【完結】1人だけ魔球投げれますが意外としんどい   作:ぱちぱち

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コミティアに出した同人誌用の番外編です

誤字修正、でぃせんと様、so-tak様ありがとうございます


番外編 網走極

 

「極。お前は天才や。きっと凄い野球選手になる。プロ野球選手にだってなれる」

 

 

 幼少期の頃。グローブを買ってくれた時、俺に父さんはそう言った。人生の殆どを野球に費やしてきた父さんは野球で高校に進学し、野球で大学に進学し、野球で就職をして、そしてプロになれなかった今も社会人野球を続けている。

 

 父さんが所属している難波番場不動産の野球チームはそこそこ強く、大きな大会でもいい結果を残し続けている。それだけ野球部に力を入れているという事でもあり、父さんは営業職の傍ら野球部のレギュラーとして活躍していた。うちの家の父さんの部屋には大小さまざまな記念碑やトロフィーが飾られている。

 

 そんな父さんでも、プロにはなれなかった。なりたくても、なれなかった。

 

 

「あいつはな、俺が高校3年生の頃に戦ったんだよ。ヒットは打てたけど点が取れなくてなぁ」

 

 

 ビールを片手に野球中継を見ながら、父さんは画面に映る同年代の野球選手を見ては「こいつはこんな奴だった」「うまくなった」と誇らしげに、同年代の選手たちについてを語っていた。

 

 そして、決まって最後にはこう口にする。

 

 

「でもな、極。こいつらよりも、俺よりも。お前はずぅっと野球の才能がある」

 

 

 そう言って、父さんは俺の頭を撫でてくれた。

 

 俺が小学生に上がった頃。父さんは年齢を理由に野球部のレギュラーから降り、会社の仕事を優先するようになった。プロになる目がある後輩に、道を譲らないといけないかららしい。

 

 その時から、俺の人生の目標は決まった。

 

 父さんがなれなかったプロ野球選手に、俺はなる。

 

 

 

 

 勝俣リトルは大阪近郊でも有数の強豪リトルシニアだ。ここ出身のプロ野球選手は星の数ほど存在し、またここ数年はほぼ毎回全国大会に顔を出している。ここで結果を出して勝俣リトルシニアにまでいければ、高校の進路は選び放題とまで言われている。

 

 そんなチームに入った俺は、天才だった。

 

 

「また打った! なんやあいつは!」

 

「猛打賞やで!」

 

 

 相手が投げるボールがどこに来るのか、どういう風に打てば飛ぶのか。それが分かると言ったらいいのだろうか。周りの子らが「速い!」だとか「打てない!」だとか口にする球が、どれもこれも大した事が無いものに感じて仕方がない。

 

 確かに年齢の割には速いのだろう。年齢の割には凄いのだろう。でも、たかが小学生の時分の「すごい」だ。練習を教えてくれる父さんに比べたらどいつもこいつも大した事が無い。対戦相手のチームも、勝俣リトルのチームメイトも。

 

 いや、一人だけ。二個上の相良というピッチャーの球だけは、素直に凄いと思えたな。何度か勝負をしたけれど、この人にだけは勝ち切れなかったからだ。速さは目で追えるものだが、気づけば追い込まれている事が多かった。ピッチャーは球が速いだけじゃダメなんだという事を教えられた気分だ。

 

 相良さんが居たという事は、全国にはもっと強い人もいるのかもしれない。そう思って全国大会に進んだ俺の想像通り、凄い人は居た。雑賀一という6年生のピッチャーに完膚なきまでに敗北したのだ。小学校4年生の段階で勝俣リトルの4番に座った俺は、当然全国の強豪たちとも戦ったが、あそこまで力の差を感じさせられた相手は雑賀一さんだけだった。

 

 相良さんと雑賀一さんはライバル関係にあるのだという。実際、全国大会で見てきたピッチャーの中ではこの二人が抜きんでているのを感じたし、彼らの世代の顔は今後もこの二人なんだろうな、という印象を受けた。

 

 負けられない。心の底からそう思った。この日から、俺の中の目標は雑賀さんになった。あの人を打てるようにならなきゃプロなんて夢のまた夢だろう。

 

