「奴が来る」
店長の声には迷いがなかった。その目は猫の死体ではなく、森の奥の闇をじっと見据えていた。
「……何を知っている?」
オロスが問いかけると、店長は一度、口をつぐんだ。空気は張りつめ、互いに何かを計り合う沈黙が流れる。
「お前は利用された。気づかなかったか?」
オロスは眉をひそめる。たしかに、振り返れば不自然なことばかりだった。だがその真実は――。
「猫だ」
店長がぽつりと呟く。森の奥から、軽やかな足音が近づいてきた。
白い猫が現れた。血の気のない瞳が、ふたりを見つめる。
「なぜここにアリアが?」
店長は静かにリボルバーを抜いた。
「この惨状の犯人だからだ。」
オロスの背筋がぞくりと震えた。まさか、そんなことが――。
「なぜ? アリアがこんなことを」
「やつはネクロマンサー。異形の神々を崇拝する信者だ」
猫がふっと微笑んだように見えた――そして、言葉を発した。
「やだなあ、全部バレちゃってる」
猫の姿が歪んでいく。骨の軋む音とともに皮膚がひび割れ、空間が蠢いたかと思うと、そこには人間の姿をしたアリアが立っていた。金髪の少女――しかし、その瞳は冷たい硝子のようだった。
「本当は死んでないわよ。自殺も、殺されてもない。ただ“変化”の魔法で猫に化けていただけ」
彼女は笑みを浮かべ、両手を広げると、空中にぽっかりと黒い穴が開いた。中から、血と墨で染まったような本を取り出す。
「探してたの。あなたの持ってる本。これがなきゃ“あの子たち”とは会えないから」
「何の話だ」店長が低く唸るように言う。
「ロンギヌスの槍。あなたが嗅ぎ回ってる異形の神々を崇拝するカルト宗教。ねえ、知ってた? あの本、彼らの崇拝する神の“声”を記録した日記なのよ」
オロスが身を乗り出す。
「俺を……なぜ俺を利用した」
アリアは笑った。
「だってあなた、罪人に加えて無知な転生者でしょ? 何も知らずにポンと落とされた。さらに魔力もない。騙しやすいのよ。普通、転生者は過去の記憶を持ってる。でもあなたは違った。だから“前科”を拭うこともできない」
「なぜそれを……」
「夜、寝言で何度も呟いてた。『なんで俺だけ』って。かわいそうに」
オロスは唇をかみしめた。言葉が出ない。
「ちなみに、転生者は六人いるわ。記録上はね。あなたはその中で唯一、記憶を持たない存在。とても興味深いわ」
アリアの声が、空間と同調するように歪む。
「でも本当の目的は、彼よ」
彼女の目が、リボルバーを構える店長を見据える。
「“ロンギヌスの槍”の探索者。あなたの持っているその本……それが“扉”を開ける鍵になるって、気づいてなかったのね」
店長の手がわずかに震えた。
「あなたの殺害と、その本の入手。それだけが目的」
アリアが指を鳴らす。
空間が裂けた。音のない叫びとともに、大地がめくれ上がるような錯覚が広がる。
出現したのは、蠢く肉塊。球状の中心に人間の顔のパーツが不規則に埋め込まれ、目玉が無数にこちらを見ていた。口のような器官が断末魔のような囁きを発しながら、地を這いずる。
周囲の空気が虹色に割れ、常識がぐにゃりと曲がる。
「記録は終わり。次は“解体”の時間よ」
アリアの顔は笑っていたが、その瞳にはいかなる感情もなかった。