救済   作:8時間睡眠

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選択肢

 

 

数歩だけ進んだところで、オロスはぴたりと足を止めた。

 

風がフードをかすかに揺らし、森のざわめきが耳をくすぐる。

 

 

 

「……ちょっと待っててくれ」

 

 

 

ディアスが何か言いかける前に、オロスの姿は森の影へと溶けていった。

 

 

 

数分後、戻ってきた彼の手には、一輪の白い花が握られていた。

 

月明かりに照らされて、濡れた花びらが淡く輝いている。

 

 

 

「それ、どうするんだ?」

 

 

 

「アリアに」

 

 

 

そう言って、オロスは跪き、静かに地面へ花を置いた。

 

花はまるで、そこに還るべき場所を見つけたかのようだった。

 

 

 

「……来世では、もうちょっと穏やかな人生を」

 

 

 

呟きは祈りのように小さく、静かだった。

 

彼は少しのあいだ空を見上げ、何かを確かめるように目を細め周囲を見渡す。

 

「どうした?」

 

「猫の死体が消えた」

 

 

 

 

 

ふたりは森を抜けた。

 

目の前に現れたのは、霧に包まれた古びた街――

 

石畳にガス灯の明かりがぼんやりと浮かび上がり、遠くで機械の唸る音がこだましていた。

 

 

 

オロスは内ポケットから一冊の本を取り出すと、ディアスに手渡す。

 

 

 

「この本について、何か知ってるか?」

 

 

 

ディアスは受け取りながら、指先で表紙をなぞる。

 

 

 

「……正直に言っていいか? まったく分からん。ある日いきなり現れて、どんな手段を使っても捨てられない。気づくと手元に戻ってるんだ。気味が悪い」

 

 

 

「開けない?」

 

 

 

「一ページもな」

 

 

 

オロスは少しだけ顔をしかめる。

 

そしてもう一つ、問いを投げかけた。

 

 

 

「“ロンギヌスの槍”って組織について、教えてくれ。なんでお前はそれを追ってる?」

 

 

 

その名前を聞いた瞬間、ディアスの表情がわずかに固くなる。

 

 

 

「……あいつらのせいで、俺の家族は殺された。二十年前の話だ。それ以来、ずっと奴らの尻を追ってるってわけ」

 

 

 

「今、やつらがどこにいるかは?」

 

 

 

「まるで分からん。煙みたいに現れて、痕跡を残さず消える」

 

 

 

その時、街角を装甲馬車が通り過ぎた。

 

鋲打ちの車輪が石畳を軋ませ、明かりが窓に反射する。

 

 

 

オロスは反射的にフードを深く被った。

 

 

 

「……指名手配されてるんだ。派手には動けない」

 

 

 

「そりゃ大変だな。だったら、地下に潜るか? 秘密結社でも作る?」

 

 

 

ディアスの冗談に、オロスはふっと息を漏らした。

 

 

 

「それも悪くないな」

 

 

 

「ならまず、名前を決めないと。“八咫烏”とか、どうだ?」

 

 

 

――だが、彼らがこの名前を決めるのにまる一日費やすとは、このとき誰も予想していなかった。

 

 

 

 

 

 

ふと気がつけば、夢の中だった。

 

靄のような風景の中に、あの男が立っていた。

 

 

 

「よぉ、久しぶりだな」

 

 

 

「転生、ってヒントをやったのに、活かせなかったとはな」

 

 

 

「唐突すぎるんだよ」

 

 

 

「まあな。で、名前考えてたみたいだな。“ヒヨコボール”ってどうだ?」

 

 

 

「絶対に嫌だ。もう“八咫烏”に決まった」

 

 

 

「……つまらん」

 

 

 

オロスは一歩踏み出し、真剣な目で男を見つめた。

 

 

 

「クエスト、コイン、本――それらについて、何を知っている?」

 

 

 

男は肩をすくめて笑う。

 

 

 

「クエストってのはな、神々の暇つぶしだよ。コインと本については……もう少し先で話すことになる」

 

 

 

「それと、“ロンギヌスの槍”を追ってるなら、南だ。そっちへ向かえ」

 

 

 

それだけ言うと、男の姿は霧のように掻き消えた。

 

 

 

そして、目が覚めた。

 

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 目覚めた瞬間、喉の奥に鉄の味がした。  吐き気とも違う、不快な圧迫感が胸を締めつけている。  横を見る。そこに、黒革の本があった。

 

 

 

 おそるおそる、指先で表紙を撫でる。  革の感触は異様に冷たく、ざらついている。まるで死んだ皮膚のように。

 

 

 

 そして──本が、勝手に開いた。

 

 

 

 その瞬間。

 

 

 

 闇が崩れた。  ページの隙間から、何かが“覗いていた”。

 

 

 

