ティーパーティー執務室の中にて。
ある意味一番頑張っている女の子に、悲劇が……
かち、かち、かち、かち。
部屋に備え付けてある時計の針の音が大きく感じるくらいに静まり返った夜遅く。
ティーパーティーの桐藤ナギサは、頭を抑えながら白紙の紙と睨めっこをしていた。
「ナギサ様……もうそろそろご就寝のお時間ですが……」
「……今は、まだ眠気が来ていないのです。心配には及びません」
「しかし、最近いつご就寝なされているかわからないと他の配下の者が仰っています。
あまり根を詰めず、ご自愛なされた方が良いのでは……」
「私は大丈夫です。……今は一人になりたいので、一旦下がって頂けますか?」
「は、はぁ……」
とても不安そうな瞳を見せ、心配そうな様子の側近を下げる。
……どうせ最近は寝ようと思ってもなかなか寝付けない。
ならば今はできること……というより懸念を消して心配の種を潰した方がいい。
「では何かあれば……すぐにお声がけを」
「はい」
返事をするのにも顔を見ない。
この辺りも今ある精神力を少しでも無駄にしないための懸命な行為……
失礼だとは思っているが、正直そんなことを気にする余裕が、彼女にはなかった。
「……ん……」
近くにあったティーカップを手に取り、口につける。
飲む暇もなかったからか、少し冷めてしまっているが……それでも一服するにはちょうどいい。熱すぎる紅茶は仕事中に飲むには厳しい。
このくらいが、仕事を遮らずに頭を落ち着かせてくれる。
「できればロールケーキも欲しいところですが」
普段口にする甘味も最後に頂いたのはいつか忘れそうになる。
というか、まとまった休憩時間を取る暇があったかどうかも怪しい。
これでは体が保たない……そう思われても仕方ありませんね、と自己分析する。
「しかし……この条約の成立を邪魔されるわけにはいかないのです」
ふぁさり、と手に持った複数の書類が音を立てて置かれる。
その大半はエデン条約調印のための下準備……経過報告のもの。
しかし、一番上と二番目の紙はナギサのメモ書きであった。
その内容とはずばり。
『裏切り者は誰か』。
その考察について彼女の私見混じりの走り書きである。
「必ず……必ずいるはずなのです。
この学校内に、エデン条約の調印を阻む不届者が……
しかし、セイアさんを襲った犯人はいまだに尻尾さえ……」
ぶつぶつと独り言を口にしながら思考に耽る。
改めてメモ書きを見返し、大きく書かれた『補習授業部』の文字を目にした。
……桐藤ナギサの一声により設立された部活。
無論、所属者はそれぞれ補修を受ける理由のある生徒達ではあったのだが。
それとは別の、本当の設立目的があったのだ。
すなわち、それは。
『百合園セイア襲撃の容疑者を一カ所に集めること』、そして『犯人を特定し処分』するための。
そのために設置された都合のいい『箱』だった。
「無論、穏便にことが運ぶのが一番ですが……
命に別状がなかったとしても、トリニティ総合学園をあずかる一人としてセイアさんの襲撃犯を罰せず許すなど、あってはいけない。
どのような事情があるにせよ、必ず見つけなくては……」
自分の設置した『箱』の名簿を眺めながらぶつぶつと一人、つぶやく。
しかし目の下に少々隈を作っているほど、見るからに蓄積した疲労はナギサの精神力を削り、頭を蝕み始めている。
穏便に済ませたいと口にすれど、思考は徐々に過激な方向へ寄っていく。
……もし、見つからなかったら『箱』の中身を丸ごと捨てて……
「っ……落ち着け、落ち着くのです桐藤ナギサ……
まだ、まだです。それは最後の手段……しかも事件の全てが闇に葬られてしまう可能性がある……最悪には至っていません。焦っては、いけない……」
……頭の中が魔に刺される前に、必死に自分へ言い聞かせて正気を保つ。
追い詰められているわけでもないのに、どんどん余裕を失っては判断を誤る。
それだけは、してはならない。
襲われ倒れたセイアの意識は未だ戻らないが、問題はない。
ただ、次に襲撃を受けるのは自分か……ミカかもしれない。
その事実が重くのしかかり、気持ちを揺さぶられているのも事実。
その上、現状はこうなのではないか程度の情報ばかりで確信が持てない。
それもまた自分が焦りを感じている証拠なのではないかと思い至った。
「……現状ある情報で整理してみましょうか」
なら、現状分析が一番だろう。
そういう考えで口にした一言が、疲れて鈍る頭によく反響する。
そうだ。
今は情報が錯綜しすぎている、これではこんがらがって当然じゃないか。
