自分から来たハルナさん。
同じゲヘナからやってきたのに、あまりにも立場が違うような気がする。
「うぅ……どの面下げてぇ!!」
「あら、そのようなことをおっしゃらないでください。
私とフウカさんの仲ではありませんか」
「この一件だけで見限ってもいいんだからね……!?」
唐突に、あまりにも自然体で現れたハルナさんの姿に驚きを隠せない。
その佇まいはまるで普段の生活の中にいるみたいで、一見追われてるようになんて見えない。
むしろそうするのが当たり前ってくらいに堂々としてる。
……もうこれだけでこの人大物だ……ってなる自分がいる。
だってここ、ハルナさんにとって危険地帯なんだよ?
しかも一緒に来た子達もいない状態で……もうどこかおかしくなってるとしか思えない。
……で、この状況どうしよう。
ボク一人でハルナさんを相手にしなくちゃいけないわけなんだけど。
……曲がりなりにもしっかり応戦してくる相手……どうしよう?
今この状況って割とピンチなんじゃ……
「ところでご一緒にいるその子は、先ほど“先生”の近くにいた方でしょうか?」
「え、あー……うん」
「置いてかれた私に気づいてくれたわ……もうこれだけで私からの印象あんたよりいいわ」
「ふふふ、そう言わずに」
気さくな感じでフウカさんの肩に手をポン、と置くハルナさん。
この瞬間だけ切り抜くといつも通りの生活って感じがする。
……あくまでそういう感じがするだけでそれ以外は異様って雰囲気なんだけど。
……でも、そうだなぁ……
どうせこの状況でボクが変に抵抗したところでどうにもならない場面だし。
せっかくだからちょっと聞いてみたいことを口に出してみよう。
逃げてるのは向こうなのにこっちが抵抗するってなんかわけわかんないけど。
「えーっと……ハルナさん、でいいんだっけ?」
「あら、お名前を名乗りましたでしょうか?」
「“先生”から聞いたんじゃないの?」
「まぁ、確かにそれなら……で、何か?」
「……あなたにとって美味しいご飯ってなんなのかなって」
「!」
その質問をした瞬間、ハルナさんの表情が目に見えて変わった。
こう、自然体から目がキラリと何かを狙ってる瞳に変わったというか。
自分の話したいことに関して嘘もつかないし妥協もしないみたいな雰囲気が。
「私の美食についてお聞きしたいのですね?」
「うん」
「ふふっ、長くなりますがよろしいですか?」
「大丈夫だよ」
なんだか隣に……いや、いつの間にかボクの後ろに回ってるフウカさんが肩に手を乗せて、そこに力が掛かってるような……抗議してるような感じがしてくるというか。
え、まじでそれ聞くの? って言いたげな気配がしてくるような。
だけど聞いてみたかったし。
食べることに対するこだわりというか気持ち的なものを、一回。
だって気になるじゃん、食べることにここまでできる理由って。
……もしかしたらたいした理由なんてないのかもしれないけど……
それで済ませるのは何か勿体無いって思っちゃうし。
「まず、あなたは美食という言葉についてどう思っていますか?」
「美食……ご飯は美味しく食べたいとかそういう?」
「あら、ほぼ満点のご回答ありがとうございます」
なんとなくふんわり思ってるだけのこと口にしたら満点だって。
そんなすごいお話じゃないはずなのにえらく壮大なことに感じるのはなんでだろう。
「あなたのおっしゃる通り、私は『美味しく食べる』ということに真剣なのです。
時によっては、食べるか、あるいは死か……そんなシチュエーションも」
「どんなシチュエーションなのそれ??」
「理解しなくていいと思う……」
美味しく食べるのに命懸けって……
いやまぁ、確かに食べ物が少なくて困った経験はあるけど。
そういう時って味なんか気にも留めないっていうか、なんというか。
……料理する時の食材を命懸けでとりにいくみたいなニュアンス……?
そんなことせずスーパーに行けばいいと思うなぁ。
安全って、食べること以上に大切なことだよ??
