そのために危険を顧みず闘いに身を投じる生徒が目の前にいる。
ボクには、正直混ざる勇気はなかった。
「ひぇぇ〜……」
コソコソと隠れ始めて数分。
いまだに向こうから銃声と怒声が止まないって事実に少し怯えてしまう。
さっき聞こえてきた、みらくるごせん??ってものが関係しているんだろうけど……
あそこまでして欲しいものってなんだろう?
……そういう意味ではとっても気になる。ああなってでも……求めるってどういう?
アズサさんならあそこに突撃してもなんともないけど、ボクはちょっと……
「……いやでも美味しいおやつのためなら……う〜ん……」
……そのミラクル5000がどんなものか知らないけど……
例えば、それがとんでもないおやつだったらああなってもおかしくないかも……?
でもボク銃撃戦からっきしだからあの中に入ったところですぐにやられちゃいそうだ。
「私の前を遮るなぁっ!!」
「ミラクル5000を最初に手にするのは私よぉ!!おばかさんたちっ!!」
「きぃぃ〜っ!!!わたくしの邪魔をするものはぶっとばして差し上げますわーっ!!」
「ミラクル5000だ!!ミラクル5000置いてけ!!!ミラクル5000だろおまえ!!」
今でもこの学校にいる生徒たちから出てると思えないようなすごい声が聞こえてくる。
普段はあんなにお淑やかにしている子たちが、あんなふうになってしまうくらいのものって一体どんなにすごいものなんだろう?
……気にはなるけど……
「……ん?」
そう思いながら、ふと気がついた。
あのきっかけの声って向こうで戦いあっている生徒たちとは逆から聞こえてきたよね?
それって、要するにみらくるごせんってものは向こうにあって……
そして、向こうからはまだ一人もこっちに来てない……
だから、その、つまり……
「ボクが先に行ったら一番乗りってことになるのかなぁ」
向こうの騒動に巻き込まれていない今なら誰にも気が付かれずにいける……?
そう、今もどんどんエスカレートしていって、気を失っている子まで出てきて……
でも執念で立ち上がって周りの妨害をしてて……
堂々巡りの乱戦繰り返し状態になってこっちに来る余裕がなさそうに見えた。
そんな様子が怖いけど、言ってしまえばチャンスでもあると思った。
おっかないけど勇気を出して向こうまで走り抜けたら……
ああしてまでみんなが欲しがっているみらくるごせんを、手に入れられる……
「……いいのかなぁ……いや、いいんだ……よぉし……」
ビクビクしている心を押さえ込んで、勇気を出して踏み込む。
後ろから来る気配がないか気になりながら、一気に走り抜けるんだ。
でもバレないようにこっそり、けど急いで急いで……
パァン‼︎
ドンドンッ
「うひっ」
後ろから近づいているような気がする戦闘の音に思わずへんなこえがでちゃう。
驚いて足を止めそうになっても前に進まないと決めたことが台無しになっちゃうし、
あの戦いに巻き込まれたら危ない!
「ひえぇ」
こわいこわいと心の中で連呼しながら必死に走っていると何かが見えてきた。
車の形をしているけど、お店のようにも見えるそれが。
ヒラヒラしている旗にでかでかとミラクル5000と書かれていたのを見て、
これがさっき聞こえてきた音の出所だってすぐにわかった。
「後ろからは……まだ何もきてない」
確認よし。
なら後は、素早くもらって帰るだけ……
落ち着いて、お店の人に話しかけてお部屋に素早く撤収すれば完了だ。
はやく、でも落ち着くってアズサさんのやってるみたいだなぁ……
「あっ、あの……!ミラクル5000、ください……!」
急いでお店っぽいものの前に立って、中にいる人に声かけをした。
若干声が震えてるような気がするけど今のボクにはそれを気にする心はなかった。
「おおっ、お嬢ちゃんが一番乗りですか?これは運がいい!はい、どうぞ!」
中にいたお犬の店員さんがそんな様子を察してかそうでないかはわかんないけど……
もう箱に詰めて袋に入れてくれていたミラクル5000を、すぐにくれた。
まるで最初から準備してくれてたみたいにスムーズだ。
こういうお店の人は向こうでやってる銃撃戦にも慣れてて、それでこんなに早いのかなぁ?
