せっかくだから個室としても使えるように色々整備するつもりなんだって。
……ところでアズサさんのベッドに置いてあるあれって……?
「なんかこのお部屋ちょっと埃っぽいような……」
「最初のお掃除で全部はできなかったし、こういう部屋もまだまだある。
とりあえず窓を開けよう」
「ちゃんとクールダウンできるお部屋を作ってからにした方がいいよね。
最近はお外暑くなってるし、窓開けるってことはエアコンも効かないし……」
「隣の部屋がクールダウン用の部屋になってるって。
ヒフミがすぐにやってくれてたよ」
「おっと、その辺は抜かりないみたいでよかった」
合宿場に戻ってきてから、改めて使っていないお部屋も使えるようにするためのお掃除をやることになって。今は上の方のお部屋を手分けしてお掃除中。
個室として使えそうなお部屋もあるからそこが使えると便利だろうってことで。
うーん、それにしてもあついなぁ。
あったかい空気って上の方に集まっていくってどこかで聞いたけど、それにしても暑い!
今日はお外も太陽がキラキラ照っているからかなぁ?
アリウスじゃほとんど気にならなかったけど、お日様の光って暑いんだって。
暑い日中、帰ってきた時の涼しさ、コップに注いだお水の冷たさ……
ああ、もう昔の生活には戻れません。
やろうと思えばできるけど、そうなって生き抜ける自信は無くなってしまった……
すっかり染まってしまって……
いや、悲しいことでもなんでもないんだけどね?
なんか、こう……そういう表現が出てきちゃうというか。
「それじゃあ、手短にやってしまおう」
「あ、はーい」
おっと気が逸れちゃった。
お部屋のお掃除だって時間がいっぱいかかるんだし、あんまり想いに耽っていられない。
今やるべきことは精一杯やろう、明日やればいいさって気持ちは一旦置いとく!
どっちにしても進めないと終わらないんだからね。
……あー、お掃除してるとなんだか心がすーっと静まり返っていく。
お昼頃あんなにボクの気持ちが大はしゃぎしてて、その余韻もあったのに。
気がつけばただ無心にお掃除している。
何かに集中できるっていうのがこんなにも実感できるのは、そうそうないかも。
集中という意味では昔のあれこれもそれに分類されるんだろうけど……
当時と今では集中というもののあり方も全然違ってる。
生きるために必死になってた時と、そうしなくてもいい時……
まぁ、そんなの違ってて当然なんだろうけど。
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「そういえば」
「んー?」
「こうして二人きりの状態になるのって、いつ以来だったっけ」
「……アズサさんがこの合宿場に移動する前くらい?」
「……そうか、あれからそんなに時間経ったんだ」
ふと、アズサさんが尋ねたことをきっかけに話が弾む。
ボクたちがここにやってきてからの話題……それを聞いて、ボクも時間の流れが早く感じてることを思い知る。
確かに、アズサさんと一緒になるのは久しぶりだ。
特に、こうして二人きりになってるのは向こうで共同生活をしてた時以来。
最近のアズサさんの近くには補習授業部のみんなが常に一緒にいて。
かつて一人きりの状態が多かったアズサさんとしては、あまりに違うと感じてるのかも。
「最近は一人でいることも少なくなった」
「まぁ、みんなと一緒だもんね」
「それを足しても、私一人でずっと過ごしていたあの頃とは、何もかも違う」
「うん」
「でも、この感じは悪くない……嫌だとは全く思わない」
そう話すアズサさんの表情は笑顔だった。
向こうにいたままでは絶対に見ることのなかっただろう、その表情。
ボクだってたくさん笑顔になってるって言われてるけれど、アズサさんもちゃんと自然な感じに笑顔になれてるようで嬉しいな。
「だけど、補習授業部のみんなには警戒心が足りないような気がする」
「うん……うん?」
あれ、なんか話が……
なんで警戒心……というかこんな場所にいるのなら警戒心ってそんなに必要かなぁ……
「だって、みんな夜襲の警戒とか、泥棒に対しての対策とか……
