ずるずると響く独特な食べる音……
その全部が美味しそうだとボクに告げている……じゅるり……
濃厚すぎるほどに、濃いにおいが漂う小さい手押し車。
じゅるじゅる、とパスタとはまるで違う麺を啜って食べる音。
そして立ち昇る湯気……
ここは、絶対美味しいものが出てくる……そんな確信が体を覆っている。
それほどまでに目の前のお店は魅力的だ……まるでここで食べていかないかと誘いを入れられているみたい。これはもう、今日はここでお昼を食べないと絶対後悔する。
このラーメンってご飯はある程度想像もつく。
スーパーで売ってあるカップのやつ……お湯を注げば出来上がるあれ……
ボクも初めて食べた時は便利さと美味しさでいっぱい驚いた。
だけど、ここはその衝撃すら生ぬるいと言わんばかりにすごい存在感を放ってる。
文字通り、ほんもののラーメンがここにあるんだ……じゅるり。
……あ、だけど今は席がいっぱい……いや、座席そのものはちょっとだけ置いてるけど。
「いらっしゃいませー。何人ですか〜?」
「えっと、3人です」
「はーい。ちょっと待っててくださいねー」
じーっと様子を見ていたら店員さんっぽい服を着た女の子に声をかけられた。
あ、おっきいくて黒い猫さんの耳だ。サナミさんを思い出すなぁ。
多分関係はないんだろうけど、似たような特徴の人ってすぐ思い浮かぶよね。
アリウスじゃ見かけなかったものだし、特に。
アズサさんが羽持ってたくらいだっけ?
トリニティじゃいろんな人が羽持っててけっこうびっくりしたっけなぁ。
「あ、セリカさん……?」
「ん……あんたは……ファ、じゃなくってヒフミさん?」
「はい、ヒフミです!
あなたがいて、柴関……ということはそちらにいらっしゃるのは」
あれ、ヒフミさん知り合いだったの?
へー……こんな場所にも知り合いがいるってことは、ヒフミさんって顔広かったり?
モモフレンズのためならトリニティも飛び出していく行動力があればこそかなぁ。
「ん〜……?
あ、ヒフミちゃんじゃん〜……久しぶりだねぇ、元気してたぁ?」
「やはり、アビドスの皆さんでしたか!
どうも、ご無沙汰です……ってあれ? どなたか足りないような……?」
「あー、うん。シロコちゃんは今日別件でいないんだ〜。
後輩を置いて行っちゃって、おじさんは不安で仕方ないよぉ〜……」
「お、おじさん……???」
自分のことをおじさん……おじさん……ってなぁに??
なんとも変わった表現する人だなぁ、桃色の髪をしたこの人……
隣にいるメガネをかけてる子とほんわかした雰囲気の人が困ったふうに笑ってるよ。
「こんにちは〜」
「こんにちは、今日は大将のラーメンが美味しいですよ」
「おいおいアヤネちゃんよ、俺のラーメンはいつも美味しく作ってるよっ!!」
「うん、こんにちは」
お先に座っている生徒さんたちに挨拶されたので、返しておく。
カウンターを挟んだ向こう側にはお犬の大人さんが調理器具をもってお料理してる。
……むむっ、あの佇まい。
見てわかる、この人は間違いなく『上手い』人だ……!
これは間違いなく美味しいご飯が出てくる確信があるっ!
えーと、メニューメニュー……
今日はたくさんどかっとしたものが食べたいなーって思った……
そんな時に目に飛び込んできたんだ、チャーシューメンってものの絵が……
濃厚そうなラーメンの上に野菜とお肉がたくさん……
よしこれにしようそうしよう、そうと決めたらすぐ注文だ。
「えーっと〜……店員、いや、えーっと」
「大将さんでいいですよ〜?」
「あ、すみません。 えーと大将さん!
このチャーシューメンと、チャーハンのセットをください!」
注文をした瞬間、周りがしん……と静まり返る。
周りのみんなはボクがした注文に驚いてるみたいな感じだけど……
そんなに変なことを言った気はしないんだけどなぁ。
「おぉ〜……リッチだね〜、大食いだねぇ……」
「い、いきなりそんなに食べて大丈夫なんですか?
