昔のボクなら戦場に向かうと決まっただけで、震えが止まらなかっただろうけど。
……不思議と心は落ち着いていた。
“早速状況を確認するけど。
相手はゲヘナ生徒4名……美食研究会のメンバーたち。
この子達は普段から4人で行動してる小規模グループで、他の援軍とかは考慮しなくていい”
「ふんふん……」
現場まで移動する間、今回相手にする生徒達の情報を“先生”から聞く。
ハスミさんの語ってた通り4人……本当にそれで全員なんだ。
……たったの4人で敵地に潜り込めるってとんでもなく度胸があるような……
自分の目的のためなら危険を犯すことも躊躇わないその姿勢は素直にすごいと思う。
けどそれが問題になるのならこうして止めに行くのもしょうがないよね。
「先生、そのグループの特徴はなにかあるか?」
“個人の印象で話すなら、逃げるのが上手いかな。
その場での戦闘に深く拘らなくって、これはダメだと思ったらすぐ撤退の判断を下せる”
「……厄介だね。
その手の判断ができるならバラバラに逃走するのもスムーズそうだ」
わぁ、逃げがうまいって……
それってだいぶ相手取るの大変なパターンだ……
その場の勝ち負けには拘らないし、自分たちが負けそうでもムキにならない。
しかも“先生”がそう話すほど上手なら嫌がらせも得意そう〜……
逃げる相手を追いかける上で一番嫌なのが全力で逃げられるのと、逃げる道中で相手側が色々とやってくるの。まぁ、妨害。
追いかけるって意外と集中力使うし走ったりすると細かいこと気にできないしで、
ちょっとした妨害でさえ脅威に変わってくる。
爆弾一個置かれるだけでも真っ直ぐ走るだけの相手には当たるかもなんだ。
だから、妨害工作って受ける側として考えるとすごく嫌。
無論やる側も逃げながら設置するって簡単じゃないんだけどね。
捕まったら元も子もないし……
……ん、やたら詳しい?
まぁアリウスだとこういう戦場での勉強みたいなのずっとやってたし。
当然こういうお勉強はボクもやってました。
医務室送りになってからは治療ばっかりでその手の座学も参加してなかったけど、
意外と覚えてるんだなぁ……
「で、目的はなんだったんでしょうか?」
「えーっと、ハナコさん……それは〜……」
「彼女らとて何の理由もなくトリニティまでやってくるはずはないと思うので。
情勢を無視してでもやりたい……いえ、美食研究会とお名乗りしていますから……
食べたいものがあるという表現が正しいのでしょうか?」
“うん、そうだね……食べるためにここまで来る……
私の知ってるあの子達ならそのくらいはやるだろうなぁ”
そう話す“先生”の目は確信というか間違いないという感情の色が見えた。
本当にそこまでやってでも食べたいもの……それって美味しいのかな?
う〜ん、ちょっと興味あるかも……ボクにはそこまでやれる度胸ないけど……
“えーと、それで……美食研究会の行動について教えてもらったけど”
「はい」
“水族館からマグロを奪って逃走中って”
「マグロ〜……??」
「水族館から魚を奪って逃げる……なんでだ?」
「いえ、目的は一つですよね? 彼女らのグループ名が全てですよ?」
「ま、マグロ食べるためだけにトリニティきたの……?
そ、その美食研究会ってやつらやばすぎるでしょ……」
コハルちゃんがまた呆れるような声を出してる……
最近こんな感じの声をよく聞くけどその気持ちもわかるんだよね……
マグロってアレでしょ?
海のお魚さん……食べる機会にはまだ恵まれてないけど美味しいって聞いてる。
鮮度が命って話で、アリウスへと持ち帰って食べれるようなものでもないし、
何よりおさしみとかたたきとかネギトロとかまだやったことのない調理法ばかり聞く。
……お魚を焼かず茹でずそのまま食べるってとんでもなくない?
少なくとも今まで食べてきた魚のイメージで言うなら焼かないとなんだか不安になるよ。
お腹壊さないのかな?
”今は車に乗ってるみたいだから走っても追いつけない。
正義実現委員会のみんなが道を封鎖して私たちの方まで誘導してくれるから、
見えてきたらすぐに叩こう“
「了解した、待ち伏せて先手を取るんだな」
「う〜……久々に本気の銃撃戦……」
「いやヒフミはこの前海でたくさん撃ち合ったって聞いてるんだけど」
「その時はツルギさんがほとんど片付けましたから〜!」
車まで持ち出してるって本気だなぁ……
確かに徒歩で学校から学校の間を移動するのは大変だけどそこまでする?
