そんな彼女のことを、見てほしい。
姫さまからのお願い……引き出したい本音って、一体なんだろう。
──最近、
日々の訓練と流れていく状況に脳を洗われて、いつしか心から抜け落ちてしまった記憶。
まだ、水面下での作戦が始まるずっと前……内戦の傷が癒えきらない訓練時代のこと。
ある日、私は教官に意見したことがある。
自分と同じか、それより下の歳のものが強烈な『指導』を受けていたのを見かけた。
『指導』を受けた者は。どれだけ打ちのめされても一歳心を迷わせず自分の意思を強く持っていたのを、よく覚えている。
だが、その姿をよく思わない教官の『指導』は勢いを増して、挙句にはヘイローの破壊にまで到達するところだった。もし破壊されてしまえば、彼女の息はない。
……それを止める為に、彼女を預かった。
当時の私には自信があった。
ヒヨリもミサキも……姫……アツコも、アリウスの教官が課す訓練を突破できるだけの力量をつけるほどに教えてきた経験もあって。
なにより、その強い瞳を……意思をなくすようなことは、ダメだと感じたから。
だが、その行為は教官を含めた当時の幹部達には疎ましく思われたのだろう。
……あの後、私は大きなミスを犯し……『再教育』のためだと牢屋に放り込まれた。
全ては虚しいものだろうと。
所詮全てに意味などありはしないと。
終わらない苦痛に苛まれ、心身共に追い込まれて。
誰もいない虚空に許しを乞い続けた。
私が間違っていました。
二度と、反抗しません。
将来に希望など持ちません。
二度と、幸福なんて望みません。
祈りません。
だから……どうか──
『……ちがうよ……』
……私の言葉を遮る、温かい声。
いつしか隣にいた彼女が、寄り添うように私の体を支え続ける。
『……ボクは……サオリさんが……間違ってるって……思わない……』
抑揚のない、感情の乗っていないような。
でも、確かな意思で破壊された私の心を繋ぎ止める。
なぜ、彼女がここに……いや、これも思い出した……
『再教育』によって痛めつけられた私の身体を処置する為に、連れてこられた……
本来の役割から強引に連れ出して、処置が終わるまで同じ牢に入っていろと……
たしか、そんな言葉を言っていた……気がする。
『ボクは……こんなの、違うと思う……』
「……リエ、ル……」
『追い詰めて、傷つけて……こんなことを続ける方が……間違ってる……
でも、勇気がなくて……大きい声で言えない……ボクは、こわい……
マダムも……アリウスも……』
「……」
『……だけど……サオリさんは、間違ってなんか……』
でも、あの日の彼女の言葉にどれほど救われたか……はっきりと思い出せる。
今でも両足で立って、歯を食いしばり生きていられたのは……
だが、日に日にその目から光を失っていく彼女の姿が、辛くて。
暗く、澱んだ闇のような瞳へと堕ちていく様子をただ見ることしかできない無力さ、
そして立ち直ったあとにも続けられた『教育』に埋もれ。
いつしか、忘れ去ってしまった。
思えば、私は彼女に何もしてあげることができなかった。
助けようとしたところで、出来ることはないと思い込んで。
自分のことで精一杯だったのもあり、半ば放置するような形となった。
今行っている任務も、本来はアズサ単独で向かうはずだったもの……
後からリエルの増員も決定したが、反対することはできなかった。
彼女の担当は後方支援であり、潜入などはなから向いていないとわかっていながら……
反抗という発想がもう消え失せてしまった自分はただ決定に従った。
彼女の背中を見送った時、これが最後の別れになるかもしれないと思っていた。
行き先は敵地……もしバレてしまった時はその身が無事である保証などない。
少しでも怪しまれたら、その時点でおしまいかもしれない……
その時ほど、私は自分の無力さと虚しさを感じずにはいられなかった。
だが、しかし。
当の彼女は……
「……リエル?? その、何をしているんだ……???」
「あ、サオリさん。待ってたよ。
……いま、サオリさんの為にご飯を用意してたんだ」
「……んん……??」
すっかり自らに纏わりついていた暗いものを祓って。
その瞳の輝きを強く持ちながら……私の前に現れた。
一体、彼女に何があったのかとてつもなく気になったが……
用意された食事の香しさに、感じた空腹の方が強く頭を支配していた。
---
「……」
「どう、おいしい?」
「あ、ああ……これは、うまいな……」
「……よかった」
用意したカレーを黙々と食べてた様子からどうにも邪魔しにくくって静かに見てたけど、やっぱり気になってついつい聞いちゃった。
いい返事だからよかったけど……うーん、なんだか緊張するなぁ……
そういえば、マスクをとったサオリさんは久しぶりに見たね。
流石にあのマスクをつけたまま食事は取れないから、流石にね。
あー、でも姫さまの衝撃が強いのと一回は見たことあるから強いショックとかは……
「リエル」
「……ん、はい」
「言うのが遅れたが……久しぶりだな。元気に、していたか?」
「うん。ボクも、トリニティの中でなんとかやっていけてる」
「……そうか」
……でも、そんなサオリさんの横顔からはどこか疲れを感じた。
顔色自体はすごくいい。なんなら、ボクがアリウスから出る時よりずっと。
ただ、精神……心の疲れまでは取れてないって感じだ。
確かにサオリさんって結構色々やってる人だから、その辺の方がきつそう。
「ところで、私が来るよりずっと早く来ていたようだが……アズサはどうしたんだ?」
「アズサさん?
