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唸り声が静まり、神虎の動きが明らかに鈍くなる。その金色の毛並みは、まるで黄金に包まれたかのように美しく、だが今、その美しさが死に向かう兆しを示すかのように色を失い始めていた。眼の焦点が揺れ、力を入れた前脚がわずかに震える。
「効いてる……この霧は“ズレた存在”を、元の“物語”に引き戻す力……」リサの目は鋭く、狂気ともいえる光を放っていた。その瞳は戦場を見渡し、無意識のうちに周囲を計算しているようだった。
「お前は、本来こういうふうに動くはずだった。“土属性に弱くて、攻撃は大味”で、“ラストは協力技で倒される”ように書いた! その設定を――」リサの口元がわずかに歪んだ。その言葉は、まるで物語の作者が自身の作品を編集するかのような冷徹さを持っていた。
霧が神虎の巨体を包み込む。その金色の毛がまるで灰色の煙に飲み込まれていく様子は、まるでこの存在そのものが世界から削り取られるかのようだった。
「“修正”するッ!」
オロスは、その一言に思わず心臓が強く跳ねるのを感じた。その瞬間、《神虎・シンラ》の咆哮が、もはや怒りではなく、絶望的な哀しみを湛えた音となって響いた。巨体が痙攣し、雷光がその表面を走りながら、その力が弱まるのが目に見えるようだった。
その時、アイリーンが光を放ち、その青白い輝きが空間に波紋を広げた。空気が引き裂かれ、まるで時間そのものが引き伸ばされているかのような感覚に包まれた。
「《聖光結界》!」
神虎の脚元が一瞬、固まり、まるで時間が止まったかのようにその動きが封じられる。その隙を突いて、エレノアが雷を纏った剣を振り下ろす。
「雷よ、貫けッ!」
雷鳴と共に、その剣は神虎の肩に深く突き刺さり、その大きな体が揺れ動いた。雷の力が、まるで神虎の神経を引き裂くかのようにその動きを遅くさせる。
「今だ! 霧が効いているうちに、決めて!」リサの叫びが響く。その声に導かれるように、ディアスがリボルバーを引き絞り、その精密な動きで弾を放った。弾丸は音速を超えて飛び出し、神虎の心臓に命中した。その瞬間、神虎は一瞬、完全に動きを止めた。
オロスはその隙を見逃さなかった。彼は踏み込み、一瞬でその刀を振るった。刀身が空気を切り裂き、神虎の喉元に突き刺さる瞬間、血が一筋飛び散った。
「――!」
刃が首を切り裂き、神虎の頭が無惨に落ちると、その体が倒れ、轟音とともに床に響いた。霧が一層濃くなり、その残響の中で神虎の体は静かに崩れ落ちていった。その巨大な存在が、もはや“ただの魔物”へと還っていく様子に、オロスは一瞬、言葉を失った。
その場に、時間が止まったかのような静けさが広がる。呼吸だけが、いまにも崩れそうなこの静寂に響いた。
「お前もゴブリンと同じ被害者か」
オロスの呟きは、何の感情もこもらない。ただ、静かに響くだけだった。
「俺が死んでも世界は変わらず回り続けるのか?」
オロスは、ふと立ち止まり、自分自身に問いかけるように呟いた。その言葉が、空気をゆっくりと引き裂いていく。彼の心に浮かぶのは、いつも同じ思考
「少し寂しいな」
神殿の奥、青白く光る祭壇の前に立つと、アイリーンが指を差し示す。その指の先に浮かぶ瑠璃色の宝石が、淡い光を放ち、その奥に潜む力を暗示しているかのようだった。
「……あった。これが青の宝石」アイリーンの声は冷徹で、まるで目の前の事象が計算されたものであるかのように淡々としていた。
祭壇の上に浮かぶ宝石は、まるで生き物のようにわずかに震え、その周りには黒い手形が無数に刻まれていた。足元には、異常に巨大な石像がひときわ威圧的に立っている。女神の姿が形作られているその像は、しかしその美しさと冷徹さが相まって、ただの偶像以上のものに見えた。
「何だあの石像は?」オロスが呟いた。目の前に広がる景色に、どこか不安を感じずにはいられなかった。
「女神の石像よ。」エレノアが冷静に答える。
リサが神殿内を見回し、わずかな笑みを浮かべた。「石像は、確かに。物語と一致してるわね」だがその笑みは、どこか空虚さを孕んでいた。物語の進行を楽しむような、だがその先に何が待っているのかを理解しているような、そんな笑みだった。