 とはいえ、雑賀さんとは年が離れているせいでほとんど対戦の機会がない。小5に上がるころ、すでに小学生の選抜に呼ばれていた俺を止められるピッチャーは同年代には一人もいなかった。

 

 最初の打席でホームランを打ち、それ以降は敬遠されるだけの試合。全国大会ですらそうだったため、もう試合に出る意味もないかと思っていた矢先に変な女と対戦する事になる。

 

 眩しいほどの金髪をドリルのようにくるくる巻いた髪型でユニフォームを着た、頭一つ自分よりもデカい女だ。

 

 

「オーッホッホッホッ! 貴方がリトル最強と呼び声高い網走極ですわね? 貴方を倒して、私こそが最強の小学生であると証明してさしあげますわ!」

 

「お、おう……いい試合しよな」

 

 

 出会って最初の一言がこれである。なんだこいつ頭おかしいんじゃねーの、と思いながら打席に立つと、別の意味でびっくりさせられる事になる。

 

 この頭の可笑しい金髪ドリルツインテ女、投げる球投げる球全部が力業なのだ。打った瞬間、ホームランだと分かる感触と、それと同時に手をびりびりと痺れさせる感覚。こんな感覚は、リトルシニアの練習に混ぜて貰った時にしか経験した事が無いものだった。

 

 この頭の可笑しい女、山田・シャーロット・あすみは最初の打席でホームランを打たれた後も、なんなら打たれた後の方がより一層力強くボールをストライクゾーンに投げ込んできた。引くとか敬遠なんて単語は知らないんじゃないかと言わんばかりの力投一辺倒であり、球数が70を超えた辺りで交代させられるまで俺以外のチームメイトは力づくでねじ伏せられていた。

 

 俺が打ったのと、交代した投手がガンガン打たれたために試合は勝俣リトルが5点差で勝利したが、こっちのピッチャーも山田と打席でぶつぶつうるさかったキャッチャーの能登とかいう横にもデカい女に打たれているから、割と危ない試合だったと思う。

 

 久しぶりに、ちゃんと試合をした感覚だった。逃げてばかりの相手の中、ああも真っすぐ来る奴も居る。あいつが全国に来るなら、暫く小学生相手でも良いかな。

 

 そんな事を思いながら進級し、6年生。小学校最後の年の夏の大会で、俺は出会う。

 

 同年代の、ライバルというものに。

 

 

 

 

「よーっす。俺っち田中ケータっす。よろしく」

 

「よろしく」

 

 

 山田を倒して西東京から上がってきたチーム、原木リトル。音だけ聞いたらなんて名前や、とチームメイトがゲラゲラ笑っていたチームに、そいつは居た。

 

 見た瞬間に分かった。こいつからは、2年前に戦った雑賀さんや相良さんと同じ空気を感じた。本物だってのが、分かった。最初はなめてかかっていたチームメイトの1・2・3番が全員三振で仕留められたのを見て、その予感は確信に変わった。

 

 最初の打席、球速こそ対処できる程度のものだったが、速いものと遅いもの、二種類のストレートをコントロール良く使い分けてくる田中に、久方ぶりにゴロを打たされることになった。相手チームの方針なのか変化球は投げてこなかったが、そんなものは必要ないのだろう。勝負に行った俺の後のバッターもポンポンと三振を取られて、勝俣リトルは久しぶりに打者一巡をなにも出来ずに終わる事になった。

 

 

「打てるか、網走」

 

「次の打席なら。でも、放り込めるかはわかりません」

 

「分かった。全員、待球でいくぞ。カット出来ないとおもったら転がして相手のピッチャーを走らせろ」

 

「「「はい!」」」

 

「あいつをなんとかしてマウンドから引きずり降ろせ」

 

 

 監督が焦ったようにそう口にする。相手のセンターに、やたらと打つ女が居るからだ。そいつはこの試合が始まるまでの大会でもすでに5本も本塁打を放っており、俺と打率のタイトルを争う相手でもあった。権藤とかいう銀髪の女だ。田中とこっちのエースじゃ明らかに田中の方が上だから、このまま殴り合えば負けると監督は思っているのだろう。しかし、西東京は山田といいカラフルな髪の奴が多いんだなぁ。流石は東京って所か。

 

