身を切るような冷たい風の吹きすさぶ、見渡す限りの何も無い荒野。とは云えそれも視点の違い故の事だろう。
己の眼前、
「いい加減、諦めたらどうなんだい。抵抗する理由なんて、もう無いだろ」
息も絶え絶えな少年はそれでも顔を上げ、己を睨み付けることを止めはしない。
とは言えそれもあくまでポーズの一種だ。身を守る
「ふざけるなっ!何でっ、何で僕が
それは文字通りの、少年の魂からの叫びなのだろう。されどこの荒野、己含め打てども返るものなど在りはせず、荒涼たる地平へと嘆きは侘しげに消えていく。
せめてもの同意か、少年の側に侍る左右対称の甲冑姿の騎士達が、うっすらとその身を揺らして見せた。
「お前さんの立場は理解しているよ。身寄りが無いこと、戸籍も無いこと、何より常識や情報が無いことも、ね。」
言い含めるように、諭すように告げるこの工程が、どれ程無意味なのかもよく知っている。
それでも、繰り返す。
意味が無かろうと、無為に終わろうとも、それが職責と云うものだからだ。
「最近、この国では大きな政変があって、幾つもの規則、法律が変わったんだよ。その内の一つが、この国の国籍や住民票を持たない人間すべてを不法移民として処罰する、と云うものなのさ」
実に閉鎖的なこの法律、個人的には歓迎できない物なのだが、これにも致し方の無い事情がある。
「あぁ、分かってるよ。それがお前さんに何の関係がって思ってることも、自分が望んだ訳でもないのに仕方ない事じゃないかって思ってることも」
少年がビクリと身震いを一つ、次いであたふたと眼が泳ぎ始める。図星なのだろう。それはそうだ、嘗ての自分もそう思ったし、今だって心の底ではそう思っているのだから。
「この法律が施行された理由はただ一つ、お前さんら転生者を、いち早く確保する為だけなのさ」
ぶるぶると、少年の身体が震えている。仕方ない事だ。これから未来が拓けると思っていたのに、蓋を開けてみれば即犯罪者扱い、これで憤るなと言えば誰しも反発するだろう。
「仕方無かった、なんて。言葉で言うのは簡単だけども、言葉ほど簡単に済ませられる訳じゃないってのは、お前さんにだって分かってるんじゃないのか?」
この場から逃げたいのだろう。仕切りに後退ろうとしているのが見えているが、その脚は見えない壁にぶつかっているかの様に一向に動こうとはしない。
そのまま、少年の身形を上から下まで矯めつ眇めつ見定める。
黒髪黒目、この辺りでは最近になって見かけるようになった色彩に、中肉中背の
打って変わってその手に持つのはお洒落な魔導書、中級官吏の扱うそれだ。戦闘にも堪えるよう丈夫で、尚且つ一目で部署が分かるように大きく刻印が打たれているのが特徴の一品。
決して着古した作業着の少年が持っていて良い代物ではない。だからこそ、少年が通報された原因でもあるのだが。
「その服、どうやって手に入れた?その魔導書は?お前さん、こっちに来てから
漸く逃げられないと理解したのか、殺気を込めて睨み付けてくる少年。その手は必死に打開策を掴もうとしているのだろうが、生憎と
「では、
手元のカードを一枚捨て去り、そう声を掛けるや否や、瞬く間に飛び出し剛剣を振るった聖騎士。生憎二体一であれ、モノが違うのだ。抵抗は無意味である。
こちらの聖騎士が燐光を纏った大剣を振り上げ、そのまま勢い良く横一文字に薙ぎ払う。相応の対価を支払って発動された
棚引く燐光が刃と化して対面の二体の騎士達へと襲い掛かった次の瞬間、呆気ない程簡単に騎士達の甲冑が弾け飛んだ。
「くそっ!だがこれで『左腕の剣騎士』『右腕の盾騎士』共に【カウンタースキル:赫怒の騎士道】を発動するぞ!」
