突然のお願いに少しだけ面食らった。
ヒヨリさんらしいといえば、らしい要求ではあるけど。
「わぁ〜……ここがトリニティの街並みなんですね〜……
こそこそせず、堂々と歩くのは初めてなんですよね〜……」
「えーっと、ヒヨリさん。 荷物置いてきて良かったの?
大切なものがいっぱい入ってるんじゃ……」
「いえいえ、あんなの背負ってる方が怪しまれることくらいわかりますし。
何より今まであの場所に来たのはサオリ姉さん達、スクワッドのメンバーとリエルさんだけですので……ある程度偽装もしましたし、不安になりすぎるのもよくないかと……」
「……まぁ、それもそっか」
真夜中。
ヒヨリさんを連れてトリニティの街中をのんびり歩き続ける。
人がいない時間を選んでるけど、やっぱり街中にアリウスの子を連れてくるのはリスクだ。
なにせこのあたりじゃ見かけない格好で、怪しさ抜群だし……
ただ、それについてヒヨリさんは、
「あ、そうですね……以外と、堂々としてた方がバレないのではって思いますよ……?
びくびく周囲を気にしすぎるとかえって怪しまれると思いますし……
それに、この辺りでもすけばん?って人やヘルメットを被った人も多いらしいので……
そういう方々に比べれば私なんて怪しくはないんじゃないでしょうか……」
「そ、そんなもん??」
「そうですよ、ゲヘナとかでは本当に気にされなくて……」
あ、ゲヘナに行ったことあるんだ……
というかそれってゲヘナが例外だったりしないよね?
トリニティとゲヘナの空気って多分全然違うと思うんだけど。
サオリさんもそんなふうに堂々としてたのかな。
だけどそういう感じにサオリさんがするの想像できないような……
合理的だと思ったらそうするんだろうか……だけどヒヨリさんの考えも、わかるような。
アズサさんも周囲を気にしすぎちゃいけないとか言ってたような気もするし……
それが一番正しい……のかなぁ?
「それでヒヨリさん、何食べたい?」
「うーん……頼んでおいてなんですが……
いざ何か選ぶってなると……悩んでしまいますね……」
「わかるー」
食べ物の誘惑は強すぎるもんね。
仕方ない、仕方ない。
今でもボク、食堂とか寄った時にどのご飯にするか立ち往生して考えることあるし。
あれも食べたいこれも食べたいってうんうん唸ってね。
しかも全部食べたくてもお腹に入るわけないから選ばなくちゃいけないのがね。
食べた後にあれもー!! ってなって、お腹苦しくなる日も……
うーん、ボクそんなに食いしん坊だったことないと思うけど……
ついつい食べすぎちゃう、だって美味しいんだもん。
「あ、決まりました……!」
「ん、何にするの?」
「この前サオリ姉さんが美味しそうに食べてたっていうあれですよ、あれ……
カレーって言いましたっけ? あれが食べたくなりました……!」
「カレー……ああ、カレー」
ヒヨリさんも歩きながら迷って。
出た答えはカレーだった。
その間に出てきたサオリさんの名前が……カレーのこと話したのかな。
そういう任務に関係ないお話って、サオリさんする印象がないけど……
まぁ、美味しいご飯のことは記憶に残るし。
何より知ってもらいたいことは自然と口から出るものだからね。
何かの拍子でつい話したってことも普通にありえるかも。
「カレー屋さんあるかなぁ、そういうお店はボクも初めてで……」
「では、せっかくですし探索しながら探しましょう……!
独特の香りがすると聞いているのですぐにわかると思いますし……!」
「そうはいうけど、ヒヨリさんはその香り知ってるの?」
「……えへへ……その、頼りにしていますから……」
……結局そうなるのかー……
以前から思ってたけど、やっぱりヒヨリさんってなんか図太いような……
まぁ、そのくらいの方が元気でいいと思うけど。
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「おぉ〜……いい香りなのと、なんだかからーい感じがしてきました……」
「割とすぐに見つかったよね」
「そ、そうですね……もっとかかると思ってました……」
独特なスパイスの香り。
近くで鼻にくると思わず咳き込んでしまいそうな辛いにおい。
知っていれば、それらは割とすぐにわかる。
カレー屋さん、探せば割とあちこちにあった。
時間的に閉まってるお店も少なくはなかったけど、遅くまでやってるところはちゃんとあった。
「カレー、人気なんですねぇ……すごいですねぇ……」
「とりあえず、まずは注文しないと」
「あ、はい……ええと……」
カレーと一言で言っても、メニューの内容は膨大だ。
お肉カレー、お野菜カレー、スープカレーに……カレーうどん?