チャーシューメンにチャーハンまでつけるなんて、すごい量ですよ……」
「えーっと……リエルちゃんってそんなに食べれるんですか?」
「……そんなに多いんだ。たのしみだなぁ」
「楽しみなんですか!?」
だって今日はいっぱいお腹空いてるし。
なんだかんだ今まで出されてきた料理とか作ったものとか残したことはないし……
多分いける、大丈夫。 すごいの出たとしても食べれる食べれる。
「おう、元気いっぱいでいいじゃないか。
チャーシューメンとチャーハンね、注文承り!」
「おねがいします」
「……よし、私も同じのを頼む」
「アズサちゃんまで!?」
「おお、アズサさんもお腹いっぱい空いてる?」
「ああ、結構歩いたし今日は朝ごはんも抜いちゃったからな」
「あー、抜いちゃったかぁ〜……」
ボクは朝抜き辛いからあんまりやりたくはないんだね〜……
動く時なんだか力抜ける感覚も出ちゃって、その……いや、やらざるを得ないことだってあったけど、それはあくまで昔の話……いや、今でもやってる子はいるけど……
「ヒフミはどうするんだ?」
「えっ……えーっと……普通のラーメンでお願いします……」
「んぉ〜……? そこは連れのみんなに合わせるのがいいんじゃないの〜?」
「食べきれないと思いますから……」
「ホシノ先輩、あんまりヒフミさん困らせちゃダメよ!」
それにしてもヒフミさんと先に来てた生徒さんたちはどういう関係だろう?
あとさっき黒い猫の耳の子が何か言いかけてたのは……
ファ……ふぁ? うーん、まぁ気にしなくていいか。
---
「おまちどうっ!!」
「おぉ〜……豪快だぁ」
「すごい盛り方だね」
絵で見たよりも、豪快に、大雑把に見えて細かく積まれた豪快な肉。
もやしとネギ、めんまのトッピングが惜しみなく投入され、しかも中に注がれたスープの濃厚な香りがとても食欲をそそる。
上から見ただけじゃ麺が全く見えない。
いつも作る具なしのインスタントラーメンとは明らかに違う盛り盛り状態。
これが、ラーメン屋さんで食べるほんもののラーメン!!
ほかほか漂う湯気に乗って、香りがボクのお鼻にまで届く。
お外の空気が暖かめだからか、すごく暑いように感じちゃう。
でも、この暑さすら……このラーメンの美味しさを感じられるようなアクセントになってる!
「いただきまーす」
もうお腹が我慢できないといいながら音を鳴らしているのを感じ、すぐに食べる体制を整えて、一気にいただいて……おおっ、麺があつあつだぁ!
はふはふ……ちょっと食べにくさもあるけど、これは……!
「おぃひ〜〜〜!!!」
細く、もっちりした麺がスープを程よく絡ませて味が染み込んで……
そこに足りない要素を補うようにネギともやしが一緒にからまって入って……!
しかもこのお野菜、シャキシャキしてる……新鮮で美味しいっ!!
この後にチャーシュー……これも美味しい。
元から重ための分厚いお肉をスライスして食べやすくするだけじゃなく程よい重さと食べ応えに変えているんだ……それも他の具材や麺とあうように……
スープはだいぶんこってりしているけど、くどさがない……
あっさりしてて、かつどろりと濃口の脂身が絶妙なバランス……
一つ一つが熟練の手際……間違いなく鉄人の料理……!!
「お〜…うまい……ずしりと来る味だけど、食べにくさもない……」
「大将さんのラーメンは本当に美味しいですからっ!前に来た時もお世話になりましたっ!」
「うんうん、気持ちいい食べっぷり〜」
「ホシノ先輩はどの立ち位置からそう言ってるのかなぁ……?」
ここにいるみんなこのラーメンを美味しく食べてると思うと、ほっこりする。
ボクが作ってるわけじゃないのに、なんでか。
美味しいご飯は人を笑顔にできるって本に書いてたことが本当だと思ったから?
それともみんなと一緒に食べてるからなぁ?
