アリウスに残された生徒たちとお姫さまについて。
少しだけ様子を見てみよう。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
人の気配ないボロボロの訓練室の中。
人目をまるで気にすることのないほどに大きいため息が部屋中に響く。
近くにグレネードランチャーを二丁、乱雑に放り投げて白の少女が仰向けに倒れる。
部屋の隅にはボロクズになったターゲットの的が複数。
当然彼女がやったことであるが……いつもの彼女なら存分に暴れ狂えばスッキリしていたのに。
まるで気が晴れず、もやもやした状態のままそこに転がっていた。
ゴロゴロ、ゴロゴロ。
右往左往に、床の硬さなど気にも留めず。
不満だ、という気持ちを隠そうともせずに、文字通り駄々を捏ねていた。
その理由は、単純明快。
「いつになったら会いに行っていいって許可でるのぉぉぉ〜〜〜???」
外出の許可が降りないこと、たったそれだけであった。
当然のことながら、白の少女とて無計画に目的なく外に出たいと言い出すことはない。
むしろやりたいことが明確にあって、それを今しちゃダメだと言われれば聞くくらいの理性はちゃんとある。
無論、堪え性が備わっていないのでいつまでも我慢できるタイプじゃない。
むしろ子供っぽさ全開の不満表現にとどまっているだけまだマシであった。
「全く、ヴィクも随分おとなしくなったもんだ」
「以前なら周り更地にしてるでしょうし。
アンタどうやったの?なんかの躾でもやったのかしら?」
「いいや、望みを言い当ててやっただけだっての」
「そ。……最もみんなそこは同じでしょうし」
駄々っ子を遠巻きに見守る二つの影。
紅の少女と蒼の少女がそれぞれ思い思いの姿勢でその場に座る。
あくまで白の少女への警戒を解く気のない紅と自然体の蒼。
ありようもそれぞれ、スタンスが表れている。
無論ここから癇癪的に暴れることも、両者ともに頭の片隅へおいているが。
「今の状況であの子に会いたがらない奴は一人もいないでしょ」
「だろうな。前にヒヨリがすごい睨まれてるのを見たぞ」
「ヒヨリは曲がりなりにもスクワッドだものねぇ。
そこで僻んじゃ姫様やサオリさんまでそういう目で見なきゃイーブンじゃないわよ」
「そりゃごもっとも……」
やれやれだ、と言いたげに肩をすくめる。
というのも、今のアリウスは意気消沈するものが大半を占めていた。
リエルの抜けた穴は本当に大きく、医務担当として考えてもマイナスが大きかった。
一応後任の生徒が3、4人体制で補充されてはいるもののどうにも全員身が入りきっていない上、どこか雰囲気が暗くなってしまってセルフケアでいいや、と思うものも増えた。
アリウスの訓練でやるものの中に自己処置、応急手当等の知識は組み込まれている。
だが、当然それは専門の知識には及ばないものだし、あくまで自分でできる範囲のものであるから、医務室で受けられるものに比べるべくもない。
そして根本の話。
リエルの“元気にする”力を目当てにやってくる子が多すぎた。
中には大した怪我も消耗もないのにこっそり受けてきた生徒までいた。
そりゃあ使う生徒も減るというものだ。
「それにしても、昔と随分変わった気がするわ……別の意味で」
「なんのこったよ」
「……ここに残ってる子たち、随分と……抜けたのが増えたというか」
「ん、ああそういう?……ま、常時張り詰めても疲れんだしいいんじゃねぇの」
また、その影響を受けて生徒たちのやる気が著しく下がっていた。
激しい訓練を受けた精鋭の中でも、軽いミスが起こったり。
休憩時に上の空になっている時が増えたりしていた。
これは、今までのアリウスを知る紅の少女からすれば信じがたい変化だ。
「……“マダム”の恐ろしさを、忘れたの?」
その一言を放り出すのに、少し時間がかかった。
周りに聞かれでもしたら大事なその発言……無論、周りに蒼の少女以外の者がいないなんてことはわかっているのだが。
「限度があったんだろ」
「限度ぉ……?」
「こえーって気持ちを持たせ続けた以上に別の気持ちが溜まっちまった。そんだけさ」
その発言に対する返答は実にあっけなかった。
返しの内容自体は蒼の少女の単なる予想でしかなかったが、説得力しかない。
だって、自分だってそうなんだし……
結成してからというもの訓練漬け、予想通りわがまま放題の白黒コンビに最初こそ目眩がした。
しかし日を追うごとに二人の動きは鎮静化……と思えば現状に対する不満を出し続ける始末。
それも外に出たいの一辺倒。
それを自分に言われても困る、とずーっと思いながらも同じ思いは自分にもある。
日を跨ぎ白の少女が喚いたり、黒の少女が不満げにじーっと見てたりするのを見るたびに、
大きくなっていくのを感じる。
もういっそのこと自己判断で行ってしまおうか……などという気の迷いまで出て──
ポンポン
「ぅひ……!?」
「うん?」
びっくりした。
急に小さく華奢な手を置かれて肩がびくんと跳ねた。
後ろに振り返ると、そこにはアリウスの姫が。
それに追い打ちをかけられて紅の少女の頭が完全にフリーズしてその場に静止した。
「……こりゃ姫様じゃないか。こんなとこに来てどうした?