 無数の目。  大小さまざまな眼球が、紙の間から飛び出してくる。  血走ったもの、無感情なもの、涙を流すもの。どれもこれも、俺をじっと見つめていた。

 

 

 

 見下ろすのではない。観察するのでもない。まるで──測っているような視線だった。

 

 

 

 そのとき、音が鳴った。  乾いた、金属が石の上に転がるような音。

 

 

 

 気づけば、掌の中に一枚のコインがあった。

 

 

 

 王冠をかぶった顔のない男の意匠が刻まれたその金貨。  裏には、意味不明の文字列。

 

 

 

 一つの目が、コインを見ろとでも言うようにわずかに震えた。  他の目もそれに倣う。全ての眼差しが、掌の中のコインを示している。

 

 

 

 理解した。これは──「使え」という命令だ。

 

 

 

 俺は、震える指でコインをつまむ。  そして、本の中心に置いた。

 

 

 

 ……沈んだ。

 

 

 

 金属が液体に沈むように、音もなく、抵抗もなく。  その瞬間、空間にひび割れた音が走った。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 《スキルを獲得しました:記憶共鳴》

 

 

 

 効果:  他者や物の記憶に一時的に“接続”し、過去の体験・感情・思考を断片的に追体験する。これにより、対象の行動パターンや嘘・真実を見抜くことが可能。

 

 

 

 代償:使うと正気が削られます

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 視界が崩れ、脳裏に直接刻まれるように情報が流れ込んでくる。  頭が裂けそうな痛み。胸の奥が裏返るような感覚。

 

 

 

 【LV5 → LV15に上昇しました】

 

 

 

 ※現在のレベル:15/50  

 

気づけば、すべての目は消えていた。  だが、背中にまだ感じる。  ──あの“何か”に、今も見られている気配が。

 

 

 

 ……そのとき、部屋の温度が数度下がったように感じた。

 

 

 

 次の瞬間、空間が裂けた。

 

 

 

 黒炎のような影が揺らめき、空中に“それ”は現れる。  現実と非現実のあわいに浮かぶように、意味だけが直接、脳に焼きついてくる。

 

 

 

 【依頼主:竜王】

 

 ──“クエスト”が発生しました。

 

 

 

 あなたに与えられし命題は、  この世界の核心へと至る六つの物語を完成させること。物語を完成させると次の物語を閲覧できます。

 

 

 

 一つ目の物語:『世界の解放』  

 

 

 

 二つ目の物語:『■■■■』  

 

閲覧不可。一つ目の物語を完成させる必要があります

 

 

 

 三つ目の物語:『■■』  

 

閲覧不可。二つ目の物語を完成させる必要があります  

 

 

 

四つ目の物語:『■■■■■』

 

閲覧不可。三つ目の物語を完成させる必要があります  

 

 

 

五つ目の物語:『■■』  

 

閲覧不可。四つ目の物語を完成させる必要があります

 

 

 

六つ目の物語:『■■■■■■■』

 

 

 

閲覧不可。五つ目の物語を完成させる必要があります

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 【報酬:女神の復活】

 

 

 

 消滅した女神を復活させます

 

 

 

 

 

 空間の裂け目は、音もなく閉じた。黒炎の残光が消え、残されたのは静寂だけ。

 

 

 

 あの奇妙な黒革の本も、今はただそこにあるだけの物体に戻っていた。

 

 先ほどまでの異常が、まるで幻だったかのように。

 

 

 

 だが、頭の奥に焼きついて離れない。

 

 

 

 ──《スキル:記憶共鳴》

 

 

 

 

 

 「……冗談じゃない」

 

 

 

 思わずそう呟いた。

 

 他人の記憶に接続し、すべてを追体験できる。過去も、感情も、嘘も、真実も。

 

 魅力的すぎる能力だった。……だが、それと引き換えに削れるのは、自分自身。

 

 

 

 感情。理性。倫理観。思い出。

 

 何がどこから崩れるのか、それすら分からない。

 

 

 

 このスキルは、使えば使うほど、“俺”が“俺”でなくなっていく。

 

 

 

 「……そんなもん、軽々しく使えるかよ」

 

 

 

 たとえ今後、どれほどの情報が必要になったとしても。

 

 たとえ、真実にたどり着くための最短距離がこのスキルだったとしても。

 

 

 

 

 

 今の俺が、それだけは直感で理解していた。

 

 

 

 そしてクエスト──「六つの物語」とやらも、今は重要に思えなかった。

 

 まるで、誰かに物語の続きを書かされているような、不快な強制力。

 

 

 

 「まずは……自分で動く」

 

 

 

 俺は、本を避けるように立ち上がり部屋を出た。

 

 背筋には、まだ“視線”の感覚が残っている。

 

 だが、ここで飲み込まれたら、もう戻れない気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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