でも、今のボクにはとっても都合がいいのは間違いない。
「あっ、ありがとう、ございます……これ、お代です〜……」
「ん、ちょうどだね。毎度あり!」
やった、一番乗り〜……って、喜んでる暇はないっ……
あの乱戦がこっちに来る前に帰らなくっちゃせっかくのミラクル5000がダメになっちゃう。
もっと丁寧にお礼を言いたいけどグッと堪えて……そそくさと離れるんだ。
お店の人もわかってくれる、と思う。多分……
「気をつけて帰るんだよ〜」
「は、はぁい……!」
ああ、この声かけがとってもありがたい……
ボクはこのおやつを食べるために決死の覚悟も抱ける……かもしれない……
あの戦いに巻き込まれず生きて帰って食べる……
そのためならなんでもできるとは思わないけど、頑張れる!
さぁ帰ろう……急ぎつつ、中身を台無しにしないように……
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バタン、と自分のお部屋にあるドアが重そうで軽い音を立てて閉まる。
ふうっ、と大きく出た自分のため息が安全を確保できたと認識するに十分。
逃げ帰る時は余裕がないからどうにも息を気にしてられないから、それが聞こえるのが一番安全を実感できるのかも?
「だ、誰にも見つかってないよね……?」
つい昔のきもちになって呟く。
あの頃も隠れ家に飛び込んでは、そんなふうにしてたっけとふと思い返す。
当時とはまるで違うのに何でこんな気持ちが湧きあがっちゃうんだろうか……
やっぱり危ないって思った時は心がそう感じて必死になるのかなぁ?
いやいや……
これからおやつたべるのにそんな気持ち……
「……おっとっと……そんなこと考えるのはあとでもいいや。
……そ、それじゃあ早速……」
変な方向に行った考えをすぐに現実へ引き戻し、目の前の白い箱に注視する。
……この中に、トリニティの生徒たちをああも変えてしまうほどのスイーツが……ご、ごくり。
今でも瞳を閉じればその裏で、あの光景を鮮明に思い出せる……
内戦とは違うけど、勢いだけなら向こうより上かもしれないあれを起こすような……
「ちょ、ちょっぴり怖いような……」
と口ずさんだ言葉は、お菓子に対して思う感想じゃない。
でもアレを見てしまってからおっかなびっくりと楽しさいっぱいの感情でぐちゃぐちゃだ。
ただ、漏れ出る香りだけでも美味しそうだと脳が主張してくる。
「……よぉし、たべるぞ〜……」
その箱を開けるのに何故か勇気を出してしまったのはおいておいて……
ゆっくり、手を箱に添えて……丁寧に、箱を開ける……
そこには………
「わ、わぁぁぁぁ〜〜〜…………!!!!」
輝いて見える大きいケーキが……!
さやわかでかつ濃厚な香りに、たくさんの人をお腹いっぱいにできそうなボリュームある大きさ。
柔らかそうなクリームと本体……す、すっごくおいしそうだよこれ!
「こここ、こんな凄そうなもの本当に食べていいのかな……!?
い、いいよね……!?ぼ、ボクちゃんとお店から買ったし……!!」
興奮が口から漏れる。
心の中で思うだけで十分なのに口に出さずにはいられない。
それほどまでに目の前のケーキに圧倒されたし、頭の中が食べたいに支配されていた。
よし食べよう。
すぐ食べよう。
今すぐに食べよう……!
心の中で思った時にはもう行動は早かった。
無意識に持っていたフォークを使って、一切れに切ったケーキをとって……
「……はむっ…………!!!!!!」
一気に、一口。
……う。
ううっ!!
こ、こ、こ、こ、これは…………!!!!
「ほっ、ほぉっ!!!ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
お、お、お、おいし〜〜〜〜い!!!!!!
とろとろと口の中でフワッと溶けるようななめらかなくちどけ……
柔らかい布団のように包み込んでくるふわふわ食感……
そして何より、やさしい味……!!