……ここは一つ、容疑者候補……いいや、『補習授業部のメンバー』について。
集まった情報を分解しながら一人ずつ確認しよう。
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かりかり、とペンの音が走る。
あれだけ焦燥感に駆られ、明後日の方向へ向かおうとしていた思考がどんどんクリアになっていき、分析が捗っていく。
それは今まで自分が全く冷静じゃなかった証明でもあったが、桐藤ナギサはそれを事実として捉えて、深く反省することにした。
手元に作られた『補習授業部』に関する考察も、今まで頭の中にぐちゃぐちゃのまま雑多に混ぜられたものより遥かに見やすく分かりやすく……と言ったものになり。
これからを考えていく材料として非常にいいものが出来上がった。
「問題はここからですね……」
しかし、本番はここから。
これからこの纏まりつつも限られた情報の中で、真実を暴かなくてはならない。
条約の調印式もまだ遠くとはいえ、日々迫る現状では、少しでも懸念材料は減らしてしまわないといけない。
さぁ、考察を続けよう。
そう決心したナギサは、真っ先に名前を書かれた生徒の情報を閲覧する。
『下江コハル』
正義実現委員会所属、一年生。
補習授業部結成前は没収品を保管する一室の管理を任されていた。
補習授業部への編入理由、飛び級制度を申請するための公式試験を3回失格の後、通常試験でも赤点による失格……
はっきり断言するが。
コハルは、完全な白……補習が必要だから入れられただけである。
無論それだけが理由ではなく、エデン条約調印においての懸念である、正義実現委員会の反ゲヘナ筆頭━━副委員長・羽川ハスミに対する禊としての役割もあるが。
ぶっちゃけた話、それが理由でなくともコハルは補習授業部へ入れられることが決まっていた。
また、他の面々の補修授業部入りの理由は何かと変わり種が多く。
その中で真っ当にテストの点が悪かった彼女の存在は。
身も蓋もない言い方をすると、とてもちょうどいい存在だったのである。
なので、実は補修授業部が成立した時点でコハルの役目は終わっている。
『箱』が成立した時点で、実は所属していなくても構わないのだ。
「まぁ、それはそれとして補習は避けられませんが……」
……それは、なんてことのない無情な現実であった。
お勉強はしっかりしようね。
では、次のメンバー……
「彼女はいまいち、よくわかりません……」
『浦和ハナコ』
加入前は部活には未所属、二年生。
トリニティの元才媛……いや、恐らく今でもその気になれば才媛になれる大物。
学内のほぼ全ての派閥グループにスカウトされたこともあるが、全て断っている。
補習授業部への編入理由は、日々のテストの点数不足……なのだが。
その点数そのものが怪しいというか。
才媛と呼ばれた彼女は唐突に1点だの2点だのとあり得ない点数を叩き出し始めた。
元々100点満点の連続取得記録保持者が、である。
不審に思ったナギサが秘密裏に回答用紙を回収して確認したところ……
そこには問題一つ解いた以外は白紙の解答用紙があったのだ。
それを知ったナギサは、さらに意味不明という気持ちに包まれた。
わかるものは、彼女が明らかな手抜きをしてることだけ……まるでわけがわからなかった。
しかも、畳み掛けるようにハナコは人前で奇行に走るようになってしまい。
スカウト合戦が起こっていたのがなんだったのやら、今となっては腫れ物扱いとなり、
誰一人としてかつてのように近づくことは無くなった。
「……もしや、それが目的……? いえ、だとしてもなぜ……?」
ふと、この状況自体が彼女の狙いであるという可能性が頭によぎる。
しかし、それは彼女にとってメリットがなさすぎるように思えた。
何故なら、彼女がそれをやり通した先に待つものは、退学……
学校の庇護を失い、学区内にはいられなくなる……
そうなってしまってやっていける生徒などほとんどいない。
自ら望んでそうなるなんて、ナギサからすればありえない話だった。
「……白に近いですが、グレーですかね」
だが、今は容疑者探しの推理中……彼女の目的は、一旦後回し。
……ただ、彼女の行動には一見したところ一貫性はなく、ただ雑多に奇行を繰り返しているだけに思えてならない。それに、彼女は学内そのものを脅かす野心が、低いように思える。
それに確か、ハナコはセイアと個人的に友好関係があると聞いたことがある。
どれほど深いかまではわからないが、彼女がわざわざ交友のある人を害するだろうか……?
