ボクたちは特に苦のない生活を過ごしていた。
……すこし、たるみすぎてるかもしれないけど……
なんでもない数日間が、とても心地よくて。
「む〜……」
トリニティ総合学園に来てから、だいたい3日経った。
まだまだなれていないことの方が多いけど、ボクは元気に過ごせてる。
ただ、今日の朝からアズサさんはうんうんと唸っている……
その声が耳の中に届いて、ボクはベッドから目を覚ます。
「ん……」
この部屋の中はとっても安全だから、とても気が抜けちゃう。
常日頃張り詰めていた時もあった頃と比べて、あまりにも平和で過ごしやすい……
アズサさんはこの日々をどう思っているのか、まだ聞いたことはないけど……いい気持ちで過ごしているならボクもうれしいな……
……ところでアズサさん、どうしてずっとあんなに唸っているんだろう?
手に持ってる……紙、かなぁ?
あれをずっと見ながらああしてずーっとああしてるみたいだけど……
「……どうしたの……?」
「む?………ああ、起こしてしまったか。ごめん。
これ、今朝届いたようなんだが……私宛に、追試の案内というのがだな……」
「……ついし??」
ついし……あんまり、ピンとこない響き……
でも、似たような言葉を、激しい印象が残っている言葉をボクはもう知ってた……
「なんだか、この前やった……試験、って言葉にちかいような……?」
「……そうみたいだな。転入初日にやったアレに関してのことだと書いている。
日時は決まってないようだが、もう一回やってほしいと……」
「……ええと、その紙は、やっぱりボクにも……」
「いいや、私だけのようだ。……この紙にもリエルの名前はない」
え?なんで?
一緒に受けたのなら、もう一回一緒にやるものなんじゃないのかな……?
向こうではだいたい試験ってみんなでやってたような……
「どういうことなんだろう……?」
「まぁ、向こうとは違う、ということなんだろうね。当然と言えば当然か。
……対策したいが、勉強ってどうやるのがいいんだろう?」
勉強、勉強かぁ……
ボクもまともにやったことないからどうすればいいのか、言える自信がまだないなぁ。
だからといって、適当なことなんて言ったらアズサさんも困るよね……
「ボクにも、まだ……あんまり……」
「……そうだな。私もリエルもそのあたりはまるで経験がないから。」
……ただ、あのテストってもの……きっとまた、あるんだろうなぁ。
入学試験ってものは終わったけど……アリウスにいた頃も試験は何回も、何度でもあったし。
……これからのためにしっかり備えないと。
「う〜ん……追試、とは違うテストもまた、あるんだろうね……」
「……確かに、そうだな。でも、こうしてじっとしていてもダメだ。
まず、何かをやらなくちゃ。……何をやるべきかまだわからないけど」
……アズサさんは前向きだなぁ……
……あれ?
よくよく考えてみれば、もう一回試験するってことは……前の結果は良くなかった、のかな……
……ボクの方はきてなくて、アズサさんの方に……う、う〜〜ん……
なんでか、急に不安になってきた……
自信満々に見えるけど……う、う〜〜〜〜〜〜ん……??
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アズサさんはやる気を見せてテスト対策を考えてくる、と飛び出していった。
何をやるのか、どこへ行くのかは全く言わなかったけど……ボクたちまだここにきてそんなに長くないのに、心当たりあるのかな……?
……ボクは……ここの子達とお話して、トリニティのことをもっと知るべきかな……?
その方が、もしもの時に頼れる人がいるかもしれないし……
それに、仲良くなれたりしたら、いろんなことを教えてくれるかもしれない。
……ただ、いきなり声をかけて答えてくれる子って、いるのかな?
突然声をかけたりしたら向こうでも驚いちゃう子もいるし、お話が苦手な子ももちろんいると思う。
ボクもお話すること、必死に覚えたっけ……医務室に入る前はそこまで他の子と話す機会もなかったし。
ええっと。
まず、様子を見てようかな。
周りのことをまず、しっかり見てみて……優しそうな人を見つけるのがいいかも。
そのままお話してくれるかは……その時になるまで、わからないけど……
……寮の外に出て、綺麗に整った椅子に座ってみた。
待つなら、お部屋よりお外の方がずっといい。
今使っている場所は医務室じゃないから、待っててもアズサさん以外は誰も来ないと思うし……
……ああ、なんというか……こうして座ってるだけでも気持ちいいなぁ……
太陽の光があったかい、微かに吹いている風が心地いい。
向こうのほうに見える四角い区切りにあるものも……アリウスでは見られない。
お花ってものらしいけど……綺麗だよね。
お花用の花壇も用意して、お手入れの人がお水をあげたり雑草を抜いてあげたりして、綺麗な状態を維持しているんだって。
ほら、今日も担当の人が……
「ふんふん、ふふーん……♩」
……あれ?