おっとっと。
ラーメンとみんなの様子に夢中で一緒に頼んだチャーハンを忘れてた。
備え付けの変わった形をしたスプーンでこっちもいただきます。
「はむはむ……ん〜……」
こってりずっしりなラーメンとは対照的な、あっさりぱらぱらな食べ心地。
具材の味も薄いようでしっかりしてて、ボクの好みぴったり。
ラーメンをずっと食べててちょっと変化が欲しい時にはいいものだ。
しっかりした味付けって結構同じもの食べてると飽きてきちゃうからね……
それが美味しくてもそこまでじゃなくても、結局同じものって慣れも混じっちゃうから。
無論そればっかり食べれる人もいるってことはわかるけど、ボクはいろいろ食べたいなぁ。
それにしても、このラーメン……色々な技術を感じるものだけど……
一体どんな感じに作っているのかな。
ラーメンって料理自体、インスタントとかカップ麺とかでばかり食べてるから、
こういうお店のラーメンに関する知識はあんまりないんだよね。
うーん……みんなにもこの美味しさをどうにか教えてあげたいけど、このお店は大将さんと外で接客してる黒い猫の生徒さん……アルバイト?かな?……の二人だけ。
押しかけても絶対作るの無理そうだよね……
なんというか、数作るの大変そうで……お鍋使っているのはここからでもわかるけど、あのお鍋一つで作っているわけでもなさそうで。
……自分でお勉強してみようかな、ラーメン作り。
お鍋があればできる……みたいだし。
多分この美味しさを作るのには時間かかるかもだけど、料理覚えるのはそもそも時間かかることだったからね。過去の経験から言えること。
「り、リエルさん……私たちが話してる隣でめちゃくちゃ静かに食べてます……」
「ん……元々リエルはご飯どきけっこう静かだよ。
食べる時は静かに食べてて、声かけても反応が薄めだ」
「え、でも前コハルちゃんは食べてる時沢山お話してたって……」
「海の時かな……あの日のリエルはやたらとテンションが高かったしいつもと違ったのかも」
「そうなんでしょうか……?」
んー、なんか言われてる気がするような……まぁ気のせいかなぁ。
そんなことよりラーメンラーメン……
「えーっと、ヒフミさん?」
「はい、なんでしょうか?」
「この子たちもトリニティの生徒さん……でいいんですよね?」
「はい、アズサちゃんにリエルちゃんですが……」
「その〜……お嬢様校の子にしては、随分とがっついているというか〜……?」
ん……がっついてる?
……あー、トリニティの生徒さんたちって育ちが良くってこんな風に食べる子ってあんまりいないんだったっけ?
そんなことあんまり気にしたことないけど、ずっと上品にするよう意識しながら食べるのってなんだか疲れそうだよね。こういう食べ方するんだよ〜ってものなら、ボクはそうするかなぁ。
それにボクたちの育ちってその。
お世辞でもいいって言えないから……
まぁ、それもみんなに隠していることなんだけど。
「えーっと」
「あ、リエルちゃん」
「そのー、がっつくのって……変かなぁ……?」
「い、いえいえ!! そんなことはありません!」
「アヤネちゃ〜ん……そういうのは良くないとおじさん思うな〜?」
「すみません……ちょっと気になっちゃって……」
気になっちゃったかぁ。
確かにボクだって気になったことならついつい聞くこと多いから気持ちはわかるなぁ。
悪気があって行ったことじゃないし、ボクは大丈夫だけど……
「ボクはいいよ〜。お嬢様って呼ばれるのもなんだか違う気がするし〜」
「確かにお嬢様とは言えないか……じゃあ私たちはなんと表現するべきだろう」
「んー……無理に表現しなくてもいいんじゃない?」
「そうか? ……まぁそうか。思いつかないし」
「え、えーっと……?」
「はいアヤネちゃんすとっぷー。詮索はしないことだよ〜」
「うぅ……重ね重ねすみません、ホシノ先輩……」
やっぱり気になる気持ちがあるみたいだけど、それを桃色の髪の人が抑えてくれた。
ボクとしてはありがたいけど……なんだか悪い気もしちゃうなぁ。
「あれ?ところで……」
「ん〜? どうしたのかな〜」
「そちらのみなさんは、その。ラーメン食べ終わったの?」
「いやぁ、まだ注文してないよ〜」
「えっ」
注文してない???
じゃあ何しにきたの???
「おー、その顔は何しにきてるのって顔だねぇ。
いやぁ、おじさん達は後輩のアルバイトの様子を見にきてるんだよ〜」
「ちょっと、そんなのぶっちゃけるな〜!!
ずっと注文せず居座ってると思ったらぁ、そんな風にするくらいなら頼んで行きなさいよ〜!!」
「ごめんごめん。
おじさんもそろそろ頼むから〜」
「あ、大将さん。いつものお願いします〜!」
「お、ノノミちゃんはいつものね。かしこまりっ!」
え、えぇ〜……
後輩の様子を見るために……そのためだけにここにって……
なんというか、のんびりしてるというか、ふんわりしてるなぁ……
【柴関ラーメン】
柴犬の大将が切り盛りするアビドス学区昔ながらのラーメン屋。
諸事情により現在は屋台でラーメン作りを営んでいる。
その味は非常に評判良く、自治区の生徒たちにも好評。
なお柴犬の大将はキヴォトスの中でも屈指のいい人。