聖園ミカ。
……ティーパーティーのホストは、もう一人。
夢をみる。
未来を見る。
これから起こる、悲劇が見える。
炎に包まれる聖堂。
瓦礫の上にゆらめく、黒い影。
銃弾に撃ち貫かれ、斃れる“大人”。
混乱に次ぐ混乱によって、一気に崩壊へと足を進める母校……
もう、何回も。
うんざりしてしまう程に夢の中で繰り返した悲劇。
もう何も見たくないと闇の中へ引きこもってしまいたいと思うほど、見飽きた悪夢。
(だが、あれはなんだ────)
だけど、始まりを告げるあの瞬間。
自分の会話に応じるはずだった少女の、有無を言わせない瞬殺劇。
知っていた姿と何もかもズレていて、何の反応もできなかった。
ただ間抜けな姿で銃弾を喰らい続けて、次の瞬間にはもうノックアウト。
その後またやってきた悪夢の中でさえも混乱が収まらず、目の前に流れる映像もそっちのけで頭を働かせ続けている。
どうして彼女は……白洲アズサは、私の話を聞かなかった?
そばにいた、夢の中でいた記憶のない、見知らぬ少女は誰だった?
……朦朧とする意識の中で感じた、あたたかい力は一体何だった?
漂うように夢を彷徨い、傍観者でしかなかったはずの自分がこうも考える。
なんでこんな状況になったしまった??
おかげで、夢の中であの”大人“──”先生“へと忠告することさえできなかった。
それ以上に、あのことが気になってしかたなかった。
ピシリ
(………ん?)
思考深く、周りの悪夢にさえ気を向けないほど考察の海に沈んでいた最中。
ふと、空から何かが割れる音が響く。
……ここは私の夢、割れるものなど……
いや、そもそも不可解だ、いままでそんなこと一度も──
「な……っ!?」
また海に沈む前に、上を見て。
ハッとした。
悪夢が、砕け始めている。
炎に包まれた聖堂が掻き消え、黒い影たちが崩れチリのように舞い。
倒れ伏した”大人“の姿はそこになく、崩壊しかかった母校は、何事もなかったように。
まるで、すべて夏の夜に見た夢が如く、幻のように割れていく。
「な、何が起きて……」
現状を確認しようとして周りをきょろきょろ見渡そうとして、
足元からより大きい音が響き、体が浮遊感を覚えた。
そして、何も言う暇もなく、抵抗する余暇すらなく。
堕ちていく。
堕ちていく。
闇へと。
『──お主がおるべき場はここではない。
運命は流転し、ねじれ、誰も知らぬ道を歩み始めた。
……故に、お主もまた先へ、恐れず進むが良い。
──少々手早かもしれぬが……お主の『ソレ』は、妾が預かっておこう──』
堕ちる最中、誰かの声が頭に響いた。
……ふと横を見れば、自分と同じか、それより幼く見える影が見えた気がしたものの。
堕ちる感覚は止まることなく、自分自身が影をあっさりと通り過ぎてしまった。
そして、さらに堕ちていく。
闇のその先。
現実へ。
---
「ぁ……」
小鳥のさえずり。
カーテンの隙間から入り込む日光。
柔らかく、全身を包む毛布。
最上ランクの入院室……以前世話になった記憶のある部屋の中。
へなへなと力無く垂れていた自慢の狐の耳が、目覚めと一緒にピンと立つ。
「……ここは……あぁ、いつか来た覚えのある、確か彼女に……
ふふ、乱雑かつ丁寧な運搬というのはどうにも妙な気持ちになるものだ……っっ!!」
周りを見渡し、目覚めの気持ちに浸っていると、少し頭痛がした。
一瞬、鋭く重く、それでいて鮮明な……気がつけば何事もなく消えた痛み。
咄嗟に頭を抱えてしまったが、去っていった痛みとともに手は自然と下がっていく。
「今のは……」
なんだったのか。
そう考える前に、自分の身に何かの違和感がある。
……妙にすっきりしている。
さっきの痛みが訪れて、いやその前から何か体が軽いような気がする。
普段からその身に感じていた倦怠感が、綺麗さっぱり無くなっている。
清々しい感じ……いや、ずっと寝ていたから多分今まで以上に体は鈍っているだろうが、それでも気持ちはいい感じだった。
なんでかはわからない……と思った矢先。
ピコン、と自分の耳が真っ直ぐ伸びたと同時に、気がついた。
「未来が、見えない」
改めて口にした時、信じられないと思った。
ずっとあって、もう飽き飽きするくらい見えていたものが。
どうあっても見つめさせられていた忌々しい映像が、頭の中から消えている。
もうそんなものはない、と言いたげなようで。
いつまでそれを見ていると母親がテレビの電源を切るように、真っ暗。
いや、まっさらと自分の中で表現し直す。
