救済   作:8時間睡眠

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仲間

 

 アリアが指を鳴らすと、空間が裂けた。音のない悲鳴とともに、大地がめくれ上がるような錯覚が広がる。

 

 

 

 出現したのは、蠢く肉塊。球状の中心に人間の顔のパーツが不規則に埋め込まれ、目玉が無数にこちらを見ていた。口のような器官が断末魔のような囁きを発しながら、地を這いずる。

 

 

 

 虹色に染まった空気が歪み、理性が削れていくような感覚に包まれる。

 

 

 

 そのときだった。

 

 

 

 オロスの目の前に、煙のような文字がふわりと現れた。

 

依頼人:悲劇王

 

《クエスト発生:アリアの討伐》

 

《報酬:悲劇王のコイン》

 

 

 

 「……なんだこれ」

 

 

 

 空間に浮かぶ文字は、まるで火の粉が煙に溶けるように揺らめきながら、しかし確かな存在感を持ってそこにあった。

 

 

 

 「……え? 今、見えたか?」

 

 

 

 隣にいた店長に聞くが、彼は怪訝な顔で眉をひそめた。

 

 

 

 「見えた? 何がだ。こっちはそれどころじゃねぇんだよ!」

 

 

 

 銃を構えながら怒鳴る店長。

 

 

 

 オロスは目を見開いた。自分にしか見えない。これは幻覚か、それとも――。

 

 

 

《……クエスト? ゲームみたいに……? でも、現実だ。死ぬ。》

 

 

 

 戸惑いが脳を駆け巡るが、躊躇する暇はなかった。肉塊が触手を伸ばして襲いかかる。

 

 

 

 店長が咄嗟にリボルバーを撃つ。魔力を帯びた弾丸が肉塊に炸裂し、腐臭を撒き散らす。オロスはその隙に刀を抜いた。

 

 

 

 「この体が戦闘を覚えている。やれる!」

 

 

 

 二人は同時に飛び出した。

 

 

 

 オロスの刀が肉塊の足に相当する部分を裂き、毒の霧が尾を引いた。肉塊が奇声を上げ、オロスに無数の触手を伸ばす。だが、店長がその射線に入るように動き、的確に触手を撃ち落とした。

 

 

 

 「連携を取るぞ! 奴は魔力のコアを持ってるはずだ。どこかに核がある!」

 

 

 

 「見つけて……ぶっ壊せばいいってことだな!」

 

 

 

 オロスが目玉を切る。その隙に店長が銃弾をコアの中心らしき黒い目に叩き込んだ。

 

 

 

 肉塊が悲鳴を上げ、動きが鈍る。

 

 

 

 オロスが跳躍し、刀をコアに突き立てた――

 

 

 

 ずぶり、と鈍い音がした。

 

 

 

 肉塊が崩れ落ち、腐臭とともに溶けていく。

 

 

 

 静寂が訪れた。

 

 

 

 アリアが唇を噛んで立っていた。

 

 

 

 「やるわね……ここで詰む予定じゃなかったのに」

 

 

 

 「もう終わりだ、アリア!」

 

 

 

 店長が銃口を向けるが、アリアは一歩も動かない。ただ、静かに笑っていた。

 

 

 

 「この世界、思った以上に“深い”のよ。私を倒しても、扉はもう開いてる。あなたたちは……選ばれたの」

 

 

 

 そして、彼女の体が崩れるようにして霧散した。

 

 

 

 残された空間に、黄金の光が落ちてきた。

 

 

 

 虚空から、硬貨がひとつ。

 

 

 

 表には王冠をかぶった顔のない人物の意匠。裏には、解読不能な文字列。

 

 

 

 オロスはそれを拾い、まじまじと見つめた。

 

 

 

 「……これが“報酬”?」

 

 

 

 店長は訝しげにオロスを見る。

 

 

 

 「何か拾ったか?」

 

 

 

 「いや……何でもない」

 

 

 

 胸の奥で何かが変わっていくのを、オロスは感じていた。

 

 

 

 

オロスは何かを思い出すように、店長へと視線を向けた。

 

 

 

「そういえば、あんたの名前をまだ聞いていなかったな」

 

 

 

店長は静かに口を開く。

 

 

 

「ディアスだ。よろしくな」

 

 

 

その名を聞いた瞬間、オロスの心は少しだけ軽くなった。

 

自分が本当に求めていたものが何だったのか――それは、支え合える仲間であり、理解し合える相手だったのだと、今さらながら気づいたのだ。

 

 

 

「助けられたよ……ありがとな、ディアス」

 

 

 

「何、気にすんな。」

 

 

 

 

 

 

 

オロスが目を閉じると、再びあの煙のような文字が視界に浮かび上がるのを感じた。無視できるはずもなかった。

 

依頼人:全知の愚か者

 

《クエスト発生:転生の理由を探れ》

 

 

 

《報酬:前世の記憶》

 

 

 

それを見て、オロスはひとつ深く息をつき、ディアスに目を向ける。

 

 

 

「……また、出た」

 

 

 

「出た? 何が?」

 

 

 

ディアスは周囲を見渡すが、当然ながら何も見えていないようだ。オロスはため息をつき、ゆっくりと説明を始めた。

 

 

 

「クエストってやつだ。俺にしか見えないらしい。さっきも“アリアを討伐せよ”って出た」

 

 

 

「……何だよそれ」

 

 

 

「でも現実だ。たぶん」

 

 

 

オロスはゆっくりと立ち上がり、刀の鞘に手を添える。一瞬、不安そうな表情が浮かんだが、すぐに決意の色に変わった。

 

 

 

「このクエスト、答えがどこにあるのかもわからない。けど、あんたが追っているロンギヌスの槍。何か関係している気がする……ついていってもいいか?」

 

 

 

ディアスは少し驚いたような表情を見せたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべてうなずいた。

 

 

 

「……歓迎するよ、相棒。店はしばらく休業だな。お前の謎が解けるまで付き合うさ」

 

 

 

その言葉に、オロスはわずかに笑みを浮かべる。しかし、その直後、また別の影が顔に差す。

 

 

 

「……ただ、不安なんだ。いつか仲間を、自分の手で殺してしまうんじゃないかって」

 

 

 

声には、確かな震えがあった。

 

その不安は、ディアスにも伝わったのだろう。彼は真剣なまなざしでオロスを見つめる。

 

 

 

「……正直に言う。たまに、“別の声”が頭の中に響くんだ。怒りや憎しみ……まるで、殺したときの感情が、今も生きているみたいに」

 

 

 

ディアスは沈黙し、聞き入っていた。

 

 

 

「この体の前の持ち主――俺は、そいつを“a”と呼んでる。たぶん、そいつの残留思念だ。感情が暴走すると、そいつに引っ張られる。俺自身が消えて、aに体を奪われるかもしれない」

 

 

 

しばらくの沈黙の後、ディアスは静かに言った。

 

 

 

「――もし、乗っ取られたら任せろ」

 

 

 

「……え?」

 

 

 

「そのときは、俺がぶん殴って止めてやる。そんだけのことだろ?」

 

 

 

オロスは目を見開き、そしてゆっくりと顔をゆるめた。

 

 

 

「……ああ。頼むよ、」

 

 

 

ディアスは軽く肩をすくめて笑い、立ち上がる。

 

 

 

「さて、行こうか。お前の“転生の理由”を探す旅は、ここからだ」

 

 

 

オロスはひとつ深呼吸をし、ディアスの背に続いて歩き出した。

 

その足取りは重かったが、もう孤独ではなかった。彼には今、支えてくれる仲間がいるのだから。

 

 

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