権力争いという意味では、紛れもなく勝者の側にある彼女。
しかし、その姿は勝ったものの姿ではなかった。
ああ……なんでこんなことになっちゃったのかなぁ……
私はね?
本当はナギちゃんにもセイアちゃんにも別段ノックアウトしてほしいとか思ってなかったんだよ。
こう、私にもこのくらいのことはできるんだよってやりたかっただけ。
セイアちゃんの一件だってこう、遠くで騒いでほしいとか驚かすくらいで良かったはずなのに、
なんでか暗殺未遂なんて騒動まで行っちゃって……
ナギちゃんもなんか私の知らないところで倒れて……
ああ、どうして、どうして私が───
「ミカ様! 次の書類が入りますので!」
「こちらの書類と正義実現委員会からのパトロール報告が入っています!」
「次のお仕事の割り振り、余剰人員から3名ほしいのですが……」
「エデン条約の調印式会場、候補地についてなのですが……」
「ミカ様、紅茶が入りました」
こんなに、こんなに忙しくなってるのーーーーーーーーー!!!!!
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「ひー、ひー、ひー……!」
「はい、ミカ様〜……間休憩用の紅茶入りましたよー」
「ありがと……そこおいといて……」
今日の執務だけで書類51枚に許可のサイン104回、お仕事割り振りの人員編集3回……!
あ、明らかに以前より自分がやっているお仕事が増えまくっている。
前は少しやった後は割と自由時間が取れるくらいには気楽だったのに……
これはいったい何が起きているのか、まるでわからない……
「いやー、すごいことになりましたねぇ。
ミカ様に取り立てられて側近やり始めてからどんどん環境が変わっていきます」
「そ、そんなさぁ! 他人事みたいにいってる場合じゃないと思うなー?!」
「いやー、私も忙しいもので、あっはっは……」
この頃ずっと側に仕えさせてる子も笑顔が若干不自然になってる。
帰って休みたいなぁ、って思ってる顔だぁ。
私もだよー……。
「しかしですねぇ。
ミカ様の仕掛けたことの結果なのですから、後始末くらい頑張りませんと……」
「うん、わかってるよ、わかってるんだよ……」
忙しさでぐるぐるになった頭でなんとか返事してる。
他の実務担当の子達だってみんな頑張ってる。
そんな中一人だけ優雅に紅茶なんて飲んでいられないし、そんなことしてたら睨まれる。
今でも手伝ってくれてるナギちゃんの配下の子達、一部は目が虚ろになってるし……
なんならこっちでも応援頼んだパテルの子達も目のクマが。
本当はこんなに忙しいの、健康に悪いんだけどなぁ……ナギちゃん本当に大変だったじゃんね……
「こんなことになるってわかってたら絶対やらなかったよぉ……」
「後悔先に立たず、ですね。
全く、ミカ様の暴走なんて誰にも止められるワケないんですから自重なさってくださいよ。
知ってるんですよ、ミカ様が一回戦いになったら暴走機関車になるの」
「ひどくない? ねぇその言い草はひどくない??」
「事実ですよ……」
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さて。
突然だが、なんでこんなことになってしまったのか。
それについて深く理解するには、少しトリニティという学校について詳しく話す必要がある。
元々、トリニティ総合学園とは複数の学校が統合され成立した学校だが、その統合がなされた背後には多くの学校間の争い、内部抗争が絶えなかったというものがある。
その昔、トリニティ総合学校と呼ばれる学校はキヴォトスには存在せず。
現トリニティの敷地には、多数の学校勢力がひしめいていた。
互いの対立、自治区内で教えられる“教義”の解釈など、争いの種は数多くあり。
過激化を問題視した当時の大派閥たちが会談をする場を設け、話し合い。
話し合いの規模拡大と戦乱の疲弊も合わさって、全校の吸収合併が決定された。
……この際に、吸収合併を断固拒絶した学校がひとつだけあるが。
その学校については今は関係のない話なので一旦置いておく。
この一連の決定会議が「第一回公会議」と呼ばれるものであり、
その話し合いの中心となった者たちが現在のミカたち、トリニティ総合学園を纏める中枢。
『ティーパーティー』の源流である。
由緒正しい流れを汲む3校の派閥は当時の学校名をそのまま活用し、
それぞれが「フィリウス」「パテル」「サンクトゥス」と今でも呼ばれている。
どれも現在時点でさえ大派閥と呼ばれるほどの勢力であり、
無自覚に所属しているもの(その自治区出身者・派閥からのスカウト等)を含めると、各派閥に500名以上は在籍しているであろうと思われる。