「まさか」
そうして思い出す、夢の記憶。
忌々しい方ではなく、目覚める直前に見たであろう一幕を今一度呼び覚ます。
全部ひび割れて、足元が崩れて……
その時に、確か。
「それを、預かる……?」
そう聞こえた気がする。
今まで聞いたこともないような声が確かに。
……何を預かられたのか。
決まっている。
もう捨ててしまいたいとさえ思っていた、あの能力……
私はもう、二度とこの目に未来を映すことがなくなった……
そう解釈するべきなんだろうか。
「……誰かは知らないが、残酷なことをされたね」
……今更、自分にも舞台に上がれというのだろうか。
歯車は狂い、何も見えなくなって、誰よりも無知になってしまった私に。
もうできることはなにもない、どこへ進むべきかすら見つからない。
気弱な感想ばかり湧いて出てくる。
それだけ悪夢に毒され続けてきたのだろうと、どこか他人事に思いながら。
「目を覚まされたのですか」
「ん……」
黄昏ているように屋上をただ眺め続けていたら、病室の入り口から声をかけられた。
……ミネか、いつの間にこの部屋へ入ってきたのか。
まぁ、いてもおかしくはないが。 ここは幾度もお世話になった場所だし。
「……ミネか。君がここにいるということは、思ったとおりここは救護騎士団の病棟なんだろう。どれほど時間が経っても、私がここを忘れるなんてありえない。
なにか体調が崩れたとなったら、だいたいここにいた記憶が……」
「長話をしにきたわけではないのですが」
「む……すまない」
いつも通りの調子て口が回ってしまった。
別にコミュニケーションがどうこうというわけじゃないが、こう。
「それで……一体何が起こったのかな」
「ここに運び込まれた日の出来事は覚えていないと?」
「……ああ、あの日の……」
覚えていない……と表現してもいいが。
わからない……と表現するべきかもしれない。
なにせ、あの日も未来として全て見えていた。
自分の言動さえも見えてしまう……なら、自分の一語一句さえも記憶するのは当然だ。
だけど、もう意味はない。
あの日起こったこと全てが、知らない。
うっすらとわかることはわかるし同じ部分もあった、けど全部違う。
「わかるような、わからないような……そんな気持ち、かな」
「曖昧に仰らないでください」
「したくてそうしているわけじゃないよ」
「……」
そうとしかいえないし、あとは曖昧に微笑むしかない。
未来を知れたとして、私は決して全能の存在なんかじゃない。
わからないものは、わからないとしか言いようがない……誰だってそうだ。
「それで……私の体は……」
「すぐ働く……など許しませんよ」
「……そんなにひどいのかい?」
「いいえ。外傷はほぼ完治、治療等はもう必要ありません。
ですが救護は必要です。長い睡眠療養により、筋肉の衰えがありますから」
……そういえば、ずっと眠っていた割には体の倦怠感はほぼない。
むしろ、未来を見ていた頃と比べて、元気がある。
体が、軽い。 こんな気持ちになったのはいつ以来だろう。
彼女が……白洲アズサの手によってだろうか、と思い。
すぐに違うと断言できた。
夢の中で見た彼女ならば、私の肉体なんてそのまま放置するだろうと思ったから。
では、誰が……いや、待てよ。
確かあの日……気を失う前に見た人影は……1人では……なかったような……
「そうか……では、しばらくリハビリ生活ということになるのかな」
「もちろんです。
時間がある時は必ずお付きに入るので、倒れる以前よりも良い状態を目指しましょう」
「そ……そうか……」
抜け出して確認すべきかな、と思った矢先の一言に思わず気持ちが絶望へ寄った。
ミネ監修のリハビリ……この体には堪えそうだ……
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「ぐううっ……」
「無理せずに、前へ進みましょう」
「起きていきなりとは、これは私に対する慈悲の気持ちを置いているのかな。
それとも、普段の言動に対して思うところがあるのかな」
「口より先に体を動かしてください」
ミネは人の話を止めるタイプだから話していてなんだか悲しさを感じる。
ミカやナギサならなんだかんだ聞いてくれていたんだな、と思って。
ずっとぴーんとたっていた自慢の狐耳が、ちょっとだけ横にへにゃってしまった。
話している時は楽しんでいたんだな、と自分のことを見つめ直してリハビリを続ける。
これがまたつらい。
