現実
「イッテェ!」
僕は衝撃に大声をあげ頭を抑えた。すると後ろから
「大袈裟ですよ。」
と言われて頭を叩かれた。
振り返ると古文のおじいちゃん先生がいた。
「……あれ?まっちゃんせんせー?」
「あれ?じゃないですよ。授業中に堂々と居眠りしていて寝ぼけているんですか?」
クラスからくすくすと笑いが漏れる。
「もうすぐ授業終わりますから、それまでは起きていてくださいね。」
まっちゃんせんせーは教卓へ歩いて行く。
そっか。しっかり眠ってたなぁ。
居眠りする前まで手でクルクル回していたシャープペンは手にしっかりと握られたまま手汗でしっとりしている。
―あそこまで没入感のある夢だと現実が分からなくなってくるな……。
そんなことを考えていた時、僕はふと違和感に気づいた。
―足が痛くない……。
まるで夢の中の魔法で治ってしまったかのように不思議と痛みがひいていた。
本当に治っているのか確かめようと足に力を込めたり、足の指を開いたり閉じたりしているとポケットに違和感を覚える。
手を突っ込むと小さくてひんやりとしたものに指が触れた。
それをが何か確認しようとゆっくりと取り出すとは驚きあまり声が出なくなってしまった。
―鍵だ。
それは確かに夢の中でアーシャからもらったものだ。どういうことかわからず僕の頭は混乱してしまった。
―なんで夢の中でもらった鍵がポケットに?それに足の怪我も治っているし……。
「どうしたんですか?もう授業は終わりましたよ?」
まっちゃんせんせーがずっと黙って俯いていた僕を心配したのか声をかけてきてくれた。
「起きてから体調が優れなさそうですが、大丈夫ですか?」
「ちょっと……いや……夢見が悪かっただけなんで……なんでもないです。」
夢で怪我が治ったら現実でも治ったり、夢でもらった鍵を今もっているなんてとてもじゃないが言えるはずがない。
「……?そうですか?まぁときどきリアリティがありすぎて現実とごっちゃになるような夢もありますからね。胡蝶の夢の話もありますし。」
「胡蝶の夢?なんですか?それ。」
今は少しでも情報が欲しい。
夢について何かわかるかもしれないと藁にもすがる思いで聞き返した。
「胡蝶とはいわゆる昆虫の蝶のことです。ある詩人は自身が蝶になっている夢を見たそうです。しかしあまりにも現実味のある夢だった故、詩人は、本当は自分は蝶で、詩人の夢を見ているのではないかと思った、という話が残っているんです。」
「……もしかしたらその詩人は夢で蝶と繋がっていたのかもしれない。」
自分の考えをつい口に出してしまったこんなの馬鹿らしすぎる。
―まっちゃんせんせーに笑われちゃうかもな。
言い訳をしようと頭を巡らせたが、まっちゃんせんせーは真剣な顔だった。
「馬鹿げてなんていないと思いますよ。」
「……え?」
「国語というものは一人一人色々な解釈がありますからね。それに夢というものは未だ研究過程にあるほど謎が多い分野なんです。」
「そう……なんですね……。」
―あのきっと夢はただの夢じゃない。
ホームルームが終わった後、僕は図書室に向かった。
しかし調べ物はそううまくはいかなかった。
夢に関する本を片っ端から読み漁ったのに、手がかりは一切見つかることはなく、ただ時間だけが過ぎていく。
下校時間になっても何も分からず、帰り道はあの夢のことばかり考えてしまった。
晩御飯の最中もどこかボーッとしている僕を見かねた母が心配そうに顔を覗き込んできた。
「……あんたさぁ、大丈夫なの?ずっとぼーっとしてぇ。」
「……いや……ちょっと気になることがあって。」
「気になること?」
「あぁ。ちょっと調べ物してたんだけど、なかなかうまくいかなくて。」
普段ダラダラ過ごしている僕が調べ物をしていることに驚いた様子の母だったが、なんとか力になろうとしてくれた。
「調べてもわかんないんだったら自分で試してみたら?」
「……試すって?」
「あんたがどんなことを調べてるのかはわかんないけど自由研究みたいなもんよ。自分で仮説立てたりした方がよくわかるかもよ?」
―一理ある。
確かに冷静に考えれば夢で別人になっているなんて調べたところで出るはずがない。
「そうだね。自分でいろいろやってみるよ。」
晩御飯をチャチャっと食べ終え風呂をすまし、早速寝る準備を整えた。
夢の中の世界と自分が住んでいる現実の世界、絶対に何か繋がりがあるはずだ。
怪我が治ったことや鍵がポケットに入っていることが何よりの証拠だ。
―いくつか考えられることがある。
一つ、現実世界と夢の中、つまり幻想世界は眠ることで行き来できること。
二つ、現実世界と幻想世界の肉体は共有されていて、片方の世界で怪我をすると、もう一つの世界でも傷ができること。