 そこから勝俣リトルの全員掛かりで田中の攻略が始まった。コントロールが良いというのが分かっていたから、俺以外のものはあるものは最初からバントで、あるものはカットでとなんとか球数を投げさせるように努め、俺だけは基本的に相手のキャッチャーの思考を読むことに専念する。コントロールが良いと分かっているのだから、キャッチャーの考えが読めれば打てるのだ。

 

 その考えは当たり、田中が降板するまでになんとか3点を取ることが出来た。ただ、まだ元気いっぱいの田中がなんでか降板したんだが、その辺は相手のチーム事情だから良く分からん。球数制限とかがあるのかもしれん。

 

 そして次に出てきた諸星という顔の四角いピッチャーは、悪くないピッチャーだった。全国に出てくる実力は確かに持っている。ただ、一つ前の田中と比べると明らかに劣っていたから、あっという間に3点を返して引きずり下ろす。

 

 ここまで、監督の予想は当たっていた。現在の得点は7-6。こっちが田中を攻略しようともがいている間に、相手の打線を止められなかったのだ。権藤と田中兄弟が止められなかった。田中がマウンドにいたままであれば、間違いなくうちの負けだっただろう。

 

 だが、田中はもうマウンドに居ない。そして二番手の悪くないピッチャーだった諸星も降板した。これはうちの勝ちだろう。

 

 そんな事を考えながら、マウンドに立つ銀髪の女と対峙する。センターから肩の強さで呼ばれたのだろう権藤を打って、終わり。

 

 そんな軽い気持ちで考えていた俺を、こいつは木っ端みじんに砕いた。

 

 この日から。マウンドに落ちた雷のような衝撃で、俺の心のど真ん中に権藤が居座り続けるようになったのだ。

 

 

 

 

 

 権藤あまね。俺の心に雷のように撃ち込まれたその名前は、日を追うごとに俺の中で大きくなっていった。

 

 というよりもそもそも目にしない日がまずない。

 

 

「極ー! 権藤ちゃん出とるよー!」

 

 

 母さんがテレビのある部屋から声を張り上げて俺を呼ぶ。今日は土曜日。土曜日の夜にはオレイケという人気番組が放送されており、そのコーナーの一つに魔球チャレンジというものがある。権藤は毎週土曜日、この魔球チャレンジを芸人相手に行う芸能人としてテレビに出ていた。

 

 いや、野球はどうしたんだというツッコミはあると思うが、権藤はこれで西東京選抜最高の野手と言われていて選抜大会の決勝では優勝をかけて戦ったし、また女子野球日本代表の看板選手であり、世界大会では女子野球ファンを世界中で数万人増やしたと言われるくらいに活躍した。

 

 従妹だという金髪の山田と二人並ぶとどこの国の代表だと言わんばかりの容姿だが、彼女を通して日本の野球はかつてないほどに世界中に注目されることになったのだ。その事に関しては、特に不満はない。むしろ俺たちに出来ない事をやってのけている姿に、純粋な尊敬の感情を持っている。

 

 だが、一つだけ不満があるとしたら。

 

 

「なんでテレビじゃ投げるのに、試合じゃ投げれんのや……!」

 

 

 何度も何度も素振りを行う。対戦するイメージはあの時。雷を纏った権藤あまねの姿だ。

 

 あの球は、凄かった。魔球だなんだと叫ばれているが、あの球の凄さはそんなものじゃない。周囲の派手さではなく雷のごとき軌跡を描いてキャッチャーの構えたミットに飛び込んだ、そこがもっとも凄い所なのだ。あんなとんでもない球であるのに、権藤はしっかりと最後までコントロールを失わなかった。その事に気付いている者が余りにも少なすぎる。

 

 アレを打つのは、俺だ。

 

 そう決意を固めながら、バットを置いて居間に向かう。権藤は毎回テレビに出る時、変なユニフォームを着て出てくるから、それをチェックするのが密かな楽しみなのだ。今日は師匠と言われる坂本金太郎のコスプレだった。金ちゃんガールってなんだそれ。

 

 

 

 

 中1の冬。二度目のリトルシニア選抜で、負けた。

 

 相手は大牟田選抜の久留米さん。ほぼ直球だけで押してくる剛投派とでも呼ぶべきピッチャーだ。前時代的な、昭和の野球漫画に出てきそうな人だった。

 