あの黒い服って……確か、聖堂を案内してくれた時に見かけたような……
それに、おっきいお耳……向こうでああいうお耳はまったく見かけなかったし、なんだか珍しいなぁと思っちゃう。
……なんだか気になってきた。
鼻歌を歌いながら、お花にお水を上げている姿からとっても温和で話しやすそうだし。
ボクも、いつかお花のお手入れとかしてみたいから……
……えーっと、朝の挨拶は……
「……おはようございます」
「?……あ、おはようございます。今日もいいお天気ですね」
これで大丈夫みたい。
向こうでは全然やらないやり取りだけど、ここじゃいつもやることだから……慣れるのは早いだろうけど、忘れないようにしないとね。
「ええっと、お花にお水……あげてますね」
「ええ、今日は私が担当していますから。……あなたもどうですか?」
「……いいん、ですか?その、お水をあげるものが一つしか……」
「大丈夫です、お貸ししますので」
……いいのかな、お仕事奪ってるようで少し……
でも、温和な笑顔で道具を「どうぞ」って差し出してくれて……
……せっかくの機会、受け取って……とりあえずお花にお水を上げてみた。
「あ、そんなに傾けると溢れちゃいます。ゆっくり、ゆっくり傾けて……」
「え、あ……こ、こう?」
「はい、そんな風に……」
……担当してた子の言葉通りに、受け取った道具……じょうろっていうものをゆっくりと動かした。
シャー……という音を立てて、綺麗なお水がお花に向かって降り注いでいく。
……なんだか、自分の気持ちも洗われていくみたいで、やっていて落ち着くなぁ……
「一つのお花にあげすぎると、ダメなので……ゆっくり、横に動いていろんなお花にお水を上げましょう」
「は、はい」
あげすぎるとダメなんだ……
でも、確かにお花はたくさんあるんだし、一つのお花だけというのも、だめだよね。
ゆっくり、でものろのろとしないように……あ、意外と難しいね……
「ありがとうございました」
「いえ、ボクこそ……」
……気がつけば、全部の花壇を一緒にお水あげちゃってた。
これだけやって良かったのかなぁとも思ったけど、隣にいた子のほんわかな……一緒にいててやりやすいような、そんな感じがとっても心地良くって。
……あ、そうだ。
この人ならボクのお話聞いてくれるかな?
いい人みたいだし、ちょっとだけなら大丈夫かな。
「えーと……あの」
「?……どうされました?」
「あ。……ボク、雅舞リエルって言います。最近この学校に転入してきました。
それで、色々とわからないことも多くって……あなたが良ければ、色々聞いてみたいなって」
「ええ、私でよろしければ。
……ああ、私は伊落マリーといいます。シスターフッドのほうにお世話になっていまして」
「シスターさん?」
……シスターフッドといえば、最初の案内で行った大聖堂のほうにいる人たちだったっけ?
確かに、ここのお手入れにはそっちからも人が来てるって、言ってた。
それが今日だったんだなぁ……
「はい、シスターさんです」
「……ええと、シスターフッド……だったっけ??
ボクはまだ名前くらいしか知らないけど、どんなところなの?」
「え?……ええっと……いいところですよ?」
……そういうマリーさんは首をこてっと横に傾けて、耳がへにゃっとしてた。
マリーさんはとってもいい人だけど、なにかあるのかなぁ?
案内の人、案内してたあの時『怪しい』って言ってたような気がするけど……
別にそんなことないよね。
本当に怪しいのって、もっととんでもないものだと思うし。
何よりそういうものって絶対目に見えないところにあるんじゃないかなぁ……?
「そうなんだ」
「はい。……よろしければ、今から大聖堂の方へお邪魔しますか?
