隙を見逃さずに、己が手で火を灯す者がいた。
……その火が燃やすのは、一体何?
心の中にあるものは、炎だけだった。
何もかも、目につく全て、ことごとく燃え尽きてしまえばいいと。
自分の中に住んで荒ぶる何かが叫んでる。
だから、あえて牢屋の中に自分から入るような真似をしてまで閉じこもったのに。
そこに閉じられていることを、許してもらえなくて。
結局、”彼女“の前へ、引き摺り出されてしまった。
目を背けたかった。 顔を合わせたくなかった。
”彼女”を見ると、自分がただただ悍ましくて醜い存在にしか思えなくて。
惨めに思って、苦しくて、死にたくなって。
それでも、“彼女”のことを、嫌いになることができなくて。
真正面から“彼女”に向き合う覚悟も持つことができなくて。
うじうじ、うじうじ。 いくじなしのように何もできず。
それでいて、ただ衝動のままに身を任せることすらできない半端な自分。
──ああ、アタシは。
復讐者としても、“彼女”のそばにいたい奴としても半端なままで。
ずっと、吐き気と嫌悪が堂々巡り。
……いっそ。
ぜんぶ、ぜんぶ。
虚しいものであれば。
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トリニティ総合学校の監視網は、割と穴がある。
正義実現委員会や自警団、ティーパーティーの各々が持つ兵隊。
それらが各自にパトロール網を学区全体に張り巡らせる。
人海戦術。
動員できる兵力の多さから盤石な防御だと思うけど、それでも全く足りてない。
パトロールの人員に対してあまりに敷地が大きすぎて、どう頑張っても全域をカバーしきれない。大規模な学校の抱える、数少ない……けれど、大きすぎる欠点。
わかってしまえばそこをつくのは銃弾を当てるよりよっぽど簡単だ。
無駄な戦闘は回避できるし、一度入り込めば隠れる場所はよりどりみどり。
もっといえば、事前に用意した制服に袖を通すだけでいい。
同じ制服を着ていれば、なかなか怪しいと思われない。
ここも大規模学校故の隙。
……在籍生徒が多すぎて内部所属生徒たちでも互いの顔を知らないなんてよくある。
……着心地がめちゃくちゃいいわねこれ。
ティーパーティー配下の生徒、こんないいもの着てるのか……
おっといけない、考えが逸れた。
どうせこんなの着るのは今日限り、感傷にふける暇なんて、ない。
急ぎつつ、それでいて周りに怪しまれないように。
事前に練習したお嬢様学校の歩き方を信じて、堂々と目的地へ向かう。
別に事前練習、要らなかったかもしれないけど……
こう、怪しい要素はできるだけ消しておきたかったから……
憧れとかはないから、うん。
「……最近学校のあちこち忙しないよねー……」
「……調印式って、本当にやるの?……」
「……ナギサ様とセイア様って今……」
「……ゲヘナ云々よりもさぁ、こう、うちの学校をもう少し……」
通りすがり、会話が聞こえてくる。
こちらの様子などまるで気にも留めず、好きなように過ごしている。
どうやら変装と練習の効果はバッチリ出ているようで、少し安心する。
……それに、潜入したアズサはちゃんと仕事……してる、でいいのよね。
今の所“マダム”の命令はサンクトゥスのトップ抹殺だけらしいが、動けなければそれでいいんだし、それに足してフィリウスのトップも何かあったのは好都合だし。
パテルはまだ使うから何もしなくていいらしいけど、いつまで放置するのやら。
……まぁ、今となっては“マダム”の思惑なんて興味ないし、どうでもいい。
……“彼女”は……うん。
潜入した後のことに関しては、そこまで期待とかしないようにしてた。
絶対向いてないし、何かのきっかけで捕まったりするのがオチだと思ってた。
実際はなんてことなく学区内でのびのび生活してるみたいだけど。
……人の良さ、あるからなのかな。
それとも、彼女の心が周りにも伝わって、いる事を許されているのかな。
個人的には、そうあって欲しい。あの子には、なんの悪もないはずだから。
「……とにかく、行く前に栄養を補給しないと」
……やることやる前に、とりあえず飯。
どんなに苦しい時でも、虚しい時でも、腹は勝手に減る。
……なんとも不便な感覚だと、今更になって思う。
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「お待たせしました。こちら──」
適当な店に入り、適当に頼む。
……腹に入れば最低限動ける。
どうせ味なんて深くわからない。
不味くなければ、それでいい。
……時折“彼女”の作る料理を食べた時を思い出す。
みんな喜んでいるし、美味しいというのは間違いないけど。
……たまにおいしさがわかんない時があって、申し訳なくなる。
時にはしっかり美味しいって思える時もあるから、余計に。
こんなこと、言ったこともない。 ……言えるわけない。
……今出された料理も、香りや見栄えからも美味しいんだろうと頭で予想はつく。
ただ、口に入れたらどうなるかわからなくて、毎回変に気負ってしまう。
普段食べるやつとは違うから、急いでがっつく必要もないし。
……綺麗な食べ方なんてあまり予想もつかなかったけど、違和感はないだろうか。
それとも片隅の店くらいなら誰も食べ方とか気にしないのか?