サオリさんが一緒じゃないのも珍しいもんだが……」
隣にいたのが止まったのを気にせず応対する蒼の少女。
実際のところアリウスの姫たるアツコにこうして用があると言う感じに接されると大半のものは紅の少女と同じ反応をするだろうが、蒼の少女には特に関係のない話だった。
ちなみにアツコの肩たたきは少しいたずら精神が混じっていた。
片方の反応を見て内心大成功と仮面の下を微笑ませていたのはここだけの話だ。
「…………(ススッ」
「ん、命令……ああ、やっとなんかするのか」
「……(ペラ」
「内容はこれだと」
気を取り直し、手話で用事を伝える。
できるだけ簡単なものを活用して、簡潔に伝えた後に本命を渡す。
命令の書かれた紙を。
「………ふんふん………………………………………………へぇ?」
渡されたものに一通り目を通した蒼の少女の目元がおもしろそうに微笑んだ。
「了解した、すぐに全員で動く……あんたにゃ感謝しないとな、姫様?」
その後、すぐにアツコへ頭を下げて。
白の少女の方へ素早く足を運んだ。
「……あっ、ちょ、待ちなさいっ、待ちなさいってばぁ!!」
その様子をただ固まって見ていた紅の少女もその背中をすぐに追う。
もう一度ハッとして振り向き、アツコに深々と頭を下げた後で。
普段はピリピリした様子の少女が見せたその姿にアリウスの姫はすこし微笑ましいと思った。
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四匹の馬と名付けられた部隊の出発を見届けるアリウスの姫。
消沈していた白の少女も舞い上がる様にぴょこぴょことはしゃいでいる姿が、可愛いと思う。
「ここにいたのか」
「!」
見守る最中に後ろから聞き慣れた声がする。
凛々しい目つきに長身の少女……スクワッドのリーダー、錠前サオリ。
頼れるリーダー……ではあるが、最近疲れている姿をよく見ると姫は思う。
「そろそろ就寝時間にはいる。
姫も、あまり長く起きずすぐに眠ってくれ……明日に響くぞ」
「(サオリこそ、最近目をよく擦っているよね。ちゃんと寝れてるの?)ススッ」
「……問題ない。」
「(ほんとに?)スッ」
「…………本当だ」
あ、目を逸らした。多分大丈夫に見せたいんだね。
長い付き合いだから、それくらいすぐにわかる。
姫にとっては、サオリの心内なんて読みやすいにも程があった。
元々無理をしやすいタイプだし、責任感が強すぎるのもありなおさら加速している。
「問題はないから……そろそろ」
「……(プニ」
「む、ひ、姫???」
話を切り上げようとするサオリの頬をつつく。
呆気に取られて一歩後ろに下がってしまったが、すぐに持ち直して姫の手を取った。
少し頬が赤くなっている姿にどんどん心の体力が回復していくのを姫が感じている。
「……そ、そういうことはみんなの前ではしないでくれ……」
「……(カポッ」
「あっ」
「ふふっ」
取られた手と反対の方で仮面をとって微笑みを見せる。
こうすれば驚いてくれると確信しているのもあるが、
今までの姿で緩んでしまった自分の顔をどうしてもサオリに見せたかったから。
「さ、早く連れてって」
「ひ、姫……仮面、仮面を」
「すぐつけるよ」
「あ、ああ」
いたずら大成功、と言いたげな表情を見たサオリは深くため息をつく。
いつもと違う姫の姿にもうさっきから心が揺れ動かされ続けて内心大変になっていた。
周りに誰かいたら大事だとか、なんで頬突かれたのとか、笑顔久々に見たとか。
もう思考が巡り続け脳内キャパシティが爆発寸前だ。
そして姫も、張り詰め続けていたサオリの緊張が無くなっていくのを感じてホッとする。
やっぱり無理をしていたんだな、とわかる。
今近くに誰もいないと分かった上で存分にやったが、後悔は不思議とない。
むしろ見られていいやくらいの気楽さが姫にはあった。
「さ、さぁ戻ろう」
「(コクリ)」
精神を持ち直す余裕もないがやるべきことをやらなくては。