人となりが不透明故断言は難しいが……恐らく、彼女は違うとナギサは思った。
しかし彼女ほどの人物ならその内心で恐ろしい企みがあっても驚かない……が。
そこまでいけば最早、誇大妄想の領域に達する。
考えすぎはよくないだろう。
……なんだか一人分考えただけなのにボリューム満点だったな……
とか思いつつ、次の人物に目を運んだ。
「……彼女だけは、ないと信じたいのですが」
『阿慈谷ヒフミ』
加入前は帰宅部、二年生。
外見では大きな特徴もない普通の少女、と彼女は自分で評価する。
そんなまっすぐな彼女だからこそ、心惹かれ──度々ナギサは彼女をティーパーティーの一室へと通し、何かあれば頼ってもいいと言ったこともある。
補習授業部への加入理由は大事な試験に参加しなかったから……
それは、日々真面目に学業へ勤しむ彼女からは考えられない理由であった。
今でも何故ヒフミが唐突に試験をすっぽかしたのか、ナギサは今でもわかっていない。
しかも、最近になって彼女に奇妙な噂が立ち始めているのも気になった。
時折学区を抜け出し、集会に参加しているとか。
ブラックマーケットの奥地にてヒフミらしき人影を目撃したとか。
挙げ句の果てにはヒフミによく似た人物が不審な集団を率いて犯罪行為に走っていたなどという、にわかには信じられない噂まで飛び出す始末。
しかし、一度飛び出た噂が実在する以上、怪しむ対象に含まれるべきだとも思う。
もしかしたら気に入っている彼女が、という可能性も捨てきれない。
なのでナギサは本当は追い出すなんてとんでもない……という自分の本心を押し殺しつつ、万が一の時のために彼女も『箱』へと押し込んだ。
ただ、こうしてまとめてみると。
今回の百合園セイア襲撃は、あくまでトリニティ内部で完結している事件であり。
ヒフミが噂されているのは、ほとんどトリニティ学外での話。
そういう見方をすれば、わざわざ内部でおかしな行動をしている噂がないのなら。
彼女が犯人という路線は、薄いようにも思える。
……当然、自分のえこひいきが混じっている考えであることは否定できないが。
「……やはり、一番怪しいのは彼女ですね」
他3人をまとめ、最後の一人に目を運ぶ。
『白洲アズサ』
トリニティ総合学園に突如入った転校生、二年生。
過去の経歴は一切不明、ナギサが配下に調べさせても何一つ情報なし。
もう、この時点で怪しすぎる。
しかも以前、補習授業部の結成前に正義実現委員会と諍いを起こし、そこで大人数の怪我人を出しているところから見ても、腕の立つ戦闘者であることも間違いない。
補習授業部の加入理由は転入してから一度も合格点を取っていないから。
しかもその答案も色々変な部分が見られ、ぐちゃぐちゃに文字が書かれているだけの答案用紙が提出されるということもあったそうな。
他のメンバーには白いと思える要素は多々ある。
しかし、アズサに限ってその要素はなく、むしろあちこちから黒いと確信できるような。
そう、わかりやすいほどに怪しいのだ。
だが……
「……どうにも、引っかかるんですよね……」
怪しすぎて、むしろおかしかった。
転校生であることは言うに及ばず、過去の経歴がわからないというのが。
もし彼女がセイア襲撃をしたと仮定しても。
まるでそのためだけに入学させているかのような……
しかも、日々の様子から考えてもゲヘナやトリニティに対する思想が薄いというか。
彼女個人に、エデン条約に対する感情が見当たらないのだ。
「……もしや、彼女は……ただの、鉄砲玉?」
そこから浮き上がる可能性。
彼女はただの実行犯に過ぎず、もっと大きな黒幕がいる……
エデン条約を阻止したい大きな勢力が、彼女を操って……
「しかし、そうだとして……誰が……」
そこまで考えた上で別の疑問に当たってくる。
そんな勢力がどこにいるのか?