こ、こんなものがこの世にあったなんて信じられないよぉ……!!!
あんなことが起こってまでみんなが欲しがった理由が、食べるだけで存分に伝わってくる……
戦ってまで欲しいという気持ちが、ボクは今日初めてわかった……!
こ、こんな美味しいのならアズサさんや他のみんなにも分けて………
「あっ、ああっ、うわあああっ」
ああっ、止まらない!ケーキを食べる手が止まらないよぉ!!
体が、ボクの手が勝手にどんどんフォークを動かしてケーキをとって口の中にぃ!!
こんなのまるでケーキに美味しさって名前の暴力をふるわれてるみたいだぁ〜!!
「ほわぁぁ〜〜〜〜〜〜〜………………!!!!!」
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「ごちそうさまでした………」
まるで天にも昇るような気持ちのままつぶやいた頃にはケーキがなくなってました。
みんなごめんなさい。でもおいしかったです。
「ほふぅ……」
口から漏れる吐息が至福のひとときが終わった残念そうな、それでも満ち足りた気持ちを運ぶ。
今まで食べてきたおやつの中で一番美味しかった……
これに比べちゃったらアリウスで食べてたものが全部霞んじゃうよ……
こんなの経験したらもう戻れないよ……あのころに……
いや、戻る必要なんてどこにもないのかもしれないけど、そこにいるみんなを思ったら悪いことのように感じちゃって、どうにも気持ちが落ち着かない……
「もう一回買ったら、みんなにも……
でも、また自分で独り占めしちゃいそうだなぁ……」
あの美味しさで有頂天になってたボクは、きっと同じようになってしまうだろう。
そうならないために何かするべきかもだけど、それが実を結ぶイメージは湧かなかった。
「こんなのみんなにも分けてあげなくっちゃダメだよ〜……」
残念そうにふとつぶやいちゃって色々自分の心が混ざっちゃってる気がする。
持って行こうにもその前に全部食べちゃったら本末転倒だ……
しかし、あの味を知っちゃったらもう我慢なんてできそうもない。
「……うん、他の美味しいものもいっぱい集めて、それでなんとか」
ちょっと自分を誤魔化してるみたいで気分がよくないけどそれで納得しよう……
そして、みんながもしもお外に来るようなことがあれば……
「……ふぁぁぁ〜……」
……食べ終わったらあくびが出ちゃった……
それに、体がズンって重く感じて、瞼がうとうと閉じようとしてる……
眠たい……つかれた……
あの騒動に巻き込まれないように必死に動いてて、ケーキを食べて……
それで、緊張の糸が完全に切れちゃったみたい……
まるで重圧を感じるように体が……気がついたらベッドに向かってるし……
「むぇぇ」
こてん、とベッドに横になる。
その時に出てきたうめき声が、どこか気の抜けた自分を実感させてくる。
食べて寝て、過ごして……こんなにぐうたらしていていいのかなぁ……?
……いや、あんなに頑張った後だし……いいのか……いいんだ……
「すぴ〜……」
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とある少女が寝静まって数時間後。
部屋の扉が開き、同室の少女が戻ってきた。
「戻ったぞリエル。向こうから、また接触の話が………ん?」
戻って最速で、リエルに報告事項を話そうとして……ベッドで寝ている姿をすぐ見つける。
「なんだ、寝ているのか。起こして………………………」
重要な話なので、すぐに伝えようとして近づき……
眠っているリエルをみて、後でもいいかと思い直した。
何故なら……
「いつもよりも、いい顔で寝ている。……綺麗だな」
幸せそうに眠っているリエルを邪魔したくない、そう思ったから。
【ミラクル5000】
トリニティ総合学園の話でたびたび出てくる超人気スイーツ。
どんなお菓子かはあんまり描写がないけど大きいケーキという話は出てきていて、
あまりの人気にファンクラブや転売ヤーまでいるのだとか。
名前の元ネタは聖書にある聖人が5つのパンと二匹の魚で5000人の腹を満たしたという奇跡かららしい。
どうやったんだろうというツッコミは放棄しよう