尤も吹き飛んだのは甲冑のみで中身の騎士達は無事であり、鎧から抜け落ちたマナが騎士達の身体へと絡みつき、その肉体に更なる強壮さを宿らせる。それは
甲冑を弾き飛ばした燐光が、今度は生身の騎士達に纏わり付くや否や、騎士達の身体が瞬く間に干からびていくではないか。
「生憎だが、ウチの騎士様は手癖が悪くてな。……もう、足掻くな」
聖騎士が纏うには不釣り合いな黒い呪詛。攻撃した相手に追撃を加える【オートスキル:蝕賛の宴】が発動し、それがじわりじわりと刀傷を受けた騎士達の身体を蝕んでいく。
大剣の豪撃を受け、更には呪詛による傷を負ってはいかな騎士と云えど無事では済まず、燐光を放ちながら剣を構えた騎士がその姿を薄れさせる。
盾騎士が辛うじて立っていられるのは元の耐久力の差でしかなく、追撃を受けては一溜りも無いだろう。
「悪いが、未だこっちの手番だな。次いで『信仰掲げる突撃兵』で攻撃だ」
己の傍ら、美しい毛並みの騎馬に跨がる一人の騎士へと指令を下す。
槍を構え、一直線に敵手目掛けて駆け抜けるその姿、正に騎士斯くあるべしと云ったものか。鎧を脱いだ盾騎士に騎馬突撃を防ぐだけの力は無く、槍に貫かれ放り捨てられた先で血飛沫を上げながら倒れ伏す。
地に臥し頽れた二体の騎士は、そのまま体の色を薄れさせたかと思うと
対するこちらの戦士たちも、今は身動ぎ一つせずに立ち尽くしている。ふと見上げれば太陽の輝く青空の中、己と少年の周りだけがぽっかりと夜の静寂に包まれて、まるで世界から切り離されてしまったかのような錯覚すらも感じてしまう。
意味も無く見上げていた作り物の夜空が次第に白さを増していく。
未だに勝利を諦めてはいないのだろう、必死になって考え込んでいるのが見て取れる程だ。既にターンは回っているのにそれに気づいた様子も無い。
「さて、このターンで己はお前さんに『
掛けられた声に空が白み始めたのに気付いたのだろう、漸く互いの前に伏せられた
「っ!ドロー!……くっ!『死より還りし殺人鬼《 》』を、前列中央に
一瞬挟まった苦悩は、まぁ想像は出来る。出来るが、したいものでは無いな。そのまま水に流して召喚されたユニットの姿を眺めてみる。
手に持っているのは鉈だろうか、錆びて切れ味の悪そうな代物、着ている鎧はラメラーアーマーを流用したのか随分とみすぼらしい容姿。ただ、その強すぎる意志にぎらついた瞳だけが厭に目につく、そんな姿のユニットだった。
更には少年の傍に倒れ伏していた二体の騎士も、注ぎ込まれた
壮観と言えば壮観か。名を喪ったとは言え強壮なる騎士達と、それに比肩しうる殺人鬼。正面戦力として見れば十二分だろう。
だからこそ、この後の仕打ちに心が痛む。
「では己も、ドロー。……カードリリース、『信仰に捧げし司祭』を後列右に召喚、【オープンスキル:心臓を捧げよ】発動……っ!」
己が手で捲ったカードを指し示した位置へと配するや否や、心臓が抉られたかと思うほどの痛みについ蹲る。
己のライフを一点消費して三枚のカードをドローする特殊能力。この痛みさえなければ広く使われていただろうに、実に勿体無い事だ。
口の端から零れた涎を苦悶の声と共に喉奥に仕舞い込み、気力を振り絞って立ち上がる。まだ、己の手番は終わってはいないし、バトル自体決着は着いていないのだ。こんな所で休んではいられない。震えそうになる手を抑え付け、手札から新たなるカードを一枚取り出し目の前へと配置する。
「さらに手札から一枚をセット、これでエンドだ」
両者の宣言を受けて世界が俄かに動き出す。夜空は消え去り、朝日が早送りで地平線から顔を出した。
光り輝く世界の中で、己の率いる信徒たちと、少年の従える戦士たちとが無言の戦意を交わし合う。
決着の時は、もうすぐそこに。