救済   作:8時間睡眠

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アリアは右上に視線を向けて、静かに言った。

 

「私を殺したのは、あそこのレストランの店長よ」

 

 

 

その目線の先を追うと、一際目立つ大きな建物があった。

 

「あの店長、きっとネクロマンサーよ」

 

 

 

聞き慣れない単語に、つい聞き返してしまう。

 

「ネクロマンサー?」

 

 

 

アリアは幽霊でも見たかのように目を大きく見開いた。

 

「常識でしょ? 異形の神々を信仰する信者が使う技。有名な都市伝説じゃない」

 

 

 

……どうやらこの世界では“ネクロマンサー”が一般常識らしい。

 

怪しまれないように、反射的に反論する。

 

 

 

「バカなこと言うなよ。知ってるに決まってるだろ」

 

 

 

目線を自然と下に落とす。俺の癖だ。

 

隠したいことがあるとき、決まって視線が泳ぎ、耳を触ってしまう。

 

 

 

「都市伝説の組織が絡んでるなんて……信じられるか。証拠はあるのか?」

 

 

 

アリアを正面から見据える。少し不安だったが、どうやら怪しまれてはいない。

 

 

 

「証拠ならあるわ。少し待ってて」

 

 

 

そう言って、アリアは部屋の一番奥へと消えていった。

 

しばらくして、何かを口にくわえて戻ってくる。

 

 

 

「これが証拠よ」

 

 

 

差し出されたのは、奇妙な時計だった。針が――ない。すべての。

 

 

 

「この時計、店長がいつも身に着けてるやつよ。昨日、盗んできたの」

 

 

 

いきなりの犯罪告白に、返す言葉が見つからない。

 

そのとき、不意に時計が大きな音を立てた。

 

予想外の音に、思わずよろけそうになる。

 

 

 

「この時計、決まった時間にいつも鳴るのよ。その音がね――ネクロマンサーが技を使う時の音に、すごく似てるの」

 

 

 

アリアは冷静だった。対して、驚いて固まっている俺が、妙に滑稽に見える。

 

 

 

「……なんで、そんなこと知ってるんだよ」

 

 

 

冷静に返したつもりだった。驚いてないように、必死で取り繕った。

 

 

 

「去年、本で読んだの。それより――あなた、驚いてないふりしてるつもりみたいだけど、バレバレよ」

 

 

 

図星を突かれ、大きく咳払いで誤魔化す。

 

 

 

「……で? その証拠、警察にでも届けるつもりか?」

 

 

 

 

 

「いいえ。この時計は――私の死体を見つける鍵だと思うの」

 

 

 

「……死体?」

 

 

 

「ええ。私はあの店長が猫を殺しているところを偶然見てしまったの。そして――気づいたら、猫になってた。死んだのよ」

 

 

 

言葉が出ない。

 

 

 

「夜も遅いし、話は明日にしましょう。あなたの部屋はあっちよ」

 

 

 

 

 

アリアが指差した先には、豪奢な扉があった。

 

どこかの貴族が住んでいそうな、金の飾りが刻まれた重厚な扉。

 

部屋の中へ入ると、予想通りの光景が広がっていた。

 

 

 

赤い絨毯に、柔らかな光を放つ天蓋付きベッド。

 

壁は淡いクリーム色で、装飾の一つ一つが高級感を醸し出している。

 

古風なランプが揺れるたび、部屋に影がゆっくりと踊っていた。

 

 

 

アリアは「バイバイ」とだけ言い残し、どこかへ姿を消した。

 

 

 

俺は小さく、心の中でだけ呟いた。

 

――ナイス

 

 ベッドに横になっていると、視界の端がにじんだ。まるで眠気の波が現実を溶かし始めたかのように、色と音がゆっくりと遠のいていく。身体の感覚が薄れ、沈むように意識が落ちていった。

 

 

 

 気づけば、俺はどこかにいた。否、そこが「どこか」だとすら言えない。

 

 

 

 空も地面も存在しない、ただ無音の光だけが星のように揺らめく空間。宇宙のようでいて、宇宙ですらない。重力も時間も剥ぎ取られた、純粋な意識だけが浮かぶ領域。

 

 

 

 そんな中、不意に声がした。

 

 

 

 「ようやく来たか」

 

 

 

 耳ではなく、頭の奥に直接響いてくるような声だった。男の声だと、なぜかすぐに分かった。

 