 でも、負けた。俺は2度のヒットを打ったが、最後の打席。一打で追いつける場面で、俺は久留米さんにバットを折られて負けた。

 

 力負け。完膚なきまでに、負けたのだ。

 

 後一度勝てば、西東京選抜が相手だった。権藤ともう一度戦える。その前で、俺の力は届かなかった。

 

 

「網走くん、お疲れ様。惜しかったねぇ」

 

「惜しくない。3点も負けて、惜しいわけない」

 

 

 全力を尽くして負ける。それがこんなにも悔しい事だなんて、知らなかった。初めて雑賀さんに負けた時はこんなんじゃなかった。あの時はまだ、ここまで野球にのめり込んでいなかった。

 

 そして、何よりも。

 

 

「僕、2回目だけど全然大阪の街を回れなかったからさ。ちょっと案内してほしいんだけどお時間どうです? もちろんチームの皆さんで」

 

 

 俯いて涙を流す俺の手をぎゅっと握ってくれた君との再戦が叶わなかった。その事が、何よりも悔しい。

 

 この時、俺は確かに自覚をした。

 

 彼女が、自分の心の中の一番大事な部分を占めているという事に。

 

 

 

 

 権藤さんは、それからもバンバン活躍しまくった。オリンピック代表として日本に金メダルを持って帰り、何故かオリンピックのプロデューサーとして名を馳せ、なぜか柔道の試合で活躍した。野球選手という言葉がどういう意味なのか分からなくなるくらいに、彼女は中学時代を駆け抜けていった。

 

 バットを振るう。今も脳裏に映るあの稲妻を打つために、毎日イメージを膨らませてバットを振るう。

 

 彼女が使う魔球は雷のものだけではない。なんなら同じ魔球を何度も投げる事は稀で、大体は一度切りという場合が多い。攻略不能な魔球に当たれば負け。そんな運ゲーをしいてくるのが彼女の魔球だ。

 

 面白い。彼女との対戦を想像してみる。彼女を打つには3球目までに打つ必要があると何度も結論を出しているのに、何故か何度仮想しても想像の中の自分は必ず3球目まで引っ張られてしまう。

 

 彼女の凄い所その2は、どれだけ不利な状況でも最善を尽くせる精神力だろう。自慢じゃないが俺は同世代で最も抜きんでたバッターだ。そんな俺相手にかわすピッチングを成立させる度胸と技術は、同世代のレベルじゃないとすら思っている。

 

 彼女に足りないのは、後はフィジカルだけだ。もしも球速があと10km/hほど速くなれば、彼女を打てるバッターはほとんど居なくなるはずだ。

 

 自分以外は。

 

 

「誘われた件やけど、すまんが断る。俺は権藤さんと戦いたい」

 

『不器用なやっちゃなーおめー』

 

「せやな。自分でもそう思うわ」

 

 

 高校であまねと一緒に野球をやらないか。オリンピックで権藤さんの相棒をしていた能登に誘われた時、心が揺れなかったと言えば嘘になる。だが、なんど頭の中で考えようとしても想像できないのだ。彼女と同じユニフォームを着て、彼女のバックを守る自分の姿が。

 

 彼女がマウンドに立つときを想像する。すると、自分の一番しっくりくる立ち位置は打席に立つ姿なのだ。

 

 だから相良さんが進学した地元の名門、浪速通天閣大付属に進学した。雑賀さんと相良さんのダブルエースで選抜を制したここなら、大会の最後まで勝ち残れると思ったからだ。

 

 ――権藤さんが目標とした甲子園を、彼女が勝ち上がってこないわけがない。俺の中での彼女は、不可能どころか誰も考えた事の無かったことをやってのけて周囲の度肝を抜く奇跡の体現者である。一番最後まで勝ち残れば、彼女とどこかで戦う可能性が高い。

 

 そんな安直な考えで進学した先で、俺は当たり前のようにホームランを量産し、そして当たり前のように甲子園に出場した。同世代の相手は、超高校級と呼ばれる者も含めて相手にならなかった。俺の敵となり得る同世代は、もう指で数えるほどしか存在しないのだろう。

 