そんなものたちから選ばれる代表者……ホストと評される一名が、各々現『ティーパーティー』の席へと座り、学校の運営を行なっているのがトリニティのあり方。
単純な一言で言い表すのなら三頭政治で切り盛りしている。
では。
この話を聞いた上で。
ミカのやってきたことを一つずつ振り返ってみよう。
まず彼女は、外部から手駒を招き入れて、セイアを襲撃させた。
その結果、彼女はしばらく養生しなければいけない状態になった。
元から体がそこまで丈夫でも、運動的だったわけでもないセイトだったが。
今回ミカが行なってしまったようなこと以外で自分の仕事をやらないことはなかった。
ナギサがセイアの体を配慮して分担する量自体は少なめに調整されていたものの、
いなければ回らない仕事というのは必ず出るものであった。
そして、ナギサの一件。
これに関してはミカ自身何にも関与していないし、寝耳に水ではあったのだが。
裏の政争として考えると、割と都合のいいことのように見える。
何せ、元が三頭政治……悪く言えば三者がそれぞれ対立する可能性を持つ方式であり。
意見同士の衝突は少なからず避けられないものだから。
自分の意見を100%通せる様になる、という意味では。
他を蹴落として行動を封じ、自分一人が頂点に立つ……
過激な発想ながら、選択肢としては十分とってもいいものの様に見える。
あくまで、見える。
もし、ミカが愚直な性格だったり、権力欲の強いタイプだったりすれば。
実際そう思ったことかもしれない。
だが彼女はそう考えなかった。
なんとなく嫌な予感がして、政争をやめた。
そのつもりだった。
だが、ナギサは倒れた。
ストレス性の極限状態という、自分がなんにも干渉できない要因であっさり倒れた。
それと同時に、ナギサが抱えていたすべての業務が宙ぶらりん状態になった。
そして最悪なことに。
ナギサの仕事量は、ティーパーティーで一番多かった。
ミカもセイアも仕事を割り振られていたのだが、友人への配慮と自分がやるべきという責任感のもと、おおよそ一人でやるべきではないほどに膨れ上がった仕事量。
本来はとっとと他の人員に頼るべき量。
しかし、セイアの一件で心に猜疑心を抱えた彼女は他に仕事を回すのをよしとしなかった。
仕事は増える、でも他に回せない。まさに、負のスパイラルである。
ならば。
ほぼ自転車操業的に回していた人間がいなくなれば。
その残った仕事は一体誰がやることになるか。
わかりきっている。
当然の摂理であり、一つの組織をまとめられる人間としての、ごく当たり前の責務だった。
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「あ“〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「むしろミカ様、よーやりましたよね」
「いや、その、ねぇ?」
「頭の中当ててあげましょうか?
『こんなことになるのなら初めからセイアちゃんの襲撃なんてやらなかった』、ですよね?」
「うわー、見事に当たってる〜……はくしゅ〜……」
ぱちぱち、と虚しささえ感じる乾いた拍手の音が執務室に響く。
そう、私はもう全部わかってる。
自業自得だと。
浅い考えでティーパーティーの同輩を排除するような動きをしてしまったから。
ドミノ倒しのように悪いことが重なっていって。
自分がやらかしてしまったことのツケを支払う羽目になってしまったのだって。
そして、こうして座ってみて改めて実感する。
リーダーという役割の重み。
学校を代表するものとしての重圧。
なんてことないように振る舞っていたナギサが背負っていたものが、どんなものであったか。
確かにこんなの背負ってたら、今まで知ってたナギサちゃんじゃいられないよね……
「それで……あとどれくらいあるんだったっけ」
「ナギサ様の倒れる前に行っていた全執務……
動けるものがそれぞれ対応して、ミカ様の分も換算しても……おおよそ全体の4割しか」
「うえ〜〜〜〜〜」
「しかもここから新しいお仕事がふつーに増えていきます」
「あぁ〜〜ききたくない〜〜」
「んなこと言っても逃げられませんよ」
とはいえさぁ。
ナギサちゃんあまりにも抱えすぎじゃない……?
あんなにみんなで頑張って4割しか終わらないってどういうこと?
あの量本当にナギサちゃん一人で終わらせてたの?
というか本当に終わってたの??
絶対一人でやる量じゃないのに、こんな……ぇぇぇ……???
こんな調子でお仕事が押し寄せてくるもんだから、私もなんか慣れてきちゃったよ?