いまいち感覚が掴めないし、程よく綺麗に食べる。
……テーブルマナーとか何が大事なのかしらね。ほんと。
パンなんて普通に鷲掴みすればいいのに、わざわざ小さく千切ったり……
スープも音を立てないようにって……一気に飲みたいのになぁ。
……ん。
このパスタ……辛味のある……
適当に頼んだものだけど、どうにも当たりだった。
……この味の感覚が、舌がヒリヒリするような感覚が、明確に感じられる数少ない味。
やはり味はある方がいい。
その方が心も落ち着くし、頭も少しはスッキリする。
へー、ペペロンチーノって言うんだ。
名前は覚えておこうかな……
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腹ごしらえをして、機をただ待った。
今日の夜中、パテルの秘密集会がある。
現状に不満のある連中が集まってただ話し合ってるだけの、何の意味があるのかわからないような、そんな集会。
ホストである聖園ミカも昨今は表立って何かをしていない。
ずっと執務室付近でしか見かけないというのを良いことに好き勝手やってることだろう。
……実にわかりやすくて、アタシのやりやすい相手だこと。
中に入るのもすんなりいけた。
格好を揃えただけあって、顔もよく見ずに疑問さえ持っていない。
誰かが紛れ込むなんて考えもしてないって感じのガバガバっぷり。
お嬢様学校特有の慢心か、それとも考えなしの頭お花畑状態なのか……
どっちにしても実に、気持ち悪いくらいに都合が良かった。
「セイア様の安否に関しての情報はいまだに出ていないの?」
「ナギサ様はいつ、情報を公開してくれるのか……」
「ミカ様もいつもフラフラして、何をなされているのか…」
「そもそも、今のティーパーティーの状態はどうなってる?」
中に入って耳に飛びつく話題は、大体ティーパーティーのことばかり。
一般の生徒に目を向けず、自分たちのホスト含めてホストについて気にするばかりだ。
そんなに気になるなら自分で調べて会いにいくなりすれば良いのに。
……自分で動くのも億劫になっているんだろうか。
空気も鬱屈そのもの。
こうも生徒が集まれば明るい話題も出るかもしれないのに、揃いも揃って陰謀的というか、上をどうにか抑えたいと言うような陰謀とか野望とかを感じる。
何かを変えたいのならできることをやるのが一番だって。
“彼女”は確かにそうしていたのに。
……ここにいる連中ときたら。
「ナギサ様が不調だと言う話、本当だと思う?」
「えっ?……私、それ初耳なんだけど」
「セイア様も病室に入ったまま……」
「現状はミカ様が執務室にずっといるとなると……」
「ティーパーティーの方々が、揃って動けないとでも言うの?」
そのまま、アタシの望む方向へと話題は逸れる。
皆の意識が、認識がどんどんその方向へと傾いていった。
なら、もう。
「ナギサ様もセイア様も、動けないってことはさ
今、ティーパーティーで力を発揮できるのはミカ様ってことじゃない?
