アリウスに生まれたとある少女   作:ネコミミの小屋

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思いついたら即行動!
コハルちゃんとハナコさんとも一緒にあの景色を共有したくて、
“先生”のところにアレをもらいに行くんだ。


輝く底の世界に

「せんせ〜!」

 

アズサさんやヒフミさんとちょっと離れた位置。

地面に刺さったパラソルと白くて長ーい独特な椅子の近くでゆっくり成り行きを見守っている“先生”の元へ駆け寄っていく。

 

 

“おや、リエル。

さっきはすごく楽しそうにしてたけど”

 

「うん、すっごく楽しいんだけど……ちょっとここにあるものを借りたくて!!」

 

“借りたい……何をかな?”

 

「ん……えーと、名前なんだったっけ……」

 

 

……勢いのまま来ちゃったから名前をド忘れしちゃってる。

えーと、なんだったっけ。

 

 

「その〜……潜るために必要で……ゴーグルよりも大きくて……

あとなんか、口の周りに何かつけるもののある……」

 

“シュノーケル?”

 

「あ!!! そうそう、それだぁ!!!」

 

 

素潜りをするために必要だと軽い説明込みで見せてくれたシュノーケル。

最初見た時は不思議な形だなぁとか思ってたけど、ゴーグルつけた後に改めて見ると、

目元のガードも口周りのあれこれも絶対欲しいなーって形をしている。

 

まさに話を聞くより直接の経験で理解が深まる。

百聞は一見にしかず、って言葉通りみたいだ。

 

 

「えーと、それをボク、コハルちゃん、ハナコさん……3つ持って行くねっ!」

 

"うん、あと向こうで酸素ボンベを借りられるみたいだからそれもどうかな"

 

「ん、さんそぼんべ……???」

 

"えーっと。つけていると海の中でも息ができるようになるんだよ"

 

「むむむっ!!!」

 

 

酸素ボンベをつけると、海の中でも息が……

それは是非とも欲しい、長く楽しめるなんて最高だよっ!

あ、でも"先生"が続けてずっとは使えないからそこは気をつけてねって。

 

うーん、完全に自由ってわけじゃないのは残念だけど、仕方ないや。

それでも、普通よりもずーっと長く潜れることには違いないからね。

 

 

「わかった、すぐ借りに行くよっ! ありがとね“先生”!!」

 

“うん、それは……ってもう行っちゃった”

 

「り、リエルさんとんでもない勢いとテンションでした……

私もずっといたのに、声かけることもできず……」

 

“何なら意識の外だったかも”

 

「あ、あはは……かもですね……ぜんぜんこっち見ていませんでしたし……」

 

 

……なんだか、少し困惑気味なヒフミさんの声が聞こえる気がするけど……

アズサさんと一緒にお城を作ってる……んじゃなくて。

こっちはこっちで別に作ってるみたい。

 

アズサさんのものと比べたらすっごく小さいような気もするけど、

その辺りはそれぞれの作りたい大きさにしておくべきなんだろうなぁ。

遊びといってもどう遊ぶかはみんな違って、みんな好きにしたいだろうし。

 

 

---

 

 

「と、いうわけで」

 

「うん」

 

「はい」

 

「みんなで一緒に潜ろうよっっ!!」

 

 

何がというわけなんだろう、という二人をよそ目に提案する。

もう勢い任せに近いけど、この際だから大きく主張したい。

だってやってみたいんだもの。

 

 

「えーっと、いつのまに酸素ボンベなんて……」

 

「そこで借りたの! “先生”があるって言ってたから!」

 

「用意周到ですねぇ……だけどリエルちゃん、近くにいい感じの場所ってあるんですか?