今日はあちこちで奉仕活動中なので、大半のシスターは出払っていますが……」
「ん……」
大聖堂かぁ……あのおっきい場所。
今は人が出払ってる……いないってことなら、いろんなお話をするのにはちょうどいいのかな?
それに、せっかく誘ってくれたんだし……断るのは、ダメだよね。
「それじゃ、お邪魔します」
「!……ありがとうございます!」
受け入れた時の表情がぱあっと輝いて見えちゃう。
きっと普段からこんな風な子なんだろうな、という感じで……一緒にいて気持ちよさそう。
ボクも、マリーさんを見習った方がいいのかなぁ?
---
「それで、その日は教室でトラブルが……」
「そんなことが……?」
大聖堂に向かう途中もマリーさんとのお話は、とっても弾む。
ボクもたくさん、アリウスでみんなと色々お話ししてきたけど、マリーさんはお話をするのも聞くのも本当に上手で、すごいと思う。
変なところで言葉を挟まず最後まで聞いてくれるのが、とってもいい。
ボクもそのあたりは気をつけなくっちゃ、たまに言葉同士がぶつかって気まずい沈黙が生まれることもあったし……
受けて答えるのも、とっても上手。
ボクも、まだまだな部分があるなぁ……と感心しちゃう。
また今度、コツとか聞けるといいなぁ……
「あ、着きましたね」
「え?……あ、本当だ。いつのまに……」
結構歩いたはずなのに、全然長い時間が立った気がしない。
それどころか、もうついたの?って思っちゃったくらい。
それだけマリーさんとのお話が楽しかった、って思えたのかなぁ。
普段のボクには、あんまり考えられないかも。
……それにしても、おおきいなぁ。
大聖堂、なんて呼ばれてるくらいなんだから、それが普通なのかなぁって思うくらいおっきい。
……でも、なんでだろう?
どこかで似たような建物を見たような気がするのは……そんな覚え、全くないのに。
……たぶん、気のせいかな。
あんまり意識して考え込んじゃうとマリーさんにも悪いし……今は置いておこう。
「私たちシスターフッドは普段、こちらの聖堂をメインに過ごしています。
と言っても、奉仕活動もあるので毎日いらしているわけでもないんですが……」
「うん、前にも聞いたよ。……案内の人が言ってた」
「そうなんですね。
……ここでずっと立ち話するのも疲れるでしょう。中に入りましょう。
座るところもたくさんありますから」
マリーさんに導かれるように、聖堂の中へと入っていく。
……本当に広いし、綺麗。
ちょっと、古い場所もあるけど……雰囲気がとってもよくて、なんだか落ち着く。
入り口から見て奥の方にある大きい台と、たくさんの椅子があるのが目を惹く。
……初めて入るはずなのに、なんでかとっても久しぶりな気がする。
「どうなされましたか?」
「……えっと。静かで、綺麗なところだなぁ、って思って」
「あら、そうおっしゃってくれるなら毎日のお掃除が誉められているようで嬉しいです。
……このように静かな場所は、お祈りにピッタリですし」
おいのり。
……おいのりかぁ。
ボク、そういうのは全くやったことないけど……
「……おいのり……お話しする前に、少しだけ……」
「……ええ。あなたの祈りが、届きますように」
……えーと。
おいのりのやりかたとか、あまり知らない……。
でも、両手を組んで……『かみさま』に捧げるんだっけ……?
……『かみさま』なんて、いるのかな。
絶対に言葉にはしないけど、ボクはあんまり、信じたことはない……
もし、いたとしても……アリウスにはそこまで意味のあるもののようには思えなかったから。
それでも、もしも。
『かみさま』がいて、ボクのおいのりを聞いてくれるのなら。
どうか。
アリウスにいるみんなに。これからいいことがたくさんありますように───
ファサッ……
(?
……いま、羽の羽ばたく音が聞こえたような……なんでしょうか。
きのせい……にしては、かなり大きな音だったような気がしますが……??)
【伊落 マリー】
シスターフッドの敬虔な少女。
温和で優しく、穏やかなシスターの鏡と言える女の子。ベールで隠れている頭の猫耳が特徴。
組織の中では新米の方だが、トップからはその性格から重宝されているらしい。
かわいい。