 

 

 振り返ると、そこにいた。

 

 

 

 黒のロングコートにシルクハット。まるで昔の探偵のような格好の男が、静かに立っている。その佇まいは時代錯誤なのに、妙にこの場に馴染んでいた。けれど、何より異様だったのはその瞳だ。夜空よりも深く、光すら沈むような闇を宿していた。

 

 

 

 「……誰だ、お前は」

 

 

 

 俺がそう問うと、男は肩をすくめてみせた。

 

 

 

 「ただの旅人さ。……今回は暇つぶしに立ち寄っただけだ」

 

 

 

 「暇つぶし、ね……」

 

 

 

 俺は警戒しつつも、一歩踏み出した。

 

 

 

 「ここはどこなんだ?」

 

 

 

 「夢さ。そして、少しだけ現実でもある」

 

 

 

 男がそう答えた瞬間、周囲の空間に波紋のような揺らぎが走った。空中に幾何学的な模様が現れる。意味のない記号。見るだけで目の奥が軋むような、異質な存在。

 

 

 

 「君に、ひとつだけヒントをやろう。今回の事件を解く鍵は、“転生”だ」

 

 

 

 「……転生?」

 

 

 

 その言葉に、胸の奥がざらついた。知っているはずなのに、決して理解しきれない感覚。

 

 

 

 

 

 

 

 男は、にやりと笑った。

 

 

 

 「“転生”とは、魂の選択だ。そして同時に――神々の意図を横からすり抜ける、ズレた意志の現れでもある」

 

 

 

 その言葉が、空気にしみ込むように耳へ届いた。まるで、心の奥に誰かが静かに石を落としたような感覚だった。

 

 

 

 俺は、思わず眉をひそめる。

 

 

 

 「神々の意図、ね……」

 

 

 

 男は頷き、足元に視線を落とす。何もないはずの空間に、ぼんやりと光の線が現れた。複雑に絡み合った糸のような光。その一つひとつが、まるで誰かの人生を辿る軌跡のようにも見えた。

 

 

 

 「本来、魂ってやつはさ――死んだら、しばらくのあいだ“静けさ”の中に横たわるんだよ。言ってみりゃ、使い終わったページを本棚に戻すようなもんだ。そこで神々は考える。書き直すべきか、そのまま閉じるか、それとも燃やすか」

 

 

 

 男は手をひらひらと動かした。その動きに合わせて、空間の一部がざわついた。

 

 

 

 「でもな、転生ってのは違う。魂自身が、その棚から勝手に這い出てくる。まだ決まってもいない“次”を選ぼうとして。神々の裁定を待たずに、ルールの隙間を縫って戻ってくる。ある意味じゃ、すごい執念だよな。まっすぐだ。でも、同時に……危うい」

 

 

 

 俺は、思わず口を挟んだ。

 

 

 

 「それが、悪いってことか?」

 

 

 

 男は肩をすくめた。まるで“答える必要があるのか?”とでも言いたげな表情だった。

 

 

 

 「悪いかどうかなんて、神でさえ断じたりはしないよ。ただ、観察する。君たちが、どこまで持つのか。どこで壊れるのか。ちゃんと終わるのか、それとも終われずに彷徨うのか……ずっと見てる。気まぐれに、残酷なほど静かにね」

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って、男はふっと息を吐いた。

 

 

 

 「ま、難しい話はこれくらいにしよう。暇つぶしには十分だった」

 

 

 

 男はくるりと踵を返す。その動作はなぜかやけに軽やかで、現実感に乏しかった。

 

 

 

 「……おい、待てよ。まだ話が――!」

 

 

 

 駆け出した。けれどなぜか、どれだけ走っても距離は縮まらない。まるで空間そのものが俺を拒絶しているかのように、男は遠ざかっていく。

 

 

 

 「また会おう。次は、もっと面白くなってるといいな」

 

 

 

 最後に男がそう言い残した瞬間、夢が歪み始めた。空間が崩れ、引き裂かれるような感覚に包まれる。

 

 

 

 ――そして、目が覚めた。

 

 

 

 見慣れた天井。夜の静けさがまだ部屋を包んでいる。汗ばんだ額を手で拭いながら、俺は呼吸を整えた。

 

 

 

 ……あれは本当に夢だったのか?  それとも――始まりの合図か。

 

 

 

 

 

 

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