潜るのに適した場所じゃないと、リエルちゃんのように泳げる自信はありませんし」

 

「大丈夫、その辺りもボクちゃんと考えてるから!!」

 

 

さっき一人でぐんぐん泳ぎまくってた時、ちょうどいい深さの場所を見つけたの。

あの時は潜るとちょっと息が続かなさそうだったけど、今の状態なら大丈夫。

酸素ボンベもシュノーケルもあって準備は万端。

これはもう、行くしかないってボクはずーっと興奮中だ。

 

 

「ねぇ、ふたりとも」

 

「ん、どうしたのコハルちゃん」

 

「……潜ってる時のコミュニケーションってどうするんだっけ?

私初めてだからよくわかんない」

 

「ん……」

 

 

おっと、それは確かにそうだ。

潜っている間に変なことがあったら大変だから、何か問題あるなら伝える方法が欲しい。

何せ水の中じゃしゃべったり話したりなんて出来ないんだし。

 

かといってボクにもその辺詳しい知識はあんまり……こういう時は……

 

 

「ハナコさん何か知ってる?」

 

「あら、こういう時はハンドサインですよ!」

 

「ハンドサイン……」

 

 

ハンドサインといえばアズサさんとかサオリさんが得意なやつだったっけ。

こう、手の動きだけで会話するあれ。

……あ、姫さまも手でお話してるからボクもよく知ってるや。

いや、姫さまのように全部手でお話しようとすると多分頭こんがらがっちゃうけど。

 

 

「はんどさいん……ってどんな形になるんだっけ……」

 

「あんまり色々やろうとすると覚えられないし、簡単なのを……

うーん、幾つがちょうどいいかなぁ……3つ、4つ?」

 

「最低2つでもなんとかなりそうですが……うん、3、4つくらいがいいかもですね。

無論忘れちゃっても問題なく、2つすっごく簡単なものにしますからね〜」

 

「えーっと、大丈夫な時に指で丸作って問題ないとか……」

 

「はい、それですそれです!」

 

 

簡単かつ誰でも知っているような形を作って伝えることなら問題ない。

さっき言ったような指で丸を作って大丈夫って言ったり、

逆に問題がある時はにぎり拳を作って問題があるよーって。

 

流石に姫さまクラスのものはできる気がしないから、こんなもんで。

うん、その場で覚えるならこのくらいの方がいいよね。

 

 

「丸と、にぎりこぶし……うん、大丈夫」

 

「よーし、それじゃあ出発しよう!」

 

「あ、こ、心の準備……!」

 

「コハルちゃん、最初はお手を繋ぎましょう。

みんなと一緒なら怖くなんてありませんよ?」

 

「う……うん、それなら、大丈夫、かも」

 

 

さぁ、今度こそ準備は万端!

シュノーケルと酸素ボンベをしっかり装備して、じゃぶじゃぶと海の中へ進んでいく。

ハナコさんがコハルちゃんの手をゆっくり引いて、誘うように進んでる。

 

ボクは……少しどうするか考えて、あえて先に進んで二人を導こうって思った。

さっきみたいに置いていかないように気をつけないと。

 

 

「いくよ二人とも〜」

 

「あ、リエルさんまってー!」

 

「さぁ、いきますよ……♡」

 

 

後ろから着いてきてくれてるのをしっかり見て、早速海の中へダイブ。

やっぱり海はボクに自由と興奮を運んできてくれて、心がどんどん軽くなっちゃうけど。

今はコハルちゃんとハナコさんもいるんだから、自分だけ楽しんじゃダメ。

 

どんどん上がって行く気持ちを抑えて、二人のことを導いていこう。

離れないように、それでいてちゃんと前に進むように……

あー、これ意外と考えること多くて難しいなぁ。

 

 

(それじゃ、こっちだよ)

 

(うん、わかった)

 

 

もう水中だから、言葉も何にも聞こえない。

ぶくぶくと、水と泡の音だけがボクの耳の中に聞こえてくる。

 

だけど、手の動きとそれぞれの表情から自分たちの心が通じ合ってるのがわかる。

なら、心配することなんて何もない。

後ろから着いてきてくれてることその都度確認しながら、確実に進む。

 