そういうものがあまりこの建物にはないし、みんなしていないから。
時折私が夜の見回りをしているんだ」
「……えっと……それ……必要……?」
「何をいうリエル、すっごく大切なことじゃないか」
……あー……こんなにお外の世界へ馴染んでも昔の癖とかそういうのが出てるのかぁ……
ボクだってかつてはこそこそ動く怪しい人影とかには一層気を張ってたりしたし、
物を盗まれないように物置とかしっかりしてたけど……
ボクそういうのすっかり抜け落ちちゃって……
もうやらなくてもいいって気持ちがどんどん大きくなってって、緩んで……
うーん、いいことなのか悪いことなのか……昔は大事だと思っていただけに判断が難しい。
「……もしかして、忘れちゃったのか」
「あー……」
アズサさんのちょっと鋭くなった目線についこっちの視線を逸らしちゃう。
うー、いつにも増してじーっと見られてる〜……
やめてー、そんな目で見ちゃダメ〜……ボク昔のことちゃんと忘れてない〜……
忘れてもいいけど、それだけじゃダメだっていうのもわかってるよ〜……
「……まぁ、リエルにはそういうの、初めから向いてなさそうだし。
無理してやってとか、思い出してとかは、言わないよ」
「……そうだよね」
内心ホッとしちゃった。
一緒に巡回して欲しいとか言われたらどうしようかなって考えちゃって……
絶対足手纏いになっちゃうだろうし、そもそも夜に起きるの不慣れだし……
眠れない日はあっても眠らない日はほとんどなかったし……
やっぱり夜は安全な場所があるとそこで横になりたいよね。
「……えっと。
アズサさん、あんまり暗い話しちゃお掃除する気持ちも減っちゃうし。
一旦別のお話しないかな」
「今の暗い話だったかな……?」
「ボクにとってはなんか暗いかなーって。
もっと楽しいこと話そう? ね?」
「……それは……うん、そうだね」
このままだとアリウスのことを無自覚に話しちゃいそうだから、それとなく話題を逸らす。
こんなことしながら話すことじゃないから、不自然でもね。
お話どき、なんかダメだなーって思ったら話題を変える……
意外と円滑に話したいならこれが結構いいこともある。
当然使いすぎると色々ととっ散らかっちゃうからほどほどにね。
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「お疲れ様〜」
「ああ、お疲れ様」
その後は無難なことをお話しながらテキパキお掃除していった。
補習授業部のお勉強で最近わかんないことがなかったかどうかとか、
最近食べたご飯屋さんでおすすめの場所ないかなとか、
あたりさわりのないことをのびのび話して、気がつけばお掃除は終わっていた。
あっという間の出来事のように感じたけど、時計を見ると初めて50分か1時間か。
まぁお掃除ってこれくらいかかるよねって時間がすぐに過ぎてて内心驚く。
でもこんなので驚いてたら何にでも驚いちゃいそうだから、そんなそぶりはしない。
だけど1時間くらいのものがたったの数分にしか思えなかったのは……
……まぁ、楽しかったからってことにしておこうかな。
「アズサちゃーん、アレをここに置いておきますからね〜」
「ん……ああ! アレか。ありがとう、すぐ取るよ」
「アレ?」
「ほら、今日買ってきたモモフレンズの」
「ああ、ぬいぐるみ?」
「いいや、それもあるけどヒフミのお買い物袋に入れてもらってたものもあるんだ」
そう言いながら、お部屋の入り口付近に置いてあったものであろうそれをお部屋に持ってきた。
ぬっ、というような感じでゆる〜い猫さんのような顔が今日はしたと思ったら、
すご〜く長い胴体が若干床につきそうになってて……
「それって確か……ウェーブキャットさんの抱き枕……って言ってたっけ?」
「そう。ペアで買うとお得だって、ヒフミと一緒に一個ずつ」
抱き枕……
布団の中で、頭に置くのとは別に体全体を使って抱きしめるようにしながら眠るための枕。
実際に見るのは初めて。 だって持っていないもの。
「こうして見てると可愛いね〜……でもこんなに長くて邪魔になっちゃわないのかな」
「うーん……体全体で使うからそうでもないんじゃないかな?