だがオロスは、石像そのものよりも、足元に刻まれた黒い手形に目を奪われていた。その手形はただの偶然ではない。何か重大な意味が隠されているような気がした。
「……何だこの手形は?」オロスが呟くと、視界が揺れ、まるで目の前の空間が歪み始めたような感覚に襲われる。
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《スキルを強制的に発動しました:記憶共鳴》
その瞬間、オロスは再び激しい痛みを感じた。頭の中に、異常なほど強い圧力がかかり、視界が一瞬にしてグニャリと歪む。足元がぐらつき、膝をつく。その時、またしても記憶が流れ込んでくる。
*
異様なほど静かな神殿。金髪の女が、無言で倒れていた。胸を貫かれて動かないその姿は、死の象徴のように冷たく、無力だった。死体からは、まるで空気そのものが崩れ落ちていくような感覚が広がっていた。
空が裂け、大地が呻き、海が煮えたぎる。すべてが無意味にねじれ、壊れていく。まるで世界そのものが破綻し、崩れ去る瞬間を目の当たりにしているようだった。
「……どこだ?」
呼吸が浅くなる。心臓の鼓動が不規則に鳴り響き、頭の中でノイズが高まっていく。まるで、世界の終わりを告げる音が鳴り響いているかのようだった。
「見たか。これが、“物語の終わり”だ」
その言葉が、目の前に響いた。低く、冷徹な声だったが、その声の持ち主はどこにも見当たらない。
オロスの心の中で、何かが剥がれる音がした。自分が自分ではないような感覚――意識の奥に、空白のようなものが広がる。
*
「……っぐ、うああっ……!」
オロスは膝をつき、頭を抱えて苦しむ。ディアスが駆け寄り、その腕を肩に回した。
「どうした? いきなり……!」
「見えた……女が、死んでいたんだ……」
オロスは震える指で、石像を指さした。
「女神が死んでいた……?」
リサは顔をこわばらせた。「そんな展開、私は知らない。女神の死は世界の崩壊を意味するんだよ」
オロスはその言葉を黙って聞きながら、無言で背負い袋から一冊の本を取り出した。それは古びた皮革の装丁が施された奇妙な本だった。
「この本を知らないのか?」オロスは冷徹に言う。
リサは顔をしかめながら答えた。「見たこともない。」
「じゃあクエストは?」
「……なにそれ?」
オロスは深いため息をつき、全員に一部始終を説明した。
全員が無言でその話を聞く中、オロスだけはその目を決然と向け、語った。
「やることが、決まったな――竜王のクエストだ。」
「これにサインしてくれ」
オロスが差し出したのは、一枚の紙だった。しわくちゃで、どこから出したのかわからないような書類を、エレノアは眉をひそめて見つめる。
「……何ですか、それは?」
「秘密結社『八咫烏』の契約書だ」
さらりと返され、場が一瞬静まる。
「なにそれ、怪しさ満点じゃない?」とアイリーンが笑いながら言った。
「活動内容は?」リサが聞く。
「『ロンギヌスの槍』をぶっ潰す。それと、クエスト。」
「いいじゃない。私、入る」リサが即答した。
「早すぎだろ」ディアスが突っ込む。
「作者の勘よ。ここに乗らなきゃ物語から置いていかれるわ」
「何言ってるかさっぱりだが……まあ、らしいな」
「私も賛成よ」とアイリーンも笑顔で加わる。
「……え? お嬢様?」とエレノアが慌てて声を上げる。
「だって面白そうじゃない。リサも入るって言ってるし」
「理由が軽すぎます!」
オロスはそんなやり取りを見ながら、ふっと微笑むとエレノアに向き直った。
「神殿での一件、俺は手伝った。君があの場に立ち続けられたのは、少しは俺のおかげだと思ってる」
エレノアは言葉を失い、視線を逸らす。
「それに、君の“秘密”も……知っている」
沈黙が落ちた。エレノアはしばし迷い、やがて静かに息を吐いた。
「……脅迫に聞こえますね。」
彼女は紙を受け取り、ペンを取る。
「ようこそ、八咫烏へ」とオロスが低く言った。
「やったー!」とアイリーンが無邪気に歓声を上げた。
背後にある15体の小さな石像の目が赤く光った
***
──二年後。
重厚な黒曜石の柱が並ぶ広い部屋。その壁は、深緋のビロードで覆われているが、所々に鉄の装飾が施され、蒸気機関の音が遠くで微かに聞こえる。時折、揺れるガス灯の炎が部屋の隅を照らす。部屋の中央には、黒檀の円卓があり、その後ろには古びた世界地図が飾られている。地図の周囲には、蛇がぐるりと巻きついており、その目がまるで動き出しそうに光っている。