この間も、海の底を綺麗だなぁ、って思いながら眺めてる。

当然進みたい方向を見ながらだけど、やっぱりボクはこの景色が好き。

思わず見惚れそうになっちゃうほどに、今日初めて見たこの場所に心を奪われたみたい。

 

 

(綺麗ですね〜……)

 

 

あ、ハナコさんも何だかうっとりしてるみたい。

やっぱり綺麗だよねぇ……海の中、透明な水の世界って……

わずかな音も、静寂な感じがしてすごく心が落ち着いて行くようで。

 

ただ、さっきまでボクは興奮し放題だったけど。

知らない世界を知って行くって、こんなに気分が良くなるものなんだ。

 

さて、そろそろ見つけたポイントが見えて……

 

 

(おぉ〜〜……!!!)

 

(わぁぁ〜……!!!)

 

(まぁ……!!!)

 

 

今の一瞬、ボクたちみんなの気持ちが一つになったような感覚がした。

3人ともみんな、今見える景色が素晴らしすぎて考えることも忘れて見惚れてる。

 

ごつごつとした黒い岩肌と、そこに見える白い砂たっぷりの水底。

それらを海面から穏やかな光で照らす太陽、ところどころにいるお魚さん。

透き通るような青い世界の中、静寂に包まれた人のいない場所。

 

なんだか、壮大な感じがして、とっても綺麗。

その近くにいるってことを忘れそうになるくらい、遠くのことみたいで。

でも、手を伸ばしたら届く距離で。

 

 

(ん……)

 

 

浮かぼうとする身体をどんどん沈ませて、奥底へと進んでいく。

本当は知らないところに向かうことはとてつもない冒険で、あの頃のボクだったら絶対にやりたがらなかったことを、ためらうことなく。

そして、怖がらずに前へと進んでいく。

 

ちょうどいい深さと言っても、海面からはとても離れてて。

上を見上げたらいつもいる地上が信じられないくらいに遠かった。

本当に別の世界へきちゃった感覚に陥るかもだけど……

そばにいる二人の姿が、今までいた世界とおんなじだって気持ちを戻してくれる。

 

ふわり、と足に独特の感覚がやってきた。

どうやら今潜ってる場所の底に、足がついたみたい。

 

 

(みんな、こっち)

 

(わかってる)

 

(はい、そちらに)

 

 

……うん、コハルちゃんもハナコさんもおんなじように。

それじゃあ……3人だけの世界で、ゆっくりお散歩をしよう。

 

 

---

 

 

私と、コハルちゃんとリエルちゃん……

たった3人だけの、秘密のお散歩。

 

ここにいる間、私は何にも聞かなくていいとすぐにわかりました。

トリニティ総合学園でずっと聴いてきた喧騒(ざつおん)も届かず、

日々私を誘う派閥の生徒(おじゃまむし)もここには誰一人やってきません。

 

普段はたくさん、吠えるように声を上げるコハルちゃんもずっと静かなままで、

普段からお淑やかにしていて、あまり積極的にはなさないリエルちゃんも、まるでここにいるのが普通なのでは、と思ってしまうくらいに音を感じません。

 

 

そう、ここならなにも、聞こえてこない、

私の心をじわじわと蝕んでいくような、喚きに近い声を。

欲と打算に塗れた、トリニティ総合学園という箱の“裏”を、見る必要もない。

 

 

ああ、もしもずっとここにいることができたのなら。

私はどれほど、穏やかに過ごせるのでしょう。

そんな奇妙な、できもしないであろう考えさえ浮かんできます。

 

 

思えば、ずっと。

ずっといやなものを見てきたように思います。

 

いえ、もしかしたらそうだと思ったものは本当は一部分でしかなくて。

それとは別に、きっと素晴らしいものだって見てきたのだろうと思います。

だけど……私はそれらを素晴らしいと思うことはなかったのでしょう。

 