ベッドの中で重なるようにして……ああ、今試せばいいか」
「むむっ」
閃いたらすぐ実行、今掃除したばかりのベッドに向かっておもむろに抱き枕を置いた。
そしてすぐさま、同じベッドの中に入って使い方通り抱いてみせるアズサさん。
……あ、いつも鋭く開いてる瞼が閉じて……眠っている……いや、寝たフリだ。
「これは……すごいな……邪魔になるどころか……心地よくて……
今の時間が夜なら……このまま眠れてしまいそうだ……」
「お、おお〜」
とろん、とした表情と声から力の抜け具合が伝わってくる。
横になる時にずっと力を入れてたりしてると休まらないし、逆にしんどくなる。
だけど思いっきり力を抜いて眠れれば……ご覧の通り。
心の底からリラックスできて……疲れなんてどこかへいっちゃう。
うん、これはいい枕みたい。
「それ、ボクも試して見たいなぁ」
「……それなら、今晩一緒にためそう……おんなじベッドに入って一緒に抱きつけばいいんだ」
「それナイスアイデアかも。二人で寝るからベッドがもーっと狭くなるかもだけど」
「うん……一緒に眠って心地よく……」
半分力が抜けちゃってるアズサさんが提案してくる。
ボクもどんどん興味を持っちゃってる抱き枕のパワーを感じたくってほぼ即答しちゃった。
だってすっごく気持ちよさそうなんだもん。
アズサさんってもともといつ眠ってるんだろうってくらいに寝てるところ見たことなかったのに、今じゃまるでいろんなことから解放されたみたいにすやすや寝顔を見せてくれてるんだもん。
それだけのもふもふ気持ちよさが、この抱き枕にはあるってわかる。
だけどそれは夜に存分に試すから、今は起きなくちゃ。
はーい、アズサさん起きて起きて〜……
「……思えば、トリニティに来てから驚いてばっかりだ」
「ん?」
そう思って横になっている体をゆすろうとした時、耳元で呟くような声。
小さいけど確かに、心から思っている声が聞こえてくる。
「私たちは、あそこから出てこなければ何も知ることはなかった。
学校の勉強なんてできなかったし、ペロロの人形やモモフレンズを知ることもなくて。
ヒフミ、コハル、ハナコ……補習授業部のみんなと出会うこともなかった」
「それは」
「リエルのことだってそうだ。
私はずっとリエルのことがどんな子なのかなんて全くわからなかったし知らなかった。
こうして一緒に来なかったら、ずっと知ることもなかったんだろうね」
「……うん」
気がつけばベッドの側面に座ってアズサさんのつぶやきを静かに聞いてた。
そう、ボクたちはここに来たから今の姿でいられるんだ。
きっと、アリウスから出ることがなかったら。
ボクの心はずっと暗いところに閉じ込められていたままだっただろうし。
アズサさんもこんなふうに過ごせる友達ができることもなかった。
あの日に、全部変わった。
アリウスから出てきたあの日に。
「私は今のリエルの姿が一番しっくりくるし、一番好ましいと思う」
「そう?」
「うん……以前の姿は、今思い出すと……とてもじゃないけど、見ていられなかったから」
「……ふふっ、素直に言っちゃうなぁ」
「でも、そうだろう?」
互いに変わったことを改めて自覚してお互い微笑み合う。
その時に聞こえてきたかつての姿に対しての本音も、きっと今だから教えてくれたんだろうなぁ。
どれだけ虚しくっても、それは今日を頑張らない理由にはならない。
そう考えるアズサさんにとって、あの頃のボクは。
虚しさに沈んだまま動くことができないお人形さんか何かとしか思えなかったんだろうなぁ。
まぁ、今そう言われてボクも傷ついたりはしない。
だって本当のことだったし、今は違うって思うから。
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「ぐ〜……」
「……リエル……」
その夜。
リエルは抱き枕のあまりの心地よさに即落ち2コマのような勢いで眠りについてしまった。
それを横で見ていたアズサは若干の呆れと嬉しさに満ちていた。
(まさか、ご飯が終わってお風呂に入って……
一緒に横になった、ものの数十秒で眠れるなんて、相当だ……)
アズサは、今までの経験や現在も行っている拠点近くのパトロール癖もあって夜寝るのはかなり遅い方であった。こうして横になっても意識だけ残るというのもよくあることだった。
リエルもかつては同じタイプだと誰かが話していたのを思い出したけど……
今の姿を見ていると、本当にそうだったんだろうかと内心思ってしまう。
(……夜11時……そろそろ)
枕の心地も素晴らしいものだけど。
いつもの癖というのはそう簡単には抜けてくれない。
今日もみんなの安全のためパトロールしようと名残惜しくもベッドを抜けようとするアズサ。
しかし、その瞬間……
(……体温を感じる)
「ん〜……」
(リエルの両手で、私の体を抱きしめられている……)
自分がいつの間にか抱き枕ごとホールドされていることに気がつく。
……意外と力が強くてちょっとやそっとじゃ抜けそうにもない。
当然、アズサはこういう状態になっても力ずくで抜け出す技術も持ってはいるが……
(このまま出ようとしても、リエルを起こしてしまう……
それに……あたたかくて、やわらかくて……とても、ここちいい)
今感じている温かみの前に、その気力がどんどん削がれていく。
包み込まれているかのような感覚が、その意識すらどんどんと眠りに沈めて……
(……今日くらいは、いいか……)
彼女の心はいつしか睡魔を受け入れて、後を追うように熟睡へ。
……こうしてアズサは暫くぶりに夜更かしもせず一晩を明かすのであった。
【ウェーブキャット抱き枕】
モモフレンズグッズの定番アイテムとして販売されている胴長抱き枕。
ゆるい顔をボディに表現したようなもちもち感覚と心地よい抱きつき感覚を両立した逸品。
ペロロぬいぐるみと並んで、コレを買わなくてはファンといえない!とまで評される
外せないアイテムなのである!
(阿慈谷ヒフミ談)