幻想
一階につきお店への扉を開ける。
部屋は小洒落た雰囲気で、色々な魔道具が吊るされていたり薪や料理道具などの家庭用品も所狭しと並んでいる。
通路はかなり狭いが店自体は広めで、奥の方のカウンターにはホープが座っていたので私達はホープの隣に座った。
「レイちゃんがお店気になるって言うから見学にきました〜。」
アーシャに話しかけられたホープは手に持っていた本を閉じ、カウンターの上に置くと私の方を見た。
「お〜。体調は大丈夫そうか?」
「うん。もう大丈夫。平気だよ。」
不器用な笑いを浮かべるとホープは安心したように微笑んだ。
「開店してすぐは客もこないだろうし店内を好きにまわって見てもいいぞ。」
早速私は席を降り店の中を歩き周ることにした。
狭い通路でも子供の身体ならスイスイ移動のできるのでかなり便利だ。
天井から吊るされている魔道具は子どもの身長では到底手が届かないが、手を伸ばせば届きそうと感じるほど存在感があった。
お店の入り口付近にはアーシャがつくったと思われるパンやお菓子が並んでいて香ばしいいい香りが漂ってくる。
「……かわいいお店。」
「そうだろう!って言っても商品は適当に並べてるだけだけどな!」
独り言のつもりで呟いたのだったのだがホープには聞こえていたようだ。
だけどホープの発言にアーシャは不満があるようでほっぺをぷっくりと膨らませた。
「一応、わ・た・し、が考えて並べたんですけどぉ〜?」
「いやいや、人気商品を目立つところに置いてくれたりと、ホントにありがたい話だなぁ……ハハハ……。」
詰め寄るアーシャに思わずたじろぐホープ。
「……人気商品って?」
「まぁアーシャのパンだろうな。あとは魔導書か、そこのファイヤーオークかな。」
ホープはカウンター横の樽に入った薪を指差した。
「……なにこれ?薪?」
「ただの薪じゃねぇぞ?これはファイヤーオークっつってなぁ、一度火をつければ小さな枝でもこの木なら数日間は燃え続けてくれるんだ。暖炉や釜戸、松明だろうとなんでもこいだ!」
「……ふーん。」
ホープは人気商品を自慢げに話してくれたけど、現実世界の科学を知っているとあんまりすごく感じないかもしれない。
「しかしせっかく開店したのに客が来る気配がないなぁ。」
ホープは頬杖をつき、気だるそうに呟く。
「もしかしたら仕入れでずっと店を閉めてたから、開店したのにみんな気づいてないんじゃないですか?」
アーシャの言葉にホープはハッと顔を上げた。
「それだっ!よーし、レイには店を手伝ってもらおうかな。」
「……なにすればいいの?」
ホープは待ってましたと言わんばかりにいたずらっ子のような顔でニヤッと笑うと『ホープの雑貨屋』と描かれた看板を取り出し、私の首にかけた。
「よしっ!これつけてアーシャと一緒に村をまわってきてくれ。宣伝にもなるし、村のことを教えられるし一石二鳥だな!」
―こんなのつけて村歩きたくないなぁ。
こんな目立つ看板なんかつけてたら流石に目立つし恥ずかしい。だけどこの家に住まわせてもらう以上拒否することはできなかった。
「じゃあレイちゃん、いこっか?」
「…………わかった」
アーシャは私の手を握るとお店の外へと向かった。
外はそれほど人通りも多くなく、天気も良かったので村を散歩するには絶好の日だった。
探索がてらしばらく歩いていると不意に後ろから声をかけられ、振り返るとふくよかな女の人がいた。
「あらあらアーシャちゃんじゃないのぉ〜。帰ってきてたのねぇ〜。」
「ポムおばさんじゃないですか〜!今朝帰ってきたとこですよ〜。」
どうやらアーシャとおばさんは顔馴染みのようで、二人は楽しそうに談笑している。
「ホープに変なことされなかった?あんたも年頃なんだから気をつけなきゃダメよ?」
「大丈夫ですよ〜。宿泊部屋も別でしたからね!」
「そ〜お?まぁあんたが大丈夫って言うならいいけど、子どを連れて歩いてると変な想像しちゃうわ。」
ポムおばさんはチラリとレイを見るとニヤニヤと微笑んだ。
「この子は訳あって預かることになって、いま一緒に村を歩いて周ってるとこなんです。」
「あらそうだったの!だから看板を首から下げてるわけね!こんにちは、おチビちゃん。」
ポムおばさんは私と視線を合わせ挨拶をしてきたので、挨拶がてらぺこりとおじきをしておいた。
「……こんにちは。……レイです。」
「あらあらレイちゃん!挨拶できてえらいわねぇ〜。さすが文字通り看板娘ね!」