三つ、シャープペンや鍵がそれぞれの世界に現れたことから、寝る直前に自分が持っていたものはそれぞれの世界に持ち込めること。
―試してみるか。
まず自分の指の先を針で刺してみる。指先から少しだけ血が流れる。かなり痛い。
けどこれで幻想世界でも傷ができてるはずだ。
次に持ち込むものを探す。
―とりあえず携帯とか持ち込んでみるか。
携帯をポケットに突っ込んで準備完了だ。
―そういえば鍵はどうしよう。
仮説通りなら携帯は幻想世界に持ち込めるだろうが、鍵を持たずに寝たら幻想世界の鍵はどうなるんだろう。
僕は夢で手に入れた鍵を机の上に置いた。
仮説を検証する準備を整え、ベッドに入って目を閉じる。そうして僕は幻想世界へ旅立っていった。
幻想
ゆっくりと思い瞼を開く。
「よかったあぁぁぁぁ!」
アーシャが思いっきり抱きついてきた。
―やっぱり眠れば幻想世界にこられるんだ……。
「ごめんねぇぇぇ!痛かったよねぇぇぇ!」
わんわんと泣くアーシャとホッとした顔で立つホープを見て状況を整理する。
―そうだ……確か木箱が崩れていて意識がなくなったんだった……。
アーシャやホープにとっては目を離した隙に木箱の下敷きになり気を失っていた少女が目を覚ましたところなんだろうな。
だけど私にとっては自分の仮説を検証するために目覚めたところなので慌てる二人に対してかなり冷静だ。
「んー。たんこぶも引っ込んでるし大丈夫そうだな。」
ホープは私の頭を軽く触り打った場所の様子を確かめたあと、アーシャを見て厳しい顔をした。
「だからきちんと片付けておけって言ったんだ。」
「ほんとにごめんね。」
アーシャは申し訳なさそうに何度もこちらに謝ってくる。
「大丈夫だよ。痛くないし。」
私がそう伝えるとアーシャはホッと胸を撫で下ろした。
「まぁレイも無事そうだし、朝飯にするか!」
ホープはニカっと笑った。
「じゃあ今からすぐ準備しますね!レイちゃんの分はここに持ってきてあげるから待っててね。」
アーシャはサッと立ち上がると部屋を出ていき、残されたホープは私を見ると不思議そうに首を傾げる。
「木箱が崩れてくるなんて災難だったと思うが、あの部屋で何してたんだ?」
「……木箱の上の本を取ろうとしてて……。」
「登ろうとしたわけか!案外おてんばなところもあるんだな!」
ガハハと笑うとホープはアーシャを手伝いに部屋を出てこうとしたが、私の指先から少し血が流れていることに気づいた。
「なんだ、指も切っちまってるじゃねぇか。あとでアーシャに治してもらえよ。」
ホープは救急箱から塗り薬を取り出し手渡してきた。
「アーシャには伝えておくから、それ塗って待っとけよ。」
「わかった。」
私の返事を聞くとホープは一階に降りていった。
取り残された私は早速自分の仮説の検証を始めることにした。
まず自分の指先を見ると確かに血が出ている。
―向こうでの傷がこっちにも……。
ホープから渡された薬を塗ると痛みが和らいだ気がした。
次にポケットに手を突っ込むと予想通り携帯が入っている。
―やっぱり寝ている時に持っていたものを持ち込むこたができるんだ。
取り出して電源を入れるとお気に入りの待受画面が写る。
―圏外だ。
どうやら幻想世界で携帯は使い物にならないようだ。
反対側のポケットに手を入れるとそこには現実世界では机の上に置いてきたはずの鍵が入っていた。
きっと現実世界で鍵を手放しても、ここの世界で鍵が消えるわけじゃないのだろう。
まだ仮説の検証が終わっただけで全ての謎が解けたわけではないが、これ以上検証することはできないので私はご飯が届くのを待つことにした。
しばらくすると部屋がノックされ、おぼんを持ったアーシャが入ってきた。
「朝ご飯持ってきたよ〜。」
目玉焼きとベーコン、手のひらサイズのパンが乗ったおぼんをアーシャはベッド横の机に置いた。
「レイちゃんはまだ起きたばっかりだからまだ休んでていいよ。ご飯はここに置いとくから食べれそうなタイミングで食べてね。」
アーシャは私の手を取り傷の具合を確かめる。
「怪我したらすぐ言うんだよ?おねぇちゃん心配しちゃうからね。」
アーシャはまた不思議な言葉をぶつぶつと呟くと指先の傷口が塞がっていった。
きっとこれで現実世界の傷も治っていることだろう。
指先の痛みがなくなったのでだんだんお腹が空いてきた。
机の上のパンから香る小麦の匂いと香ばしいベーコンの香り、黄金に輝く卵の黄身が食欲を掻き立てる。
「……いただきます。」
パンに手を伸ばし小さくなった口で精一杯頬張ると鼻から微かに感じるバターの香りがした。
少し甘みのあるパンは気付けば一口、また一口と食べ進めてしまう。
―パンってこんな美味しかったけ?