こうなってまだ2週間、いやもっとだっけ……ともかくそんな長く経ってないのに。
ぶーぶー言っちゃうお口に対して体は自然とお仕事を減らしていくんだもん。
なんか……怖くなっちゃうよね……
「はぁ……ナギちゃん、すごいなぁ……
今になって凄さがわかるなんて、私もなんだか間抜けだぁ……」
「まぁ、付き合い長いと見えないものってありますから」
「……そういうもの?」
「少なくとも私はそうでした」
そうかなぁ……そうかも……となんとなしに納得する。
実際ナギサちゃんの印象って最近はティーパーティーの姿で固まってて。
昔のおてんばで、わんぱくで、好奇心旺盛な姿を忘れかけてた気がする。
しっかりものな姿も本当だけど、もっと違う姿だってナギサちゃんだった。
もっと私みたいにやってもいいんじゃないかなとか思ったけど、そうしなかった。
多分、そう見られるとトップとして舐められちゃうとか考えちゃったのかな。
……いや、実際に私ってパテルの子たちからどう見られてるかあんまわかってないけどさ。
常日頃から意識しすぎると負担がすごそうだなって……
「セイア様もまだベッドの上ですし」
「一応セイアちゃん、体はなんともないんだったっけ?」
「お怪我はあるようですが……普通に起きられるはずだとは、どこかで」
「……サボって寝てるんじゃないだろうな〜〜……?」
「うーん、それはどうでしょう。 そうでないことを祈りたいですが」
むしろそうだったら引き摺り出して一緒に仕事させてやる……
と、自分でやっちゃったこと棚に上げて思う。
いや、セイアちゃんをやっちゃったの私の命令だから、そこは……
でも、実際に担当したアズサちゃんからなんのリアクションもないのは……
あの襲撃をする前に実際に呼んで、お願いしたっきりで。
報告くらいしてくれるかなーとか思ってたけど、なんにもない。
一応協力関係なんだよね?? って思っちゃうくらいに、会いにもこない。
もう一人送るって連絡があった子に至っては、顔すら見たことない。
本当にいるの? ってくらいに接点がない。
側近の子は知ってるだろうけど、今からわざわざ呼んでどーするの?って感じが……
いくらなんでもおかしいなぁ、って考えて。
……そこでふと思い返した。
いつでも来ていいとか言ったっけ?
フリーパスで来ていいよーとか教えてたっけ?
……もしかして、こっちから呼ばないと来ないとか……?
い、いやいやいや!!!
もっと気軽でいいはずなのに……あ。
そういえばティーパーティーの子に一般生徒が会いにこないとか普通だった……
自分の周りの子達だってティーパーティーの雑務担当とか側近とかで。
一般の子がここに立ち入るとかない場所だった……。
それが私みたいな上も上、ティーパーティーのホストへ会いに来れる子とかいるはずない。
そんなのしなくていいし、周りも許してくれそうにないし……
「うあー……」
そんなこと今更気がついて、頭を机に突っ伏した。
ごつん、と重い音が鳴る。別に痛くないけど、なんか痛い気持ちでいっぱいだった。
「さて、休憩時間はあと4分程度です。
できる限り回復してメンタルも持ち直して一緒に地獄いきましょうか」
「はぁい……」
だけど仕事は無常にも押し寄せてくる。
逃げるな、と言ってるみたいに、容赦なく。
そして残酷なくらい膨大な量で。
あ〜あ……こんなはずじゃなかったのになぁ……
もっと私自身が自由にやれるようにしたかったのに。
気がつけば自由なんて舐めたこと言うなみたいな状況になって……
でも泣き言なんていってる場合じゃない。
セイアちゃんのこともナギサちゃんのことも、結局私が追い詰めてしまった。
悪い扱いなんてする気もなかったのに、相手からすれば関係なかった。
「なら……逃げるわけにはいかないよね〜……」
「なんのことですか」
「ううん、なんでもないよ」
ならせめて、責任くらいは取らないと。
当然、私一人でどうにかできるようなものじゃないけど。
自分にできることを、できるだけ。
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こうして聖園ミカは自分の責務から逃げることなく、立ち上がることを選んだ。
それによりトリニティの大混乱は最低限防ぐことはできたのだが。
あっちが立たねばこっちが立たない、と言う言葉もある。
今の彼女は執務漬け状態で、その他のことはまるで出来なくなってしまった。
普段からあちこちに顔を出すようなフットワークの軽さも、
天真爛漫なように人前で振る舞える自然さも、表に出せなくなった。
そして、顔を出せない場所が増えると言うことは。
目に見ることができない部分も多くなるというわけで。
……その事実が、後々に来る混乱の火種となることを、まだ彼女は知らない。
【聖園 ミカ(2)】
パテル分派からも明確にお神輿として扱われている節もあるが、
別段策謀ができないとか政務的に無能だとか、そんなことはなく。
むしろ普段の様子とは裏腹にかなりできるタイプ。
だがそう思われない。
その理由は、本能的な一面の方が強い印象があることと。
その気になれば体一つでありとあらゆる障害を粉砕できるからである。