……そのやる気が他の方向に向いてくれたら良かったのになぁ……
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少し歩いて、待ち伏せポイントについた。
それと同時にいそいそとアズサさんが即興トラップを用意してる。
市街地戦闘、複雑な地形を活用してのゲリラ戦術は得意中の得意だから本当に手際がいい。
立ち止まって数分程度で見事な罠が完成した。
あとは待つだけ……そう思い、隠れたその時に。
ぶおんぶおん、と激しい音がこっちの方目掛けて勢いよく突っ込んでくる。
咄嗟に隠れた次の瞬間にはぼかん!とそこそこの大きさに留まってる爆発の音がした。
それと同時か、また一瞬遅れてがたんと何かが止まる音。
どうやら罠が命中して車をしっかり留めてくれたみたいだ。
「うわぁぁぁ!! なになになに〜〜〜っ!?!?」
「あらま〜……どうやら罠にハマってしまったみたいですね⭐︎」
「ちょっとー!! このままここで立ち往生は流石にまずいよ〜?!」
「ふふふ……この程度の苦難があってこその美食……
妨害は程よいスパイスとなり、窮地がまた心を震わせる極上のアクセントになるのです」
「んんーーーっっっ!!! んんんーーーーっっっ!!!」
車の方から話し声が聞こえてくる。
ひい、ふう、みい、よー……確かに4人……
冷静な人とすっごい慌ててる子、マイペースそうな2人……
あれ? だけどなんかそれとは別のくぐもったうめき声が聞こえるような……
でもここから確認できるのは間違いなく4人で……あれぇ?
……見えない位置に誰かいたりする?
「アズサとリエル側、目標を視認した」
”こっちも問題なく見えた。
うん、美食研究会のみんなだ……相変わらずだね“
「うーん、こんなことするようなのとも”先生“は知り合いなんだなぁ……」
「こらコハルちゃん、あまり人を悪く言っちゃいけませんよ?」
「いやだってさぁ〜……」
……みんなは気が付いてないのかなぁ、それともボクの気のせい……?
う〜ん……いや、これから戦うぞーって時に余計な混乱を生む情報はいうべきじゃないか。
それも確信が持てないようなものなら尚更だよね。
「んんん〜〜〜っっ!?!?」
でもやっぱりなんかあそこにいる4人以外の声が聞こえてくる気がするんだよなぁ。
んー……って、うめいている……いや、話せないからそういう声をあげるしかないって感じの声……あれ?それってもしかして捕まってるってことになるんじゃ……
”うーん、みんなちょっと待ってね“
「あ、”先生“!? 危ないですよーっ!!」
あ、そんなこと考えてたら”先生“が美食研究会の人たちの前に……
ん? でも”先生“の姿を見かけた瞬間に向こうのリーダーっぽい人の頬が……
「あ、あら”先生“。こんな夜中に奇遇ですね。ご機嫌はいかがでしょうか?」
”こんばんわ。えーとハルナ?“
「はい」
”なんでこんなところにいるのかって、教えてくれるのかなって“
おぉう、いきなり聞いていくなぁ……
向こうの人たちも流石に”先生“へ向かって銃を撃つとかはする気もないのが伝わってくるし、
やっぱり”先生“ってあちこちから信頼されているんだろうなっていうのがわかる。
それは問題児が相手だったとしても例外じゃないんだ……
「……”先生“、これは……致し方のないことだったのです」
”うん“
「伝説のゴールドマグロ……至高の美味たるこのマグロを、ただの観賞用として扱うなど。
そんなこと美食に対する礼儀を感じられません。私はそれが許せない……」
”はい“
「それにこの伝説のゴールドマグロさんも見せ物として終わることなど望んではいないはず。
私たちはただ! その声に共鳴しただけなのです!!」
しーん……
”先生“がハルナと呼んだ銀髪の女の人は、声高らかで腕をバッと振り上げて宣言した。
この瞬間はまだ銃撃戦が起こってないからかその声が周囲に響いて。
その次にはさっきのような静寂だけがその場に残っていた。
うーん、その……ちょっと、何言ってるかボクにはわかんないなー……って。
美味しく食べてほしいって言ってたの? マグロさんが??
