強気な言葉も、震えて勢いがない。
威嚇していても、目の前の少女には“すごみ”がなかった。
そのことに、なんでかボクは和んでしまった。
「フーッ……フーッ……!!」
アズサさんとボクの元にやってきたピンクの子は、すごく警戒している様子でつかず離れずの距離を保ち続けている。
体が暑いのか、興奮した様子で息もずーっと荒いまんまだ。
まるでこっちを威嚇するように声を出しているような気もするけど、元々の雰囲気とかがあまり威圧感がないせいか、それともボクが思うような怖い存在とは全然違うというか……。
一言で片付けちゃうと、怖くはない、と思った。
むしろなんだか、そんな様子がとてもかわいいものに見えてしまう。
ただ、ずーっとこんなふうにされてしまったら、どうにも……誤解されてしまいそう。
その誤解が広まりでもしたら、潜入どころじゃない……
……一旦、しっかりとお話して誤魔化すのが、いいのかな。
「えーっと……いい、かな……」
「ヒュイッ‼︎……な、なにぃ!?」
……ふるふると怯えた視線が、どこか見覚えがあるように感じる。
この子のそれは、多分違うものなんだろうけど……
このような視線は、
『うるさい!!だまれ!!私にはなしかけるな!!!』
『どうせ、お前も一緒なんだろ……』
『……ほっといてよ……慰めなんかいらない……』
相手を信じられない視線。
何にも見えなくて、迷うような瞳。
ぜんぶに疲れて心を閉ざしちゃった子だって……
……正直なことを言うなら、見ていられなかった。
与えられる痛みに苦しんで、信じたくても信じられなくって……
その時にできたことなんて、みんなのケガをボクのよくわからない力で癒してあげることと、どうにかお話を聞いてもらうように、時間をかけて励ましてみるくらいしか、なかった。
当然、最初は聞いてくれない子もいっぱいいた。
『こんな場所に引きこもって、痛くなんてないくせに!!』
そう言われたこともあったっけ。
……痛くなくても、ボクは“いたい”とずっと思っていたけど……
たとえ“いたい”ことを伝えたとしても、きっと信じてもらえないと思ってた。
そんなだから、みんなの声を聞き続けて……ただ、受け止めるくらいが精一杯。
同じ“痛い”を体験できなくても、一緒にいることはできるから……
その“痛い”の気持ちを、受け止めるくらいは、やれるから。
一日でダメなら一週間、それでもダメならもっと長く。
これでもダメだったなら……いくらでも。
辛抱強く、長い時間をかけて……ちょっとずつ、みんなの“痛い”を溶かしていくの。
そんなことを続けて、初めて嫌がっていた子がお話をしてくれた時を、今でも覚えてる。
『……あんなことをいって、ごめんなさい。
……それと、ずっと私のこと治してくれて……ありがとう…‥』
ずっと、ガスマスクを外してくれなかった子が、素顔を見せてくれて。
たどたどしく、小さな声だったけど。
確かにボクに届けてくれたのが、嬉しいと思った。
みんなの助けに、なれているのかなって……確かに思えたから。
だから、みんなの時と同じように。
まずは、お話をしてくれるように……落ち着かせてあげよう。
「ええっと……あなたは、トリニティの生徒の子……で、いいんだよね……」
「な、なによ……わわっ、私は正義実行委員会の一員なの!不審な生徒を取り締まるのが…!」
「そうなんだ。うん、しっかりしてて、えらいね……」
この子は、どういうわけか気が動転してるみたいだから、最初はとりあえずほめてあげる。
今までやってきたことを振り返ってみると、この子は自分の仕事をしにきただけ。
どっちかというとヘンなのはボクたちだから、そこで言い争うのは、違う……
お話は、様子を見るところから始めるの。
相手の子が、ちゃんと声を聞いてくれるかどうか、見なくちゃいけないから。
「えっ?あっ、その、ありがと……じゃなくて!」
「うん、うん……今のボクたちの行動がへんに見えるのはわかってるよ……あなたの行動は正しいから……まず、落ち着こう……?ね……?」
うーん、真面目な子だなぁ、と感じる。
もともとそういう気持ちが強い子なのが伝わってくる。
いい子……こういう子なら、このまま落ち着いてもらえればなんとかなりそうかも……
「む、リエル……私は変なことなんて……」
「アズサさんは、いいから……そのまま、チェックしてて……」
アズサさんは、一旦マンホールのチェックに集中してもらおう……
この場ではどんなことを言ってもヘンに捉えられそうだし……
なんなら今でもずーっとズレてるような感じがしてるから……
「とっ、とにかくっ!!私の目の前で変なことするのは、ダメだからっ!!」
「うん、わかった……でも、まずは落ち着こう……
そんなふうに大声出しちゃったら……周りの人たちだって驚いちゃうだろうから……そうだ、少し息を整えよう?ね……?」
「ちょっと、私は……」
「……はい、息を吸って……」
「えっ、あっ……………うっ………スゥ~」
「……一瞬だけ止めて、吐いて……」
「……フゥー……」
……うん。ひとまず、やってくれた。
なら、ここからもう一回……大体の子はこれで、落ち着いてくれる……
「吸って……」
「スゥ~……」
「吐いて……」
「フゥー……」
……うん。さっきまでの気配が引っ込んでいってる。
これなら、ちゃんとボクの言葉を聞いてくれるはず。
「……大丈夫?落ち着いた?」
「……う、うん」
「なら、よかった……」
うん、本当によかった……
さっきまでのこの子は見るからに変だったから、もしかしたらボクたち以上に目立っちゃってたかもしれないし……
でも、それでいいのかも?