これらの権力者たちは、世界の中立を保ちながら、商業、軍事、そして政治の舞台で密かに手を組んでいる。その手のひらで世界は動かされ、時に破壊も生み出される。
「──八咫烏。新興の結社だな。何をしている?」
冷徹な表情の女性が問いかける。その声は機械のように無駄な感情を含まず、鋭い刃のように部屋の空気を切り裂いた。
「オロスという男が中心人物だ。家族殺しの罪人、ロンギヌスの槍を敵に回し、暴れている」
男が一歩前に出る。彼の目にはわずかな興味が見え隠れしている。
「それで、何か問題が?」
男の言葉に、場の空気が少しだけ緩む。しかし、その中にも冷徹な予感が漂う。
「今のところ、彼らは市民からの支持を得ている。ただし、彼らの掲げる理念が少し危険だ。」
「それが一番恐ろしい。最初は理想的に見えるが、やがて世界を再編しようとする力が暴走しないとも限らない」
他の権力者たちが次々とその意見に同調する。その場の空気が張り詰め、無言で確認し合う。
「ロンギヌスの槍とは既に敵対している。だが、そいつらがあまりにも力を持つようになる前に手を打たなければならない」
男の言葉が、静かな決意を孕んで部屋に響く。
「監視を続けろ。今は様子を見る。ただし、事態が進展し、秩序を乱す兆しが見えた時──その時は容赦なく対処するべきだ」
「我々の手を汚す必要はない。だが、必要があれば全てを排除する。それが我々のやり方だ」
再び、部屋の中に静寂が訪れる。
「八咫烏の動向には注意を払い続けろ。だが今は、目を開けたままで、静かにその進行を見守る時だ」
***
静謐な空気を裂いて、仮面の男が歩み出る。
黒衣には銀の刺繍で十字が描かれていた。まるで処刑人のように、音もなく。
「八咫烏──面白い名だ。だがそれが我々に届く頃には、お前たちは灰になっている」
会議室にいた者たちはひざまずく。ただ一人、その仮面の下に微笑を浮かべながら。
「神は選ばれた者にのみ、裁きを与える。我々はその代理人。
……オロス。お前の罪は、まだ終わっていない」
***
地下七階、回廊の奥にある《対話の間》は、時間が腐敗の香りを帯びて沈殿しているような空間だった。
壁は黒曜石で造られ、赤鉄の管が天井を這う。ランプの代わりに吊るされた異形の蛍が、毒めいた光を放って空間を照らしていた。
中央には、金属の根が絡み合うような異形の円卓。そして、その周囲に六つの椅子。だが、最奥の椅子だけは、ほかよりも高く、白い蛇革で仕立てられている。
そこに座る女――ヴァルナは、夜空を裂いたような色のドレスを纏い、片手で顎を支えていた。
「八咫烏……ね。」
誰に向けるでもなく呟くと、金属製の手を持つ男、《屍理者》カザフが答える。
「情報は整いました。罪人、名はオロス。霧を操り、魔術と肉体を両立した特異個体。副次的能力として分身体、再生、そして幻惑――」
「そのうえ神殿で“ロンギヌス”の尖兵を止めた。あの女神の爪痕がまだ残る場所で」
ヴァルナの視線が、部屋の奥に飾られた大理石の神像に向けられる。首がないその神像は、封印された異形の神「ミザリ」を模したものだ。
「オロス……気になるわ」
彼女は長く伸ばした指先で、杯の縁をなぞる。「予知を欺く。それは“因果”を食う能力と解釈していい?」
「ありうる。もし彼の力がそうなら、我々の敵にも味方にもなりうる存在だ」
声を発したのは、《夢見人》ノア。灰色の目をした少年のような男だが、実際には人間ではない。
「八咫烏はまだ未熟だが、あの罪人は異形の神々との“正しい接し方”を知っている。狂わないし、媚びない。面白い」
ヴァルナは天井を見上げた。そこには古い地図が描かれていた。
世界地図の上に、蛇のように絡む紅い線――そして、それらは一点で交差し、《八咫烏》の印へと続いていた。
「敵か、味方か。選ぶのはこちら。彼らが暴れればロンギヌスの目を引けるし、もし我らに牙を向けたら……その時は処理すればいいだけ」
「我ら《サン》は、神々に踏み躙られたこの世界に“意志”を取り戻す組織」
ノアが微笑する。
「……では、様子を見るとしよう」
ヴァルナは杯を口に運ぶ。中に注がれていたのは血のように赤い液体。
「八咫烏。罪人の羽音。まだ雛かもしれないけれど――時には雛が、蛇を呑み込むこともあるでしょう」