正直首からかけている看板は少し恥ずかしいのであんまり触れないでほしい。だけど私はできる男、いや女なので不満をグッと飲み込んだ。
「うちの息子にも見習わせたいくらいだわ〜。いい子にはおばちゃんお菓子あげちゃう!」
ポムおばさんはポケットからクッキーの入った袋を取り出すと私達に手渡した。
「市場で買ったお野菜が入ってるの。味には自信あるのよ〜。」
「ありがとうございます!あとで食べさせてもらいますね!」
「……ありがとう……ございます。」
袋を受け取るのを見るとポムおばさんは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあそろそろおばさん行くね。アーシャちゃん、レイちゃん、またね!」
「またお店来てくださいね〜。」
ポムおばさんを見送ると私達は再び散歩に戻った。
どうやら村の中でアーシャは人気者らしく、市場や道具屋の前、さらには定食屋の前などあらゆるところで老若男女問わず声をかけられていた。
村という小さなコミュニティの中で見ず知らずの子どもを連れていれば目立つだろうし、その子どもが気になって声をかけてくるのは仕方のないことだろう。
だけど私はコミュ障なので初対面の人と次から次へと会話をしなければいけない状況にすっかり疲弊してしまった。
「レイちゃん疲れちゃった?」
「……ちょっとだけね。」
幻想世界の私はなぜが表情筋が硬く、割と無表情の自覚があるのだけど、今回ばかりは分かりやすく顔が暗くなっていたのかアーシャが心配そうにこちらを見てくる。
「今日はいろんな人に会ったからね。ちょっと静かなところに行こっか?」
「……うん。」
私の手を引きアーシャが案内してくれたのは村一番の大きさを誇る図書館だった。
「この図書館はね城下町にあるやつと比べてたらだいぶ小さいけど、一応村一番の大きさなんだよ。レイちゃんが気にいる本もあるかもね。」
図書館はかなりの歴史が窺えるほど老朽化が進んでおり、屋根はところどころ穴を修理した跡が残っている。
しかし窓から見える中の景色は本だらけだ。きっと私では生涯かかっても読みきれないだろう。
私達は中に入り、とりあえず空いているテーブルに座った。
ふわりと香る木の匂いが心を落ち着かせる。
「何か読んでみる?」
アーシャは近くの棚から何冊か魔導書や絵本、歴史の本などを手に取りこちらに見せてくれた。
「……じゃあちょっとだけ。」
最初は魔導書を受け取ろうとしたが、そもそも本のタイトルの文字が読めなかったし、精神年齢的に絵本を読むのは気恥ずかしかったので、仕方なく歴史の本を読むことにした。
ページを開くとカラーの写真や図説などで分かりやすく書かれており、歴史が苦手な私でも読み進めやすかった。
目次を見ると西の国の項目があったのでそこのページを開くと今いる村以外のことも事細かに書かれていた。
西の国 かつては巨大な一つの国であったが、多重独立戦争(※巨大帝国の崩壊と四つの国の始まり参照)が引き起こされ帝国は四つの国に分断。
そのうちアルベード・ウエスト1世が獲得した領土が現在の西の国となっている。
国王に就任したウエスト1世は芸術に力を入れており、たびたび彫刻家を城に招いてはあらゆる生き物を作らせていたと言う。
ウエスト2世の時代までは東の国との紛争が絶えず徐々に領土を侵略されていたが、ウエスト3世就任時、当時世話係であったシェイブ・アイス・ギプサンに戦争時の指揮を代わると、ギプサンは軍事力を増強。
終始劣勢だった西の国は東の国の軍を壊滅させ、現在は停戦協定が結ばれている。
西の国の特徴として、自給自足に趣を置く徹底した鎖国主義が見られる。
西の国内で他国の物を購入する機会は少なく、北南国などで安価で手に入る物でも西の国の国民の間では高値で取引される例もある。
ペラペラとページをめくり南や北の国についても軽く読んでいたが、東の国の項目を開くと見覚えのある章題が目に入った。
『黄金の組織ジパング』
―ジパング。この世界ではかなりヤバイ組織……。
かつて東の国に拠点を置き過激な人体実験を繰り返した反乱組織。
財源は人身売買で得ていたと言われ、その資金は一国の王さえ凌ぐと言う。
組織としての全貌は謎に包まれていたが北の国にて怪しげな取引をしている男が捕縛され、ジパングの名が全国へ広まることとなった。
それ以降各国でジパングに関与していたと見られる人物を探す『ジパング狩り』が行われていたが、西の国にてジパング研究員の男を確保。