正義実現……なんとかっていうのは、多分目立っていた方がいいチームなんだろうし……アリウスでもスクワッドのみんなの前だと冷静になってたことも多かったから……
……でもそれは一旦置いといて。
せっかくお話ができるなら……
「……ええっと……ボクたち、今日からトリニティに通うことになった転入生なんだけど……ちょっと、道が合ってるか、不安で……あなたは、この辺り、詳しい……?」
「へ?」
少しだけ、案内してもらおう。
まっすぐいけば、いいのかもしれないけど……やっぱり、知っている誰かから聞くのが、とても早いと思った。
転入生なら、道なんて知らなくって当たり前だし、悪くないかなーって……
「転入生??……そ、そうなの?」
「うん……それで……ここからトリニティの本校舎ってどう行けばいいか……あなた、わかる……?」
「こ、ここから本校舎への道……なら、わかるけど……」
「うん……それじゃあ、ボクたちをそっちに連れてってほしいの……」
……この子は、いい子だって気がするから。
いっそお願いした方が、お話がスムーズに進むかな、と言葉を選ぶ……
あと、ボクたちのことと、この子のことを考えて……
「なんなら、あなたのお仕事のこと考えて、捕まえたってことにしていいから……」
「ん?……リエル、私は捕まる気とかは……」
「アズサさん……ちょっと静かにしてて……
……ボク、道に自信ないから……助けると思って……お願い……」
「え、え〜っと……う、う〜ん…………わ、わかった……とりあえず、ついてきて」
……よし、うまくいったみたい……
これで、怪しまれることなく本校舎まで行けるようになった……もう手遅れかもしれないけど……いけなくなるよりかは、ずっといい、はず。
「それじゃ……おねがい……ね?」
「う、うん……」
改めてお願いして、うなづいた時に見えた表情が赤かったのは……
ただ、照れてただけだと思う……たぶん。
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「……つぎ、こっち」
気を取り直して、ピンクの子の先導に身を委ねるように進んでいく。
さっきまでと違ってこの子の口数がとっても減ってしまっていることはがやけに気になっちゃうけど……今までにもこういう子は何度か見かけた。
こう、テンションが上がっちゃうとたくさん話しちゃうけど普段は口にするのが苦手、みたいな。
ボクも昔はこんな感じだったから……なんとなく気持ちがわかる。
言葉にするのが、なぜか恥ずかしい……話すのが、怖くなって口を閉じちゃう……
きっと、そういう気持ち。
だから、最初の声も、とっても勇気を出したのかな……?
そうだとしたら、すごいことだと思う。
ボクには、できなかったことだったから……
「……ねぇ、いいかな……?」
……そうこう考えてたら、もうちょっとこの子のことを知りたいなって思って。
ふと声をかけてしまっていた……
「……なに?」
「……ええっと……」
……さっきまでのやり取りと比べて随分そっけないように感じちゃう。
もともとお話に慣れていないことが改めて伝わってくるけど、あんまり気にせずゆっくりと聞いてあげた方がいい。
ゆっくり……自分で気になったことを聞いてあげるだけでいいんだ。
「正義実現委員会……ってところに、いるんだよね……?」
「……うん」
「そこって……怖いところだったり、するの……?」
「えっと。そんなことない、と思う」
短く簡潔な答え。
でも、自信を持った回答だったから、実際そうなんだろうということが伝わってくる。
『正義実現委員会』……どんな人がいるかはまだ想像がつかない……でも……
この子のようないい子が集まっているのなら、仲良くできるかな……?