肉体の衰えというのは簡単にやってくるものだと痛感して前へ進む。
……横の手すりがないと何回転んでるかわからない。
まるで赤ん坊の頃に戻ってしまったようだと感じる。
「このペースだと、いつもの調子に戻るのはいつになるか……」
「以前の様子以上にします。前もセイア様は健康的とはいえませんでしたから」
「アレが私の出せる最高のパフォーマンスだと思っていたんだけどね」
「そこで止まってはいけません。責任を持ってセイア様のことを救護します。
前の騒動のようなことが、もう起こらないように」
「それはありがたいが……」
ならせめてもう少し手心を加えてもいいんじゃないかなぁという文句を飲み込む。
それで怒るような人ではないけど、今の自分を配慮してのことには違いなくて。
彼女の気持ちをそんな風に悪くいうのは良くないと思い至ったから。
それはそれとして、もう手がプルプルしているんだが。
おかしいな、こんなに私は非力だった覚えはないんだが。
寝たきりとは恐ろしいな、こんなに筋力が落ちてるなんて……
「手足の調子はどうですか?」
「よくないね」
「わかりました。 歩行訓練のあとは体操とストレッチ、どちらがいいでしょうか」
「おすすめはどちらかな」
「どちらもです」
「……ふむ……」
ミネは淡々とこちらの様子を見ている。
……やっぱり隙がない、目を盗んで逃げられる相手ではないな。
正直、こんなことをする暇があるのなら白洲アズサに接触をしたいと思っている。
おそらく彼女は今でもこの学校内にいるはずだ。
もうあの悪夢……いいや、未来はアテにならずとも、判断材料にはなる。
彼女は私を襲った後も、学校に残り補習授業部へと加入させられる。
同時期に入ったものたちと“先生”と共に活動をこなして、ゲヘナへと向かう。
途中ナギサの妨害工作に苦しめられ、テストは失敗に終わって……
そこからミカのクーデターを阻止するために自分の素性を仲間に明かす。
未来が崩れた影響で覚えている範囲が多少曖昧にはなっているが……
私の知るこれからの大まかな流れは、こうだった。
けどあの声の主が「預かる」と言って、夢そのものが壊れてしまった以上。
おそらくこの未来はもう見る必要さえ無くなったほどに変わってしまった……かもしれない。
この変化が良いものか悪いものか、まず見定めなくてはいけない。
だから、それを変えた特異点となる彼女に会う必要がある。
あって話ができれば、謎は全て解ける……なぜかそんな確信があるが……
今は大人しくリハビリを受けておくべきだ、という予感もひしひしと感じる。
なぜかはわからない。
だが、今はそうしていろと頭の中にある何かが囁いている気がする。
こんなことは今までなかったが、妙にはっきりとそう感じる。
実際、今ここから外に出たところで彼女の現在地が夢の中と同じという保証もない。
今の体の状態で、肩で息をしながら歩いて辿り着けるとも思わない。
それに、見張りはミネだけじゃない……彼女以外にも救護騎士団の目はあるだろう。
まず、ここから出ることも至難だと思う。
だけどそれより先に予感が走った。
まるでもう一人の自分が表に出てきて、“外に出るな”と言ってるみたいだ。
グズグズしている暇もないが、落ち着くべき……という意味だろうか?
「とりあえず、ストレッチからお願いしようかな」
「それでは、訓練が終わったらベッドに戻りましょう……その上で少しずつ」
「わかったよ」
……ひとまず、その予感に従っておこう。
このまま外に出て自体が好転する気もしないし。
ミネは怒ると……怖いからね。
【百合園 セイア】
ティーパーティーのホスト、ミカとナギサに並ぶ3人目のトップ。
狐耳と金髪が特徴で、ほか2名と比べてかなり背が低い。
未来を見通す力を持っていたものの、見える未来が悲劇ばかりで精神を病み、
アズサの襲撃さえも抵抗する意志すらなく『やれよ』感覚で受けてた。
しかし、その前に話すことも見えていたはずだったのになんか突然ぶちのめされ、困惑したまま夢の中で云々唸っていたら未来全部崩れて当事者として放り出された。
本来はかなり長い間夢の中に滞在して“先生”を導いていたものの、
悲劇的な未来に拗ねていただけだったという見方もされている。
ちなみに、ブルーアーカイブの作中人物の中でもトップクラスに話が長いしやたらめったら単純な内容を難しい言い回しに言い換える癖もある、おしゃべりガール。
おはようの一言が2行くらいの長さに伸びる。