だって、周りのことを心のどこかで見下してたくせに。

なんて愚かで、汚れた人たちなんでしょうと思っていたくせに。

私も結局、そう見ていた生徒たちと、おんなじ物差しで世界を見ていたのですから。

 

所詮は同じ穴の狢。

嫌っていた場所の中で生きること以上に向いていることはないと、否応なく思い知らされ。それでも嫌だということを諦めきれなかった私は思い切って脱ぎました。

 

心の中に眠っていた小さな願い。

『ほんとうのわたしをみて』と、届くはずのない願いを皮肉のように込めて。

恥ずかしいという想いさえも投げ捨て、トライしてみたんです。

 

 

無論、大半の人は思った通りに手のひらを返しました。

それでいい、見ることもできないならわざわざ近寄るな。

狙い通り、思った通りの反応……どこかヒビの割れる音を聞きながら、それを繰り返し、いつしか恥ずかしいという気持ちを忘れかけた頃に、彼女はやってきました。

 

 

『その……あなたはなにをしてるのか、気になって……』

 

『えっと……その格好だと、お腹冷やしちゃうよ……?』

 

『……ん。これ、あげる…… ホットレモン。あったかいよ……

 

 

……彼女の瞳は、素直すぎた。

純粋で無垢だったのです。

恥ずかしいという忘れかけた感情を一気に引き戻してしまうほど、衝撃的でした。

 

ここにこれほど純粋な生徒が存在していたこと、最初は信じられませんでした。

あの日の自分は白昼夢を見ていたんじゃないかと何回も頬をつねったのを覚えています。

 

しかしあれから全く出会わなくて。

やっぱり夢だったんじゃないかと思い込んでいた頃。

補習授業部結成のあの日にもう一度出会って夢じゃなかったと遅れながら思いましたね。

 

あの日もまた、恥ずかしかったです。

思わずコハルちゃんが近くにいたのも忘れて……

あんなにかわいいと思っていじっていたのに……

 

 

……ただ、それからの日々はどんどん楽しいものになっていきました。

補習授業部にいる間は、ここにいるほどでなくとも、喧騒からは遠ざかれました。

聞こえなくていい声も、しっかりとシャットアウトできて。

なんなら、求めていたものにあっさりとたどり着けてしまったんですから。

 

 

なんて事のない青春の日々を送りたいって、小さな願いにも。

 

 

思うに。

この夢のような時間を送ってくれたきっかけは、リエルちゃんだと思ってしまうんです。

あの日に偶然出会ってから、小さく、それでいて幸せだと思える時間がたくさん続いて。

それがこれからもたくさん続いて行くんだって思うことができて。

 

 

些細な1日が、素晴らしいってやっと思うことができたんです。

 

 

(……)

 

(ん、ハナコ……どうしたんだろう?リエルさんの方をじっと見て……)

 

 

本当は、ずっとあなたにお礼を言いたかったんだと思います。

でも、それを素直に伝えるのは、まだ勇気がなくて、あと恥ずかしくて。

ついつい、揶揄うようなそぶりを見せて自分の気持ちを逸らしてしまいます。

 

そんな姿を見せてもなお、あなたは何も気にせずいつもの私だと思うことでしょう。

ですが、その心の中は数えきれないくらいに。

“先生”と、補習授業部のみんなと……あなたへの感謝で、いっぱいなんです。

 

 

でも、私はひきょうものだから。

いまは、ここでこっそり言わせてもらうにとどめさせてもらいます。

 

 

みんな、ありがとう。

幸せな“青春”を、私に運んでくれて。




【浦和 ハナコ(3)】
天才が望んだささやかな願い。
『普通に生きてみたい』。
誰も知ろうとしなかった……今でも誰も知らない、小さな願い事。

それが叶った時。
天才はただの普通の少女へとなった。
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