最後だけなんか別の料理が混ざっている気がするんだけど……
いや、でもあるってことは食べられているってことでいいのかな。
カレーとうどん……うーん、これもまた未知数……
今日は一旦他の、わかりやすいカレーを食べよう。
「えーと、この辛さのランクという表示は一体……?」
「ん、どれどれ……」
まじまじとメニューを眺めてたヒヨリさんが疑問を投げかけてくる。
1から8の数字が並んで……右に行くほど数字が赤く……うーん、これから推測するに。
「辛さの強さを選べるみたいだよ」
「な、なんと……上に行くほど辛さも大きくなるんですね……
こんなに辛くて食べる人いるんでしょうか……くるしいと思うんですが……」
「その辛さが好きな子だっているんじゃないかなぁ。
ボクはたぶん、無理だけど……」
「え、えへへ……ですよね……辛すぎるとつらいですもんね……」
そういってるヒヨリさんの目は激辛試してみたいって言ってる気がする。
だって高い方の数字をじーっとみているんだもんね、その辺は割とわかりやすい……
目線って誰でも素直なんだけど、本当にわかりやすい子は一目見たら本当に……
「えーっと……2か3で……他のお店とおんなじくらい。
ここが基準点としたら……うん、ボクはこのへんでいいや。
ヒヨリさんはどうする?」
「そうですね〜……6、とか……」
「だいぶ辛い方だよ? 大丈夫?」
「はい……その、見てたらどんどん気になってしまいまして……」
ヒヨリさんって辛いの平気だったっけ……
というかアリウスのご飯の味ってこう、特徴がなさすぎて……今日食べようとしてるカレーみたいなすごい独特な味のするご飯食べた時にどんな感じになるんだろう……?
「大丈夫? 後悔しない?」
「えへへ……いざという時は痛みをリエルさんがどうにかしてくれれば……」
「えぇ……」
こんなふうにボクの“ちから”を使うのって絶対ヒヨリさんくらいしかいないだろうなぁ……
他のみんなが見ちゃったらどんなこというのか……
あ、でもなんだか姫さまが見たらすごくいい笑顔になる気もする。
こう、ニッコニコな感じで。
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「お待たせしましたー」
「あ、ありがとうございます……」
「どうも〜……わぁ、本当に色から辛そう……ボクのお皿と全然違うよ?」
「なんか赤いですよね……そちらは全然赤くないのに……」
注文して数分くらい、すぐにカレーが届けられる。
ボクは大人しくほどほどの辛さにしたけど、結局ヒヨリさんはからーいものになった。
ずっと見つめて興味津々だったもんね、しょうがない。
だけどなんかもう、見た目がすごいんだけど……
アツアツな湯気もボクのお皿と変わらないはずなのに何故かそれまで辛そうに見える。
店員さんもいいのかなぁ、と心なしか表情がそう言ってる……ような気がする。
「いやー……こわい、ですねぇ……いざ目の前にすると……」
「ヒヨリさん、自分の注文だからね?
逃げたりしちゃダメだよ、全部食べるんだよ?」
「わぁスパルタです……でも嘆いても目の前のご飯はありがたくいただきますね……
……あむ」
笑顔なのか、怖がっているのか……
多分どっちもあってどっちも等しく感じてるんだろうヒヨリさん。
でもスプーン自体はとにかくスムーズにカレーをお皿から掬って、口に運んで行った。
どれだけ内心おっかなびっくり状態でもご飯となれば体は正直……
「……………………」
口に含んだ瞬間、すん……と表情が静かに落ちていく。
そしてだんだん頬が真っ赤っかに染まっていって、目元に少し涙が溜まり始める。
口はもぐもぐと動いているけど……どんどん何かが湧き上がってきて……
「ん、んんんんんんんんん〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっっっ!!?!?!?」
辛さで悶え始めた。
叫ぶと周りに注目されるからか、必死に声を抑えてる姿が見ていて痛みを感じる。
だけどそんな様子とは違い、手は次の一口へとスプーンを動かしてる。
それを他所目にボクも一口。
……うんうん、お芋とにんじんさん、お肉がそれぞれスパイスの聞いたカレーのどろっとした食感に程よく混じって……しかもこの調和の取れた辛さに、おこめ!