動揺しても責任感と精神力は一流である彼女は、しっかりと姫をエスコートする。
途中つまづいてバランスを崩したものの、仕事に不備はない……と思う。
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「あ〜……」
「なんだよ、そんな間抜けな表情してさ」
「えー、それキミがいうー?今日の訓練で頭から……」
「その話はやめて、顔が赤くなっちゃう」
ここはアリウスの少女たちが就寝時間を過ごす部屋。
各部隊ごとに区画分けされ、最低限の寝床と明かりくらいしかものがない殺風景な場所だ。
今日も訓練で疲労を溜めた少女たちがすやすやと寝息を立てていたが、
そのうちの一つの部屋にて過ごすものたちは全員眠気がなく起きていた。
彼女らは疲れているというか、くたびれていた。
というのも、ここにいる少女らは全て医務室活用の常連的存在であったのだが、
その部屋の主人がアリウスから出てしまって以降、訓練に身が入らないわ飯時も味気ないわで日々鬱屈した気持ちを溜め続けていた。
教官や隊長を前にしてもそれが露骨に前に出ているし、そのせいで仕置きを受けても上の空。
しかも『あ、お仕置きされてるー』と他人事に感じる始末。
痛いは痛いが、それが別に何か……という、自分達の気持ちが鈍っているのを感じている。
「虚しい虚しくない、って気持ちかなこれ」
「うーん……違うなぁ、なんだかつまんない……って感じだ」
「そんなの教官たちに聞かれちゃったら大変だよ?」
「あ〜……もう別に良くない?そんなの今更だよ……」
現状の不満は漏れ出したら止まらない。
今まで恐怖と訓練で縛っていたものが重要ピースの欠落によって漏れ出ている。
こんなこといつまでつづければいいんだ……という気持ちが。
無論、“マダム”の目的のためであるのは分かっている。
“トリニティ総合学園への怒りや恨み“という気持ちも、かつては自分達に満ちていた。
それを原動力に、日々の生活を耐えて耐えて耐え続けた。
だが。
恨み続けるというのは、一言で言えば……疲れるのだ。
理由もなく怒るというのは、長続きしないのだ。
それでも、医務室の少女……リエルがいたからなんとか耐えられた。
彼女に癒してもらったから、助けてもらったから……歯を食いしばって日々に耐えた。
そして、取り上げられたらあっさり限界を迎えた。
日々の楽しみを奪われて、今までの生活を続けるなんて到底できっこなかった。
「……おそといきたいなぁ」
ふと、部屋にいる一人がつぶやく。
ずっと押さえ込んでいた本音に近かったものがポロリと溢れる。
「おいしいものたべたい、おみずのみたい、太陽の光浴びておひるねしたい。
……おそとでたい、おそとでたいおそとでたい!」
そこから自分の心にあった防波堤が決壊していく。
みんなに合わせて押さえ込んでいた本心がとめどなく溢れ出す。
一度漏れたからもういいやという諦観故か、もう止まらない。
「……それは……」
「きもちは、わかる、けど……」
「……うん」
他のメンバーは否定すべきだったのかもしれない。
だが、その言葉に共感を持ってしまったら止めようがない。
みんな思ってる。
みんな我慢してる。
……みんな、必死に……
溢れた本音を垂れ流し続け、疲れからやっと止まった時。
彼女は寝息を立てて眠っていた。
そんな様子を他の少女たちはなんとも言えない気持ちで眺めている。
そしてさらにその奥。
部屋の扉の前にいたアリウスの姫は。
その様子を聞き届けて、閃いたといった表情を浮かべていた。
当然、それを見たものはいない。
姫の表情は、仮面の下に隠れて見えなかったから。
【錠前 サオリ】
アリウス全体の生徒たちから頼られるスクワッドのリーダー。
特に教えることや疑問を答えることに関しては本当に真摯にする様心がけている。
その姿はまるで【先生】のようだと、アツコは思う。
なお、割とおっちょこちょいな一面もあると姫は語るが本人はあまり自覚していない。