 そのうちの一人。久留米さんをエースとして擁する聖ザビー学園に、彼女は入学した。そして西東京代表として、甲子園へとやってきた。

 

 

「網走くんはさ。僕と戦いたいと思ってる?」

 

「ああ」

 

 

 だから、この戦いは必然なんだ。少なくとも、俺にとっては。

 

 彼女の問いに即座に頷いた俺に、権藤さんは嬉しそうに笑って「分かった」と頷いた。

 

 

 約束は交わされ、そして彼女は約束を守った。

 

 

「や。待たせてごめんね?」

 

「構わんよ」

 

 

 甲子園決勝9回裏、ツーアウト。1点差を追う場面。ここで打たなければ負ける。

 

 そんな場面だというのに、胸に湧き上がってくるこの高揚感。全身の血液が沸騰するような感覚。今から、権藤あまねと戦う。それだけで、俺のコンディションは過去最高に引きあがった。

 

 右手にグローブを嵌めた権藤さんが身を海に沈めるようにしてボールを投げる。サブマリン投法。この投げ方から来る球は――

 

 

「夢飛球! それは何度も視た――!?」

 

 

 彼女が投げる魔球の一つとされる、漫画から出てきたとして有名な変化球。夢飛球。浮かび上がる様にバッターに向かって飛び、ある一定の高度からキャッチャーミットに落ちるそれ。頭の中でもなんどもイメージした軌道にバットを出すが、この日のこの一球は俺の想像を超えていた。

 

 分裂するように揺れて浮かび上がるボールに動揺した俺のバットは空を切り、ストライクを一つ献上してしまう。油断した。相手は権藤あまねなんだぞと頭を振って過去の映像を追い出し、最新のものにアップデートする。

 

 ただ、恐らくはもう夢飛球は投げてこないだろう。いや、そう思わせて投げる可能性はある。警戒はしなければいけない。予測としては外目の変化球。内側に抉るような軌道が目に焼き付いている今、外を投げられたら少し厳しいかもしれない。

 

 その俺の予想は、ある種正解である種外れだった。胸元に飛んでくるボール。ほぼ最初のコースと同じコースに飛んできたそれは、飛球ストレートと呼ばれる浮かび上がるストレートだ。夢飛球の後に、夢飛球と同じ軌道で浮かび上がる飛球ストレートの投げ分け。ごちゃごちゃと考えていたせいで一瞬反応が遅れ振り遅れてしまった。キャッチャーの田中弟がここまで思い切りのいい配球をするとは思っていなかったのが失敗の原因だろう。

 

 ビリビリと、肌を突き刺すような威圧感を感じる。何度頭でシミュレーションしても、俺はいつもこの場面に追い込まれる。最初の2球で仕留められなければ、限りなく分の悪い運ゲーになるというのに、俺はいつもこの場面に追い込まれるのだ。

 

 けれど、だからこそ。

 

 権藤あまねとの戦いは、最高に面白い!!!

 

 魔球が来る。魔球は来る。魔球を、打つ!

 

 頭の中をシンプルに、来た球を打つとだけ決めつけて、バットを構える。権藤さんの姿を視線で追う。この戦いの終わりを、目に焼き付けるために。

 

 そして、彼女の姿は掻き消える。次の瞬間、そこにいたのは恐らく20代半ばの銀髪の女性の姿だった。おいおい、そんなのもありなのかよ。そんな思いを頭に浮かべながら彼女の投球を待つ俺の前を、一筋の光が貫いた。

 

 反応すらできずに、彼女が投じたボールは田中弟の構えたミットに突き刺さったのだ。

 

 

「……かなわんなぁ」

 

 

 

 超速の一球。それが、彼女の最後の魔球。おそらく彼女が数年後に手に入れる、最高の一球。電光掲示板に映る170km/hの数字に、思わず笑いがこみ上げてくる。

 

 こんなものを打てる奴は、この世にはいない。俺以外は。俺が、必ず最初にアレを打つ。

 

 人生の目標を。叶うかどうかも分からない目標をまた一つ掲げて、勝利に沸くマウンドに向かって歩みを進める。

 

 チームメイトに囲まれる彼女に負け惜しみと――もしもアレを打つことが出来たら、その時は。

 

 ライバルではなく、一人の男として見て欲しいと告げるために。

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