それぞれの食材がそれぞれを引き立てて、音楽を奏でているみたいに口の中で踊っている。
こんなに美味しいのに、作ろうと思えば誰にでも作れるって話だからすごい。
しかも自分で作るのに自信のない子にもレトルトカレーまで存在してる。
痒いところに手が届く、場所も人も選ばない……万能ご飯、その名はカレー。
うーん、おそるべし……
毎日食べてると飽きがくるかもしれないけど、作りやすさからして魅力が多い……
みんなのためにも、ボク自身のお料理スキルのためにも作ってみたい、カレー……
「ハフッ……ハフッ!!」
「ヒヨリさん大丈夫〜?」
「だい、だいじょうぶです……ハフハフ……ハフッ!!」
なんかだんだんヒヨリさんが騒がしくなってきたような……
いや、それだけ辛いんだってことも伝わってくるし、きっと自然とそうなったんだろうけど。
なんというか、その……おおげさすぎるような気がしてきて……
どうしてだろう、辛いものを食べてるってわかってるのに。
ヒヨリさんだから……って考えるのも失礼だよね?
ひぃん……どれでもいいからって選んだ辛さが……つらい……でも、スプーンが全然止まりませんん……ハフッ、ハフッ」
「おいしい?」
「もちろんですよぉ……」
笑顔だけど苦しそうな表情でそう答える。
今はどれだけ辛い目に遭おうともその手を止める気はないみたい。
「にしても、このカレー……あったかいですね」
「ん……あったかい。辛いから熱いとかそういうのじゃなくって?」
「えーと、そういうのも……はい、ありますが……
アリウスで食べる食事と比べても、温かみのあるご飯だなぁ……と思いまして……」
「それは」
暖かい食事……言われてみれば、確かに。
アリウスでは貴重どころか、滅多にないといえるほどにないもの。
食べるものがないわけじゃない、けど……あったかいと言えるものは見つけられない。
それに、多分それ以外の意味も混じっている感じが……
「ご飯って、おいしければ気もちがいいですよね」
「うん」
「気もちがいいと、なんだかそのまま、気もちがどんどん上の方へ向いて……
これからも頑張ってみようってやる気が出てきますよね……」
「そうだね」
「だから次も、その次も……そんなご飯が、欲しいって思うのは……普通ですよね……?」
そう語るヒヨリさんの瞳は確信に満ちてた。
虚しくても苦しくてもこれだけは絶対に間違ってないし譲らない。
そんな強い意志が込められた強い目線を感じる。
辛さのせいで目に涙が浮かんでなかったらもっと締まってたと思うけど……
なんか、こんな姿の方がヒヨリさんらしいと思った。
だけど、ボクだっておんなじことを思った。
毎日美味しいご飯を食べて、元気を出して……毎日を過ごす活力が湧いてきて……
その料理をボクが用意して、みんなにお届けできれば……
そんなこと妄想しちゃうなぁ。
今は理想でしかないけど、どうにか形にする方法は……
小さなことだとしてもコツコツ積み重ねればきっとなんとか……なるといいな。
「そうなったら」
「そうなったら……」
「ボクもみんなも、もっと前向きになれるかもしれない……ね」
「そうですね……どれだけ苦しい時間を過ごしても……
そこに美味しくてあったかいご飯があれば……なんとかしてやるぞーって、思えます……
えへへ、自分でこういうのもなんですが……単純ですね、私って……」
「そうかな、そのくらいの方がボクはいいんじゃないかって思うけど」
「そうですかね……」
うん、それぐらいの方がいい。
苦しい時だって、虚しい時だって……どうにかしてやるぞって気持ちがあれば……
……?
あれ、そういえば。
なんかさっきからヒヨリさんの言葉になんか違和感が……?
「ねぇヒヨリさん」
「はい?」
「なんか今日出会ってから、虚しいって全然言ってなくない?」
そうだ。
今思えば極端なほどにヒヨリさんの口から虚しいって言葉が出てきてない。
どっちかというと口にしていう方だった記憶があるし、
何より普段から口癖になってるくらいだ。
なのに今日はほとんど……全然言ってないレベルで、虚しいって言葉が出てこない。
一体これは……
「ああ、それですか……?
実は、その『虚しい』って言葉についてちょっと考えてまして……」
「んっ……?」
「虚しいって、なんなんでしょう?
その言葉の深い意味とか、そういうものはなんなんでしょう?
……私たちがアリウスで学んだことって、一体なんなんでしょう?」
【カレー】
みなさんご存知辛い料理。
インドが起源で、明治時代あたりでイギリスへ伝わり、そこから日本へやってきた。
元はスープ料理に近く、今日本で親しまれているものとは全く別物。
魔改造に次ぐ魔改造で日本のカレーはもう完全に別ジャンル化しているが、
それは他の料理にも言えることで、カレーにはじまったことではない。