびたいっっっ!!!!」
「ちょっと、その懲罰服でなんで動こうとすんのよ!落ち着けっての!!」
「やーだっ!!!やっぱりヴィクは遊び足りないのぉぉーーーー!!」
「おい、アレここの暴れん坊じゃないか」
「そうだぞ。……教官の立場として言えば、厄介度合いは貴様もどっこいどっこいだぞ」
「へーそう」
顔合わせの部屋に入って目の前の惨状を見つめ、えっ俺アレと同類と思われてんのか、と視線で伝えてくるのがわかる。
蒼白の少女を連れてくるまでの間でやはり白の少女が暴れようともがいている。
落ち着くという言葉が心の中にない聞かん坊故、こうなるのも必然だが。
「さて、とりあえず挨拶は済ませとくか。ああ、教官殿。送ってくれて感謝するよ」
「そうか。……では、全員揃ったからこちらは失礼させてもらうぞ」
全員揃ったのを見届け、教官はそそくさと部屋から立ち去った。
蒼白の少女から見れば、その後ろ姿はどうにも逃げているようにしか見えなかったが相手が相手なので仕方ない、と思っておく。
ふぅ、とため息を一つつき……改めて、
「よぉ、お揃いで」
「ッッ!?……あんたは……そう、本当に解放されたのね」
挨拶に真っ先に反応したのは紅の少女。
その姿を見て、戦々恐々とした様子で口を開く。
「なんだ、知ってんのか」
「噂はね……実際に会うのは、今日が初めて。アリウスでは珍しくもない話のはずよ」
「へぇ……噂、ねぇ。そいつはロクでもない話に違いなさそうだ」
じぃっ……と、観察の視線を向け続ける紅の少女。
そんな様子を飄々と受け止め続ける蒼白の少女は、別の方が気になる様子。
「で、その癇癪玉の隣にいるのは……」
「Zzz……」
「こいつも問題児よ。今は満足してグースカ寝てるみたいだけれど。
……隣の白いのが爆音で叫びまくってるのによく寝れるわねこいつ」
懲罰服を毛布がわりに横になる黒の少女。
本来こんな重たいものを身にまとって寝るなどそうできたものでもないのだが、やっているのなら仕方ない。
教官が眺めていればそれはもう頭を抱えていたであろう。
「んで、白いのもどうにか落ち着かせたいわけか」
「なんだなんだーーっ!!ヴィクを遊ばせてくれないのぉぉぉーーー!?!?」
「きゃあっ!?……ちょっと、抑えるのも限界あるのよ、モゾモゾ動くなぁ!!」
顔合わせといいつつ、やってることは幼子のお守りかとか思ってしまう。
もとから白の少女は情緒が幼く癇癪持ちで話が通じる相手じゃないとはよく聞いている。
なにせ監視役でさえ愚痴をこぼすほどだ、相当のものである。
しかし、今は無秩序に暴れること自体は抑制できている。
そんな状況であるなら、と蒼白の少女は白の少女へ近づき……
「ほい」
「むぐぅっ!?」
その栗っぽい形の口に何か棒状のものを無遠慮に突っ込んだ。
よくみると細長いガラスの容器で、何かが入っているが……中身がどんどん白の少女へ流し込まれるのを、紅の少女は見逃さない。
「よっと」
「うへっ!?……けほっ、ぇほっ!!ちょっと、ヴィクに、なに、のま……せ……??」
中身が全て流れ込んだのを確認して、容器を口から引き抜く。
ぽんっ、と空っぽの容器特有の、気の抜けるような音が小さく聞こえる。
突然のことに驚き、蒼白の少女へ向かって荒く声を出そうとした白の少女だったが。
「あ、れ………なに?……ゔぃ、ゔぃくの……から、だ……どんど、ん。
ちから………ぬけて、く………ぅぅ〜〜〜〜〜〜〜」
モゾモゾ動いていた手足がどんどんおとなしくなり、体がだらんと垂れるように姿勢を崩し。
コテン、という音が聞こえるように横になった。
倒れる前に一瞬だけ白目を剥いたようにも見えたが、気のせいだろうか。
「……それが、アンタが内戦時代使ってたっていう……“薬”ってやつ?」
「ただの眠り薬。こんくらい作る程度は楽なもん」
「そ。材料の出所は……聞かない方がいいか」
せっかく蒼白の少女の手の内が見られると思ったのに……とすこし残念に思う紅の少女。
……その少女は、”薬“を使って敵を追い詰める。
内戦時代に集めた情報……
特に危険だとされた存在のうち1つの話でよく聞いたフレーズ。
実際はどうだったのか、知る生徒は少ないだろうが……どうにも事実だと思うには充分である。
「コレなら、この子らもどうにか抑えられるかしら」
「今みたいに動けない状態ならな」
「そ、やっぱり難しそうね」
出会ったばかりなのに軽口の叩き合いは一丁前。
互いが互いを見定めあい、探り合うように……紅と蒼白は見つめ合う。
それから逡巡すること数秒。
「ま。せっかく組むなら歪みあってもしゃあねえ。せいぜいのんびり、仲良くやるとしようや」
「……ふんっ」
こいつは一癖以上の厄介者だな……と互いに思い合った。
どちらも牢に入れられるほどの問題児なので当たり前ではあったが。
……こうして、アリウスの新たなるチームは結成された。
その名は、『アリウスフォーホース』……
他のものからは、四匹の馬と呼ばれることもある個性の集団。
彼女らがいかに動くかは、まだ誰もわからない。
「────にしても、こんな機会が訪れるとは思ってなかったが。
まぁ、俺は俺の目的のために……遠慮なく動かせてもらうとするさ。」
【⬛︎⬛︎⬛︎ ペール】
アリウス分校の生徒。ほとんど受刑者に近い扱いだが一応所属生徒と扱われている。
その地に生まれながら、アリウスの結束は愚か“マダム”への忠誠すら皆無。
内戦時代においても⬛︎⬛︎⬛︎として名の知れた⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
収監前に⬛︎⬛︎⬛︎と何か会話をしていたようだが、内容は誰も⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
※一部閲覧できない。誰かが乱雑に塗り潰した痕跡がある……