えーと、今はおんなじ拠点使っていないし、やることもあるから遅れるって」
「遅れる……あいつらしくないが……同じ拠点じゃない?
確か、向こうから用意された拠点は一箇所だけのはずだが……」
「うん、合宿をすることになってね」
「がっしゅく???」
……ただ、お話をしてる中でどんどん見たことのない表情をしてる。
驚いたり、疑問に思ったり……そういう姿見たことなかったからかな。
でも、ボクはサオリさんがそういう姿を見せる方が何故かしっくりくる。
多分、こっちの姿が本当のものだったりして?
「……まぁ、アズサなら問題なくここまで来れるだろう。
その、何故がっしゅく?というものをすることになったのかは分からないが」
「うん、怪しまれるとかそういうのは…………」
「……目が泳いでいるが」
「あ、あはは〜」
「ど、どうしたその含み笑いは? 大丈夫なんだよな??」
……もしここで。
“アズサさんはボクよりとんでもなく目立ってます”なんて言ったらどう反応するんだろう。
ちょっと気になっちゃう。
でもそういう魔が刺すようなことはやめておこう。
アズサさんの落ち度は……たぶんない、筈だから。
……ないよね?
流石に別行動中のあれこれを把握するのは無理だし、そういうことで。
「それにしてもリエル。少し変わったか?」
「え?」
「……ああ、悪い意味で聞いたとか、そういうのじゃない。
ただ……最後に会った時よりも元気そうに見えたから」
「あー、そう見えるのかな。
ボクもサオリさんが今は元気に見えるけど……」
「そうだろうか」
そう思えるほど、ボクが持つサオリさんへの印象は変わっている。
今まで見てきたサオリさんは、ずっと冷たい視線を人に向けていた。
そんなことしなくてもいい筈なのに、まるでみんなのことを監視してるみたいだった。
それが今ではすっかり収まって、他の子とおんなじ視線になったように思う。
あ、でもなんだかアズサさんと目元が似てる気がする。
隣に立ってるとなんだかそっくりさんに見えちゃうかもしれない。
容姿は全く違うのに、なんでそう思うのかは……分からないけど。
ボク的には、たぶん根っこの部分が似てるんじゃないかなーとか思ったりして。
「……それで。どうなんだ。トリニティの様子は……
いつもはアズサから聞いていたが、人が変われば見方もまた変わるだろう」
「うん。……えーと、何から話そうかな」
「……いや、話したいものからでも私は構わないぞ?」
「ん、そうなんだ。 うーん、それじゃ……
みんなの助けになりそうな場所のことから……お買い物できる場所から?」
「買い物?」
アリウスにはない考え方だけど、実際大事だよ。買い物。
お金を使って揃えられるなら、手間暇かけて探すよりずっと効率がいいし……
何よりその間に争いとかそういうのはない。
たまに一つしかない売り物を奪い合う姿を見ることもあるけどそれはそれ。
物を集めるために危険を犯すことがないなら、そのほうがずっといい。
あ、お金といえばボクとアズサさんが使える資金はたくさん用意されてたけど……
確か“独自のルート”で用意されてるとかそんな話をどこかで聞いたっけ。
それがなんなのかはまぁ気にしないけど……ボクたちそれで暮らしてるんだし。
いつかは自分で用意する必要もありそう。そのためにできることも探さなくちゃ。
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目の前にいる活力に満ちている少女が、自分の知っている少女とまるで別人に見えている。
少なくとも、リエルはかつて見た姿とはまるで異なる状態であるのは間違いない。
この瞬間でさえも、私の前でにこやかに笑顔を見せている。
……アリウスにいた頃は私と出会うたびにどこかビクビクしていたような。
ずっと怯えているような仕草をしていたように思えたのに。
トリニティの様子を話す時も……
「それで、正義実現委員会ってところにいるツルギっていう人がとんでもないみたいで。
小耳に挟んだお話だけでも、逃げる車を瞬きする間に壊しちゃったなんてことがね?