男の証言により発覚した東の国の拠点を殲滅後、西の国で逃亡中のリーダー格『シェイン・アイ・ジェパン』を確保。
『シェイン』は容疑を否認したが多数の証拠が見つかり処刑された。
残党も西の国の国王親衛隊により捕縛。
代表者と拠点を失ったジパングは現在では解散したものと思われる。
組織に残された研究レポートに書かれている『成長こそ人の本質』と言う言葉は人体実験を正当化しようとするジパングの残虐性を伺えるもので、現在は西の国の国立博物館にて一般展示されている。
その他にも詳しい実験内容や事件に関わった人物の証言などが記されていたが、かなり鮮明な写真が載っていたうえ、文章も生々しくてとても読み進められる気がしなかった。
―文字ばっか見てたから目が疲れてきちゃった。
チラリとアーシャの方を見ると、真剣な顔で魔導書を読んでいる。
あまりに集中していたので声をかけることもできず椅子の上で足をぷらぷらさせていると、隣に誰かが座ってきた。
「おや、お勉強会でもしてるのかい?」
パッと顔を上げるとそこには村長がいた。
村長は私達の読んでいた本を覗き込むと感心するように腕を組んで頷いた。
「勉強はいいことじゃよ?歴史だったり魔法だったり精が出るな。」
「わたしは検定合格したいですから勉強あるのみです!」
「そうかそうか!感心なことじゃな!おチビちゃんの方は……なんじゃ、その看板?」
村長は私の首からかかっている『ホープの雑貨屋』の看板を奇怪な物を見るような目で見つめた。
「……ホープがこれつけろって……」
「……お主も大変じゃな。それよりお主は何を読んでいたんじゃ?」
「……西の国のことと…………ジパング……。」
「やはりジパングのことが気になるか。」
村長はしばらく考えるそぶりをみせると何かを思いついたようで手をポンっと叩いた。
「そうじゃ!西の国の城下町へ行ってみてはどうかの?あそこはジパングに関する資料も多いし、お主自身のことが何か分かるかもしれんぞ?それに若者たる者都会へ遊びに行くのは大事じゃろう。」
「……いや、でも……いいの?……。」
「一人で行くのはダメじゃよ?必ず誰かと一緒に行くんじゃ。」
そこまでジパングについて知ろうと思っていたわけではなかったが、都会となれば村にはない面白いものが見られるかもしれない。
「……わかった。……帰ったらホープに聞いてみる。」
村長と初対面の時はかなりの威圧感がありやや苦手意識があったのだけど、怒っていない時の村長はとても温厚で普段の彼を垣間見たような気がした。
そこからは苦手意識も薄れ、村長から西の国の歴史について色々教わることにした。
村長は話すのが上手く、気づけば勉強していたはずのアーシャまで村長の話を聞く始末だ。
そうして話に没頭しているといつのまにかあたりは暗くなってきており、図書館の閉館の時間になってしまった。
まだまだ話を聞きたかったけど、今度ウチにおいでと誘われたので楽しいお話は次の機会に持ち越しだ。
村長と別れ、家に着くと閉店作業をしているホープがいた。
「おかえり!村の探検はどうだった?」
「楽しかったですよ〜。お菓子もらったり、お話聞かせてもらったり!」
「そりゃあよかった!レイも楽しめたか?」
「……これがなければもっとね……。」
首から看板を外しホープに手渡すとホープは苦笑いを浮かべた。
「ま、まぁお客さんはきてくれたし助かったよ。ハ、ハハハ……。」
「……あと村長さんが城下町へ行ってみないかって。」
「おぉ。いいじゃないか。ちょうど俺も用事があったし明日一緒に行くか。」
ホープはそろそろ日用品を買いに行こうと思っていたと言い、私の提案はすんなり受け入れられた。
「これでも見て明日に備えてくれ。」
ホープは胸ポケットから城下町の地図を取り出しレイに手渡した。
地図を見ると中心に城があり、その周りを囲むようにさまざまなお店が並んでいる。
どんな感じのお店なのかは想像がつかなかったが、だんだんワクワクしてきた。
「アーシャは明日どうする?」
ホープがアーシャの方をチラリと見ると、アーシャは分かりやすく顔を顰めて首を振った。
「絶対イヤです!すぐいちゃもんつけてくる国王の兵士とかがウロウロしてるんですよ?」
―何かあったのかな?
アーシャにもきて欲しかったが、激しく拒絶していたので無理に誘うわけにもいかないので仕方なく諦めた。
その日の夜はご飯を食べている間も、ポムおばさんにもらったクッキーを食べている間も、夜寝る瞬間でさえも明日の城下町のことばかり考えてしまった。