今まで影も形もないものを追いかけても、しょうがない……
が、沸いた疑問はすぐに収まらず。ナギサの思考はどんどん加速する。
「……セイアさんが襲撃された後、命が助かったのは。
そのグループに始末せよとか、命を取れと命令されなかったから」
一つずつ、整理する。
紐を手に取り、束ねるように。
「……では襲撃犯にそこまで命じられる存在で、かつ。
セイアさんが動けなくなってトリニティで一番メリットを得られるもの……」
アズサはただの操り人形に過ぎず、裏から糸を引く人間がいる。
その仮定が、一つの結論を導き出した。
「───ミカ、さん………?」
それは、限りなく正解に近い……事実であった。
しかし、そんなバカな。
ありえない、何かの間違いじゃないのか。
ナギサは狼狽えてそう思い込もうと頭に錯覚を起こそうとする。
だが、彼女は優秀な少女であった。
だから、もう止まらない。
どんどん思考は加速して、彼女の望まない真実へどんどん足を進めていく。
「セイアさんの襲撃の黒幕がミカさんだとすれば……
襲撃犯の手引きをすることはもちろん、その存在を内側から隠すことも可能……
その後セイアさんの命を救うための人員を回すことだって……
動機も、水面下の派閥争い……パテルは特にゲヘナを嫌っている……
エデン条約を妨害する理由として十二分に成立する……!」
……ナギサは、自分の過ちに気がついてしまった。
セイアが襲撃されたなら、ミカも襲撃されるかもしれないと思い。
同じ立場の友人を護るべく必死になったが。
……その友の立ち位置が頭から抜けて、忘れていた。
致命的な見落としだった。
「こ、こうしてはいられません!!!」
今すぐに、ミカと話をしなければ。
無論、確定したことではない。あくまで可能性の話……
無視するには大きすぎる危険性を孕んだ仮定を彼女はもう無視できない。
だが、立ちあがろうとしたその時。
異変は、唐突に訪れた。
「すぐに、かくに、ん……あ、う、っ……!?」
自分の足がもつれる。
勢いよく立ち上がったまま、床に倒れてしまう。
息が荒くなり、体が震えて……目が霞んでくる。
「な、なに……か、からだ、が……いう、ことを……きか……」
この時の彼女は気が付かなかったが。
寝不足、ストレス、日々の激務……ナギサの体力は肉体・精神共にほとんど限界だった。
今まではどうにか、執念と倒れてはならないという強い意志で誤魔化していたが……
辿り着いてしまった真実が、土台を崩した。
ぷつり、と糸を切ったように溜まった疲労が一斉に吹き出し。
彼女から自由をどんどん奪っていく。
「ナギサ様? 何やら大きな物音が…………ナギサ様っ!?」
表に出していた側近のものが、異変に気がつき部屋の中に入ってくる。
しかし、ナギサはすでに誰かが入ってきたということも認識できなくなり。
「ナギサ様、どうかしっかり!! ナギサ様!!!」
自分の名前を何度か呼ぶ声を聞いたのを最後に。
意識を全て手放してしまった。
【桐藤 ナギサ】
トリニティ総合学園、生徒会『ティーパーティー』の最高権力者、その一人。
フィリウス分派代表にして、現ホスト担当。
穏やかな気品を漂わせる人物であり、一見は穏健な人物に見えるが。
権謀術数に長け、政治的能力の高さを併せ持つ人物でもあり、時に過激さも併せ持つ。
トリニティ総合学園のためにあれこれ奔走していたものの、今回で限界を迎えてしまう。