しかもその日に怪我もしたのに、帰る頃には治ってたって」
「それは……本当に同じ“生徒”なのか? 兵器の間違いじゃないのか??」
「いやいや、そんなことないよ?
確かに在籍している生徒みたいだし、情報の裏も取れているから」
「にわかには信じ難いな……」
なんの物怖じもせず、ありのままの状態で話している。
私のことがどうとか、そういうのは一旦置いて……やりたいように。
ただ、その姿を知らないはずの私でも今のリエルの方がやたらとしっくりくる。
そんな様子を見て、一人胸の奥で納得した。
たぶん、こちらの姿が本来の……雅舞リエルという少女の本来の状態だと。
暗く俯いた表情よりも、眩しく……それでいて優しく輝く姿が。
しかし、だからと言って今まで見てきた姿が偽りなのか?
それもまた、違うのだと思う。
あの姿は……おそらく、防具を纏っていたようなものなんだろうか。
かつて言ったように、“マダム”やアリウスを恐れて、自然と身につけてしまった。
……だが、こちらの方が彼女らしいと思った。
何かを押し殺すような姿よりも、解放されたような今の方がずっと。
それを理解したからか……心のどこかで安堵が生まれる。
かつて見た、優しく、暖かな彼女は決していなくなって訳じゃなかった。
ただ眠り、そして目覚めた……それだけのことだ。
「……あ、おかわりする?」
「あるのか?」
「あるよ。今日ばっかりは、持ってきたのは全部サオリさんのもの」
「そ、そうか……いや、しかし」
「しかしもない。自分を蔑ろにしちゃいけないよ」
……気がつけば、自分の手に持つ容器が空になっていた。
話を聞きながらのんびり食べていたはずなのに、いきなり全部なくなってしまったような衝撃を受けた。そんなに食べるのが早かったのだろうか?
戻れば腹を空かせた……
リエルの手により多少はマシになったものの、それでも満足に食べれているとは言えない他のみんなもいるのに私だけ食べるのは気が引けるが……
戻ったら戻ったで最近は姫もなかなか口に出してくる。
『サッちゃん最後にご飯食べたのいつだっけ?』
と、手話で堂々と聞いてくる。
仮面の奥からとんでもないプレッシャーを感じながら……
……姫もいつの間にあんな風に振る舞うようになったんだろうか……?
一応補給はしているが、そんなに食を蔑ろにしているように見えるのだろうか。
少し反省した方がいいのかもしれない。
「はい、どうぞ」
「ああ」
元の器にお代わりが盛られた。
先ほど同様に、鼻の奥の方までいい匂いがガツンとやってくるようだ。
スプーンを使い、口に飯を運ぶ。
それだけで今まで感じたことのない味の暴力がやってくる。
食べやすい上に程よい辛さが肉体を刺激して。
冷え込んだ体に熱を吹き込んでいく。
少ししたら体温がどんどん上がって……軽い冷えならなんてことないと思える。
「うまい」
ふとしたつぶやきが、彼女の表情を明るいものにしていく。
……こんな時でも、自分より周りのものが喜ぶ姿を見る方が嬉しい、か。
今、はっきりと確信した。
雅舞リエルという少女は、心を虚無に沈めても全く変わっていなかった。
どれだけ沈んだとしても、彼女はあの日優しい声をかけてくれた時のままだったんだと。
……ただ。
その事実に、救われると共に。
妙な引っ掛かりを感じた。
なんでかはわからないが、彼女がトリニティに入ってから今までのことで。
どこかおかしい報告があったように思えた。
それはどこだ。
すぐに、思考を巡らせる。
リエルとアズサの共同潜入──入学試験──転入──
聖園ミカの手引き──接触命令──百合園セイア──
「……!!!」
そう、だ。
……私は、今まで、何故。
そんな簡単なことに気がつかなかったんだ。
目の前にいる彼女が変わらないままならば、そのようなことを許すわけがない。
ましてや、それを同時に知ったのなら彼女は間違いなく止めたはず。
なのに、報告ではただ『成功した』の一点張り……
だとすれば。
咎を背負っていないのだとすれば。
……まだ、私の奥底にあるものは途絶えていない
「……リエル。」
「……サオリさん?」
希望を込めて、私は。
「お前は、アズサは。……本当に、百合園セイアを、殺したのか?」
彼女に、問いかける。
【錠前 サオリ(2)】
アリウスによる『教育』を施されているものの、根っこはかなりの激情型。
それ故に染まりきった後でも感情が揺れると『教育の成果』を保てなくなっていく。
全ては虚しい──じゃあ、今感じているこの気持ちは?
……呪いが解けるきっかけは、ふとした瞬間に。