ミカ様に働きかけて貰えば、私たちがトリニティのトップに立てるんじゃない?」
──甘美な蜜を、破滅の毒を一滴垂らせば。
たったそれだけで、アタシの仕事は終わる。
毒を垂らした瞬間、音がこの部屋から消える。
喧騒の声も、議論の声も、ひとまとめに消えていく。
だが、その場にいる連中の気持ちには、全員等しく“それ”は垂らされた。
「そうだ」
誰かが、つぶやくように一言口に出した。
「今ティーパーティーは役に立たない」
次いで、隣の生徒が同調し自分の主張を口に出す。
「サンクトゥスのトップはいないも同然」
「フィリウスのナギサも簡単に潰せる」
「私たちの時代が来たんだ」
連鎖的に毒は空気を、生徒をどんどん蝕んでいく。
「気に入らないことも多い!」
「何がエデン条約!」
「トリニティはゲヘナと組む必要なんてない!」
もう止まらない。
毒は心を犯し、理性を貶め、やがてその場全てを燃やすほどの炎を作り上げる。
「潰せ!」「潰せ!!」「潰せ!!!」「潰せ!!!!!」
合唱。
たった一言の言葉が、絶えず繰り返される。
その瞳に光はなく、虚ろに、ただ暗い焔に焼かれたようにどす黒い赤だけが映っている。
そして、毒を仕込んだ少女が集会場から立ち去ったことにも気が付かず。
自分たちを薪に、狂気は燃えていく。
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「………っっ、ふんっっ!!どいつもこいつも、馬鹿ばっか!!!」
遠く離れ、誰一人人のいない湖のほとり。
誰に向けてか、わからなくなっている本心を、ぶちまけるように曝け出す。
吐き気が止まらない。
自分自身のやったことへの恐怖と過去の忌まわしい記憶が脳裏に蘇り、
神経全てを掻きむしられているような嫌悪感に駆られる。
息も絶え絶え。
呼吸が荒ぶって止まらず、全く落ち着かない。
強引に息を噛み殺さないと、まともに息を吸うことも叶わない。
本当に、気持ちが悪くなってしまうくらいに、うまくいった。
いってしまった。
自分の才能が衰えているどころか、余計にひどくなっている事実に、頭がどうにかなってしまいそうで、体が痙攣しているような違和感がする。
キリキリと、腕が締め付けられてるような気もしてきた。
気のせいのはずなのに、確かな痛みを感じて無意味に目が冴える。
「傷つく痛みも知らないから、簡単に人を傷つけられる。
自分たちが危険に見舞われた経験が薄いから、どこまでもつけあがる。
自分たちで陰謀ごっこばっかりしてるから……自分たちが“使われている”なんて想像もしない!
お笑い種ね、寄せ集めの平和ボケした連中が……!!」
減らず口を必死にたたき、あるかないか曖昧なままの憎悪を無理やり燃やす。
そうしなければ、あまりに脆い心の鎧が砕けてしまいそうで。
今の様子を蒼毛のあいつが見たらきっと「無様な虚勢」だって指摘するだろう。
それの何が悪いのか、と叫びたくなる。
アタシは強くない。
“彼女”のように立派に立つことも。
蒼毛のあいつみたいに命を捨てるような勢いに乗ることもできなかった。
「自分たちがただの囮にされるとも知らずに、使い潰されるとも思わずに良いようにされて、
せいぜいクーデターでもなんでも勝手にやってればいいわ……」
自分の気持ちをコントロールして、どうにか平常なように自分を騙す。
全部、計画通りなのは間違いない。
アタシは今、何も間違えていない……
その事実がまた、自分を嫌いにさせるけど。
そんなのはもう今更で。
ただ、自分にある炎に従うまま、”マダム“の命令に従うまま……
「あんな連中でも、数がいればここの最高戦力を抑えるくらいはできるでしょ……
ルートの調整もしてあげた、地獄へ勝手にいけばいい……」
トリニティ総合学校を、アタシの手でチリにしてやる。
跡形もなく灰になってしまえばいい。
なにもかもきえてしまえ。
……そんなことばかりが頭を支配している。
どうにか止めようとした。
やり場のない衝動を、炎を消し去ってしまいたかった。
“彼女”に申し訳がなくて、本当に嫌になる。
だけどもう自分の意思で止めても無駄になった。
許すなって、言っている。
燃やせって、言っている。
自分のことを害して止めようとしても、体が勝手に動いてる。
願望。破滅願望。
みんな一緒に地獄へ堕ちようと自分の内から誘う悍ましい声。
自分の心をただ誘い続ける愚かな誘惑。
目を背けたくても背けられない、あまりにも醜い、アタシの本性……
ずっと耐えたけど、もうダメだった。折れてしまった。屈してしまった。
そして、折れた心のままに……
「リエル。アタシを、ゆるして。心の弱いアタシを……」
つぶやきが漏れる。
その声は何を赦してほしいのか、誰に聞き届けて欲しかったものなのか。
わからない。
だけど、ああ。
ダメよ。
赦される資格なんてない。
誰にも赦されてはいけない。
アタシは、地獄の底で燃え尽きるのがお似合いの、愚か者だから。
……だから、どうか。
リエル。
アタシを、ゆるさないで。
かくして動乱の火種は撒かれた。
紅の少女は自分の意思と心を薪に焚べ、
怒りと狂気を持って怨敵を焼却せんと心を叫ばせる。
……胸の内に来るは空虚な感情。
その怒りは、誰のもの?
本当の気持ちは、どこにある?