パクパクと食べ進めているとアーシャがにっこり笑って見つめてくる。
「おいしい?」
「……うん。おいしい。アーシャがつくったの?」
アーシャは自慢げに大きな胸をさらに大きく張った。
「そうだよ〜。お店でも私のパンを売ってるんだけど結構人気なんだよ!」
「……わたし、こんなおいしいの初めて食べた。」
私の感想にすごく喜ぶアーシャはやっぱり可愛い。
初めは食べている姿を見つめられて気恥ずかしかったが、食べ進めるうちに気にならなくなっていった。
最後にベーコンを口に入れて完食したがかなりのお腹が膨れ、これ以上何も入らなさそうだ。
「ごちそうさまでした。」
パンも小さく、現実世界では到底お腹を満たせない量だったが少女の肉体では胃が小さくなってしまったのかこのくらいの量でも満腹になってしまった。
「じゃあご飯も食べ終わったことだしおねぇちゃんと遊ぼっか?ほら、これとか面白そうじゃない?」
アーシャが物置からいくつかの魔道具を持ってきて床に広げて見せた。
「なにか気になるやつある?」
どれもこれも奇妙なものばかりでどんなふうに使うのかもさっぱり見当のつかない。
私はとりあえず手前にあったドッジボールくらいの大きさがあるトゲトゲのボールを指差した。
「……これなに?」
「これはねぇ……。」
アーシャは人差し指を立てると指先に力を込め始めると、指先からボッと炎が現れた。
アーシャがその炎をトゲトゲボールに近づけたとたん、炎はトゲトゲボールに吸い込まれていった。
すると炎を取り込んだトゲトゲボールは明るく光だした。
「これはね、炎を吸収して光るんだよ。松明の代わりとかにするんだ〜。水の中でも光るよ。」
気になって軽く触れてみるとほんのり温かい。だけどちょっと気になることがある。
「……懐中電灯でよくない?」
けれどアーシャは首を傾げた。
「かいちゅーでんとーってなあに?」
私は携帯を取り出しアーシャに見せるが反応はイマイチだった。
「その板がかいちゅーでんとーなの?」
「ちょっと違うんだけど……懐中電灯としても使えるかな。」
私は携帯を起動させライトモードをオンにする。
するとトゲトゲボールの数倍はあるで明るい光が部屋を照らした。
「すっご〜い!珍しい魔道具を持ってるんだね!」
アーシャはキラキラした目で携帯を見つめてくる。
どうやら幻想世界には電気がないのかもしれない。
見回してみると部屋の明かりなども蝋燭で照らされていた。
―この世界は魔法が主体となってるんだなぁ。
幻想世界では魔法で科学を補っているんだろう。
きっと自分の想像できないようなものがいっぱいあると思うと少しワクワクする。
「……ホープのお店も見てみたい。」
なんとか許可をもらえないか聞いてみたけどアーシャの反応は微妙で、ちょっと考え込んでいる。
―ちょっと恥ずかしいけどアレを試してみようかな。
「……だめ?」
どうしてもお店に行ってみたい私はお子さまの持つおねだりパワーを解禁して、ちょっと上目遣いをしてみる。
「ダメじゃないよ!一緒に行こっか!」
私の恥を捨てた必殺技に心打たれた様子のアーシャはあっさり許可を出してくれた。
私達は階段を降りると一階のお店に向かった。