……潜入してるボクが“仲良くしたい”だなんて、変かもしれないけど……
そうしない理由もないと思うし、何より……いい関係があった方が、怪しまれることもないと思うし……こうして捕まることもないんじゃ……
……でもアズサさんが心配になっちゃうのはなんでだろう?
アズサさんより弱いボクが、そう思うことが失礼かもしれないけど、入ってからも色々と変なことやり続けてたら、お仕置きされてしまうんじゃ……。
それで、『最後まで抵抗すべきだと思う』って言っちゃうのもあるし、銃撃戦になって……
う、ううん。
ダメ、あんまり後ろ向きに考えちゃいけない……
もっと、前を向いた考え方をしなくっちゃ……アズサさんのように……
あれ、でもそれでいいのかな……今でもあんな変なことになっちゃったのに……
「…………」
「あっ……」
……あ、いけない。
言葉を詰まらせちゃって、この子とお話してるのを忘れそうになっちゃった。
……忘れそうといえば、ずっと確認を忘れてることがあるような気がする。
一体なんだろう、と頭を巡らせてみたその時……
「ついた」
その一言と共に、ピンクの子が足を止めた。
一旦考えるのを止めて、上を見上げる。
「……すごい」
最初に出た感想は、それ以外なかった。
綺麗で、大きくて、どこか懐かしいような、でも初めて見る。
むこうじゃ校舎なんて、だいたい壊されていて形も残っていないものだったから。
……凄さに心を揺さぶられて、その場に立ち尽くす。
その様子を薄目に見て、つぶやくように声が聞こえてきた。
「送ったから、これで……」
「あっ……」
役目は終えたから、それでいいでしょ?という続きがなぜか聞こえる。
確かに、頼んだのはボクだけど……流石にいきなりすぎるんじゃ……
ああ、でもお話に慣れてない子達もこんな感じにすぐに切り上げちゃったっけ。
なら、無理に引き留めるのもしない方がいい……そう思う。
……あ、そうだ。
忘れてたことをふと思い出して、最後にもう一声をすぐに切り出す。
「ねぇ、お名前……聞いても、いいかな……?」
「ん………あっ!」
その言葉に、ピンクの子はすごくはっ!っとした表情になった。
そういえば、お互いに自分のことをほとんど話していなかった……特に、お名前なんてそれぞれ聞いてもいなかった。
ボクらは、今日初めて会ったからそれぞれのことなんて知らないのは当たり前。
これからも会うかもしれないから、せめて名前くらいは、教えあうのがいいんじゃないかって思った。
「……あっ。ボクの方から、先にお名前言った方が良かったね……ごめん……」
「えっ、いや……そんな謝ることじゃ……」
「……ボクは、雅舞 リエルっていいます……それで、あなたは……?」
「……ん。下江 コハル……」
下江コハル……うん、コハルちゃんだね……
心の中での呼び方をひっそりと決めて、しっかりとお名前を憶えていく。
「うん。コハルちゃん……これから、よろしくね……」
「……えっ、ええ……そっ、それじゃ私いくからっ!
今日みたいなこと、もうしちゃダメだからねっ!!」
「そうだね……送ってくれて、ありがとう」
「〜〜〜っ!!?……う、うぁ〜〜〜!!」
最後に感謝を述べたら、なんでかまた顔を赤くして……
ぴゅう、という音を鳴らしながら足早に立ち去ってしまった。
「……よくわからない奴だった」
「アズサさん……多分、コハルちゃんもアズサさんのことそう思ってるんじゃないかなぁ……」
「?……退路の確保は重要だろう」
「そっ、そうじゃなくってね……?」
でも、最後の姿は確かにボクもよくわかんなかった。
一体なんでまた顔を赤くしていたんだろう……
ゆっくり考えはしたけど……結局よくわからないままだった。
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「はっ、はぁっ、はあっ………!!
なっ、なんなのぉ、あの最後の微笑みぃ……!!
あんな姿、えっ、えっちすぎてぇ………!!
でっ、でも……話しやすかったなぁ……普段、あんなふうに声かけられたら黙っちゃうのに……スラスラ、言葉出せた……
……まっ、また……会えるかなぁ……?
こ、今度は……もっと、落ち着いた場所で……
その時は、エッチなんて口走らないように気をつけなくっちゃ……
……最初、つい抑えられずにぃ……あっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ…………………!!!」
【下江 コハル】
トリニティ総合学園一年生、正義実現委員会所属。
普段は押収品の管理の仕事をやっている。
えっちな想像力がやたらと豊かであり、関係ない言葉を脳内で変換してしまう癖がある。
登校中静かだったのはリエルのことをえっちと思い、裏で色々と考えてただけである。
後ほどある部活に実力で選抜されることになる。