「しかし、あらゆる苦難をスパイスに、時に味のアクセントへと昇華して。
より良い環境で、より良い味を、より良いひと時を……」
「ふんふん……」
「時に孤独に、時にみんなで……
この料理はこの食べ方がいい、この食材が欲しい……
思いつく限り全ての食を探求する……それこそが、私の掲げる美食なのです」
「それに私を巻き込まないで欲しいわ……」
か細いフウカさんの声がいろいろな過去を物語っているような気がする。
自分の目的を果たすためなら意地でも曲がらないし折れないタイプだ……
アリウスにはまーったくいないような……いや、アズサさんがいたかな……
でもアズサさんはなんだかんだで冷静に考えてるし、迷惑は……
いや、いっぱいかけられてるような気がするなぁ。
入学の最初とか、補習授業部の結成とかその辺りで……
普段は結構落ち着いた振る舞いなのにいざって時に爆発するのはなんでだろう。
必要に駆られて?
だとしてももうちょっとこう、やり方どうにかならなかったのかなぁとも……
それにしても料理の探求かぁ。
この頃は食べてばっかりで自分で作る機会って減ってる気がする。
外食行ったりみんなで食べたり……
そういえば合宿中のみんなってご飯は自分で作ったりしてたんだっけ?
食堂もキッチンも立派だから腕のふるいがいもありそうだけど……
ボクまだみんなにご飯作った記憶とかない……
というかそもそも、こっちにきて作った料理全部自分の食べる分だったっけ。
……向こうで炊事係やった時思い出したなぁ。
ないない尽くしの中でどうにかみんなに美味しいもの用意したくってすごい工夫してたような。
お芋の炊いたものとかお野菜スープとか、そういうの。
あ、向こうのみんなに送る食糧物資、また用意しないと……
みんなに行き届くとは思わないけどできることはやらないといけないし。
……うーん、次は何を用意するべきかな……たまに手作りで握られてるおにぎりとか?
それくらいならボクがお米炊いて握った方がいいような気も……
「……この気配は……」
「え、なに? どうしてあんたこの子のことじーっと見てるの?」
ん、なんだろう。
ハルナさんのお話聞いて色々考え込んでたらさっきまでと違う視線を感じるような。
いきなりどうしたのかな。
「あの、あなたは……お料理に自信はありますか?」
「へ?」
唐突に、それでいて何かを確認するように聞いてきた。
料理に自信……は、ある方かなぁ……一時期ハマってたようにやったこともあるし。
いや、アレはハマるというよりやるべきことが自分のやりたいことと一致してた?
……うん、あれこれ試したことも多いし自己流ではあるけど……
「うーん、ある方かも? たまに自分で作るし……」
「あっ、ちょ、ま……!」
後ろの静止を気にも留めずに自分の中にある率直な意見を口にする。
……なんかその瞬間体がゾワっとしたような……
「……先ほどの沈黙、あなたは誰かのための食事について考えていましたね?」
「え、なんでわかるの」
「いえいえ、その体から湧き出るような真心……それを読み取っただけですよ」
「や、やばい……私が巻き込まれるだけじゃ済まなくなるかも……!?」
誰かのために作るのなら美味しい方がいいじゃん。
そう考えてたけど、そんなにわかりやすかったのかな。表情に出てた?
……うーん、なんだか顔で見抜いたって感じじゃないような……
こう、本能で見抜いたって感じ?
いや、そんなばかな……。
「今、あなたに対する興味がどんどん、食欲のように湧き上がってきます……
どのような腕前で、どのような味付けで、どのような料理を作るのか……
す、少し私にもお見せいただくことはできないのでしょうか!」
「え、いきなりここで? 調理器具もないんじゃ料理は……」
「大丈夫、そのくらいなら探せばいくらでも!!
さきっちょだけ、そのお手前の片鱗だけでも良いので私にお見せくださいませ!!」
ぐわっ、と勢いのままハルナさんが目をギラギラと輝かせながら迫ってくる。
驚きとかそういう気持ちより、圧がすごい……という感想が先にやってくる。
ゲヘナの人たちってみんなこんな感じ……なのかなぁ、違うよね?
……ちがう……いや、違わないのかなぁ……う〜〜ん……
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「ハルナさん、そんないきなり言われても困るよぉ」
「そう嫌がらずに! さぁ、さぁ!!」
「あんまり手を引っ張らないで〜……」
「やめなさい、やめなさいってば!! あっ力つっよ!?」
あー、手が引っ張られてるぅぅ〜〜……
こんなことやってる場合じゃないってわかってても困惑する〜……
なーんでボクがこんなふうに狙われてるの〜……??
いや確かに誰かのためにご飯作るのはいいことだしみんなのためなら手間暇惜しまないよ?