その、ツノが生えてる子が抱えてるやたらピカピカしたお魚さんがそう言ってたの?
本当にぃ……??
「そんな理由で先輩たちがあんな苦労してるの……?」
「コハルちゃん、一旦深呼吸しましょう。落ち着いて、落ち着いて……」
「ヒフミとおんなじようなノリを感じた」
「あ、アズサちゃん???」
隠れながら各々らしい反応が見られる。
……モモフレンズを前にしたヒフミさんもあんな感じだなーって思ったのはナイショで。
”えーと、今日はみんなを止めなくちゃいけないから……ごめんね?“
「あら、そうなのですね……残念です。
しかし、だからと言って私たちは止まれません。
お相手が”先生“だとしても、美食のため!ここを押し通らせていただきます!」
”やっぱりそうなるかー“
うーん、説得は通じなかったかー……
けどお話聞く感じ無茶苦茶芯が通ってて自分の意見を曲げるつもりがなさそうだったからなぁ。
自分の話題に関してこの意見は絶対に変えたくないって子も普通にいるから、
そういう子とおんなじだって考えれば理解はできるけど……
いや、やっぱりボクには追いつけない……
食べるためにここまでやれるそのバイタリティの凄さは……
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ドパパパ、ドンドン
大きいようで小さく聞こえる、それでいて尽きることのない発砲音が途切れない。
あまりにも久しぶりに聞くような、銃撃戦の音。
チュイン、と近くで銃弾が貫通せず跳ね返る音が耳につんざく。
……体は不思議と震えたりしないけど。
それでもやっぱり戦うのはなかなか勇気がいるし、おっかない。
ついてきたはいいけどこのままじっとするしかないというのもダメな話だと思う。
反撃もしたいけど……やっぱり手がプルプルと震えてる。
いまだにボクは銃を撃つという行為をするのを躊躇ってるみたい。
こんな調子じゃすぐやられちゃうとわかっているのに。
”リエル、右に2歩“
「……はい!」
”先生“の指示……いや、指揮が耳に入ってくる。
この銃声の中でもするりと入ってくる声に合わせて、足を2歩右に進める。
……そこに立ったら。
「おぉ……」
一気に、戦場の状況が目に見えてわかるようになった。
しかもボクの身はしっかりと遮蔽物に隠せていて、攻撃も上手く凌げている。
アズサさんが一気に攻めて、そのフォローにヒフミさんが入る。
コハルちゃんがグレネードを使って……あれ味方に?
……いや。あのグレネード……味方の傷を回復できるの!?
それ凄すぎる……みんなが知ったら絶対欲しがるでしょそんなの。
そしてハナコさんとボクは完全に後ろに回ってみんなのフォローへいつでも入れるように……
……まるで一つの生き物を動かしてるみたいにボクたちが戦えてる。
アリウスの訓練された生徒たちでもここまでスムーズに動けるものなんだろうか。
……いや、こんなふうにできるのはそれこそ一部のチームくらいだと思っちゃう。
スクワッドのみんなとか、フォーホースのみんなとか……
しかも、補習授業部の生徒はみんながみんな戦いが得意って話は聞いたことがない。
向こうでも強かったアズサさんは例外として……
コハルちゃんは現場で戦うなんて本当になかったみたいだし、ヒフミさんも自信はないって言ってた。ハナコさんなんて銃を持って戦う姿を見たことがある人もそういないみたい。
いやまぁ、この前水浸しになった時は結構威圧感があったような気がしなくもないけど。
そんな……戦うのが専門じゃない生徒たちでも、やれる。
相手の抵抗を少しずつ減らしていって、順調に追い詰めている。
アズサさんを中心として、一人づつ仕留めていくような戦い方……
時折あまり見覚えのないような板を覗き見しつつ指示を出してるけど、正確すぎる。
これが”先生“の手腕……改めてこの人はとんでもない人だって思える、そんなひとときだ。
【美食研究会】
ゲヘナ学園の問題を起こす要注意常連グループの一つ。
少数でフットワークが軽く、美食を追い求める道すがら、あちこちで問題を起こす。
他のグループとの決定的な違いは学区を跨ぐのも用意であること。
なお食の好みそのものはメンバー全員、完全にバラバラである。