いいものを作りたいし、美味しく食べてくれるのならそれ以上の喜びもないよ?
だけどボクとハルナさんとじゃ考えは違うんじゃないかなって思うの……
自分のためにやるのと、誰かのためにやるのと……
やってることはおんなじかもしれないし、最終目標もたどり着く場所も同じかもしれないけど。
何かが致命的に噛み合っていないって思っちゃう。
ボクだって美味しいもの食べたいって気持ちは持ってる。
なんなら毎日美味しいもの食べまくってるしそのことは楽しいって感じてる。
でもここまで欲望に素直になんてなれない……というか突き抜けられないよ。
迷惑かけてまで美味しいもの食べたいとか思ってないもん……。
「むぐぐ……」
「くっ、おとなしそうに見えてかなり強情で粘りますわね……
アカリやイズミも一緒なら手が早いものなのですが……」
「これ以上ややこしいことになる前に止まりなさい、止まれってばぁ〜〜!!」
「くぅっ、フウカさん。どうかお手を離してくれはしませんか!」
こうしてハルナさんに手を引っ張られることだいたい5分くらい。
体力とかはある方だと思うけどずーっとこのままでいるのは流石にしんどい。
それにハルナさんも随分諦めが悪いタイプだってわかってきたし、このまま引き下がってはくれなさそう……。
フウカさんもハルナさんのことをどうにか抑えようとしてくれてるから、ここは踏ん張りどころ。
いつ気がついてくれるか、見つけてくれるかはわかんないけど、このまま耐える。
いつまでこうしてられるかはわかんないけど……
「ぐぅいひっっひひひひ………!!!!!」
「む、殺気!!」
「ひっ……こ、この獣みたいな唸り声……」
あ、噂をすれば来てくれた……けど。
思った以上にとんでもない人が来ちゃった……
「ツルギさん」
「……ん“…………待っていろ、すぐ終わらす……」
がりりり、がりりり……と独特な音が響いてくる。
ツルギさんが両手に持つショットガンが地面に擦れて、床を削るように引きずってる。
前に思いっきり屈んで、姿勢を低くしているその姿はまるで獣だ。
その視線はずっと、目の前の問題児……ハルナさんを見つめている。
ボクの方を見てないはずなのに、威圧感が凄まじい。
さっきまでのハルナさんの圧も結構なものだったけど、比較にすらならない。
まるで蛇に睨まれたカエルって感じの……
「……はい、リエルさんここは引き下がりますので。
また今度お料理についてお話しましょう、では!!」
今のピンチを察知する力は流石なのか、ハルナさんはすぐにボクのことを諦めて脱兎の如く逃げ出した、その判断の速さはやっぱり並大抵のそれじゃない。けど、
「きえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇえええっっっっっっ!!!!!」
立ち止まっていたツルギさんが一気にこっちに来たと認識した次の瞬間、
ボクの真横を勢いよく通り過ぎて、背中を向けたハルナさんへすごいスピードで突っ込んでいく。
判断の速さで優っていても流石にスペック違いの相手には敵わないのか。
「いやーーーっっっ!!!」
ずがーん!!! と。
爆発的な音が響き、粉塵が巻き上がった。
そしてそれらが収まった後、ボロ雑巾みたいにずたぼろにされたハルナさんがクレーターの底で倒れてた。
……ほんと、一瞬の出来事で驚く暇もない。
後になってぱらぱらと小石が落ちる音が聞こえてきて、ハルナさんがやられたことに気がつくくらい。それほどまでにツルギさんの突進は凄まじかった。
いつの間にかボクの後ろに戻ってたフウカさんがプルプル震えてるし。
……だけどどうやらボクの危機は去ったみたいだ。
その事実に、心がホッとする心地だ。
「……きひひひひっっっっ………!!!」
そして一仕事終えたツルギさんはそのまま勢いよく飛ぶように去っていった。
まるで次の獲物を探してるみたいだった。
【黒舘 ハルナ】
ゲヘナ学園、美食研究会のリーダー
美食に対する気持ちが人一倍強い芯の通った生徒。
しかし気持ちがあまりにも行きすぎてる上妥協もできないため、自分の許せないラインを踏んだ飲食店に対する容赦がまるでない。
爆破した店は数知れず、捕まっても懲りずに美食の追求を繰り返す。
その姿を見て恐れる生徒も少なくはないらしい。
もしこの作品の外伝出すならどんな路線がいい?
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